パズラー
新宿に、一人の「鬼」がいた。
名を、東英雄。
男は、ジュクで、十年間無敗のまま去った。
第二十三回全日本パズル選手権、この大会に、東は参加していた。
二年前に引退し、もう二度とピースを打つまいと誓った男がだ。
東は、フリーのパズルボックスで打つ以外は、もともと打つ男ではなかった。
だから、現役のときも、大会とは無縁の存在であった。
だが、東は、ジュクで「鬼」と呼ばれていた。パズルの「鬼」と。
最初は、小さな噂でしかなかった。それを聞き付けたプロのパズラーが、御忍びでジュクで東と打った。
「強すぎる」
そのパズラーの一言で、東は一気に有名になった。
それ以来、東は、代打を依頼されるようになった。
やくざなどの抗争で、麻雀でけりを付けていたのは昔の話しである。
今は、たいていパズルである。その時動く金は、時として億を越えると言う。
そんな代打を、東は、義理でのみ受けた。
そして、無敗であった。
今回の大会出場も、義理に報いるための参加であった。
日本で唯一世界へ出れる男、東に白羽の矢が当たったのだ。
パズル協会の現会長に、東は、駆け出しの時分命を助けられたのだ。
そんな人に頭を下げられて、断れる男ではなかった。
「奴らのパズルは、パズルなんかではない。奴らは勝つためなら手段を選んだりしないのだ。そのため、再起不能になったパズラーが何人でたか。頼む、東。奴らに権威ある大会の優勝旗を渡すわけにはいかんのじゃ。頼む、もう一度ピースを打ってくれ」
「渋沢さん。俺は・・・」
「解っておる。早水君の事は、重々承知した上でのことだ。頼む」
ゆっくりと、しかし、力強く、東は首を縦に振ったのだった。
会長が家を去った後、東は、机の上の写真につぶやくように話しかけた。
まるで、言い訳をするかのように。
「早水よー、やはり性分かな。二度と打つまいと誓ってはみたものの、話が来ると血がな、たぎっちまうんだよ」
写真の男、早水は、生前そのままの姿で東に微笑んでいる。
東と早水は、パズルにおける好敵手であると共に、最大の友でもあった。
その友を、東は、パズルで失った。経過はともかく、結果的に東が殺したも同じ事だったし、東もそう思っていた。
そして東は、ピースを置いた。
だが、義理とはいえまた打つはめになった。
写真には、もう一人写っていた。
早水の妹の、優、であった。
彼女とは、引退後会ってはいなかった。会わす顔がなかったのは言うまでもない。
そんな彼女が、大会出場を決めた数日後現れた。
「応援に行きます。勝ってください。兄のためにも」
そう言うと、彼女は東に一つのピースを渡した。
「兄の形見のパズルです」
会場に、彼女の姿はなかったが、東には十分だった。
迷いの晴れた東は、順調に駒を進め、決勝まで勝ち上がった。
さすがに全国大会とあって、出題は簡単なものではなかった。
一回戦では、1000ピースのパズルを、どれだけ短時間で解けるかを競った。これで、六十四人いた出場者が、十六人まで絞られるのだ。
二回戦では、ここから、二人の対戦トーナメントになるのだが、一つだけ抜かれたピースを当てる、ワンピースパズル。
三回戦では、暗闇の中で打つ、闇パズル。
四回戦では、今まで決勝で行なわれていた、詰みパズル。詰みパズルとは、まず最初に完成図を十分間見せられ、ランダムに出てくるピースを、枠内の定位置に間違いなく打つ、というもので、持ち時間は二十秒。
一手でも間違えたらその場で負けとなるのだ。
これらを、東は、首位で勝ち続けた。
たとえ、どんなに 難しい問題も、東の記憶力、洞察力、構築力、そして、天性のカンの前には稚戯に等しいのだ。
そして、決勝。
この対戦相手こそ、奴らの一人なのだ。
物の理に陰と陽があるように、パズルにも裏と表とがある。
表とは、この大会のように、純粋にパズルの腕を競うパズラー達である。
そして裏とは、勝つことのみを目的とし、裏芸、いわゆるいかさまがまかり通り、それを良しとするパズラー達である。
その手段には色々あるが、例を挙げれば、対戦相手のピースを取る、「抜き」。道具などを使い、パズルを壊す、「崩し」等がある。
代打ちをし、裏も表も知り尽くした東も、当然裏芸が使える。それ処か、オリジナルの技さえ持つ。それ故無敗なのだが。
しかし、東がこれを使うのは、相手が使ってきた時だけであった。
「熊」、と呼ばれる、パズルボックスでしろうと相手に荒稼ぎする奴らを退治するために、裏芸を行使したのだ。
だが、奴ら、南雲三兄弟は、「熊」の中でもそれだけではなかった。
勝つためなら、相手の腕すら折る。
裏芸の腕も確かなら、そういう男達を雇う人脈も確かな兄弟であった。
