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因果殺し-ANOTHER BLUE EYE-  作者: 斬谷恭平
1/1

1-1 始まり

 全ての物事には原因があり結果がある

 然るべき原因がなければ然るべき結果はない

 原因がなければ結果はない

 表裏一体

 裏と表

 離すことはできない

 

 もし この(ことわり)が崩れれば…

 原因のない理不尽と呼ばれる結果が生じる

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 二千二十八年四月鏡楼高校三年一組教室-

 始業式も終わり一段落といった頃だ。ただ僕たち三年生は受験生なわけであり、正直これからの事を思うとうんざりする。苦痛で苦難で嫌な試練で退屈で所在ない一年になるのだろう。

 で、現在はホームルーム中。今日はその受ける大学について考えなければならない日である。

 志望する大学はなるだけ近くが良い。最もかつて有名大学が犇めいていた都市部は十五年前の太平洋中心で起きた爆発による津波で大方が使えなくなった。

 因みに被害者数は少なかったようだ。理由としてはそれより二年前だったかに起きた地震による津波の経験が生きたそうだ。

 ま、経験を生かせなければ人類として終わりだ。人は学ぶ事が出来るからこそ生物界の頂点に立つことができたのだから。

 そんなわけで都市部は以前よりも大分内陸よりになっている。此処もかつては郊外だったが今では、有名大学やら企業が犇めいておりすっかり都市化してしまった。だからここ近辺に住んでいれば何の問題もない。行きたいレベル、学部、学科の大学はいくらでもある。

 というわけで選り取り見取りなのである。

 にも関わらず僕はまだ決まってない。ま、これだけあるのだから行けるところに行ければ満足だ。

 と言うのは建て前だったりする。いや、本当は誰にも言えない理由がある。教師や家族にですら言えない理由だ。

  そんなわけで一様もっともらしい理由を考えてみた。本当にもっとらしいかはわからないけれど。これが僕の脳で考えたもっとらしいと考える理由だから、とやかく言われても困る。

 さて誰にも言えない理由についてだけれど、その前に俺の人生十七年間、いやもうすぐで十八年か。そんな短い人生の間で起きた不可思議な事を説明する必要がある。

 ざっくばらんに言えば、俺の周囲に存在する因果は全て狂うと言うことだ。

 例えば運動会。僕のクラスは運動の出来る奴が沢山いた。故に運動会で沢山点数を稼げるいわば、期待のクラスだった。

 しかしそいつらは運動会に出ることはなかった。風邪をひいたり、交通事故にあったりして参加することができなかったのだ。だから僕のクラスは期待のクラスから足手まといのクラスにまで成り下がったのだ。

 そんなの偶然だと言われればそれまでだけど。僕はそれが小学校六年間、中学校三年間、高校二年間も続いた。そして恐らく今年もこのクラスに不可思議な現象は起きるに違いない。偶然として片付けるにはいささかでき過ぎているのだ。

 そもそも何故僕はそんな運動が得意な奴ばかりの特異なクラスに毎回所属しているのだろうか。僕のいた学校の教師はよっぽど采配が下手くそなのだろう。どうしたらここまでアンバランスなクラス分けにするのだろうか。こんな変な偶然も自体も普通のあるべき因果が狂っている証拠になっている。

 因みに今のクラスには、柔道全国大会優勝者、陸上全国大会準優勝者、剣道全国大会三位等々そうそうたるメンバーがいる。せめてこの三人でも別々のクラスにすることは出来なかったのだろうか。

 さて、しかしこれくらいなら百歩譲っても偶然な事かも知れない。世の中何が起きるかわからないのである。そんな世界だからこそこんな類いまれな事が起こっても不思議ではないのかもしれない。でも俺の場合はこれだけではない。他にも偶然とは到底呼ぶ事の出来ないような事件に遭遇している。可能性としてあった不幸は必然へと変貌を遂げる。

 ある時は、幸福が不幸へと変貌した。

 ある時は、希望が絶望になった。

 ある時は、愛が憎しみへと変わった。

 ある時は、全ての予定がその通りに進まなかった。

 ある時は、迷わない道に迷った。

 ある時は、目的に全く辿り着くことが出来なかった。

 ある時は、目的そのものが破綻することもあった。

 そして

 ある時は、助かるはずだった命が消えた。

 これは僕が味わった因果の崩壊のほんの一部に過ぎない。僕がその場にいるだけで、たとえ関わっていなくとも因果は全て狂った。まるで何かの意思がかき乱すかのように全てがかき乱されて滅茶苦茶になってしまった。

 つい数年前までは僕は単純にとても不幸な人間なのではと思っていた。

俺の世界そのものが狂っている――

 そんな世界を僕は心底恨んでいた。何で僕だけが不幸な目に会わなければならないのだろうか。どうして僕ばかりが不公平で理不尽な経験ばかりをする羽目になるのだろうか。僕は何もしていないではないか。

俺は何も悪くない―そう、何も悪くない――

 そんな幻想めいた事を思っていた時期が僕にはあったのだ。

 しかし現実というのは残酷だ。

 僕は世界が狂っているという風に考えていた。でも、そんな訳がなかった。他の人々の歯車は実に順調に回っていた。俺の分まで順調に軽快に何の問題も無く回り続けていた。 そして僕に関わった人達だけがピンポイントで、その歯車は崩壊した。こうなってくればいくら頭の悪い僕の脳みそでも気付く。

