表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Kami-Ten!!  作者: 滝音小粒
4/12

第3話:亡国

「そうか、将軍がな・・・」


 そう独り言を漏らしたのは、戦地から離れたキリアス侯爵領で未だに忙しい日々を過ごしているユーチェだった。早馬で届いたフータス将軍からの手紙に目を落としながら、自分の将来に思いを馳せていた。


 使者によれば将軍も軽傷とは呼べない怪我を押して負傷者の治療や、残兵の統制に努めているらしいが、それでリサイア王国の命運がどれほど購えるだろうか?


”ガタン”


 思いに沈んでいたユーチェの私室に、窓からという妙な場所から客人が訪れる。それも招かれざる客が・・・。器用に外側から窓を開けたのは、ユーチェにとっては息子の仇とも言うべき、神子ジェム・イグノスだった。


「おい、力を貸せ、侯爵!」


「おや、これはリリーサの神子様ではないですか、随分妙な所からおいでですね?」


「皮肉は止せ!」


「随分お急ぎの様子ではないですか?」


 ジェム・イグノスの様子は前回この屋敷を訪れた時とは打って変わって余裕の様な物が一切感じれず、それどころか追い詰められた者の焦りが表情にもそして服装にも現れていた。


「追われているんだ、匿ってくれるだけで良い!」


「成程、そう言う事ですか。セッカ・サイノスは美しい女性だと聞きますがどうでした?」


 神子を追い詰める事が出来るのはやはり神子だけだった。他人の神力を奪い取る異能を備えたジェム・イグノスでもセッカ・サイノスの相手は難しいらしい。


「あんなのを女って呼べるか! お前はどうにかして神力を隠しているんだろう?」


「隠す? さあ、私にはそんな力はありませんよ。それにどちらかと言えば私は貴方に恨みを持つ人間だと分かっていますか?」


「うっ、あれは事故なんだ! 何だったら俺の力をお前にやるから!」


「そうですね、死んだ人間は生き返らない。そして貴方もその仲間入りだ!」


「ヒッ!」


 皮肉な事にジェム・イグノスの最後の声は、彼が殺したユイスの物と似通った短い悲鳴の様な物だった。何故短かったかと言えば、次の瞬間ジェム・イグノスの首には後ろから槍の様な物で突き通されていたからだ。


 人形の様に前のめりに倒れこんだジェム・イグノスだった物の後ろ首には、手の込んだ装飾の施された短槍が突き刺さっている。これを投擲したのが誰かなど言うまもでもないだろう。ユーチェには暫く前から感じられていた眩しい程の神力の持ち主は、誰かと考えるまでもない。


 神子と言うのは窓から出入りする習性でもあるのだろうか? ジェム・イグノスが先程まで乗っていた窓枠に、今は美しい一人の女性の姿がある。輝くばかりの美貌の持ち主だが、美しいというより凛々しいと形容したくなるのは、その目に宿る力のせいだろうか?


 それに加え、その若々しいと言える容姿に似合わないしわがれた老婆の様な声もこの女性の特徴かも知れない。年齢相応と言えば相応なのかも知れないが妙な失調感を覚えさせる。


「なんじゃ、妙な所に逃げ込むと思ったら、キリアス侯爵の屋敷とはな?」


「これは、セッカ・サイノス様、以前少し顔を合わせただけだったと思いますが、良く覚えていらっしゃいますね?」


「あたりませじゃ、キリアス侯爵軍には何度か煮え湯を飲まされた。それに面白い服を作るという噂はわが国でも流れておるよ」


「神子様に褒められるとは思ってもみませんでした、これで心置きなく死ねるというものです」


「別に侯爵の命など望まぬよ、今後の統治を考えれば、妙な騒ぎは起こさないのが得策じゃろ?」


 セッカ・サイノスから見れば、リサイア王国の滅亡は確定事項だったのだろう。それに、神子から見てもユーチェ・キリアスもただの人間にしか見えなかった。どちらかと言えば、使いでのありそうな駒と言った所だろうか?


