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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そういう夢を見た

作者: 白河恵

 お腹が破けている。

 それが分かったのは、腹部が何かに引っ張られた気がしたからだ。違和感のある骨盤の上辺りを触ってみると、お腹の内側から何かが飛び出ている。その何かを掴むと、ぬるりとした嫌な感触があった。覗き込もうとしたが、胸が大きすぎるせいで下腹の状況がわからない。どうせならこの胸が破けてしまえば手っ取り早かったのではないだろうか。とはいえ、見なくとも何を触っているのかはおぼろげながら想像がつく。おそらく大腸だろうか。そこから更に中身を手繰っていくけれど、緩いゴム手袋に手を通すような、空虚な感覚しかつかめなかった。これは中身がごっそりと抜け落ちているのだろうと理解した。

 さて、消えた中身はどうなっているのだろう。振り返ると案外近く、三メートルほど後方から順に散らばりつつ、私の手元の大腸まで繋がっている。内臓に詳しい私ではないけれど、あれが肝臓かな、小腸かな、十二指腸って何処だろう、と思える程度の知識はある。とりあえず、なんとか腸一重を保ったことは僥倖だったのだろう。千切れていればお腹が引っ張られることもなく、そのまま気が付かずに放っておいた可能性だってあるのだから。

 落ちている中身の量から考えて、多分肺は無事であるはずだ。そもそも、肺なくして呼吸が出来るわけがないのだしあたりまえか。なんて現状を把握してみたところで、何の解決にもならない。

 私はご主人の命令で買い物に来ており、今はその帰りだ。中身を抱えて持って帰れたらいいのだけれど、そんなことをすれば荷物が血と汚物にまみれてしまう。あれは厳しい人だから、汚れてしまった荷物を見ればどんな目に遭わせられるか。

 お腹に突っ込んでしまった右手は既に血塗れだし、荷物入りのビニール袋を持っている左手だって少しは汚れている。ビニールには血が跳ねている程度で荷物に影響がない。けれど、内臓をどうにか処理しようと思えば、間違いなく荷物への被害が出る。

 とはいえ、落し物をそのままにしてしまえばどうなるのだろう。中身がごっそり出きってもどうにか生きている私は、まさに生命の神秘を体現している最中だといえる。けれど、直感がこのままではいけないと喚いている。確かに内臓がないと大変なことになってしまうというのは本能に言われなくても、なんとなく理解できる。

 それにしたってどうしようか。ご主人に怒られるのは嫌だし、だからといって大変なことになるのも嫌だし。

 荷物を汚さないことと内臓を持ち帰ることが両立できれば一番良いのだけれど、そんな方法はあるのだろうか。

 どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。どうしようか。

 

 そんなことを考え続けて、気が付くと朝日が登ってきていた。買い物に出たのは夕方過ぎてからだから、それを考えると結構な時間が経ってしまったようだ。

 さて、ではどうしようか。私は再び考えながら、右手で大腸を弄ぶ。そしてあることに気がついた。乾いている? そうだ、水気のあるものは時間が経つと乾くのだ。血だって水っぽいのだし乾くのはあたりまえじゃないか。私は散らばった内臓に嬉々として手を伸ばす。

 生乾きだった。一見して表面は乾いているのだけれど、手に持った圧力により内側の水分が染み出してくる。とはいえ、一晩でこれだけ乾いたのだ。日に照らされたら、もっと早く乾くに違いない。私は内臓が乾ききるまで、いつまでだって待ち続ける。全てはご主人のためなのだ。



「で、お前。買い物から帰ってくるまで丸一日もかかったわけ?」

私は帰宅早々、ご主人に荷物を取り上げられ、正座させられてしまった。

「申し訳ありません。ですが、私はご主人の命令を全うしたかったのです」

帰宅が遅れてしまったのだ。ご主人の怒りはもっともだけれど、それにしても私にだって言い分がある。

「命令って、お前、自分が何を頼まれたのか分かってるのか」

「ご主人のお食事を買ってこいと、そう命令されました」

「ご主人が、お腹をすかして待っているだろうなということは想定しなかったのか?」

そういえば、食事とはお腹が空くから行うものだった。確かに、荷物の汚ればかりを心配して食事が遅れることを気にしなかったのは問題だろう。

「申し訳ありません。今すぐお作り致します」

「いや、もういいよ。お前使いものにならないし、廃棄な。胸の大きさでお前を選んだ俺も悪かったが、それ以上にお前の性能が悪すぎる」

どうやら、私は失敗してしまったらしい。残念だけれど仕方がない。ご主人は屋外の物置を指差している。廃品回収が行われるまでそこで待機しておけということだろう。

「今までありがとうございました」

「俺にとってはありがたくもなかったけどな。あと、ちゃんと内臓も処理しとけよ」

私は私の内臓をかき集めてゴミ箱を見つめるが、そこは買ってきた食料がいっぱいに詰め込まれており、それ以上何かを捨てる余地がない。私は内臓を抱えたまま物置へ向かう。物置の扉を開け、私はその奥で横たわった。


 気が付くと、私は小奇麗な寝室で眠っていた。自分の部屋だ。起き上がると、お腹には相応の重みがある。触ってみても、もちろん穴なんて開いていない。カーテンのない私の部屋には、窓から直接に朝日が差し込んでいる。もう、起きなければいけない時間だろう。

 それにしても、なんて恐ろしいものを見てしまったのだ。お腹が破けて、その上ご主人に捨てられるとは。そういった夢を見た、というのはどういうわけだろう。私を拾ってくれた優しいご主人が私を捨てるはずがないのに。

早く忘れてしまおう。早くご主人の朝食を作ろう。ご主人に褒められたいから。ご主人のためになりたいから。私はご主人のためだけに存在しているのだから。

食物を扱う前に、まず手を洗わないと。手のひらに水を流し石鹸をこする。手の皮膚が破け血と痛みが広がっていく。白い泡は赤く侵食されていく。

次に野菜を切ろう。そう思ったけれど、上手く切れない。指ばかりが切れていき、まな板まで血だらけになっていく。

「大丈夫?」

突然、私の手が握られる。そこには優しいご主人の顔。心配そうな表情を浮かべながらこちらを見つめている。誰よりも優しく、私だけを見つめてくれるご主人様。そんな人は居ただろうか。私のご主人はそんな人間じゃない。コイツは誰だ。そんな違和感が走り、私はようやく目を覚ました。


真っ暗で何も見えないけれど、手は無事らしい。ついでに言えばお腹は有事が起こっている、起こりっぱなしだ。それにしても、不思議なものを見た。私の最後にいいものを見たいという私自身の願望だろうか。そういう夢を見たって、結局は自分で振り払ってしまうのだからどうしようもない。今度こそ、何の夢も見ませんようにと願い、わたしは再び目を閉じた。







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