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再召喚!こぼれ話  作者: 時永めぐる
拍手小話(更新停止・本編へ転載済み)
9/10

留守番の日

どこか遠い未来、あるいはパラレルな出来事。


 ディナートさんは朝から近くの村に視察に行っている。

 私も一緒に行きたかったのだけれど


「今日は強行軍になりますから」


 とやんわりと断られてしまった。


「私の帰りが遅くなるようでしたら、無理せず先に休むこと。良いですね?」

「はい!」

「では行ってきます」

「お気を付けて。行ってらっしゃい!」


 ディナートさんは私の額に軽くキスをして出立した。

 私は去っていく彼らに手を振り、影が完全に見えなくなるまで見送った。彼らの姿が消えた途端、顔に張り付けていた笑顔が剥がれて、ため息が出た。


 ひとりで馬にも乗れない足手まとい。


「──なんだよねぇ、私」


 人並みに馬に乗れたら、ディナートさん達の視察について行けたのにな。

 ディナートさんを支えられるようになりたいって誓ったのは、そんなに遠い昔のことじゃない。だけど未だに未熟なままで、支えるどころか守られてばっかりだ。情けない。


「こっそり乗馬の練習しちゃおっかな」


 ディナートさんからは「乗馬の練習は私がいる時だけにしてください」と言われているけれど、でも……

 私がいつも乗っている馬はとても人懐こくて大人しい。今まで危ない目に遭ったことなんて一度もないし、ちょっとだけなら大丈夫でしょ。

 少しでも早く上達したい一心で、厩舎へ向かった。

 ディナートさん達が乗って行ったから、厩舎は閑散としていた。私がいつも乗っている雌馬のミーアは舎の一番奥にいる。


「ミーア、少しだけ練習に付き合ってくれる?」


 鼻を撫でれば、ミーアは濡れてキラキラ光るつぶらな目を瞬かせて、小さく一声鳴いた。

 鞍を付けて、彼女の手綱を引いて外に出る。

 いつも通りのコースをゆっくりゆっくり歩く。彼女との散歩は心地よくて、ささくれだった気持ちが少しづつ癒えてくる。

 今はまだ走ったり出来ないけど、でもミーアと一緒だったらもうすぐ走れるようになる気がする。

 ディナートさんと並んで野を駆け回ってみたい。それが現在の私の野望だ。

 こんな風にいい天気の日に彼と一緒に風を切って走れたらどんなに気持ち良いかな。想像するだけで顔がにやけちゃう!

 なんて油断していたのがいけなかった。

 突然、目の前に大きな蜂が飛んできて、ぼうっとしていた私は対処が遅れてしまった。

 日本で言うスズメバチのようなもので、真っ赤なその蜂はとても凶暴で毒性が強い。もっと早く蜂の接近に気づいていれば、空気のバリアを作って寄せ付けないようにできたんだけど、もう目の前。

 本能的な恐怖で体が竦んでしまった。


「う、わ。ちょっ!」


 とにかくどうにかしなきゃ刺されちゃう! 


「い、やー! こっち来ないでぇえええ!!」


 咄嗟に蜂へ向かって力を放っていた。

 力の加減や何をどうするとか全然考えられなくて、まずいと思った時にはすでに上半身のバランスを崩していた。

 最悪なことにいつの間にか手綱まで離していて。


「わ、わわっ」


 落ちる!

 落馬して命を落とす人も少なくないというィナートさんの言葉が脳裏に浮かんで、全身から血の気が引いた。

 落下の衝撃だけでも何とかしなきゃ。出来れば、ミーアに踏まれないように少し遠くへ着地したいんだけど!!

