モブ騎士君のとある一日・1
俺はモブダス(仮名)。
聖軍近衛騎士団に所属する騎士だ。
今、世界は危機に瀕している。
それを救うために先日、異世界より勇者様が召喚された。実に二度目の召喚らしいんだが、一度目の召喚の頃、俺は東方騎士団に所属していたため、勇者様のお姿を見たことはない。
平和な世界から降臨されたお方ゆえ、しばらくは魔導軍近衛騎士団副団長のもと、剣と術の訓練をなさるらしい。(うちの聖女様が召喚なさった勇者様なのに、なんで魔導軍が出張って来るんだって愚痴ったら、直属の上司、ルーペス隊長から拳骨と説教を喰らった。だが、まだ感情的に納得がいかないでいる。まぁ理性じゃ分かってるんだけど)
今日の俺は夜勤明けで、これから明日の朝までは休みだ。いつもだったらさっさと宿舎に帰って寝るんだけど、まぁ少し勇者様のお姿でも見ようかと訓練場に向かった。
俺と同じようなことを考える奴は意外に多くてな、訓練場の端のほうには何人か、青や黒の軍服を着た男たちがたむろしている。(ちなみに青い制服を着ているのが俺たち聖軍近衛騎士。黒い制服が魔導軍近衛騎士だ)
何となく目礼をしあいながら、俺もその中に加わる。
訓練場のちょうど真ん中あたりに、赤い軍服を来た勇者様と、そのそばには黒い軍服を着た――おそらくあれが魔導軍の近衛副団長だろう。
副団長が何か言い、それに勇者様が頷く。右足を一歩前に出し、右手を正面に突き出す。おそらく的に向かって術を繰り出そうと言うのだろう。
勇者様は俺たちの方に背を向けているから、どのようなお顔をされた方なのかは分からない。だが、そのほっそりとした肩に俺の目は釘づけになった。
あんな華奢な女性が、この世界のために戦おうとしているのか。
胸が不意に熱くなった。
俺が感動している間に、彼女の手から巨大な竜巻が生まれた。それは、目標である的を見事に粉砕し……。
いや見事すぎて、的を木端微塵に砕いた後、こともあろうに俺たちの方に向かってきた。マジかよ!!!!
まぁ、俺だって腐っても近衛騎士だ。身のこなしには自信がある。さっさと竜巻の進路になりえない方向へと移動した。他の見物人たちも同様だ。
だが、勇者様の竜巻は俺たちの予想をはるかに超えて凄かった。あり得ないことに、方向転換して再び俺たちの方向に向かってきた。冗談だろ、おい!!!
「ダメーー!! 止まってーー!!」
遠くから切羽詰ったような声が聞こえた途端、ふっと竜巻が消えた。
凄い。
いや、何が凄いって、こんな巨大な竜巻を起こせるのも凄いし、それを一瞬にして消せるのも凄い。高位の神官だってこんなでかい術を使える奴はいないだろう。出来るとしたら聖女様ぐらいだが、かの方は攻撃に関する術が苦手だと公言してはばからない方なので、それが謙遜でなく本当だとしたら、この国で一番大きな攻撃術を使えるのは、勇者様だろう。
俺は呆然と、彼女を見つめた。目の前で起こった奇跡のような出来事を俺はどう心に納めるべきか迷っていた。
あの細い肩にのしかかった重圧を気の毒だと思っていいのか、恐ろしいほど強大な力を危険視していいのか、純粋にこの方を遣わされた神と聖女様と聖剣に感謝を捧げればいいのか。
いやその全部だ。全部がごちゃまぜになって心の中を駆け巡る。
動揺する視線の先で、副団長が何か彼女に告げて去っていった。勇者様は彼にぺこりと頭を下げると、真っ直ぐに俺たちの方にやって来た。
「あ、あの!」
おずおずと声をかけられて、俺は我に返った。
「は、はい! 何でしょうか!」
答える声が上ずってしまった。情けない。近衛騎士たるもの、もっと泰然としなければ! 恥ずかしさに顔が熱くなる。
「あの、えっと。お怪我はありませんか? 本当にごめんなさい」
「いえ、全く。お気遣いありがとうございます」
よし。よくやった俺! 今度は上ずりも、どもりもせずに答えられたぞ。
「本当ですか? 良かった!!」
それまで不安そうにしていた勇者様の顔が、ぱっと明るくなんて、花がほころぶように微笑んだ。午前中の訓練の厳しさを物語るように、彼女の体はあちこち土にまみれていて、顔にも汚れがついている。だが、それすらも彼女の魅力を引き立たせている。
真っ直ぐに俺を見る目は、キラキラと輝いていて、このような方だからこそ、勇者に選ばれたのだろうと納得がいった。
「可憐だ……」
何度も振り返ってはお辞儀をする彼女を見送りながら、俺はぽつりとつぶやいた。可憐だ、などと陳腐なセリフでは言い表せないが、俺の語彙では他にしっくりくる言葉が見当たらない。
勇者様が女性だと言うのは聞いていた。だが……あんなに可愛らしいお方だなんて、聞いてなかったぞ!
明日もここに立ち寄れば会えるのだろうか。知らず知らず顔が緩む。
「――!?」
突然の殺気。
俺は腰に下げた剣の柄に手をかけながら、慌てて周囲を見回した。
ずらりと並ぶ窓。その一つにあの副団長の姿。目が、合った。
作りものなんじゃねーのと言いたくなるくらい整った顔に、表情はない。勇者様に向けていたあの微笑はどこ行ったと突っ込みたくなる。おっそろしいほど冷たい目で見られて、不覚にも背筋が冷たくなった。
俺の顔からそれを見て取ったのか、彼の口の端がにいっと吊り上がる。
顔は確かに微笑んでるんだよ。微笑んでるんだけどな。なぜか『凄惨』っていう言葉がぴったりくるようなそんな感じなんだよ。
が、その凄惨な微笑みは一瞬で。彼は微笑みを優しげなものに変えると軽く会釈して姿を消した。
何なんだあれは?
俺は、蛇に睨まれた蛙よろしくしばらくその場に立ち尽くした。
初出 2013.5.26 web拍手小話として掲載