エピローグ:日常
このエピローグはどちらかと言えば後日談になります。
但し、この話が有ると無いとでは、物語の印象が全く別物になるでしょう。
そして舞台は202X年の日本の某地方都市に移る。時間的に言えば、ユーチェの前世である佐々木稔が死亡して6年が経過した頃になる。
「お父さん、お母さん、ただいま~!」
「結衣ちゃん、お帰り」
10歳位の元気な女の子の声が、夕日に照らされた古い洋館に響き、キッチンから出迎える母親の姿が現れた所だった。
「お母さん、お父さんは、お仕事?」
「ええ、またパソコンとにらめっこしているわよ」
「駄目だよ、お母さん。お父さんは株トレードでお金を稼いでるんでしょ?」
「一応ね、私にはどうしてそれでお金が稼げるか分からないんだけどね」
「えへへ、私も! そうだ、お母さんと稔伯父さんにご挨拶して来なきゃ」
「いい子ね、結衣ちゃんは」
洋館には似合わない仏壇の供えられている部屋に向かった娘に小さく呟く母だった。その女の子の名前は”ユイ・ロッサ”と言うが、本来の名前は佐々木結衣という。
その名前を知ると多くの人が彼女に同情する為に、結衣自身自分の名前を告げる事は少ない。
結衣が同情を受ける理由の1つは、今では信じられない事だが彼女が先天的な心臓の病を抱えていて心臓移植を受けない限り10歳までは生きられないと医師に告げられた子供だった事だ。
そして、もう1つは彼女が天涯孤独になった事に大きく関わってくる。それは、彼女の伯父である佐々木稔が死亡した事に端を発する一族内で起こった陰惨な連続殺人事件が余りにも有名だからだった。
◆ ■ ◆
佐々木稔が加入していた生命保険は死亡時に1億と言う大金が支払われる物だった。働き盛りであった事を考慮しても些か高額だ。当時結婚を考えた女性が居た事もあって真剣に考えた結果だったが、残念な事に保険の契約を行った直後に二人の仲は破局を迎える事になった。
佐々木稔は、その痛手を忘れる為に仕事に打ち込んだ訳だが、その矢先に不審死する事になる。不審死と言っても死因が明確ではないと言うだけでその時点では特に大事とはなっていなかった。
但し、保険会社が保険契約時期との関係で保険金の支払いを渋った事が事態を悪化させた事は確かだ。保険金が入ると聞いて喜んだ稔の父親が怪しげな弁護士に相談を持ちかけた事で事態は最悪の結末を約束されたと言っても良いだろう。
その弁護士はある意味優秀ではあった、佐々木稔が勤めていた新興のアパレルメーカーが社員にかなり無茶な残業をさせていて、佐々木稔が死ぬ直前月に200時間近い残業をしていた事を突き止め会社側に事を公にしない事を条件に多額の弔意金を引き出す事に成功したのだ。
そこでもう1つのトラブルが発生する、佐々木稔の父親が急死したのだ。これは保険金+弔慰金で合計4億という大金を手に入れて興奮し過ぎてクモ膜下出血を起こしてしまうという(故人には悪いが)小物な俗物らしい最後だった。
このタイミングの良すぎる佐々木稔の父将司の死がこの現代の日本での一族が殺し合うという信じられない事件を引き起こす事になるのだ。件の丸岡弁護士はそして佐々木将司の遺産を得る権利を持った遺族に取り入り、お互いに対する猜疑心を植え付け、その上その筋の人間まで紹介するという弁護士としてあるまじき行為にまで手を染めた。
例え1/10でも4000万という大金であるその1/10を報酬にしたとしても十分に利があると思えてしまう辺りが、一族内で殺し屋を雇って殺し合うという悪夢の様な状態を作り出してしまった。子が親を殺し、兄が弟を殺すという戦国時代に遡った様な状況は一年近く続く事になる。
佐々木稔の弟の娘である佐々木結衣とその母親友理奈は幸運にもそんな骨肉の争いに巻き込まれなかったのは、夫である佐々木譲と完全に別居状態だった事が理由の1つだろう。離婚調停中となれば優先順位が低くなるし、それ以前に日本国内に居なければ打てる手も限られてくる。
