1.プロローグ
つたない文章ですが、頭の中であっためてた作品をどうぞw
-2012年1月-
世はデフレ、政治不信、情勢不安と新年開始以降も明るい話題は見当たらない。
ここにいる男も、その流れに洩れず渦巻く混沌に飲まれ、生きる希望も持てないまま
のらりくらりと日々を過ごしていた。
「……朝か。」
大路創
昨年4月に大学を卒業し新社会人となった、特に目立つ特徴もない、ごく一般的な人間である。
趣味はドライブとインターネット。休日は専ら愛車の12年式中古クラウンを乗り回している。
過去、2人の女性と付き合うも3ヵ月前に振られ、現在彼女なし。
時間は昼前。一人暮らしを始めるが、起こしてくれる人も飯を作ってくれる人もいないこの状況に
すでにホームシックにかかっている。
幸いにも今日は天気が良く、うっとおしいくらいの日差しが創の顔に突き刺さり、肌寒い1月の気候を
緩和してくれているようだ。
「……とりあえず、行くか。」
ベッドの横には二日ほど前に見た、日本全国観光パンフレット。福井県三国の果てにある有名自殺スポット「東尋坊」が開かれたままになっている。会社から5日連続の有給を言い渡され、とりたくもないのに休日を取らされた為、とりあえず有名な観光スポットにでも行くかという算段であった。
シャワーを浴び、軽めの朝食をとり、昨日準備した鞄を背負い、愛車のクラウンに乗りこむ。
大学時代に無理をして買った愛車が小気味良い始動音を鳴らす。創の住む大阪から東尋坊まではおよそ4時間。特に宿はとらず、あてもない一人が始まる。
-午後6時過-
「思ったより、かかったな……。まぁ、雪が降ってなかったのは助かったけど。」
名神高速から北陸道を進み、途中休憩をはさみつつ、目的の東尋坊へとたどり着いた。
すでに日は沈みかけ、平日の為かあたりを散策する人影は疎らである。お土産屋のおばちゃん達もこの時期、この時間に訪れた創の姿に物珍しさを感じたのか、ひっきりなしに声をかけてくる。
「兄ちゃん!えらー時に来だけんど、飯くーてかんか!?」
「お土産ならうちの店がいいよ!?中でカニ汁も飲めるよ?」
それぞれに軽く会釈をしつつ、土産屋通りを抜け、目的の東尋坊へたどり着いた。
夕暮れとあいまって、その岩肌は幽玄とも荘厳ともとれる何とも美しい様相を醸し出していた。
「……すげえ。」
写真で見たことはあったが、生で初めて東尋坊を見た創にとって、その姿は想像以上のものであった。
創は岩道を歩き、さらに奥の絶壁を見てみる事にした。崖から見える日本海の荒波が、吹き付ける風とあわさり、高く押し寄せる。自殺の名所と言われる所以である。
「……お兄さん。」
「!?」
崖を覗いていると、急に後ろから声をかけられ、声にならぬ声をあげる。そこには30代そこそこであろう一人の女性がこちらに心配そうな眼差しを向けていた。
「……まだ、やり残した事があるんじゃないですか?」
そう言われて、創はピンときた。これがガイドブックに載っていた、東尋坊で飛び降り自殺をしようとする人を止めてくれる人であった。
「あ、この人が……お姉さん、すいません。ちょっと好奇心で崖下を覗いただけで、飛び降りる気は全くありませんよ。」
「あら、そうなんですか。この時間に崖下を覗いていたもので、ついつい。」
女性は苦笑いしながら答えた。和やかなムードになったついでに、東尋坊の名の由来についても教えてくれた。
「昔々、東尋坊という力の強いお坊さんがいましてね……彼は非常に悪さが好きで、色んなところで悪事を働いていたのです。そんな彼を見かねた他のお坊さん達が彼を酔わせて、この東尋坊の絶壁から突き落とした、というのが名の由来なのです。」
「……それで、自殺の名所に?」
「落とされた東尋坊は、自分が嵌められた事に気づき、色んな人を道連れにするようになったんです。そこから、自殺の名所という形につながっていったのでしょう。」
……なかなか、おっかないお坊さん何だな、東尋坊って奴は。
「さらに他にも諸説ありまして、東尋坊は大の女ったらしであったという話もあります。毎日とっかえひっかえ女性と遊び呆けていた為、その女性達の恨みを買い、崖から落とされたのであるともいわれています。」
……坊さんの癖に、アグレッシブすぎだろ、東尋坊さん……。
「まあ、諸説ありますが、崖を覗くと東尋坊に引き込まれるというのは良く聞く話ですので……お客様もお気をつけ下さいね。」
そいういうと、引きとめ役の女性は去って行った。
「いい話のネタができた。来週職場で新田さんに話してあげよ。」
新田さんとは、職場の同期社員で創が気になっている女性、新田美奈美の事である。小柄で快活明朗、ドジっ子であるが仕事はできる。創とは特段仲が良い訳ではない。
話のネタもでき、揚々として岩場を引き返そうとした創の頭の中に、突然直接語りかけるような声が聞こえた。
……おい、小僧。
「!?」
先ほどの引き留め人に声をかけられた時とは異なる感覚。創は驚くと同時に身体の硬直を感じた。
……貴様、女は好きか?
身体の硬直が一気に抜けた。いきなり頭の中から声がすると思えば、女が好きかどうか問われるという意味不明の展開に、創の頭の中はクエスチョンマークだらけである。
「……あんた、何もんだ?」
……小僧、口の聞き方には気をつけろ?