 ユーチェにとっては、殺す価値も無いと言われるよりはかなりマシな答えだっただろう。美の女神の神子から戦女神の神子の駒へとランクダウンした感もあるが、ユーチェ自身自分が神子だったという実感も無いし、用が済めば処理しても構わないと言う神よりは多少問題があっても人間の方がマシだと思ったのだろう。


「神子様は意外とお優しいのですね?」


「そうかの? サイノスの教えを広めるにはそれなりの力が要る、戦って勝てばよいという単純な話でもあるまいよ。そちらの頼りの神子もこの様じゃ、分からず屋のそちらの国王にも覚悟を決めて欲しい物じゃ」


「覚悟ですか?」


「そうじゃよ、サイノス教への改宗するという大英断をする覚悟をじゃな」


「本気で神子様の事を見誤っていた様です。ここまでお心が広いとは・・・」


「なに、神子であると同時に政治をやるにはこんな事も必要なんじゃよ。私としては皇国で蛮族と呼ばれる連中を相手して居ている方が性に合っているがね?」


 サイノスの神子の口調は何気ない物だったが、その一言は神子同士だけではなくリサイア王国と言う国も殆どセッカ・サイノス個人に敗北したことを意味していた。


「蛮族というとやはり・・・」


「そうじゃよ、叩きのめせば言う事を聞くし、ちょっと色目を使えば命さえ引き出せる」


 色目と言った所でのセッカ・サイノスの表情をみれば、それだけだったとは思えないが、自分の身体を武器にしたと言いきられれば問題にならないらしい。事実、戦いに関して以外は概ね緩い施政を敷いて来たからこその教国の繁栄なのだろう。


「おっと、騒がしくなって来た様じゃな。面倒だがこの死体は貰って行くよ!」


「神子様!」


 セッカ・サイノスは自分より大柄な男性の死体を肩に抱えて、身軽に窓の外へと身を投じた。ユーチェが窓の外を見ると、屋敷に近い木々の枝を器用に足場にして高い所を駆けて行く神子の後ろ姿だけを何とか捉える事が出来る。あの事件以来、厳しくした屋敷の警備など全く意に介しない訳だ。


「全く、何って連中だ。うん?」


 ふと気付くと、ユーチェの足元に小さなガラス玉の様のものが転がっている。どちらかの神子の忘れ物なのだろうが、ユーチェがそれに手を伸ばすと硬質そうな見掛けに関わらず、シャボン玉の様に割れて消えてしまった。


 その直ぐ後に、屋敷の警備兵がやって来た為にその玉の事を忘れてしまったユーチェだったが、その事を思い出したのはもう少し後の事になる。


◆ ■ ◆


 当然だが、神子ジェム・イグノスの死亡が噂に上る様になるにはそれ程時間が掛からなかった。おまけにキリアス候が神子殺害に関わったという噂も同時に流れ、神子との隠れた対立のあったキリアス候ユーチェとしてはかなり苦しい立場に立たされる事になる。


 ユーチェ自身この噂を否定出来なかったが、現在王都の守りを半分近く担っているのがキリアス候領軍である事実を見れば、普通に教国側の離間策であると言うのが一般的な見方だ。


 それに、不謹慎ではあるがユーチェにとっては個人的に願ってもない噂だった。息子を殺した男を罠にはめて殺害したという話を聞いて、妻マーリカとの仲が改善の兆しを見せのだ。本人としては情けなく思いながらも、その絶好の機会を逃さずにもう一人子供をなどと考えているユーチェの元に国王直々の勅令が下り、急遽王都へと呼び出される事になった。


「貴方、本当に王都に行かれるのですか?」


「ああ、陛下には色々言っておきたい事もある」


「危険はないのですか?」


「今のこの国で安全な場所なんてないよ。侯爵領軍の交代も必要だしね?」


「ですが・・・」


 試してみると意外に便利な神子の特性のお陰で雑兵や盗賊に討たれる可能性は無いと判断して出した結論だった。実際に使ってみれば、常識外れな身体能力を発揮するのだが、これまでの人生ではそれを生かす機会など無かったというのが実に皮肉な事である。


「大丈夫だよ、マーリカ。王都で流行の化粧品でも土産に買ってくるさ」


「貴方・・・」


 ユーチェとしては、再び床を共にしはじめて気付いた、妻の化粧へのこだわりを”軽く”皮肉った言葉だった。30代半ばを超えたマーリカだが、十分に美しい容姿を維持している。それに、ユーチェにとってはマーリカの容姿など全く問題ではなく、自分の所に帰って来てくれた妻が只々愛しいだけだったのだ。