僕が原因だ、僕が生きている限りこれは続くんだ――

 そう自覚するようになった。何の根拠もないのに僕は僕を恨むようになった。

 いや根拠何て言うのはいらなかったのかもしれない。僕は単純に理由と解決方法が欲しかっただけなのだ。解決することのできる理由しか求めていなかった。だから解決することのできない“世界のせいである”という理由は捨て去った。その代わりに“自分のせいである”という理由を作り上げた。

 だってこの理由の解決方法はとても簡単じゃないか。

 そう。

僕が死ねばいいだけなんだ――

 僕が死ねば全ては秩序だった状態に戻ることができる。だって僕が原因なのだから。だから僕は死のうとした。高校一年生の一年間死に続けようとした。

 でも死ねなかった。

 死のうとするたびに僕は何らかしらの意思によるのだろうか、命を捨てさせてくれなかった。死にたかったのに死なせてくれなかった。命を所有しているのは僕なのにな…。

 屋上から飛び降りたら下に古紙回収のトラックがあってその中に突っ込んで助かった。

 手首を切ろうとして手首に刃をかけたら錆びていたせいか刃が折れた。

 夜中に川に入って死のうと思って川に向かっていたら途中で警察に捕まって補導された。(条例が何とかかんとかって言ってた気がする)

 今ではもう誰もいないはずの旧都市部の廃墟の中で首を吊って死のうと思ったら廃墟マニアに見つかって無理矢理返された。

 ホームに入ってきた電車に飛び込もうとしたら途中おばあさんにぶつかって、電車に惹かれたのはおばあさんの持っていた袋いっぱいの林檎だった。(この時ほど林檎を羨ましいと思ったことは後にも先にもない)

 等々………

 色々な死に方を考えて実行していったが全くもって僕は死ぬことができなかった。僕が死ぬという因果は徹底的に潰されてしまうらしい。ある意味不死身なのかもしれない。無論周りの状況が原因で死ねないわけであり、寿命が来れば流石に死ぬはずだ。死んでくれなければ困る…。

 こうして俺の高校一年生は死に方を探しては実行するの繰り返しばかりをしていた。どれも死なずに生きていることになったので大怪我して余計辛い思いをするばかりだった。

 最も、その辛さよりも生きている時の辛さの方が大きかった。だからこそ一年間も市に続けようとしたのだった。

 では高校二年生はどうだったかというと。

 周りの人間関係を徹底的に断つことに徹した。だからと言って引き篭りになろうとは考えなかった。僕が確固たる意思を持ってやろうとすることは絶対に上手くいかない。引き篭りというのは自殺と同じく確固たる意思が必要だ。人間一人が普段いた社会からいきなり消えるのは難しいのだ。何やかんや言って大人は動き出す。その大人の交渉に屈しないようにしようとすればする程僕は引き篭りになれなくなるに決まっている。具体的な方法は思い浮かばないが、それでもそうなると僕は感じる。

 経験から学んだことによる結果だ。

 他にも原因があって、これが最大の要因なのだが僕は一人暮らしなのである。

 どう考えたところで僕はご飯を買いにいかなければならない。餓死しようという試みは失敗することが高校一年生の時に証明済みだからだ。

 というわけで僕はさり気無くクラスメイトから距離を取るようにした。どのようなことがあっても僕は一つ二つ返事でしか返さずコミュニケーションと呼ばれる会話はしようとしなかった。結果的にある奇妙な一人を覗いて僕は他のクラスメイトから声をかけられることはなくなった。

 最も、体育祭の悲劇は起きたが…。こればっかりはしょうがない。僕がそのクラスにいるということで起こってしまう悲劇なのだから。

 高校二年生に関してはだから奇妙な一人と過ごすばかりでその前の年とは比べ物にならないほど平和な一年間となったのだった。人間関係を断つことによって得た平和は価値があるものだった。皮肉である。

 さて今年の高校三年はどうするつもりで考えているのかというと、ノープランである。無計画で行き当たりばったりだ。

 只はっきりしているのは、この一年間こそ僕は人間関係を断つ練度をさらに上げなければならない。

 何故かというとそう、受験があるからだ。

 残念ながらこのクラスメイトは受験に成功することはないだろう。この僕がいる限り。僕は周りのクラスメイトが描くであろう希望する大学合格への道筋を徹底的に破壊してしますだろう。ご愁傷さまとしか言えない。故にこのクラスメイトが心がけなければいけないことは頑張らないことである。

 受験生に或まじき行動。しかし、このクラスでの受験生の然るべき行動なのだ。

 更に僕が彼らと距離を置くことによって、少なくとも浪人しか道がないということは回避できるはずだ。

 前から死亡する大学を書く専用の紙が回されてくる。大きさはハガキほどで薄さはハガキよりもペラペラだった。その中から一枚だけ自分の分を取ってから後ろへと回す。

 項目を見てみると。上から第一希望、第二希望、第三希望と並んでいる。横にはそれぞれの志望動機を各欄があった。勿論僕は“近いから”としか書かない予定だ。上から適当に近そうで難易度の高くない身の丈以下のレベルな大学を書き連ねていく。書き終わった後は名前の欄に自分の名前と出席番号を書いてから裏にする。

 周りを見ると僕が一番最初に書き終わったようだ。前にいる友達と相談しながら皆悩んでいるようだ。そんなクラスメイトに対して注意することもなく、僕の担任はホームルームの最初にした説明だけでお仕事終了という感じで何もしていない。窓の外を眺めてぼんやりしていた。ホームルームの時間は残り三十分。この時間を志望大学を決める時間として終わらせるようだ。気楽なものである。僕がいなくてもこのクラスに所属したものは第一志望には合格できなさそうだ。

