第10話:大逆
「ぐっ」
「なっ、何故だ!」
だが、同時に虚神の口からも驚きの声が上がる。虚神が慌てて幻影神の肩から手を離すが驚きの表情は消えなかった。
二柱の神の間に何が起こっているかと言えば、虚神側は幻影神に神力を送り込もうとしたのだが、実際には虚神が幻影神の神力を吸収しているのだ。触れていなければ神力の吸収は行えないという原則さえ無視して、虚神が制御出来ない力で幻影神の神力を吸収し続けている。
「何をやった、クリス!」
「お前にクリスなどと呼ばれる筋合いは無い。単なる経験の差だ、有象無象の神ばかり相手をして慢心したのだろう?」
「自分の力を制御出来ないなんて、クソッ!」
「リリーサの所で実験したのは失敗だったな、リリーサと同様にお前と私の間にはパスが通っているのさ」
「そんな物は見えないぞ!」
「私が幻影神と呼ばれている理由がそれさ、私の精神操作は大神さえ欺く・・・」
幻影神の口調から徐々に力が抜けて行き、30そこそこに見えていた容姿も40を超え50台に見える。
「止めろ、死、いや、滅びたいのか?」
「そうさ、そして、お前がドゥ・ロローサとなる、訳だ、な・・・」
神になりたてだったユーチェだった存在は、妹神の消滅(その時点では完全には滅びていなかったが)を感知してその空間にやった来たイグノスに神としての基本的な知識を教わった。
大神の存在や、神々が争う理由なども教わったのだが、幻影神と呼ばれるクリス・ドゥ・ロローサの治めるこの世界は意外と有名だった。大神が治める世界に匹敵する程の規模を持ち、神としては若いクリスが治める事もあり他の神々の格好の侵略目標と言う事だった。
ロローサと呼ばれるこの世界に手を伸ばして来た神は多いが、その全てを若く神力もそれ程大きくない幻影神が撃退した事で更に有名になったのだが。その手腕は侵略者を撃退する時にしか発揮されないという事をイグノスは嘆いていた。
それは、幻影神が大きな神力を得れば大神にさえ対抗出来るのではないかという他人任せな嘆きだが、イグノス自身はその異能に比べて神力の容量が小さく常に侵略を受けている立場だったから理解出来ない訳でもない。
虚神の復讐は、幻影神に大きな神力を与えてこう言ってやる積りだったのだ。
”人間は下らない生き物だと言ったな? 今貴方には大きな力がある、それで貴方は自分が下らない神ではない事を証明して見せろ!”
その企みは幻影神の言葉通り、経験の差で失敗に終わってしまう。神々の戦いと言うのは相性と言う物が重要らしく、その辺りの見極めをするにはどうしても経験が必要なのだろう。
幻影神が老人を取り越して即身仏に近付いた所で、ようやく、虚神に寄る神力の吸収は止まった。これは幻影神の中に神力が殆ど無くなった事と、それに伴い幻影神の力が機能しなくなった事を現している。
今ならば、幻影神に神力を注ぎ込む事は可能だと虚神にも分かっているが、同時にそれをしても同じ事の繰り返しにしかならない事も分かっている。だが、一瞬だけ躊躇った虚神は、そのまま軽く幻影神に触れ全力で神力を注ぎ込みはじめた。
その効果は直ぐに現れる事になり、幻影神が陰鬱そうな青年の姿を取り戻す結果になった。死を覚悟した所を呼び戻された幻影神が不満を口にする前に、虚神がこんな事を言い出した。
「我が神子クリスよ、死の淵から甦った気分はどうだ?」
「神子、私が、この私がか?」
「そうだ、他者に神力を分け与えて自分の使徒にしたのだから神子で間違いないだろう? ちなみに先程と同じ事をするならば何度でも付き合うぞ?」
「懲りないな、だが、神子か、くくっ、それは道理だ。虚神、ユーチェ・ドゥ・ロローサよ、私を神子にして何を為す?」
