プロローグ:神様転生!
結構暗い展開になりますが、重要な要素がありますので読み飛ばさないことをお勧めします。
プロローグ:神様転生!
そこは不思議な空間だった。一見すると常闇と表現するのが適切な真っ暗な空間だったが、その実、光源不明の仄かな明かりが何処からかその空間を照らしている。ただし、そこには照らされるべき物が何も存在しない為に常闇と表するのが適当だったのだが、今そこに1人の人間が現れた事で常闇の備える静寂が破られる事となる。
それは1つの終わりを意味していたが、同時に1つの物語のはじまりを意味してもいた。
「あっ?」
その人間が、最初に発した言葉は少し間の抜けた物だったが、彼の今の状況では致し方ない言葉だったかも知れない。彼は、薄らと浮かび上がる自分の身体を無意識に触って、少しだけ安堵を覚えた様だったが、直ぐに何かを思い出した様に表情を歪め、一歩足を進めるとそのまま何かから逃げ出す様に駆け出してしまった。
”はぁはぁはぁ”
何も見えない闇の中を、自分の呼吸音だけを聞きながら走り続ける彼の視界に、突然何かが入って来る。それに向かって更に足を速める彼だったがそれが何か分かると彼の足はゆっくりになり、その詳細が見えて来ると彼の足は完全に止まってしまった。
「何でこんな物が?」
彼の疑問はもっともだったろう、殆ど何も存在しない場所に少し古ぼけた建物がぽつんと建っているのだから。彼の”常識”からすれば築20年以上、もしかすればもっと古い4階建ての雑居ビルが1棟だけ建っているというのは異常だったし、そのビルの屋上からは翼を持った人間の様な者がひっきりなしに飛び立っていた。
彼の”常識”では存在しえない”天使”が、古ぼけたビルから飛び立っているのは異様な風景だったが、一度後ろを振り向きかけた彼はそのままビルのエントランスに向かっってゆっくりと歩きはじめた。
彼にとっては何も存在しない闇の中より、多少おかしな所はあってもきちんと存在しているビルの中の方が安心出来ると思えたのかも知れないが、彼にとってそこには最悪の最期が待っている場所だった。
◆ ■ ◆
忙しく走り回る天使達の間を縫う様にして、ビルの1階を歩き回った彼だったが特に得る物は無かった。天使達は彼に全く無関心だったし、彼が話し掛けたことさえ気づいていない様にも見える。
「何なんだこいつら?」
彼の愚痴がこぼれるが、それでも彼はそのビルから立ち去る気にはなれずに、意を決して2階への階段を上りはじめた。2階部分は天使達が帰還する場所らしく正面の壁がほとんど取り払われていてそこから天使達が次々に入って来るのが見える。入って来た天使達は休む間もなく3階への階段を上って行き、彼もその流れにのって3階を目指した。
3階部分は天使達でかなり混雑していたが、細身の彼はその間を何とか抜けて先に進むと、巨大な机とそれに向かって何かをやっている男の姿が目に入って来る。何かが何と聞かれると書類の決裁に見えるが、問題なのはその尋常ではない処理速度だった。男の左側に置かれた書類の山があっという間に処理されて行き同じ高さの書類の山が右側に次々に築かれて行く。
但し、それと同等の速度で左側に書類が運ばれて来る為に、一見男は何もやっていない様にさえ見える。男の手元を確かめようと彼が一歩足を進めた瞬間、その場の全てが停止した。先程まで忙しく動き回っていた天使達が急に動かなくなった事の驚きで天使達と同様に動きを止めてしまった彼に向けて、その男がゆっくりと視線を向けた。
「こんな所に人間が来るとは、警備の天使は何を・・・。いや手が足りなかったから、配達に回したんだったな」
「あの、俺の事が分かるんですか?」
はじめて彼の事に気付いてくれた男に向かって、出来るだけ下手に出た彼だったが、男の反応は芳しく無い。正確に言うならば、まるで虫けらを見下す様な視線が彼に向けられている。何か気付いた様に机の上の放り出された形の1枚の書類を手に取った男が、更に蔑んだ視線を彼に向けた。
「お前は・・・? ふん、成程な」
「あの?」
「行先もなく、こんな所に彷徨い出た訳か」
「さまよいって?」
「気付いていないなら救いようもないな、自分が死んでいる事を気付かないとは本当に人間は救いようがない生き物だ」
「やっぱり、俺は死んでいたんだな・・・。何で死んだんだろう?」
「死因が知りたいのか、心不全だそうだ。人間の医者の診たてだとな」