 これ以上何もすることもないので僕は机に突っ伏して昼寝をすることにした。ホームルームは昼休みの後だったから昼寝するには丁度良い時間だった。気持ちの良い日差しを浴びながら僕は眠りの世界へと落ちていった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 授業が終わったことを告げる鐘が鳴る。体を起こして後ろから回ってきた志望大学を記入する用紙を自分のも入れて前に渡す。体を伸ばして関節も伸ばす。机の上で寝ると副作用で体中がこるのだ。実は机の上で寝るという行為は体を休めるどころか疲れさせる一方だったりする。机の上で寝ても疲れない寝方とかはないのだろうか。後で奇妙なあいつにでも聞いてみよう。

 担任は紙を回収して二三連絡事項を述べたあとに教室を出ていった。次の授業は社会科である。その時間までしばし十分間の休憩だ。

 机の名から必要な教科書とノートを出して準備を始める。そこへ奇妙な奴から声が掛かった。

「よ、こーくん。志望大学はどこに決めたんだ?」

「ここの近くにある三箇所を選んだよ」

「成程。紛いなりにも決めてんだなー」

 僕に近づいてコミュニケーションを取ろうとする奇妙な奴。

 名前は白桐諒希(しらぎりりょうき)。サッカー部元部長で他のやつらからも人気があるとても良い奴だ。その人の良さ故に僕に近づいて来るので奇妙としか言いようが無くなっている。無論周りからの評価も良い人から奇妙な人に変更されている。それでも人気者なのだからこいつの求心力は凄いかもしれない。

 因みにスポーツが良くできるので去年の体育祭前に季節外れなインフルエンザになり参加することはできなかった。最も他に交通事故で全治一ヶ月何ていうやつもいたのだから一番ましな方なのかもしれない。今年は一体どのような理由で体育際に参加できなくなってしまうのだろうか…。それだけじゃない、こいつは受験にも失敗することになるだろう。

「お前こそどこに受験するんだ?」

「ん、俺はここら辺の国立あたりを狙ってみようかなと」

 国立か。ここら辺一帯にある国立大学はかつて都心にあった有名大学のみしかない。とてもレベルが高い。でも、こいつは頭が良いし行けないことも無いのだろう。

 最もこの僕がいなければの話だったのだが…。しかもこいつは大学に行けるかどうかもわからない。積極的に僕と接しようとしているからだ。

「夢を見るのは止めとけ」

「おいおい、何だよそれ…。俺はこう見えても勉強できるんだぜ」

 そういう問題ではないのだが…。こいつには俺の事について一切言っていないから仕方ないのだろうけど、このままでは本当に進学できるのは夢だ。

「国立は悪魔で目標だ。正直お前と同じように近くて安ければどこでもいい」

「謙虚か何か知らないけれど、進学できないって思ったほうが良いよ」

「そこまで言うか…」

 ガッカリそうに肩を落とす。僕としては本当の事を言ったまでなので寧ろ大手を振って喜んで欲しいものだ。何しろ期待感が小さければ小さいほど失敗したときの絶望も小さくて済むのだから。過ぎたる欲求は大きな不幸しかもたらさない。

「こーくんが言うから余計に真実味があるよな。お前が言う事は不幸に限って良く当たるからな」

「まーな…」

 確かに僕は不幸が起きると直感でわかる。というよりも僕がその原因なのだから当てる事は簡単だ。僕がその空間にいればその空間に居る人たちの目標が壊れていく。人の建てる目標というのは自分にとって希望となるものだ。それが食い潰されるのだから不幸と呼ぶ事ができる。

 僕にできる事は「君の希望は叶わないよ」と言って希望にあらかじめ亀裂を入れておき、それが砕けた時の絶望を和らげることしかできない。

「どうして不幸が起きるなんてわかるんだ?」

「そんなもの聞いてどうするんだ。何のためにもならないぞ」

「好奇心だよ」

「過ぎた好奇心は身を滅ぼすよ」

 好奇心というのは諸刃の剣だ。時には人に大きな行動力を与え、時にはその副作用として大きな不幸をもたらす。人間に好奇心があるからこそ自業自得という言葉もこの世に存在するのだろう。ただ人間が他の生物と一線が引かれているのは知を求める好奇心があるからに違いない。

「お前はそうやっていつも教えてくれないよな。秘密大好きなのか?」

「そんなわけないだろう。秘密大好きとかどこの子どもだ。単純にお前に言っても仕方ないから言わないだけだ」

「俺が頭良くてもか?」

「寧ろ頭が良いからこそだ」

「なんだそりゃ…」

 首を傾げて疑問符を頭に浮かべる諒希。

「知らぬが仏何ていう言葉もあるだろう。これ以上の詰問は何の意味もないぞ」

「わかったよ。でも、いつか必ず教えてもらうからな。お前に不幸がわかる理由」

「いつかな…」

 いつかか。そのいつかはいつ来るのだろうか。恐らく来ないかもしれないな。

 もし諒希が僕の事を知ったとして何をするのだろうか。できることはないはずだ。やり方があるのならば僕もそれを聞いてみたいものだ。

 次の授業の鐘が鳴る。

「それじゃまた後でな」

「ああ」

 諒希は自分の席に戻る。僕も教科書を開いて準備を終える。

 退屈な授業を一通り終えて放課後になる。教室を出て昇降口へと階段を降りていく。

 僕はどの部活にも入っていないから放課後これといった用事は無い。このまま帰宅するだけだ。階段にはこれから部活をするためだろうか、楽器を持った人やユニフォームの入ったバックを持った人が行き乱れている。一階に到着して靴を履き替えてから外に出る。