「分からないのか? 我々神にとって最悪の敵、大神ノース・ノム・ノーリアを倒すに決まっているだろう!」
「大神―――、大神か。だが、この世界を作り治めていた父神でさえ敵わなかった相手だぞ?」
「無限の神力を持つ”虚神”と、僅かな神力で多くの神を打ち破った”幻影神”が手を組むんだぞ、出来ないと思うか、クリス?」
「人間だった貴方に力を貸すのは本意ではないが、相手が大神と言うのならば話は別だ、良いだろう手を組もう。しかし、神子か、私が神子として父神の教えを説いていたのはもう二千年も昔なのだな」
「なあ、クリス?」
神子の同意を受けて満足そうに頷いたユーチェ・ドゥ・ロローサだったが、不意に視線を遠くに向けると少し首を傾げ、神子に尋ねた。
「どうした、虚神?」
「同意してくれたのは有り難いんだが、この世界には何故こんなに神が居るんだ?」
「何だ気付かなかったのか? この世界はそもそも、自の世界を追われた神々を受け入れる為に作られたのだぞ? その辺りが父神の器の大きい所だったな」
「それはそうかも知れないが・・・」
「か弱き者の全てを愛せと言うのが父神の教えの神髄、その教えに従い大神に挑んだのだが・・・」
「いや、それは良いのだが、何で地球の中にもクリス以外に神が居るんだ?」
「私の生まれはヨーロッパだからな」
「せめて自分の星位ちゃんと治めて欲しいかった・・・」
「昔の私にはヨーロッパこそが世界だった。それに、誰か信仰を私に向けるなど容易い事だ困る事も無い」
実際にその通りなのだろう。加えて言うなら異界の神が地球に手を出して来た場合には一気に勢力を伸ばす事が難しいという利点もある。
「しかしだな・・・」
「それにだな、父神が私にロローサを託して大神に挑み滅ぼされた後、私はこの世界の他の神々を率いて侵略して来た神、悪魔と呼ぶことにしているが、奴らを撃退してこの星に戻った」
「ああ、それで?」
「懐かしい筈のこの地に戻ると、人間達は私の伝えた教えを歪め、自分の都合の良い様に改ざんして好き勝手していたのだ」
「それが人間嫌いの原因なのか?」
「そうだ、だから私は人間の為に面倒な事などしない。私にとって先輩に当たるモーセの怒りが良く分かったな」
「?」
「十戒の話も知らないのか、無学だな?」
ユーチェも”モーセの十戒”位は聞いた事があるが、十戒を授かった時のユダヤ人達がどんな行動をとったかというエピソードまでは知らなかっただけだ。
「無学で悪かったな?」
「何だ? この星が治めたいと言うのならば、虚神様のお力で」
「いや、俺達の目的はあくまで打倒大神だ。何か面倒そうだしな」
「ああ、面倒だぞ?」
妙な所で、気の合う二人だった。実在する神としてはどうかと思わないでもないが・・・。
「・・・、まあ良いさ。この近くの世界で、神同士が争っているのは何処だ?」
「ヤクルー辺りだな、探せば幾らでもあるが? どうする積りだ?」
「同志を探すのさ、行くぞ!」
「良いだろう、我が神よ!」
こうして、虚神と幻影神はその場から姿を消した。暫くすると二柱の神の事は周辺の神々に恐怖と共に噂される事になる。
◆ ■ ◆
ある日、神々の争いで大事な人を喪った者の所に一人の青年が現れる。彼は親身にその者の話を聞いた後に、突然こんな事を聞くのだ。
「もし、もしですよ? あなたにそんな運命を齎した存在に抗う力があったらどうします?」
そして、その者が青年の手を取ると、青年は全く態度を変えてこう言うのだ。
「良かろう人間よ! 神子を殺し、神をも滅する力存分に振るうが良い!」
この話を読んでいただければ分かっていると思いますが、大逆というのは”大神への反逆”の略になります。
本来の意味とは微妙に違いますので、注意ください。