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Kami-Ten!!  作者: 滝音小粒
2/12

第1話:転機


 そこは、地球の中世ヨーロッパに似た世界だった。ゴシック建築風の石造りの大きな館の一室から物語は再開する事になる。


「貴方、夕食の準備が整いましたよ?」


「ん? ああ・・・」


「あまり根を詰めると、体を壊します。聞いてる、ユーチェ?」


「勿論だよ、マーリカ。ただね、これはキリアス領の民の為の仕事だし、延いては領主である僕達自身の為でもあるんだ」


「真面目で領主の仕事を手を抜かないのは貴方の長所だけど、私が心配するの」


「そうか、それは良くない事だな」


 そう言いながら、ユイスと呼ばれた男は机の上の書付から視線を外すことは無かった。


「ユイスの風邪が治ったばかりで、次に貴方が体調を崩したりしたら、私の方が大変な事になるのよ?」


「分かったよ、ごめん、マーリカ」


 そういって、領民からの要望や他の領主からの手紙などに目を通していた男がやっと椅子から腰を上げた。この世界の基準で言えば中々の美男子で年の頃は30代前半と言った所だろうか。一方、彼の妻であるマーリカは絶世とまではいかないが、ユーチェとの婚約が決まるまでは求婚者が常時二桁を数えた程の美貌の持ち主である。


 彼の名は、ユーチェ・キリアス、リサイア王国の南方に位置するキリアス候領の領主である。この年齢で義父の跡を継ぎ領主になる事を当初は危ぶまれていたが、現在は概ね良い領主として領民の信頼を得つつあると言った所だろうか。


 キリアス領は温暖な気候を生かした農業が盛んだったが、彼の代になりあまり盛んではなかった縫製方面に力を入れて税収を増加させた。彼の独特な服飾センスはキリアス領だけではなくリサイア王国にも流行を生み出しつつあると言っても過言では無いだろう。


 彼の領主としての欠点と言えば、侯爵領の軍備に関してである。キリアス領では敵国に隣接する大貴族並みかそれ以上の軍を組織している。本来この国では、理由もなくこんな事をすれば国王に目を付けられて過剰な税を請求されるのだが現在の王国が2つの大国に挟まれて軍事力を必要としている点と、彼自身の幼少期の出来事から国王自身が御目溢しを貰っている状態である。


 実際、ユーチェ自身に軍事的才能など無く侯爵領軍の指揮は完全に部下に任せっきりである。その侯爵軍の司令官は以前王国軍の最年少将軍だった人物だったが、同僚との確執で出奔した所をユーチェに拾われたという経緯なのだ。


 侯爵軍には将軍と言う地位など存在しないが、”フータス将軍”と呼ばれている彼は、自由に手腕を振るう機会を十全に活用して守りに関しては王国軍をも凌ぐとまで言われる軍を生み出した。拠点防御などを任されれば、彼と彼の率いる侯爵領軍は(勝ちは無くとも)負け知らずとまで言われる。


 キリアス侯爵家としては派手な活躍をされては要らぬ誤解を招くし、兵士の損耗を最低限にすると言うフータス将軍の基本方針がユーチェ・キリアスの希望とも一致した結果だった。


◆ ■ ◆


 夕食を終えたユーチェは懲りもせず領主の仕事とも言えない婦人服のデッサンに精を出していた。彼自身も針子の真似事も出来るが実際にはこのデッサンが重要だった。彼は自分の中から浮かび上がってくるイメージをそのまま紙面に書き写すだけなのだが、それ自体が殆ど矛盾無く衣服に成り得るのは彼自身にも不思議な事なのだろう。


 今更ではあるが、ユーチェ・キリアスこそが美の女神リリーサに転生させられた”彼”である。何故か普通の人間として生きて来た”彼”にその晩、転機が訪れる。


◆ ■ ◆


 まだ夜遅くとは表現しない時間だが、ユーチェに客人が来た事を告げたのは、執事の老人だった。


「旦那様、お客様ですが?」


「うん? こんな時間にか、確か予定は無かったと思うが?」


「はい、ですが、どうしても旦那様とお会いしたいとおっしゃって。一応信頼出来る方の紹介もありまして・・・」


「まあ良いさ、民草の声を聴くのは領主の務めだろうし。仕事の方の切りも良い、応接室に通してくれ」


「はい」


 彼は屋敷の中を移動している間も、あれこれとデザインのアイデアを考えていた。だが、応接室の扉を開けようとした瞬間、部屋の中から妙な気配を感じることになる。何故か懐かしさを感じるその気配に、昔の知り合いが会いに来たと思いそのままゆっくりと扉を開け放った。