 現在の季節は四月。まだ日は長く外は明るい。

「おい、こーくん」

「ん?」

 後ろから靴に履き替えた諒希が声をかけてきた。そう言えばサッカー部はもう引退したんだったけか。四月の中旬に開かれた大会で終わりとか言っていたような。

「お前引退したんだっけか」

「そうだよ。だから一緒に帰ろうぜ」

「死んでも良いのか?」

「なんだそりゃ」

 諒希は笑いながら俺の背中を大きく叩く。

「笑いごとではないんだけどな…」

 僕と帰ったら何が起きるかわかったものではない。死ぬとは言い過ぎだが少なくとも何かしらの不幸を味わう事になる。

「大丈夫だよ。俺はお前と一年以上一緒に居るんだぜ。ちょっとの不幸くらいじゃ何とも思わないさ」

 そっか。もうこの奇妙なやつが俺と接触してきて一年も経つのか。よくそんな不幸に耐えきれるものだ。

「それにお前が言うほど俺は不幸じゃないぜ」

「そうなのか?」

「そうだよ。此処一年の俺にとっての不幸は体育祭に出れなかったことくらいだ」

 あのインフルエンザが一番の不幸だったのか。こいつはそんなに欲求がない人間なのかもしれない。

「お前って欲求とかないのか?」

「欲求って性的欲求とかか?一様これでも俺は高校三年生なんだからあるっちゃあるが…」

「お前の口から性的欲求とか言う言葉でてきたことにビックリだよ。欲求っていうのはそれ以外にもあるだろ。所有欲とか出世欲とかさ」

「そういうのは無いな」

「性的欲求しかないのか」

「それを言われると何か傷つくな…」

 本当に欲求がないのだろうか。欲求のない人間というのは存在しないはずだ。人間の行動のエネルギーは欲求。それを満たすために人は動く。こいつにはそれがないのだろうか。

 ただそれはそれで僕との相性は良いのかもしれない。

「お前って目標があるのか?」

「今日のこーくんは何かいつもと違うな。何かあったのか?」

「何の意味も無い質問だよ」

「そっか。目標ね…。ないかな」

「ないのか」

 益々僕との相性は良いみたいだ。

「あるとすれば体育祭で優勝くらいだな」

「単純だな」

「複雑な目標なんて意味がないだろ。俺が持つ目標は常に達成できそうなものだけだ。身の丈以上のものは決して立てない。自分にとって達成できるものを達成して限界を伸ばす。少しずつ階段を上るように俺は成長しているんだ」

 階段を上るようにか。

 一つ一つの階段を飛ばさず確実に登る。飛ばすことによって得られる飛躍的な成長よりも着実な成長か。この生き方が人望があり頭が良い理由なのかもしれない。

「こーくんこそどうなんだ?目標としているものはないのかよ」

「ない」

「即答だな。それじゃ成長しないぞ」

「僕の場合は成長しようとすれば退化するんだよ」

「意味わからないな…」

「わからなくて良いよ。世の中知っている事より知らないことの方が多いだろう」

 僕は成長することはできない。高い目標を立てようとすればその分だけ失敗する。それがわかっているのに目標を立てるのは愚か者のすることだ。

 経験から学ばなければ人類である意味はない。

「しっかし今日も気温高いな。先月程じゃないけど」

「僕はそんなことないと思うけど」

 諒希は暑そうに手で仰ぐ。

 確かニュースで先月は最高気温の記録を更新したと言っていた。今月もその名残で気温は高いらしい。僕は暑いのは得意だからこれくらいの暑さなら何の問題はないのだが諒希はそうもいかないらしい。

「今日の社会の授業でも言っていたけど昔は違ったらしいね」

「らしいな。何でもあの爆発事件が起きる前は今春だったらしいよ。さぞかし涼しかったんだろな。全く参るぜ。」

 うんざりそうに手を仰ぎつづける。いつのまにか体中が汗だらけになっていた。

「凄い汗だな。どこからそんな水分出てくるんだよ」

「学校は冷房完備だからな。この登下校が一番苦痛だ。早く家に帰りてぇ…」

 空は曇り一つない快晴。太陽の光を防ぐものは一切なく地面に降り注いでいる。

 此処は学校まで続く長い坂道。学校自体はちょっとした山の上にあるため回りは森に囲まれている。そのため太陽の光を防いでくれる木は沢山あるのだが残念ながらこの坂道は綺麗に整備されており木が植えられていない。地面のレンガを太陽が焼き尽くしている。