心不全と言えば、医者が困って説明する死因だが、本来は別の原因がある筈なのだ。実際には急性心不全と彼の死亡診断書には記載されているが、医者としては心不全が何故かしっくり来たらしい。
「・・・」
「心不全というのは分かるらしいな。だが、本当の死因は分かるまいよ」
「本当? 貴方は知っているのですか?」
「ああ、聞きたいか?」
「はい」
「そうか、では、教えよう」
何故か、その時の男の表情は昏い物だったが、彼は敢てそれを見なかった事にした。彼には男が悪魔の様に見えていたのだが・・・。
「この概念が人間に理解出来るか分からないが、お前たち人間が生きている世界以外にも、無数の世界が存在する」
「別の星ですか?」
「違うな、宇宙を含めた全てを1つの世界と呼ぶ。この世界はロローサと呼ばれるが、この辺りをお前に説明する気は無いぞ?」
「・・・」
「夫々の世界を統べる”神”が存在する訳だ、ああ、私も一応その1人だ」
「神様?」
「我々にも事情があって、時々別の世界から何かの存在を借用する事がある」
いきなり大きくかつ非常識になった話題に、彼は眩暈さえ覚えたが、それでも続きを聞かない訳にはいかなかった。
「例えば、自分の代理人、神子とか言えば良いかな、に使う訳だ。自分の世界の存在で間に合わせるのが普通だから、良くある事では無いが、絶無と言う訳でもない事だ。それが出来てしまうのが神(我々)という存在だからな。だが、お前が死んだ原因はここにあるのさ」
「・・・」
「ちゃんと手続きを経ればそんな事は無いのだが、いきなり他の世界から何かを呼び込むと逆にその世界から同質の物が弾き出される」
「じゃあ、あんたが誰かをこの世界に呼び込んで、その結果、俺が死んだって事か!」
「ほう、神に向かってそんな口を利くか?」
「あ、いや、すみません」
「弾き出された何者かが別の世界に移り、同様に何者かが弾き出される。それを何度も繰り返した結果、行先が無かったお前が”死んだ”だけなんだがな」
「あの、行先が無いというのは?」
「弾き出される存在には法則があってな。同質の存在の中で最も世界に与える影響が少ない存在が弾き出される。その先は、基本的に元の世界よりも”劣った”世界になる」
「どういう意味だ?」
「分かっているのにはっきり言わせたいとは、妙な性癖でもあるのか? 最低の神が支配するこのロローサの中で、最も不要な人間がお前だったと言う事だよ?」
「なっ! そんな筈は!」
「そうかな? お前は自分が生きていた頃の事を思い出せるか? 名前は? 何処で生まれてどうやって育った? 死ぬ前はどんな仕事をしてどんな暮らしをしていた?」
「そ、それは・・・。そんなことは関係ないだろ!」
「いいや、身体も脳も無いお前が私と普通に会話できるのも、今お前が持っている常識も、人間という生き物の総体から知識を受け取っているに過ぎない」
「死んだお前の事を誰かが悼んでいれば、それを通してお前は自分の事を覚えて居られる。お前が自分の事を覚えていないのは、誰もお前の事を覚えていないからだ」
「!? そんな・・・」
「別に慰める積りなど無いが、人間としては可も不可も無い存在だった様だぞ。良い会社に入ってそこそこの立場にいたらしいが、ただそれだけだ、幾らでも替えはある歯車の1つだった」
神を名乗るその男が、恰も慰める様に付け加えるが、それは慰めとは全く無縁な所からの言葉だった。
「・・・」
「親しい友人も居なければ、恋人には最近振られたらしい。そして、親戚付き合いは勿論、親兄弟とも不仲だった様だな。神(我々)にとっては、お前は中身の無い空っぽな無意味な存在だよ」
「くっ!」
彼にとっては、屈辱的な言葉が投げかけられたのだが、彼には言い返す材料さえなかった。それに目の前の男が”神”ならば言い返す事が良い結果を招くとは到底思えなかったのだろう。
「俺はこれからどうなるんでしょうか?」
「さあな?」
「貴方は神なんでしょう、俺を生き返らせる事は出来ないんですか?」
「出来る出来ないで言えば、無論出来る」
「なら、俺を!」
「お前は本当に妙な性癖を持っているのか?」
「えっ?」
「私は人間と言う生き物が大嫌いなのだよ、理解出来なかった訳でもあるまいに。その人間の中で最低の存在の為に貴重な神力を私が使う筈も無いだろう?」
