陽が落ちるまでに
私の少し前を歩くディナートさんの髪が、さらりと風になびくのをぼんやりと見ていた。
風に乱された一筋一筋が夕陽に照らされてキラキラと光る。
――ああ、本当に綺麗な髪。
正直言って、非常に羨ましい。
何か特別なケアでもしてるのかなぁ?
ヘアケア用品のCMのモデルがやるみたいに丁寧にヘアトリートメントしてるディナートさんの姿が思い浮かんじゃって、つい吹き出した。
「どうしました?」
相変わらず耳ざとい。
振り返ったディナートさんはいつもの微笑を浮かべてる。
何でもありませんと首を横に振ると、彼は呆れたようなため息をついた。
「貴女がこんなふうに吹き出す時は、たいてい私にとっては面白くないことを考えてるんですよねぇ」
うっ! 図星。
「いや、あの、ディナートさんって髪って綺麗ですよね!」
「そうですか?」
別にどうでもいいって気持ちが丸わかりの返事だった。
こ、こいつ……女性の敵じゃ!? 少なくとも、枝毛と切れ毛に悩まされて肩甲骨の下まであった髪を切らざるをえなかった私の敵ではある!!
「じゃ、じゃあ、髪洗う時って?」
「普通に石鹸ですが?」
体を洗うときに使うのと同じやつだって言う。
なん……だと……?
それでこのサラサラ? それでこの艶々? それでこのキラキラ?
ふ ざ け ん な
やっぱり! この人! 敵だああああああ!!!!
い、いや、これは、だな。銀の髪は痛みが目立ちにくいだけかもしれんぞ。
「ディナートさん! ちょっとそこ座ってください!!」
剣幕に押されたのか、不思議そうな顔をしながらもディナートさんは私の指したベンチに座った。続いて私もその隣に腰を下ろす。
「悔しいんで、ちょっと髪、貸してください」
「え? そこは普通『顔を貸せ』って言うところじゃ?」
「違います。髪で良いんです、髪で!」
誰が慣用句的なことを言いましたか! 気をまわしてる暇があるなら、さっさとその御髪を貸してください。
「はぁ、まぁ構いませんが……」
「では失礼します!」
一つに束ねられた彼の髪を掴んで、毛先の確認を始める。
――チッ。 見つからない。 こっちも、こっちも こっちも! そんなはずは……
「お伺いしても良いですか、ヤエカ殿」
いま忙しいんで手短にお願いします。
「貴女は一体なにをなさってるんですか?」
「――枝毛を探しています」
「枝毛? 何ですかそれ?」
枝毛を知らない、だと?
私は彼に枝毛の何たるかを教えて差し上げた。すると……
「一本の髪が枝分かれする? そんなこと本当にあるんですか? 見たことないな……」
見たことない!? 見たことないですって!?
よし。なら、私が見つけてさしあげるわ。
私は決意を新たに、彼の髪に向き直った。
「――ヤエカ殿。そろそろ……」
「もうちょっと! もうちょっと待って!」
「しかし、もう暗くなりましたが……」
「えー!」
「……」
無言でため息をついたディナートさんは、枝毛探しに必死な私の手を握った。握り込まれちゃってはさすがに探せない。
まだ見つけてないのに。
不満タラタラで目を上げたら、予想よりはるか近くにディナートさんの顔があって、私は一瞬でのぼせた。
陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせてると、彼は壮絶な艶を滲ませて笑った。
「私の髪じゃなくて、私を見て欲しいんですけど、ねぇ?」
ひゃーー!! それは反則! 反則だからっ。
飛び退きたくても、彼に手を握られたままでは逃げられない。
「と言うわけで、おしまいにしてください」
「は、は、はい……」
あんなふうに笑いかけられて、あんなふうに言われたら、私は逆らえない。ぜーった分かっててやったでしょ!?
思ってみても、やっぱり逆らう気は起きなくて。
心の中で叫んだ。
く、悔しーーーーい!!(枝毛の件、含む)
初出 2013.6.8 web拍手小話として掲載