「此処に屋根くらい付けろってんだ。生徒が熱中症でバタバタ倒れるぞ」

 不平不満を述べ続ける諒希と一緒に坂道を下りていく。

 やっと坂を降りきって大通りに出る。そこを右に降りて道沿いに進んでいく。此処には街路樹が一定間隔で植えられているのでさっきの坂道よりは大分ましになっている。

「やばい、ぶっ倒れそうだ」

「僕と一緒にいるからだよ。これがお前の今日の不幸かもな」

「お前は天候すら操れるのかよ」

「僕は人の人生さえ変えられるんだよ。他愛もないことだよ」

「そりゃまたすげーや。まるで神様みてぇじゃんか」

「神様ね…」

 神様というのは普通は幸福をもたらす存在のはず。だとするのならば僕は神様じゃなくてその反対、悪魔なのかもしれない。

不幸をもたらす悪魔―

 酷く自虐的だけれどしっくりきているな。怖いほどにピッタリだ。

「お前って悪魔信じる?」

「これまたいきなりだな。そうだなー悪魔か。存在はしていそうだけどな。見たこともないからわからないけど居るのは確かかもしれない。そう考えると神様も一緒じゃね?」

「神様は日本中にいるぞ。沢山神社あるし」

「あー、そう言えばそうだったな。だとするのなら悪魔を祭っている神社何てねぇよな」

「そりゃそうだ。自分から不幸を呼び込もうとするやつなんか普通いないよ」

 そう言ったものの妖怪の類いを神様として祭り上げている所はあるらしい。ただ妖怪って悪魔なのだろうか。種類やその妖怪のやることによるのかもしれない。

「ただ不幸の権化に自ら突っ込んでいく変人はいるっちゃいるけどな」

「誰だよ?」

「お前だよ」

「俺はそこまで馬鹿じゃねぇよ」

 パシン、と頭を平手打ちで叩かれる。結構良い音がなったのでかなり本気で叩かれてしまった…。

「痛いなー。僕のこと叩いても意味ないぞ」

「俺の気分が良くなるから意味ある」

「理不尽だなー」

「人生理不尽しかねぇぞ。これからもずっとだ。それを考えるとお前の言う不幸何て大したことないだろうよ」

 確かに一つ一つを取り上げれば小さいかもしれない。けれども“塵も積もれば山となる”という言葉もある。一つ一つの小さな不幸が集まればそれは死にたくなるくらいの不幸になる。

 そして僕の場合には不幸しかない。しかも理不尽な不幸ばっかりだ。逆の幸福を肌で感じたことは記憶の限り全くない。此処数年も自殺したり対人関係を片っ端から壊して行ったばかりだったから、そりゃそうだ。

「そう言えばさ、こーくん」

「ん、何?」

 熱いアスファルトの上を歩きながら話を続ける。

「理不尽じゃない不幸何てあるのか」

「自業自得って言葉があるよ」

「確かにそうなんだけれども、そういうのって自分では不幸になりたくてやったわけじゃないだろ」

「それもあるかもしれないけど、不幸になるとわかっていて好奇心や興味に負けられずやらかすこともあるじゃん。それを理不尽な不幸って呼ぶのは自分勝手過ぎないか」

 人間というのは経験することによって学ぶ。それは自分が失敗せずに幸福になるためだ。だから本来人間には幸福を回避する力がある。本能がある。

 そんな自己防衛の機能を全て無視して自分のやりたい事やって、失敗して、不幸になる。それは“理不尽”ではないはずだ。

「それは客観的に見た判断だろ。幸か不幸かってのは主観で決まるもんだから理不尽に感じるかどうかは当事者が判断することだ。そう言う点でみたら不幸ってのは理不尽なものしかないだろ」

「それはそうだけれども主観何て言っていたらキリがないよ。主観何ていうのは人によって千差万別なんだから基準にはならないよ」

「客観的視点何ていうのも似たようなもんだろ。同じ人間が考える事なんだから」

「それは違うよ。客観的視点というのは誰から見てもそう見えなければいけない」

「その定義だと今じゃ客観的視点何て存在しねぇぞ。俺とこーくんで既に違う意見が出ているんだから。」

「そっか…。それは一理あるかもしれない」

 確かに今は人によって価値観がバラバラ過ぎる。故に、人によって見えるものが一緒であっても見方は本当に千差万別。そう考えると本当の意味での客観的意見何いて言うのは戯言でしかないのかもしれない。

「因みに俺は理不尽だからこそ不幸であると考えている」

「僕は不幸何て言うのは理不尽云々関係なく振りかかって来るもんだと思っている。それこそ自業自得ってやつもあるに決まっている。それに理不尽って思ったとしてもよくよく考えてみれば筋が通っているはずだ。」

 何事にも理由は存在する。その理由が壊れた時に壊れた結果が出る。

 僕の周りでは理由が壊れる。原因が壊れる。

「その筋って言うのはこーくんと一緒にいるっていう条件か?」

「よく気付いたね」

「気付かないわけがないだろう。お前は散々“僕と一緒に居ると不幸になるよ”何ていう意味のわからないことを言っているんだから。その理由は一体何なんだ」

「理由か…。僕の経験だよ」

 僕は最初身の回りで起こる不幸を理不尽だと思っていた。しかしだ、それは僕がいるからという理由があった。その理由を自覚してしまったとき僕は理不尽な不幸何て言うのは存在しないと思った。

「おい待てよ。お前の周りだけ不幸が起こるっていうことは理不尽じゃねぇのかよ」

 一瞬僕の思考が固まる。

「あー…成る程。確かにそれはあるかもしれないな」

 そっか。僕の周りだけ不幸が起きるという現象自体は理不尽かもしれない。そっか、それは理不尽だ。

「お前…そういう単純な所に気付かないってどういうことだよ…」

 溜息をついてあきれ果てている諒希。

「だから言ったろ、理不尽じゃない不幸何て言うのはない。現にお前の言う不幸っていうのは、お前の周りだけやたらと不幸が起きるっていう理不尽に端を発しているじゃねぇか」

「そうだな…。うん、確かにそうだ…」

 何かここ数分の会話で僕の価値観が劇的に変わったような気がする。でもだからと言って僕の周りに不幸が舞い踊ることが無くなるって訳でもないし、寧ろ解決方法何て言うのは存在しないということになる。