 王都への旅は兵を率いていた為にそれなりに日数が必要だったが、これと言った問題も起こらなかった。問題が起こったとしてもユーチェに解決出来たかは疑問だったが、軍自体を率いていたのはフータス将軍の腹心だったから、問題が起こる前に処理されていた可能性もある。


◆ ■ ◆


 王都に到着するとユーチェは連行される様に城へと導かれたが、軍の指揮はユーチェが不在の方がやり易いだろうし、ユーチェ自身は苦も無く逃げ出せる自信の様な物があった。ジェム・イグノスの死以来、妙に自分の身体に力が満ち溢れている自覚はあったのだが、軍と行動を共にする事でそれが自信に繋がったのだろう。


 そして、城でユーチェを待ち受けていたのは、ユーチェが最も嫌う人物だった。無論リサイア国王の事では無く、その横に控える老人、ターキット侯爵の事だ。


 こちらの侯爵は、元々名も無い子爵家の当主だったが、娘を王妃にする事で成り上がったと言われている。そこそこ名門であるキリアス侯爵家が目障りだった様だし、若き国王が懸想していたユーチェの姉の件もあり、キリアス候ユーチェとは犬猿の仲と言っても過言ではない。


「キリアス候、王都に召還されたのに軍を率いて来るとはどういう積りだ!」


「ターキット侯、いきなりなんですか? 王都の警備にお貸ししているわが軍の兵にも疲れが見えると報告を受けていまして、交代の兵を率いて来ただけの事、わが軍の兵を警備の任から外していただければあんな面倒な事はしなかったですよ」


「叛意があるととられても言い訳出来ない事だと分かっているのか?」


「その積りがあるならもう少し上手くやります。私が単身この場に居る事が、陛下への変わらぬ忠誠を示していると思いますが?」


「くっ、若造が!」


「ターキット侯領にも兵は居るでしょう、是非王都の警備の任をお任せしたいものですね?」


「何を言う、そんな事をすれば我が侯爵領の守りが疎かになってしまうではないか!」


「はぁ・・・?」


 国王の義父という立場で勢力を拡大したターキット侯だったが、国王軍の幹部と折り合いが悪い上に軍事的な才能に恵まれた部下を得る事が出来ず、先の教国への侵攻で兵力を大きく減じているのは事実だ。それは規模は違ってもキリアス候領軍でも同様だったが、キリアス候ユーチェにとってはフータス将軍のキリアス候領を守るには王都を陥落させないしかないという意見の方が受け入れ易い物だ。


 王都が占領される様な状況になれば国と言うまとまりがなくなり、その後の展開が全く読めない。下手をすれば隣の領主が教国に寝返り攻め入ってくる事さえ起こり得るのがこの国の現状なのだ。


「ターキット侯、今の言葉ですと、ターキット侯領さえ守れれば良いと聞こえましたが?」


「何を馬鹿な事を!」


「いや、まあ良いです。その点では会話が成り立たない様だ」


「キリアス候、お前こそ王国の未来を憂うならば、侯爵領軍の指揮権を陛下に返上せよ!」


 その厚顔無恥なターキット侯の良い様に呆れてしまい、ユーチェはこの老人との会話を断念する事にした。二人の侯爵のやり取りを黙って見続けている国王陛下と直接交渉を行う事にしたのだ。


「陛下、いえ、セル兄様と呼びましょうか?」


「キリアス候、無礼だぞ!」


「良い・・・」


 ターキット侯の糾弾の声は、国王セルゲイ・リサイアが軽く片手を上げて短く答える事で封じられてしまった。セル兄様と言う呼び方は、ユーチェが幼い頃、姉の最も有力な求婚者だった当時のセルゲイ王子を呼んでいた物だ。


「私は貴方に多くの貸しがあります」


「・・・」


「古くは、私の故郷、フーリアが皇国に攻め滅ぼされた時まで遡ります。あの時はまだ太子だった貴方は求婚者である姉を助ける為に軍を出す事をしなかった。―王子が勝手に軍を動かせる筈がないですか? セル兄様は国王となってからも皇国と迎合する様な政策ばかりとってきましたから、そんなのは言い訳にもなりませんよ」