 頭の中に自分の下に大きなクッションがあるって思い浮かべて、ぎゅっと目をつぶった。スローモーションで迫ってくる地面が怖くて、目を開けていられなかったから。

 ぽよん、と体が跳ねる感覚があって、それから地面をゴロゴロと何回か転がる。


「いったぁ……い」


 思ったより軽い衝撃で済んだけど、でも地面に打ち付けた背中は痛いし、口の中に砂が入ってジャリジャリするし……

 すっごい怖かったこととか、助かってホッとしたこととかが入り混じって、胸が痛いくらいドキドキしてて、ちょっと起き上がる気力もない。


 ごろんとあおむけになった途端、生暖かく湿った感触を頬に感じた。びっくりして目を開けると、ミーアの顔がすぐ目の前にあった。


「わ!? ミ、ミーア!?」


 落ちた私を心配してくれてるらしくて、何度も何度も頬を舐めるから、大の字になってるのが申し訳なくなって、私は慌てて体を起こした。


「心配かけちゃってごめんね。私は大丈夫だよ。ありがと!」


 鼻先を撫でるとミーアは心地よさそうに目を細めた。


「服も汚れちゃったし、もう散歩はやめて戻ろうと思うんだけど良いかな?」


 聞けば彼女は小さく鳴いた。


「じゃ、帰ろっか」


 立ち上がるため手をついた途端、右手首に激痛が走った。


「っつう!」


 慌てて袖口をまくってみたら、手首が赤とも青ともつかない嫌な色に変色してるし、かすかに腫れ始めている。やばい。これは早く冷やさないと!






 あの後、そそくさと館へ戻った私は、厩舎でミーアと別れてこっそり自室へ戻った。

 そこまでは誰にも見とがめられずに戻れたけど、部屋で待機していた私付きのメイドにはごまかしようもなくて。

 仕方ないから、『散歩してたら急に蜂に襲われて、逃げようとしたら木の根に躓いて転んだ』と言う話をでっち上げて誤魔化した。

 幸いなことに手首の腫れはあまり酷くならなかったし、着替えの時も見つからずに済んだ。

 ひとりでゆっくり本を読みたいからと人を下がらせて、私は術で呼び出した冷たい水を包帯のように手首へ巻き付けて患部を冷やした。

 治癒の術はいまだに一人じゃ上手く使えないけれど、風と水を操る術はかなり上達したと思う。落ち着いて術に集中できればこのくらいのことはできる。

 ディナートさんが帰ってくるまでには、腫れが取れてるといいんだけどなぁ。


 そうやって一日冷やしていたら、腫れはほとんど引いた。内出血のせいで色は酷いけど、長袖の服を着てしまえばきっと誰にも分からない。

 でも手を動かすと痛みが走るので、普通に食事をしたら怪我しているのは一発でばれちゃう。

 幸いディナートさんの帰りは遅そうだから、夕食は部屋で軽いものを取りたいって言っておこう。部屋で一人で食べればばれない。よし、完璧!

 と思ったのに。

 タイミングが悪いと言うか。何というか。


「ヤエカ様、旦那様がお戻りです」


 へっ!?

 え、あ、あれっ!?

 まだ日が落ちたばっかりだよ? まだ外は明るいよ!?

 遅くなるんじゃなかったの!? と慌てて今朝のディナートさんの言葉を思い出す。

 

 『私の帰りが遅くなるようでしたら、無理せず先に休むこと』


 ──あ。

 遅くなるとは言ってないや。あはははは!


 うわあああ、どうしよう。一緒に食事したら絶対バレる。バレるよ。おまけに絶対内緒でミーアに乗ったことまで白状させられちゃうよ、どうしよう。


「ヤエカ様? どうかなさいました?」

「え? あ、いえ。何でも……」


 なくないよ! うわー。怖い怖い怖い。どうやって誤魔化そう!?


「ただいま、ヤエカ」

「うわっ!! ディ、ディナートさん!?」


 メイド長の後ろからいきなり現れるんだもん。驚いて飛び上った。

 ら。勘のいいディナートさんは私の挙動不審っぷりをしっかり見とがめていらっしゃいましてね。


「どうしました? 留守中に何か問題でも?」

「いっ、いいえ。何にも! 今日は帰りが遅くなるのかなって思っていたから、びっくりしちゃって」

「そう、ですか?」


 不審そうに眉根を寄せる彼に、内心冷や汗ダラダラだ。


「もちろんですよ! あ、ちょっと待っててくださいね、いま読みかけの本を片づけてきますから」


 誤魔化しきれなそうな時は逃げるに限る。


「ちょっと待ちなさい、ヤエカ。本の片づけなんて後でも構わないでしょう?」


 回れ右した私の右手を、ディナートさんがつかんだ。

 最悪の事態、だ。


「いっ!!!!!」


 右手に走った痛みに、声が漏れた。


「ヤエカ、これは?」


 私の反応で怪我を察した彼は、止める間もなく私の右そでをめくった。廊下のほの暗い明かりの下でも、内出血の痕跡がありありと分かる。


「問題がない? では、この怪我はどういうことです?」

「あ、あの。これは、ですね。えーと? あははは」

「笑って誤魔化さない。少し話があります。片付けは誰かにやらせればいい。こちらへ来なさい」


 ディナートさんから敬語が消えて、命令口調になってる!?