その男の口からは、彼を含む全ての人間に対しての蔑みを含んだ言葉が吐き出された。
「・・・。じゃあ、俺はどうなる?」
「もう一度言おうか? さあ、知らんな」
「貴様!」
激高した彼が男に殴りかかろうとした瞬間、停止していた天使の1人が音もなく動き、軽々と彼の動きを封じてしまった。なおも暴れ続ける彼に男は更に彼に絶望を与える言葉を突き付けた。
「神に逆らうか? 良いだろう、永遠にこの”世界の果て”を彷徨う権利を与えよう」
「永遠・・・」
「そうだよ、お前には相応しい・・・、チッ!」
悦に入って彼を永遠の牢獄に落そうとしていた男が、不意に顔を歪めた。それとほぼ同時に1人の天使がその場に姿を現し、一通の手紙らしき物を男に手渡す。男は手紙の文面に目を通す事もなく彼をじっと見詰めるだけだった。
「運が良いな、お前は。異界の神の1柱がお前を招きたいそうだ、お前などを召喚した所で何の意義もないだろうにな」
「異界の神?」
「ああ、正式な手続きを踏んだ物だから拒否するのも面倒だ。”大神”に目を付けられる気も無いしな。まあ、お前には積もり積もった鬱憤をぶちまけさせてもらったから、素直に送り出すとしよう」
男が彼の額に軽く手をかざすと、彼の意識は昏い闇の底に沈んでいった。その行為が何を意味しているか知る者は、現時点ではその男以外には存在していない・・・。
「何とかなったみたいね。目を覚ましなさいな、異界の人間(魂)よ」
『うっ、ここは?』
再び意識を取り戻した筈の彼の視界は、文字通り真っ白だった。彼を呼び覚ました美しい声の持ち主の存在は、彼には全く認識出来ない様だ。
「私は美の女神リリーサ。貴方をこの世界モノスに呼んだ神よ」
『貴女が、俺を?』
「ええ、この世界に侵略して来た邪神サイノスを打ち倒す為に呼んだのだけど・・・」
『やっぱりですか・・・、すみません、役立たずで・・・』
自分の身体さえ認識出来ない状態で、精一杯済まなさを表現した彼で、それに対する女神の言葉があの神とは正反対の慰めに満ちた物だった。
「いいえ、自分を卑下するものではありませんよ。自分を卑下すべきなのは私の方ですし・・・」
『リリーサ様?』
「残された僅かな神力では、貴方を世界の輪廻に組み込む事と最低限の力しか与える事は出来ないでしょう」
『リリーサ様、俺を使ってくれるならば喜んで!』
「やってくれますか? それならば、世界に散らばる私の神力を探しなさい。何時かそれが役に立つ日が来るやも知れません」
『はい、俺の人生を賭して!』
今度の人生では間違えないという決意を込めた言葉を期に、彼は新たな人生へと向かって行った。前世で文字通り最も不要な存在と断じられた彼にとっては、掛け値なしで魂からの誓いであった。
◆ ■ ◆
彼が去った後の白い空間では、自称美の女神の姿が見える様になっていた。その女性は確かに我々の基準でも美しくはあるが、その顔に浮かんでいる表情は先程までの口調が作り物だった事を示すような険のある表情である。
「ちぇっ、噂に聞く通り嫌味な奴ね、クリス・ドゥ・ロローサ。こっちは神力不足だっていうのに本当に転生にさえ手を貸さないって、神としての自覚はあるのって言いたいわ!」
「しかも、微弱だけど妙な呪がかかっていた気がする。こちらの祝福で打ち消せたと思うけど失敗だったかしら・・・? ううん、今の世界の状況では他の世界から呼び込んだ人間を神子にするのが定石・・・。あの人間が役に立つとも思えないけど、どうしたものかしら?」
どういった訳か、この女神にとっても彼という存在は有用だと思えなかった様だ。顰めた眉をそのままにして、何かを考えていた女神は何かを決心した様に顔を上げ、こう一人ひとりごちた。
「気が進まないけど、忌神イグノス・ドゥ・テールアの力を借りましょう。あいつは、昔からサイノスと仲が悪い、双子神というのも厄介なのかしらね? 上手く事が運べば、サイノスの身柄を引き渡すっていうのはアリかしら? 大神の気分次第というのも嫌だけど、それはそれで構わないかもね」
何やら物騒な事を考えながら、女神リリーサは何処からか取り出した手紙(形としては小さな光珠)をイグノスという神に向かって送り出した。
人間嫌いな男神の呪い、嘘つきな女神の祝福、これらが彼の新しい人生にどんな影響を与えるのだろうか?
さて、久々の投稿になりますが少しは上達しているでしょうか?
誤字脱字等ありましたら是非お教え下さい!