「お待たせしましたか? 私が領主のユーチェ・キリアスです」


「いや、こんな時間に来たんだ。領主様に会えただけでも御の字だよ」


 そんな事を言い放ったのは、ユーチェと同世代の男性だった。口調も態度も”領主様”に向けた物とは思えない不敵さをにじませている。特に目を引く特徴を持ている訳では無いのに何故かユーチェには妙に気になる男だった。


「失礼ですがお名前は?」


「名乗った筈だが?」


 執事から聞いた名前は、如何にも偽名ですよと言う物だったのだ。


「ええ、でも偽名でしょう?」


「まあな、ジェム・イグノスと名乗る訳には行かなくってね。立場的にはジェム・リリーサだがね」


「リリーサ?」


この国(正確にはこの世界ではだろうが)の人間にとっては、”リリーサ”という姓には特別な意味がある。


「はあ、やっぱりか。あの嘘吐き女神め、調子の良い事を言いやがって!」


「あの、何を言っているのですか?」


 どう考えても不遜すぎる言葉を吐くジェムと名乗る男だが、一応武器などを持ち込んでいないのは確認されているし、護衛も室外に控えて居る事で暢気な対応をするユーチェだった。


「あんたは自分が、リリーサの神子だと言う事を覚えていないんだな?」


「はぁ? 私が神子、何の冗談ですか?」


「これが冗談じゃないんだよな、冗談の様な成り行きだが」


「・・・」


リリーサという姓を持つのは、女神に選ばれた神子のみに許される。神子の末裔とされる国王でさえ、リサイアとしか名乗れなかったというのが歴史的な証拠になるだろう。


「あんたは俺がこの世界に来る時に備え、”女神の欠片”を見付けておく役目を負った筈なんだよ。――少なくともあの女神様はそう言ったんだがね」


「私が、いや、そんな筈はない。生まれて以来女神の声など聞いた事も無いぞ?」


「そりゃそうさ、あんたが生まれてくる前の話だ。まあいい、用が済んだら好きにすれば良いと言っていたからな、好きにさせてもらおうか、動くなよ!」


 そうジェムが言葉に出した瞬間、ユーチェの身体の自由が一切利かなくなっていた。指一本どころか、瞬きさえ出来ないユーチェの口から、苦しげな呻きがもれる。


「ぐっ!」


「心配するな、あんたの中の女神の力を貰い受けるだけだ」


 ジェムはソファから立ち上がりユーチェに近付きその額に軽く触れた。ただそれだけだったが、ユーチェの中の”何か”がジェムの中に移動したらしい。


「あっ!」


「もう良いぜ、ちょっと身体が動かし難いだろうが、直ぐに治る。これ位なら神力を見るのと同じで神子としては基本なんだが?」


 何とか口を利ける様になったユーチェだったが、身体の自由はまだ利かない様だ。ただ、ユーチェ驚きの声を上げたのは、”何か”を奪われた為では無い。逆にユーチェの意識の中には、何故か忘れていた様々な記憶が浮かび上がって来ている、あの神に封じられた記憶がである。


「お父様?」


 そんな場面で運悪く応接室にやって来てしまったのが、ユーチェの息子ユイスだった。母親似の可愛らしい姿が部屋に入った瞬間、ジェムの目が細められる。そう、新しい獲物を見付けた猛禽類の様に。


「ほう――成程、そう言う事か。坊やは領主様の息子かな?」


「はい、ユイスと言います」


「利発な男の子だな。将来が楽しみだね」


 ジェムは何故か如才なくユイスの事を褒め、頭を撫でる様にその頭に手を伸ばした。ここまで来ればジェムの意図は明らかだったが、その行為の結果はジェムの意図といささか異なってしまった。


「ひぃっ!」


 ジェムの手がユイスの額に触れた瞬間、ユイスは奇声を上げ”ひきつけ”を起こした様に身体を痙攣させそのまま倒れてしまったのだ。息子の奇声に我を取り戻したユーチェが見たのは、ジェムの足元に力無く崩れ落ちる息子の姿だけだった。


「ユイス!」


 ユーチェが息子に駆け寄ろうとするが、椅子から立ち上がる事さえ出来ずに、息子同様に倒れてしまう。但し、口は動く様になった為、ユーチェは直ぐに警備兵を呼ぶ事は出来る。


「誰か!」


「おい、そんな積りは無かったんだ!」


「侯爵様!」


 言い訳をしようとしたジェムだったが、駆け込んできた護衛の姿を見てそのまま身近な窓へ向かい、このまま窓を蹴破って逃げ出していった。この二人の出会いがこんな形で終わってしまったのは様々な運命(神々)のいたずらの結果なのだろう。


 もしユイスの体調が万全だったなら――、もしジェムがその能力で吸収したのが呪いの方でなかったら――、そしてもしユーチェが呪いにかかって前世の記憶を封じられていなかったら――。2柱の女神によるモノスを巡った争いは全く異なった結末を迎えたかも知れない。


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