 た、大変だ。本格的に怒ってる。

 あのアハディス団長さえタジタジになるほど、苛烈なディナートさんの追及に私が勝てるわけない。ここは正直に白状するのが一番傷が浅そうだ。


「はい……」


 がっくりと肩を落として頷けば、突然抱き上げられた。


「きゃ!? な、何!?」

「何をって。逃げられないようにしているだけですよ。大人しくなさい」


 にっこり。

 うっ!! その笑顔、眩しいくらい綺麗だけど背筋が凍るくらい怖いです。ああ、絶対絶命のピンチ。








「あの、ディナートさん。そろそろ下ろして……」

「ダメです。それよりほら、ちゃんと口を開けて」

「や、あの……」


 あの後、洗いざらい白状させられた私は、現在ディナートさんの膝の上に座らせられている。

 ご丁寧なことに、腰に回された左手が私をがっちりと押さえているので、逃げ出すことも出来ない。


「遠慮しないで。さぁ」

「ディ、ナートさん……」

「そんな顔してもダメですよ」


 そんな顔ってどんな顔よ!?


「ほら、早く。あんまり聞きわけがないと無理矢理こじ開けますよ?」


 月に例えられる美貌が至近距離で物騒に笑う。

 キレてる。

 すっごい怒ってる。


「で、でも……」

「ヤエカ?」


 躊躇う私の目をのぞき込む彼の目が、恐ろしいくらい冷たくて、でもその奥に苛立たしげな色が見えて、それ以上逆らうのは危険だと本能が悟った。

 おずおずと開けた口に、とろりとした液体が流し込まれる。それを嚥下して小さくため息を吐くと、ディナートさんは、よくできたと言わんばかりに目を細めた。


「さぁ、もう一度」


 軽く唇をつついて促される。


「ディナートさん、もう……」


 限界。恥ずかしくて死にそうだ。


「何を言っているのです? まだまだ残っているでしょう。あなたが何と言おうとこれでは終わらせるわけにはいきませんね」

「やだー! 下ろして!」


 ジタバタしてもディナートさんの腕はびくともしなくて、どれだけ暴れても逃げ出せそうにない。


「ご、ご飯ぐらい自分で食べられますってばー!!! もー下ろしてっ」

「利き腕を怪我したくせに、何を今さら。大人しくしていなさい」


 怪我って言っても大したことないわけだし、少し痛くても自分で食べられるもん!!


「ディナートさんっ!! み、みんなが見てますってば」

「それが何か?」

「はっ、恥ずかしいじゃないですかっ」

「そうですか? 私は別に何とも」


 いやいやいや! あなたが恥ずかしくなくても私は死ぬほど恥ずかしいんですがっ。

 ってか、この状況に恥じらわない女性なんてそうそういないと思うけど!

 広い食堂で、給仕のみんなが後ろにずらっと控えてて、そんな中ディナートさんの膝の上に座らせられたうえ、「右手が痛むだろうから」って……


「だいたい言いつけを破って、挙句こんな怪我までしたあなたがいけないんでしょう? 分かってますか、ヤエカ?」

「うっ!……はい……」

「私がどれだけ胸の潰れる思いをしたか分かりますか?」

「ごめんなさい」

「少しは恥ずかしい思いをして、思い知りなさい」


 目の前にスプーンが差し出された。

 中にはおいしそうな匂いを立てるスープ。匂いだけじゃなくて味も絶品なんだけど、こんな風に食べさせられてちゃ味もよく分からなくなっちゃう。


「ヤエカ。早く口を開けて。せっかくのスープがこぼれてしまう」

「ディナートさーん……」

「いくら抵抗しても無駄ですよ。今日と言う今日は絶対に折れたりしませんから。諦めなさい」


 にっこりと笑いかけられて、彼の怒りの根深さを思い知る。全部食べ終わるまで絶対に離して貰えなそうだ。

 自分の軽率さが恨めしい。ああ、今朝の自分を殴り倒したい! なんて思ってみても後の祭り。

 

 

 

 

急に思いついてどうしても書きたくなったため、ぷらいべったーにUPした小話です。

再召喚!の小話なのでこちらにも投稿しました。


一応、本編はこんな未来に向かって走っています!

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