 だとしても何か霧が晴れたような気分にはなった。霧が晴れても表れたのは黒雲だけれども…。それでも霧が晴れただけでも満足しよう。

「よし、駅前で何か食べよう」

「お前にしては珍しい事いうじゃねぇか」

「何か久しぶりに気分が良くなったんだ。奢ってあげるよ」

「お、まじか。サンキュー」

 そうして僕と諒希は駅前のファーストフード店へと向かった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ファーストフード店に到着して、僕と諒希は適当な物を頼んで窓側の席に座った。

 此処は冷房がしっかりと効いており断然涼しかった。よって諒希はだらしく席で脱力していた。

 ワイシャツもかなりはだけた状態だ。こちらとしては見たくもない筋肉を見せつけられている感じが否めない…。

「おい、諒希場所を考えろよ。此処は公共の場所だぞ」

「別に良いだろ、見せるために鍛えてるんだからよ」

「露出狂かよ。お前のを見たがる人なんていないよ」

「でも、お前も運動してない割には筋肉付いてるよな」

「高一の時にやっていた自殺巡りのおかげだよ。人間自殺するのに結構体力いるんだよ」

「何だそりゃ…自殺するのにも体力っているのかよ」

 呆れた顔をしながらジュースを飲む。

「自殺するのに体力が必要とか意味がわからないな…」

「僕の場合だけなのかもしれないけどね。何せ死にたくても死ねなかったんだから」

 あの時は本当に死ねない自分に心底驚いたものだ。何故あそこまで助けられなきゃならないのだろうか。ニュースを見れば死にたくなかった人が死んでいるのに、死にたいやつが死ねない。

「でも、命あってよかったじゃんか」

「まーね…今日もちょっとした発見があったし」

「理不尽の話しか。お前って物事を複雑に考え過ぎて単純な事に気がつかないよな」

「かもね…」

 僕は物事を複雑に考え過ぎてしまう癖がある。何でもかんでも単純じゃなくて複雑なものしかないと思い込んでいるのが大きな原因かもしれない。自分の周りで不可解な不幸ばっかり起きてきたせいというのもある。何故不幸が起きるのか、という思考ばっかり考えてきたからな…。

「そう言えばこーくんに家族っているのか?一人暮らししているみたいだけど」

「いるっちゃいるけれど、両親は今海外に住んでいるよ」

 両親は現在アメリカに在住している。僕はこっちの高校に行きたかったから敢えて日本に残ることにした。

 後、僕といると不幸になるから、そういう意味もあって両親とは別居することに決めた。

「やっぱりどっちかは外国人なのか?」

「え、何で?」

「いや、だってお前の瞳って青いじゃんか」

「ああ、これね…」

 目に手を当てる。こいつの言うとおり僕の目は生まれた時から瞳が青い。

「いや、普通に両親は日本人だよ」

「んじゃ、どっちかがハーフなのか?」

「それもないよ。医者の話だと染色体異常とか言っていたかな」

 僕の両親はどちらも日本人だから瞳は青くない。家系を見ても外国人と結婚した人はいなかった。なのに僕の眼は生まれた時、青い瞳だった。

 最初はこの異常に病院も両親も慌てたそうだ。染色体異常が疑われて、視力があるのか、はたまた失ってしまうのではないかと大騒ぎだったそうだ。けれどもこうして僕は光りを認識することができている。結局あんな心配は杞憂に過ぎなかったということがわかった。

「へー。染色体異常で瞳が青くなるのか。聞いたことなかったぜ」

「僕もこの方生きて十七年以上になるけど、僕以外には聞いた事ないかな」

 といわけで僕の外見は青い瞳に、黒髪とまるでどこかのゲームに出てきそうな顔になっている。

 そう言えばこの瞳については、昔良く聞かれたものだが高校に入ってからは聞かれなくなったな…。僕の高一高二の素行を考えれば当たり前かもしれない。

「でもお前も変わったよな。一昨年は怪我ばっかりして学校来なかったし、去年は人とあんまり喋ろうとしなかったしな」

「喋るという事に関してはお前意外とは、去年と同じままだよ」

「それは、何か嬉しいな」

 僕がこうやってまともに喋るのは諒希だけにしている。そして僕は今日をもってこいつとも喋るのを止めようと思っている。こいつまで僕の不幸にこれ以上付き合わせる必要はない。

「あのさ、諒希、僕と会話するのを今日限りにしてくれないか」

「却下」

 即答である。

「お前はそうやって俺との距離を変な理由をつけて取ろうとするよな。だがな俺はそれを許さねぇぞ。俺の人生の幸と不幸は俺が決める」

 断定的な物言いで僕の話しを折る。

「死んでも良いのか…」

「お前の不幸は人を殺す程のものは呼びよせないだろ」

「いや、生き残れたはずの人を殺してしまったことはある…」

 お互い黙り沈黙の時間が続く。

 僕は生き残れたはずの人を殺したことはある。

 実はこれをきっかけに僕は不幸の原因が僕自身にあることに気付いた。僕が不幸の中心だったことを自覚した。

「それでも良いぜ」

 沈黙を破るように諒希が口を開く。

「俺がお前の不幸に付き合ってやるよ」

「背筋が寒くなるセリフを吐くなよ。こんなの男同士がする会話じゃないよ」

「そうかもな」

 二人して苦笑する。

 よくよく考えてみればこいつは僕と一年間一緒にいるのにも関わらず、そこまで酷い不幸を味わっていない一人だ。せいぜい去年のインフルエンザくらいだろう。もしかしたらこいつなら僕と一緒にいても大丈夫な人間なのかもしれない…。

