2.最初の刺客
“ごっどふぁいと”を勝ち抜く為、大路創は東尋坊とともに鍛錬を行う。そして、最初の刺客との対戦が始まる。
-2102年1月-
ジリリリリリリリリ……
目覚ましが鳴る。止めるのも煩わしい。少しだけ我慢して、鳴りやむのを待とう。それがいい……
冬の布団は罪なものである。外界との気温差から、就寝者に起床を許さない。起床しようとすれば、それは並大抵の精神力ではもたない。まさに、鉄の心と鋼の精神を持った……
……おい、創。御託は良いが、すでに7時半であるぞ?
頭の中に声が響く。そんなおかしい事が起きるはずがない。二重人格?超能力者?世紀末の大予言?そんなものあり得ない。人間たるもの、いや日本人たるもの、常に精進を怠らず、日夜仕事に勤しみ、そして僅かな報酬と家族の暖かみを……
……我は良いが…創、今日から仕事なるものがあると嘆いておらぬかったか?
うん、そうだ仕事仕事。そうそう、俺には仕事という日本人の責務が……
「……東尋坊、今何時?」
……何度も言うておろう。すでに7時半であると。
…
……
………
「あああああああああああああ!!!!!寝坊だあああああああああ!!!!!」
その後、頭ボサボサで息も切れ切れの状態で遅刻し、上司にはこっぴどく怒られた。愛しの新田さんもクスクス笑っているようであった。もちろんその状態で仕事がうまくいく訳もなく、午前中はミスを連発し、再度上司からこっぴどく怒られた。有給明けから散々である。
-昼休み-
「……ああ、死にたい。」
……お主、一度臨死体験しておろう。それほど死に急がんでも良いではないか。
「……しかも、東尋坊のせいで、新田さんの顔見て喋れない。鬱だ……。」
……気になる娘であれば、服従させれば良かろうに。
「違うの!東尋坊の能力で服従させるのと、相思相愛でラブラブになるのとは違うの!!」
……創、お主ちいちゃい男よのう。
「……うっさい。」
傍から見ると、独り言をぶつぶつと呟きながら吉○家で豚丼を食らう気持ち悪い男に見える。東尋坊のパートナーとなった日から創は能力の使い方といずれ来るであろう他のパートナーとの戦いに備えた戦術を東尋坊より教わっていた。東尋坊とはある程度、話せるようになったが、いかんせん能力のおかげで創は女性と話す際、非常に気を遣う事になってしまった。
あの日以来、創が服従させたのは
野良犬のメス5匹
野良猫のメス3匹
カラスのメス4羽
アシナガバチのメス10匹
と、動物や昆虫に絞ったものであった。
昼飯を平らげ、創は人気の少ない公園へ立ち寄った。
……のう、創よ。生物学上メスなら問題ないとは言ったが、服従させるならやはり高等な生物の方が役に立つぞ?それに人間なら……。
「人間を服従させろって事だろ?……人間の女の人を服従させるのは、やっぱり抵抗があるよ……」
……まあ、無理にとは言わんが、今のままではやはり戦力的には乏しい。我が能力はお主自身の能力は一切向上せん。
「つまり、服従させた数と質が俺の戦力になる。」
……うむ、ちゃんと覚えているなら良い。そろそろ一人ぐらい他の者が攻めてくるやもしれんでな。
「わかってる……。まあ、何とかやってみるよ。集まれ!」
創が号令をかけると、どこからともなく、犬や猫、カラスにハチが集まってきた。
動物は創の周りを囲み頭を下げ、ハチは創の周りをゆっくりと回っている。戦力として使えるのは、5匹の犬が有望であり、その他ハチもジワジワと相手を疲弊させられる。創自身はなかなかの戦力だと考えていた。
「全員、索敵を頼む!」
その号令と共に、動物達は一斉に創の元を離れていく。異様な光景であるが、これが神の能力を得た能力者である証である。
……ふむ、創よ。なかなか様になってきたの。
「まあな。3日も寝ずに訓練したら、さすがにできないと困るだろ。七つの願いとか、ちょっとワクワクするし。」
……ふっふ、まあしっかりと精進せいよ。
「よーし、午後も仕事頑張るかー!」
最初はいやいやであった創であったが、“ごっどふぁいと”の優勝者が七つの願いを叶えられると聞き、かなり乗り気になっていた。何よりも、今までのただただ過ぎゆく日常に退屈を感じていたのだ。今は、まだその好奇心が勝っている。しかし、その平穏は音もなく、崩される。
「あれだね。能力者」
……そのようでおじゃるな。
「うーん、使役系の能力じゃ、ちょっと相性悪いかな?」
……先の会話、聞いていたでおじゃる?あの者、まだ人間を使役しておらぬと申していたでおじゃる。
「潰すなら、今のうち?」
……そうでおじゃる。
「じゃあ、やっちゃおうか♪」
……行くでたも!