前述の通り佐々木結衣には拡張型心筋症という重篤な病があり、それが原因で譲と友理奈の仲は悪化した。あくまで治療に拘る妻と、主に経済的な理由で治療を断念する夫の間では話が合う筈も無かった。行動力のある妻は娘を心臓移植の権威が居るアメリカへ住まわせ、自分は日本とアメリカを行き来してとあるNPO団体の支援を受けて手術費の準備に努めていたのだ。
そんな中、聞いた事も無い親戚から義父と夫の死亡を聞かされた友理奈はどんな気分だっただろうか? そして彼女は誰よりもお金を必要としていた事が彼女自身の寿命を縮める結果となってしまう。
「ねえ、ユリナ、本当に国に帰るの?」
「ええ、帰らなきゃならないわ。色々な法律的な手続きもあるし」
「そんなのエージェントを雇えば良いでしょう、話を聞く限り危険よ?」
「ミリア、こっちと違って日本は代理人が万能と言う訳じゃないの」
「じゃあ、ミスター・スミダと連絡が取れてからでも・・・」
「ああ、センターの創立にも関わったという弁護士だった方ね。忙しい方みたいだから仕方が無いわよ」
「やっぱり考え直しなさいよ。自分に保険金まで掛けて、まるで死にに行くみたい・・・」
「そんな事は無いわよ、一応護身術も習ったし、埋め込み発信機も、スパイ映画に出てくる様なレコーダーも買い込んだんだから!」
「Japanって国は何で護身用の拳銃も所持出来ないのよ!」
「ミリア、それはそれで良い事なの。外国人に自国の子供の臓器を与えてくれるこの国の人々には幾ら感謝しても足りないくらいよ」
「ステーツは外国人が集まって出来た国だもの、じゃなくって!」
「ごめんねミリア、結衣のことを頼んだわよ?」
文字通りの死地に赴く母は娘の事をアメリカ人の友人に託すと、出来る限りの対策をして日本に帰って行った。結果的に彼女の対策の多くは無意味だったが、彼女が死ぬ時も手放さなかった超小型のICレコーダーが弁護士丸岡への致命傷となった。
その致命傷を負わせた人間は奇しくも丸岡と同じ弁護士事務所で働いていた事もある角田弁護士だった。当時は丸角コンビと評されたのだが、堕ちて行く元同僚に印籠を渡す役目が自分に来るとは角田弁護士も思ってはいなかっただろう。
角田弁護士により悪徳弁護士丸岡はその命運を絶たれ獄中の人となり、莫大な遺産は佐々木結衣という少女のものになった。但し、事件の鎮静化を焦った角田弁護士がマスコミに佐々木一族の骨肉の争いをリークした事で佐々木結衣という少女の名前は有名になり過ぎてしまったのは明らかな失敗だろう。
結局、佐々木一族の遺産の大部分は臓器移植を支援するNPO団体に寄付される事になり、佐々木結衣には成人するまでの生活費と健康な身体が残された訳だが、本人にしてみれば貧乏でも明日をも知れぬ身体でも両親に居て欲しかっただろう。
異国の地で天涯孤独となってしまった少女を養女に迎えたいと申し出たのは、リハビリ中の佐々木結衣と隣室になったロッサ夫妻(こちらは不妊症の治療目的)だった。本来ならば国際養子縁組には厳しい審査が行われるが、佐々木結衣という少女の特殊な事情と角田弁護士による日本国内での折衝によって実現する事になる。
3年後、結衣の将来を考えてロッサ夫妻は日本への移住を決意して去年、正式に日本へと移住した。事故で両親を失った日系人の少女とそれを養子に迎えたアメリカ人という触れ込みである。
父の名をユイス・ロッサ、母の名をクリス・ロッサ、そして娘をユイ・ロッサと名乗っているが、この一家はご近所ではちょっとした有名人である。両親がそろって美形、父親は意外と日本の文化に詳しいが余り外出する事が無い、母親はとても愛想が良く奥様方から日本料理を教わっている、娘は一目で養女と分かるが両親に良く懐いているとなれば出来過ぎと思われるのだろう。
