ハイチュー
「はい、ちゅー」
「ん、ハイチュー」
私はそっと桜子にハイチューを差し出す。
この日のために考えたとっておきのギャグだ。
「ちがうよ。ちゅーだよ、ちゅー」
頬を膨らませて拗ねる桜子はやっぱり可愛い。
そんな桜子の頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑う。
その顔もやっぱり可愛いのだ。
「……ねえ、ちゅーして」
桜子がちょんっと私の袖を引っ張る。
どうやらもう我慢できないらしい。
一昨日、冗談でキスをしてからというものの、すっかり桜子はキス魔になってしまった。
「はいはい。ちゅーね。はい、ちゅー」
そう言って私は桜子の唇にそっとキスをする。
桜子の匂いが、桜子の感触が、桜子の味が、桜子の息の音が、私の脳に響く。
本当なら目を開けて、桜子を見つめながら五感の全てを使って桜子を感じたいところだけど、それをすると怒られるので私は仕方なく目を閉じている。
桜子は私の想いに気が付いているのだろうか?
いや、そんなはずはない。私だって気が付いたのは最近なのだ。鈍い桜子が気づくはずがない。
それがちょっとだけ悔しくて、私は唇を強く押し付ける。
桜子も負けじと力を入れるが、そのぷっくらとした下唇を咥えてやるとすぐに力が抜けていく。
「んっ……」
桜子の吐息が漏れる。
そのまま唇を軽く吸ってやると、桜子が私の胸に手を当てて押し返してくる。
これ以上はダメということらしい。
でも、やめてやらない。
うっすらと目を開けると、桜子の顔が紅潮しているのがわかる。
押し倒してやりたい衝動に駆られるが、その衝動をそっと抑える。
それをやってしまえばこの関係も終わる。
桜子にとってこの「ちゅー」は冗談の延長なのだから。
30秒程その状態を続けて、私の方が我慢の限界となって唇を離した。
流石に、長いことキスをすると苦しくなる。私も桜子も肩で息をしていた。
呼吸を整えてから、桜子の方を見る。
「えへへ」
目が合うと桜子が恥ずかしそうに笑う。
私も恥ずかしくなってきたので、桜子を抱きしめて顔を見られない様にした。