一人の少女が、草むらの中から姿を表し、創の後を追う。
そして、静かにゆっくりと“ごっどふぁいと”戦いの火ぶたが切って落とされる。
-夕刻-
「あー……今日はほんとついてねー……。」
……あの失態は、お主が悪い。上官の者は怒るべくして当然であるぞ。
「いや……わかってんだけどね。あー……鬱だ。」
帰り道、傍からは一人ぶつぶつ呟く怪しい男が歩いているように見えるが、当人達にとっては仕事の愚痴を言う聞くといった場となっている。平穏な夕暮れであったが、突如としてそれは破られた。索敵に回していたカラスのうち一匹が慌ただしく戻ってくる、何かを伝えたそうだ。
……創よ。来たぞ。
「ん?来たって?」
……上からじゃ!!!!
「え?……うおっ!?」
ズズン!
突然、上から雪だるまが落ちてきた。あまりに唐突の事で、創には何が何だかわからなかった。しかし、良く目を凝らせば、上空に一人の少女が浮いている。そう、浮いている。
「東尋坊、あれ……。」
……間違いない。“ごっどふぁいと”の参加者だ。
「あははー!よく避けたね!すごいすごい!!でも、まだまだ一杯いくよー!」
-雪だるま 上から落ちたら たのしいな
ズズン!
少女が謎の川柳を読むと、上空から雪だるまが落ちてくるのだ。何もなかった空間に突如雪だるまが出現し、落ちてくる。創は久しぶりに恐怖していた。
「な、何だよ!あの能力!」
……恐らく、具現系の力であろう。あの娘が句を詠むと実際にその事象が起きる、といった類であろうな。
「む、無茶苦茶な!?」
……ほれ、創よ!お主も応戦せんか!
「うう……、やってやるよ!!全員、集合!」
創の号令で、服従させた動物達が一斉に集まってきた。
「犬、猫は俺の周りに待機!カラス、ハチはあの浮いている少女を落っことしてくれ!」
その命令通り、野良犬と野良猫達は創の周りで威嚇体勢をとり、カラスとハチは勢いよく少女へと飛んで行った。カラス達が一斉に少女を地に落とそうとついばみにかかる。ハチ達は少女の周辺を威嚇して飛んでいるようだ。
「あははー!楽しいね!ね、ね、ひとまろ!次はどうしたらいい!?」
……おおきな扇子を出して、こやつらを叩き落してはどうおじゃ?
「いいねー!それ、すっごく楽しい!」
-大扇子 はえたたきにも つかえるよ
彼女が川柳を詠んだ瞬間、彼女の手に大きな扇子が現れた。彼女はそれを持ち、周りを飛ぶカラスやハチを叩き落す。
「あは♪それー!」
ブオン!バチン!
彼女の一振りで、ハチ達がなぎ倒されていく。幸いにもカラス達は上手く避けているようだ。
しかし、大きな扇子を無茶苦茶に振り回し、カラス達も少女に近づけないでいるようだ。
「くっ……カラス、一旦戻れ!」
号令を聞き、カラス達は創の周りに戻り、ゆっくりと飛びまわる。
創は考えていた。あの少女は宙に浮いていて、犬や猫では攻撃ができない。
ハチ達は先ほどの攻撃で全滅。つまり、空中戦が可能なのはカラス達のみ。では、どうすれば……。
「あれー?お兄ちゃん、もうおしまい?もっと楽しもうよー!」
「君は……、一体何者だ!?何の為に俺を狙う!?」
時間稼ぎと、情報収集。まずは相手の素性をしり、対策を立てる。僅かな希望を胸に、創は少女に問いかけた。
「んー?どうしよっかなー?じゃあ、これが受け止められたら、教えてたげる!!」
-つららだよ 落ちてくるのは つららだよ
少女が読み終わると、空中に鋭利な氷柱が出現した。
その先は創を向けている。どうすれば……考えているうちに、氷柱は創に向かって飛んできた。
「くっ!まずい!!」
ワンッ!
当たる直前に、野良犬の1匹が創の前に飛び出し、身体で氷柱を受け止めた。
しかし、野良犬は氷柱を受け、大量の血を流し、力なく横たわる。
「……っ!?そんな……嘘だろ……?こんなのって……。」
……創よ、服従とはそういうものだ。身を呈して主を守る。
「そんな!俺は……そんな為にこの犬を服従したんじゃ……。」
……“ごっどふぁいと”にそのような甘さは通用せん。現に先の犬が飛び出さなければ、お主が死んでいたかもしれんぞ。
「…っ!」
「わー!すごいワンちゃん!!お利口さんだねー!じゃあ、私が何者か教えてあげるね♪私の名前は桜木桃香。柿本人麻呂っていう人のパートナーだよ!」
……これ桃香、話しすぎでおじゃ。とっととやってしまうおじゃ。
「はーい♪ひとまろ!」
-つららだよ たくさんおちる つららだよ
桃香が川柳を詠むと同時に、先ほどの氷柱がおよそ20本程空中に現れる。
その氷柱の先全てが創を狙い撃とうと鈍く光っている。
「東尋坊……どうすりゃいい……?」
……ふむ、万事休すだ。
「えええ!?」
「えへへー!お祈りは済んだかなー?じゃあいっくよー!?」
「くっ!!もう駄目か……!?」
…
……
「大路君……!?」
少女とは違う、女性の声。何かと思い、創は声のする方へ顔を向けた。
そこに立っていたのは、まぎれもない職場同期の新田美奈美であった。焦る創をよそに、東尋坊のみこの状況に希望を見出していた。
「新田さん!?何で!?」
「何でって……帰りみ……」
ガクンと美奈美の身体から力が抜けたと思うと、いつ移動したかも判らぬスピードで創の傍に片膝をつき控えている。
「しまった……!新田さん見ながら喋って!!」
……創よ!!チャンスだ!!この娘に命令せよ!!お主を守れと!!!