「そう言えば何でお前は僕なんかに接触してきたんだ?」

「何でだろうな…一年前の俺に聞いてみてくれよ」

 笑いながら残っていたジュースを全て飲み干す。

「そもそも人と関わり合うのに理由なんかいるのか?」

「きっかけ位はあっても良いじゃないか。それに人間て言うのは何かしらの興味がなければ動かないよ」

 んー、と考え込む諒希。

「やっぱり思い出せねーや。そもそも俺は人との関わり合いにおいて、理由なんかは考えないぜ。そこに人がいれば関わりを持つだけだな」

 本当に理由はないようだ。

「理由なしに人と関わりを持とうとするのか…」

「お前は理由理由って考え過ぎなんだよ。たまには結果だけ見る事を覚えたらどうなんだ?」

 結果ばかりか。

 でも僕には、理由もわからずただ結果だけを受け入れるのは無理かな…。

 何か事象が発生する時には、理由とか原因があるはず。エンジンを動かすガソリンのようなものだ。ガソリンがなければエンジンは動かない。僕は自分の周りで、理由がわからない現象が起きる事が、非常に怖い…。

 諒希の言う所の理不尽な不幸というのを、僕は何回も経験していても慣れる事は絶対にない。未だに怖い…。理由が欲しい…。原因を知りたい…。

「おい、こーくん。大丈夫かー」

「ん、ああ」

 いつの間にか意識が他の所に行っていたようだ。

「お前、時々怖い表情するよな。何か世界に絶望したような眼。こーくんの今まで過ごしてきた人生を聞けばわからなくもないけどさ。初めて見た時は、俺もビックリしたぜ」

「今、そんな顔してた?」

「してたしてた。眼とかも瞳孔開き気味になってたぞ」

「お前が理由がないって言うからだよ」

「俺のせいかよ」

 苦笑しながら僕の方を見る。

「さて、ジュースも飲み終わっちゃったし出るか」

 諒気は空になったジュースを振って、トレーの上に置く。僕も飲み終わったのでそれをトレーの上に置いて持ち上げ、ゴミ箱へと持って行った。

 ファーストフード店を出て、自宅の方へと歩き続ける。諒希と歩きながら雑談をする。

 去年一年間でわかったことなのだが、人間コミュニケーションをとらないと、精神的に不安定になる。こいつが無理やりにでも話そうとしてきたから、僕は大丈夫だったのだが…。そこについては諒希に感謝している。というわけで今は、諒希と話すことによって少しでも、僕の精神を安定させようと努めている。

 そういう意味では今日、諒気が僕の絶交を速攻で却下してくれたのは嬉しい。

 他の人とは、話せないからな…。

 十字路が見えてくる。そこで僕は右へ、諒希は左へと別れる。

「それじゃ、また明日なこーくん。」

「また明日。お前、絶対死ぬなよ。」

「あったりめーだ」

 笑いながら上に拳を上げる。そしてお互い手を振って別れた。

 僕は日が沈みかけている道を歩き続ける。夕日が僕を照らして影を後ろへと伸ばしている。綺麗な赤色をした夕日だった。

 数分歩いて僕の住んでいるアパートの前へと到着する。

 僕の住んでいるアパートは築五年とあって、まだまだ綺麗な所だ。此処は町からも近いので家賃も結構高いのだが、それは両親が全て払っていてくれてる。生活費も振りこんでくれているので、僕はアルバイトをする必要もない。此処までしてくれる両親に僕はとても感謝している。

 一番迷惑をかけたのが高校一年目だったかな。怪我の治療代がかなり掛かったはずだ…。

 オートロック式のアパートの入口にパスワードを打って、鍵を開ける。中に入りエレベーターへと乗る。僕の部屋は四階だ。

 モーター音が駆動する音がして、登り始める。数秒した後、エレベーターが止まり扉が開く。降りて右に曲がり、僕の部屋がある所へと向かう。

 向かおうとした。

 が、人が立っていて通れなかった。

 その人物は下から上まで真っ赤なスーツを着ていた。ただ髪の毛だけは黒く長かった。胸が膨らんでいる所を見ると女性だろう。いや、顔立ちもかなり整っており結構きれいだ。

「お前が因果殺しか。」

「は、はい?」

 因果殺しって何だ?僕のことだろうか。

「ま、確認するまでも無いか。その眼を見りゃわかることか。んじゃ」

 その女性は眼の色をいきなり変えた。いや、文字通り瞳の色が変わったのだ。しかも常に怪しく、朱から黒へ、黒から朱へと変わり続けている。

「暫く眠りな!!!」

 その女性は拳を強く握り、僕の鳩尾へとその拳を殴りつけた。

 身体が浮いたかと思うと僕は、廊下の反対側まで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ぐあ…」

 体中か空気が抜けていく感触がする。苦しくて呼吸できない。

 床に倒れこみ、視界が狭くなっていく。

 女性が此方に歩いてくる音が廊下に響く。

 身体を持ち上げられた感覚がしたかと思うと、僕は意識を失った。

 ………………………


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 目覚まし時計がけたましく鳴り響く音が、僕の鼓膜を震わせる。