◆ ■ ◆
「いっけなーい、智ちゃんと宿題やる約束だったんだ!」
「二宮さんの所に行くの? ご迷惑にならない様に早めに帰ってくるのよ?」
「はーい」
「あ、そうだ、クッキーを焼いたから持っていきなさいね」
「うん!」
「おっ、結衣出掛けるのか?」
「あ、お父さん。うん、智ちゃんの家なの!」
「そうか、二宮のお爺さんにまた将棋の相手をしてくれって頼んでおいてくれるか?」
「分かった、行ってきます」
妻のクリスが夫に腕を絡めているのを見て、お父さんとお母さんはいつも仲良しだなと思った結衣だった。そして笑顔の両親に見送られて、友人の家に向かう結衣だったのだが・・・。
「おい、勝手に腕を組むな、離せ、クリス!」
「なーに? 夫婦なんだからこれ位普通じゃない!」
一見親しげに腕を組んでいる様には見えれが、実際には腕を”きめられている”というのが事実である。まあ、きめられている方が痛みには無頓着で、どちらかと言えば妻に接触されている方が気に入らない様だ。
「何が夫婦だ! それに何でお前はそんなに女装じゃなくて、女性として振る舞うのに慣れているんだ?」
「何を今更、神子だった頃はローマ帝国に追い回されて変装した事もある。神となってからも色々やったからな。それを言うならば、お前だって・・・。いや、折角忘れているのだから、蒸し返すのは止そう」
「ちょっと待て、妙に気になる事を言って置いて、止めるなよ!」
「そんな事はどうでも良いだろう、それよりだ、貴様勝手に将棋の勉強をはじめるとは卑怯だぞ、ユイス!」
「何を言っている、老人の暇つぶしに付き合ってるだけじゃないか?」
「良いだろう、では今晩の夕食のメニューを賭けて一勝負だ!」
そんな感じでいきなり口喧嘩をはじめる偽りの夫婦だった。もうお分かりだと思うが、彼らが大神を滅ぼした2柱の神だ。彼らは時間を遡って今この場に居る訳だが、神々にも時間を遡るのはかなりの難事である。
具体的に言えば、新しく世界を作って全く同じ様に歴史を歩ませた方が楽と言える程だが、有り余る神力を使ってその難事を片付けた結果彼らはここに存在する。クリス・ドゥ・ロローサに見付かる事を心配した虚神だったが、極東の事情などに興味は無かったと本人が断言した為に堂々とここにいる訳だ。
彼らは2階の一室に向かい、クリスが趣味で集めている古今東西のボードゲームの中から将棋盤を取り出してテーブルの上に置く。テーブルの上には1つの賽子が置かれているが、これが重要な役割を果たす事になる。
戦術等に研究が好きなクリスと、一般人程度の知識しか持ち合わせないユイスでは将棋やチェスなどでは勝負に成らないのだが、ハンディとして駒を取った時に双方賽子を振って大きい目を出した方の駒が残るというルールを付け加えるだけで、ほぼ互角になる。そこまでクリスの運が悪いのだ。
”神は賽子を振らない”という某偉人の言葉があるが、ある意味その通りで、神という存在はその気になれば自分の好きな目を出し続ける事が出来る為に意味が無いのだ。そして、テーブルに無造作に置かれている何処にでもありそうな賽子が、実はどんな神が振っても出目を自由に出来ないという”神器”だった。
2柱の神の間に揉め事があるとこう言ったボードゲームで解決して来た。最近は主に、洋食好みのユイスと和食に嵌ったクリスの間で食事のメニュー決定に使われる事が多かったりする。但し、結衣が”明日はシチューが食べたいな”と言えば、翌日のメニューはシチューで決定だ。これが”神々の意志”や、強力な”神器”などよりも可愛い娘の一言が重要なロッサ家の日常だった。
これで、Kami-Ten!!も最終話になります。
ここまで読んで下さった方々に感謝を!