「は、はあ!?何言ってんだよ!!新田さんにそんな危ない事命令でき……。」
……御託は良い!早くせい!!このままではお主もこの娘も死ぬぞ!!
「う…う……わかったよっ!!!新田さん、俺を……守ってくれ!!」
…
……
「畏まりました、ご主人様」
創が命令すると、美奈美の身体が白く激しく光り始めた。
「うおっ!!まぶしっ!!」
「うにゃ!?何かな!?楽しい事が起こるのかな!?」
光が収まり、彼女の姿が現れた。そこにいたのは、軍服に身を包み、大小様々な武器を抱えた美奈美であった。
「あ……あれは……。」
……ようやく、本領発揮という訳だ。
「東尋坊、あれは一体どうなってるんだ!?」
……まあ、見ておれ。
美奈美は早速、RPGミサイルランチャーを取り出し、桃香に向かって連続発射する。
何発も放たれたミサイルが桃香を狙い、正確に飛んで行く。
「にゃ!?にゃ!?」
-守ってね こおりの壁で 守ってね
桃香は素早く句を詠み、目の前に氷の壁を作り出した。しかし、美奈美が放ったミサイルを数発喰い止め、氷の壁は蹴散らされる。桃香は残りのミサイルを氷柱で狙い打つ。何とか、全弾を喰いとめたが、その爆発の煙の中から現れた美奈美の手に握られていたのは、ドラグノフ狙撃銃。スコープは桃香をしっかりととらえていた。
「……強い。何で普通の人間だった新田さんがこんな強く……。」
……そういえば、教えてなかったな。服従した人間はその各々の個性が最大限活かされた状態で使役する事が可能なのだ。あの娘は、ああいったものが趣味だったのであろう。
「新田さんがミリタリーオタク……意外すぎる……。」
……まあ、何はともあれ王手だな。
「にゃ……にゃ……」
桃香は銃口に狙われ、動けずにいる。美奈美はそんな桃香に対し、全くのためらいもなく、いつでもトリガーを引ける状態にあるようだ。
「あー…桃香ちゃん、だっけ?降参してくれるよね?もし、また攻撃してきそうになったら……そこのお姉ちゃんは多分、躊躇いなく撃ってくると思うよ?」
「うにゅ……仕方ないです。降参します。」
「うん、それが一番利口だね。ほら、降りておいで?」
創がそう声をかけると、桃香はゆっくりと降りてきた。彼女は薄い氷の上に乗って浮いていたようだ。
「その氷も桃香ちゃんが?」
「うん、そだよー!桃香が川柳を詠むと、詠んだ通りになるの!」
……しかし、制限はあるおじゃ。モノでないと具現化はできないおじゃ。それがまろの能力、詠歌顕現じゃ!
「うおっ!急に変な声がしたと思ったら……柿本人麻呂さん、だっけ?あなたがこの子のパートナーですね?」
……いかにも。三十六歌仙の一人、歌聖柿本人麻呂でおじゃ!今回は負けを認めるおじゃ。ゆるしてたもれ!
「何か、負けを認めるって言ってる割りに偉そうだな……。まあいいや、桃香ちゃん、人麻呂さんに実はお願いがあるんですが……。」
「なになにー?」……何でおじゃ?
「あなた方と同盟を組みたいんです。」
……創よ、本気か?
「本気だよ。“ごっどふぁいと”を勝ち抜くには絶対協力者が必要だと思う。」
……もちろん、それは賛成だ。過去にもそういった例がある。しかし、こ奴らで良いのか?いきなり襲いかかってきたのだぞ?
「それも何かの縁って事で!どうですか?桃香ちゃん、人麻呂さん。」
「桃香、お兄ちゃんについてくー!!!」……まろは桃香が良いというなら従うまでおじゃ。
「なら決まりだな!!二人とも、これからよろしく!!」
「はーい!お兄ちゃんよろしくー!」
こうして、創達は同じ能力者同士の同盟というものを創立した。この動きは実はあらゆる能力者達の間で進んでいたのであるが、今は創達にそれを知る由もない。少しずつ少しずつ、“ごっどふぁいと”は動き始めている。