その長男と、東は向い合っていた。
「人殺しのパズラーが相手かよ。あんたにくらべりゃ、俺達なんか可愛い方だぜ」
南雲の言葉に、東は耳を貸さなかった。
心理戦。勝負は、既に始まっているのだ。
決勝戦のパズルは、混合パズルであった。
通称雑種パズル。二種類以上のパズルが混ざりあったピース群が与えられ、それぞれの絵を完成させる物だ。時には、混ざりけのないピースが与えられることもあり、この方式の核は、雑種パズルである、という宣言にある。
開始の合図がかかる瞬間、東の不動心が揺らいだ。
「たしか、早水の妹は優、とか言ったけか。元気にしてるかい」
南雲の台詞が終った瞬間、開始のホイッスルが鳴った。
「きさま、優をどうした」
「何の事だい。俺は、ただ、元気かどうか知りたかっただけだぜ」
そのまま、南雲は打ち出した。
打ち筋は、フレーム。
プロのパズラーの基本的なパズルの打ち方には、フレームと、ブロックがある。
フレームは、枠をまず完成させ、枠に肉付けを行なうものである。
それに対しブロックは、枠を構成するピース以外の物を使い、そのピースを核にまとまりを幾つか作り、そのまとまり同士をいずれ繋げるものだ。
スピードを優先するのであれば、ピースに特に拘らないブロックが有利である。しかし、雑種パズルの場合、先に混合の度合を量れるフレームの方が良いのである。
東は、動揺した心を隠すように後者のブロックで打ち始めた。
「へっ、ジュクの東もその程度の男だったかい」
南雲は吐き捨てるように言うと、さらに手を続けた。
『優』
三十分が経過した。
南雲の手は、枠が完成してしまっていた。しかも、枠のピースにあまりはない。と言うことは、雑種ではない、と言うことだ。
それに対し東は、核が一つ出来ているだけ。
勝負は決まったかに見えた、その時、
「英ちゃーん。勝ってー」、
会場の歓声の中、東の耳に届いた声援は、優の物だった。
東が会場を見渡すと、観客席の入り口に優の姿があった。
服装が乱れているところが、南雲の言ったことが嘘ではなかったことが伺える。
「奴ら、しくじりやがったか」
くそ、とばかりに南雲がつぶやいた。
東の顔が、その瞬間から「鬼」と化した。
今までの手を崩し、フレームで打ち始めたのだった。しかも、ただのフレームではなかった。フレームブロック、という東考案の、フレームで打ちつつ、核を作るという、背反した行動をとるというもので、現在でも、東以外に打ち手はいない。東の、天性のカンでのみ打てる手法なのだ。
それを見た南雲の手もスピードを上げた。
状況は、若干東不利まで戻った。
東の手が、枠と、二つの核の完成で止まった。
堅く目をつぶった。
一分。
二分。
かっ、と目を開くと、東は完成している枠を崩した。
「くるいやがったか」
南雲は、その瞬間勝ちを確信し、一気に完成まで持っていった。
東は、核を二ヶ所に配置すると、それの肉付けを始めたのだった。
パチ。
パチ。
ピースを打つ音だけが会場をしめた。
そして一時間後、南雲の手が上がった。
「はっはっはっ、ジュクの東も敵じゃねー」
会場の誰もが、南雲の勝ちを認めていた。
確かに、南雲の一枚のパズル絵は見事なものであった。
スピード競技の場合、よくピースが割れる事がある。パズルが紙の張り合わせから出来ているからだからなのだが、それすらなかった。
「上がりました」
南雲への歓声沸く中、東は静かに言った。
会場が静まり返り、突如沸いた。東への歓声として。
「なにー」
南雲は、勢いよく振り向くと、東の手を見た。
東のパズル絵は、二枚であった。
どちらも、確かに絵として完成していた。
この問題は、確かに雑種パズルだったのだ。しかも、一枚としても完成できる物で。
東は、何も言わず席を立った。
表彰式などには出るつもりはなかった。
会場を後にした東を待っていたのは、優と、南雲三兄弟の残りの二人であった。
「嘗めたことしやがって」
「死ねー」
匕首を腰に当て、二人は東に向かってきた。
東は、優を庇いつつ、右手を軽く振った。
「あつ」
「ぎゃっ」
一人は額を、もう一人は手首を押え、動きを止めた。
東は、足元に戻ってきた早水のピースを拾い上げた。
「てめえらに、パズルを打つ資格はねー」
そう言うと、東は、優の肩を抱きつつ男達に背を向けたのだった。
その後、ピースを打つ東の姿を見たものはいなかった。
何年も前に書いたものを、数年後にリメイクして放置していたものです。正直文章が下手すぎて恥ずかしいのですが、内容がとても気に入っているので投稿しました。
いずれ書き直したいと思っていますが、こんなのですが感想お待ちしております。