「……うっ!!」
胸が突然痛み出し、動悸が激しくなる。息をするのも苦しくなり、立っていられず創は地面に膝をつく。
……まあ良い、教えてやる。我は平泉寺妙念、通名東尋坊と呼ばれた僧侶だ。今はここで自殺したそうな奴の手伝いをしてやってるが、ちょいと訳あってな。貴様を、俺の入れ物として使いたい。
訳がわからない。創が一番に感じた事である。東尋坊本人と会話し、さらには自分の体を入れ物として使う等というファンタジーな事まで言い出す始末である。創はこれが夢であると結論付け、早々に夢から覚めようと試みる。
……おい、貴様。頬を摘む暇があるなら答えよ。女は好きか?
「……まあ、嫌いな男なんて珍しいし。そりゃ好きだよ。」
至極当然の答えをしたつもりであった。そりゃ、女の子は好きだし、職場では新田さんと話せたら嬉しいし、あわよくば付き合いたいし、仕事の付き合いでいかがわしいお店にも行くし、おっぱいも好きだし……
……宜しい。それだけで我が器としては十分だ。貴様、この崖から飛び降りよ。
「……はい?」
……もう一度言うぞ。この崖から飛び降りよ。
更に訳がわからない。飛び降りよ?え?死んじゃうよね?普通に考えたら死んじゃうよね?別に自殺しに来た訳ではないので、飛び降りる気なんてさらさらない。そういうのは是非、利害の一致した際にお願い頂きたいものである。
「いや、無理っす。」
……まあ良い。貴様が嫌でも、我は欲している。
「どういう……!?」
創の足が急に崖へと向かう。意思が効かず、勝手に歩き出す。目の前には絶壁と日本海が広がる。創は恐怖した、そして身体が浮遊感を味わうとともに、これまでの思い出が走馬灯のように駆け巡った。創は死の感覚を身を持って受けると同時に強烈な眠気に襲われ、そのまま目の前が真っ暗になった。
-早朝-
翌朝、日の光が顔を差すのを感じ、目を開ける。目の前には白い壁、白いカーテン、点滴、包帯、恐らくここは病院だろう……そこまで来て、昨晩自分に起きた事を思い出す。東尋坊と話し、崖から落ちた事。そして今、生きている事を実感する。
「俺、生きてたんだ……いっ!?」
ほっとすると同時に体中に痛みが走る。崖から落ちたのであるならば当然であろう。むしろ、生きている事に感謝である。痛みと格闘していると、一人の若い看護師がやってきた。
「大路さん、具合はいかがですか?東尋坊から落ちて生きてるなんて、今年は新年早々ついてますね。」
ニコッと笑いながら、包帯やカーゼを替えてくれる。名札には「清水美紀」と書かれてあった。20代前半くらいであろうか、笑顔が素敵である。
「あ、すいません。やっぱ俺、崖から落ちたんですね……あんまり、覚えてなくて。」
清水さんを見ながら、話かける。しかし、とたんに清水さんに異変が起きた。目から生気がなくなり、創に頭を垂れ、服従するかのように片膝をつきこちらを向いた。
「ちょっ、ちょっと?やめて下さいよ、何してるんですか?」
「ご命令を……ご主人様。」
昨日に引き続き、訳がわからない。頭の中はパニックである。創が混乱していると、頭の中から昨日のあの声が聞こえてきた。
……よう。元気そうだな。どうだ?我の能力は。
「……!?お前、東尋坊!?」
……お前とはなんだ、せっかく貴様の身体に入り、能力を授けてやったのだから感謝してほしいものだ。
「身体に入り!?つか、能力って、これはお前が原因なのか!?」
……その通り。我の能力、恋慕怨恨の力。生物学上メスである生き物全てを“見つめて話しかける”事で服従させる事ができる能力である。
もちろん、すぐに受け入れられる訳がない。しかし、頭の中では東尋坊の声が聞こえ、目の前では看護師さんが片膝を付いて頭を下げているのを見たら、信ぜずにはいられないのが現実である。
「なあ、東尋坊……だっけ?」
……うむ、なんぞ?
「目の前のこの状態って解けるの?」
……この娘の服従状態を解くという事か?可能だが、この娘からは一生嫌われたままになるぞ。それでも良いなら『我、汝を解放する』と娘の前で宣言せよ。それで服従状態が解放される。
「ひでえ……まあ、福井県なんてそうそう来ないし、別に良いんだけど……。」
……貴様、女が好きと言ったではないか。服従状態であれば、貴様が命令すればいかなる事も遂行する。下の世話なぞ、すぐにでも……。
「!?やめろやめろ!俺の良心が痛む!」
……なら、不用意に女に話かけぬよう心がけよ。さて、本題がまだじゃったな。貴様、名は何という。
「……大路 創。」
……創よ、これから我らはパートナーとして、八百万の神が頂点を決める大会へ参加する。これは強制だ。
奴の話を要約するとこうだ。
日本には様々な神が存在する。絶対的な神、日本でいえば天照大神のような神から俗説的な神、歴史的偉人等の神格化された神、それらが一挙に集い、日本一の神を決める戦い“ごっどふぁいと”なるものが開催される。各々の神はパートナーとなる人間を一人選び、その者の身体を共有する。パートナーは神にちなんだ能力を会得し、その能力において、パートナー同士が戦い抜くというもの。日本一となった神は以後100年、日本と統治する神としての権利を得る事ができ、そのパートナーは七つ願いが何でも叶うという。
「そんで、俺は東尋坊のパートナーに無理矢理されたと……。」
……無理矢理とは人聞きの悪い。ちゃんと問うたではないか、“女は好きか”と。
「……そんな質問で俺の今後が決まるとは思わなかったよ。」
……もう、後悔しても遅い。我がパートナーとして、よろしく頼むぞ。
「鬱だ……。」
こうして、無理矢理“ごっどふぁいと”に参加する事となった、大路創の運命はいかに。