「それは・・・」


「皇帝のモノになってしまった姉には用がありませんか?」


「私は、国王として当然の事をしたまでだ・・・」


「当然? その当然の結果が今のこの国の状況な訳ですね、国王陛下? 陛下の治世が間違っていたからこそ現在の状況があるとお認めになる訳だ。私も、フータス将軍も、何度か皇国と手を切り、教国と組むべきだと進言したのをお忘れではないでしょう?」


「馬鹿な! リリーサの加護あっての王国だぞ、無礼を通り越して不遜だぞ!」


「ターキット侯、あの神子を推したのは貴方だったそうですね」


「そうだ、リサイアの人間とすればおかしな事でもない」


「ほう、それならば、女神リリーサの力がサイノスに劣ると認めるのですね、候?」


「な、何と不遜な事を!」


「不遜ですか? 私は碌な加護も寄越さない神を信仰する程酔狂ではありませんので」


 それは、ユーチェ・キリアスとしての本心であり、同時に呪われた(祝福された)神子ユーチェ・リリーサの思いでもあった。


「キリアス候、神子ジェム・リリーサ殺害に関わったと言うのは本当なのか?」


「陛下、正直に打ち明けますと私はあの男を殺したいと思っていました。それにあの男が死んだ場面に居合わせた事も事実です」


「ユーチェ・キリアス! 衛兵、この男を捕えろ!」


 こう命じたターキット侯だったが、実際に衛兵が動く事は無かった。国王の勅命であるならば兎も角、現状が分かっているのかさえ怪しい老人の言葉に従える筈も無い。


「私に危害を加えると言う事が何を意味しているか分かっているか、ターキット侯?」


「くっ!」


 今、王都には、多くのキリアス候領軍の兵士が居て、王都の守りはそれに頼り切っているのは誰もが知っている事だった。ユーチェ・キリアスがその気になれば、この城から単身逃げ出す事も可能な事は誰も知らない事だが、ユーチェ・キリアスの身の安全は2重の意味で安泰だったのだ。


「それで良い、信じていただけないかもしれませんが、私はあの男を殺す為の行動は一切取っていません。自分の事で精一杯でしたから」


「神子の死の場に居合わせたのは、偶然ではありません。あの男はキリアスに助けを求めたのですから・・・、ですが、あっさりとセッカ・サイノスに殺されましたよ。そのサイノスの神子から伝言です」


「何だ?」


「リリーサへの信仰を捨て、教国に下るならば財産と地位を保障するそうです」


 その言葉に露骨な反応を示したのは、国王の方ではなくもう一人の人物だった。国王セルゲイ自身は詰まらなさそうに口元を歪めたが、ターキット侯は考え込む様に黙ってしまった。ユーチェはその両者の様子を見比べてこの国も長くないと悟ってしまった様だ。


「陛下、今の私の伝言はある意味利敵行為だったと思いますが、私の口から出なくても教国側がこの手を使えば同じ結果だったと思いますよ。そうなれば、この城の中でさえ安全ではありません。早々に対応を決めるべきです、もし生き延びたいのであればですけどね?」


「・・・」


 ユーチェは既に何かを決めてしまった様に見える国王から、視線をターキット侯に移してこんな事を言った。


「ああ、ターキット侯は神子セッカ・サイノスと面識はなかったですね?」


「そうだが?」


「あの方は卑怯な事がお好きではない様です。誰かの首を差し出して今以上の地位を得ようなどと考えれば自分の首も危ういと、噂を流した方が良いですよ?」


「なっ!」


「あの方は敵将を自軍に迎える事が出来る度量を持っていますが、卑怯者を部下にする事を嫌うでしょう」


「わ、分かった」


「それでは陛下、私はこれで失礼いたします」


「さらばだ、ユウ坊」


「はい、ご壮健で、セル兄様」


 ユーチェは一礼だけして、そのまま振り返りもせずに国王の前から姿を消してしまう。まだ何か言いたそうなターキット侯だったが、結局何も言う事は無かった。


 ユーチェとしても色々忙しいのだこの国の文化の中心とは言え、今の王都で美容品の類を手に入れるのは骨が折れる事なのだから・・・。


さて、主人公の絶頂期もここまでになります。後は堕ちるだけですが、どこまで堕ちるのでしょう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