 慌てて身体を起こして自分がどこにいるのかを、把握しようとする。

 よくよく見ると、此処は僕の住んでいるアパートの部屋だった。

 ベッドから出ようとして、体を動かそうとしたら、身体に激痛が走りまたベッドに倒れこんでしまう。

えーと、昨日は確か――

 僕は部屋に入る前に、赤い女性に殴り飛ばされたんだっけか。それで廊下の端まで吹き飛ばされて、気を失ったのか。

 待てよ、それじゃ何で僕は自分の部屋にいるのだろうか。

 というかあの女性は一体何なんだ。いきなり殴りつけてくるとは。しかもかなりの馬鹿力だったぞあれは。僕の体重は標準的で決して軽くはない。それを、拳一つで吹き飛ばすって、おかしいだろ…。

 取り敢えず学校に行かなければならないので、無理矢理身体を起こして準備を始める。

 食パンだけ食べて、制服に着替える。鞄を持って扉を開ける。

 するとそこに昨日いた女性が立っていた。

「やぁおはよう」

 僕は思わず身構える。

「いやー、昨日はすまなかったね。自分の護衛対象が、どれだけの強さか確認したかったんだ。でもお前弱過ぎだろ。全く、それでも男なのか?」

 弱いも何も、初めて出会った人に向かって、鳩尾殴って吹き飛ばす人が何処に居るんだよ…。しかも護衛対象だって?

「あなた、誰ですか?しかも護衛対象ってどういうことですか?」

「私はある方から、お前みたいなひ弱な男を守るように、命令されたんだよ。」

 僕を守る?一体どういうことなのだろうか。

「と言っても、私は命が関わる所までにならなきゃ、助けないけどな。」

 それはつまり、僕の命が狙われているってことなのだろうか?

「まだ、狙われていないだけで、これから狙われるかもしれないんだ。大人の事情だから我慢しな。それじゃな」

 すると姿がいきなり消えた。

 何なんだこの人。しかも名前もわからないし、よくわからない。

「何だよあいつ…」

「私をあいつ呼ばわりとはいい度胸じゃねぇか」

 耳元で低く唸るような声がした。

 思わず背筋が凍る。いたのか…。

「私は姿を消しているだけで、お前の側にいるんだよ。そうじゃなきゃ護衛の意味ないだろ。後私の事は他言無用だぞ。絶対に誰にも言うな」

「は、はい…」

 姿を消すことができるって、こいつ化物みたいだな。

「因みに、お名前は?」

「おやおや、さっきまで口悪かったのにいきなり敬語か。残念ながら名前を教える事は出来ないよ。だからお前も名前を名乗る必要はないよ」

 名前も知らない人に、護衛されるというのは気分が悪いな…。

「後、基本的に私は君の側に居るわけじゃないから。今はたまたまこんな近くにいるけれど、私にも他の用事があるのでね。ただ半径五キロメートル以内にはいると思ってくれ」

 そんな離れていたら、護衛にならないともうのだけれど…。そんなこと言ったら、また何をされるかわかったもんじゃないから、黙っているか。

「ほら、さっさと学校行きな。遅刻するよ」

「わかってますよ…」

 僕は溜息をつきながら、歩き始める。

 エレベーターに乗り、アパートを出て学校へと向かう。

 何か昨日のあの数分間の出来事で、僕を取り巻く状況がいきなり変わった。僕の護衛をするとか、変な女性にいきなり言われるし…。

 そして僕の近くにいると不幸になるのに、あの人は大丈夫なのか…。

んー、何かわからないけれど、大丈夫そうな気がするな――

 あの人とはちょっとしか話し地ないけれど、あそこまで勝気で強そうなひとなら、問題はなさそうだな…。不幸すらも破壊してしまいそうだ。

 それだけの強さを、あの人から感じた。

 いつも通りの通学路を歩く。今日は昨日のような快晴ではなく、鼠色の雲が空を埋め尽くしていた。天気予報を見なかったことと、傘を持ってこなかったことが悔やまれる…。

 と言っても、今日の朝はそんな呑気なことができる状態ではなかったけれど。こんな忙しない朝は初めてだった。全部あの女性のせいなんだけれど…。でもあの女性が来たのは僕のせいであるから、一周して僕のせいなんだろうな…。

 節々が痛む身体を引きずりながら、諒希と別れた十字路まで到着する。

 曲がろうとした瞬間、いきなり身体がふわりと浮かびあがる。更に僕はくの時になって今きた道方向へ吹き飛ばされる。

あれ、この吹き飛ばされ方はどこかで…――

 そのまま地面に着地、ではなく衝突し数メートル転がって身体が止まった。どうやら鳩尾を蹴りあげられたらしく、呼吸ができない。

これって、あの女か――

 蹴り飛ばされた所に顔を上げる。

 そして直後、二台のトラックが衝突した。鉄の塊がぶつかり合う轟音が鳴り、トラックの部品やガラスが周囲に飛散した。

 更には片方のトラックが転倒しそのまま、十数メートル進む。トラックが積んでいたであろう、建築用の土も、ばら撒かれ周囲一帯に埋め尽くされた。

 ……………………

 思わず何の言葉も出なくなる。最も呼吸が苦しくて、身動きすることすらできないのだが(身体中も擦り傷だらけ。制服も汚れてしまった…)生きている。僕はさっき、誰かに吹き飛ばされなかったら、あの二台のトラックにプレスされていたかもしれない。もしくは、土に埋もれて窒息死していたかもしれない…。

「いやー、危なかった危なかった」

 笑いながら僕の横に、赤いスーツの女性がいつのまにか立っていた。

「全く、あんたの因果殺しもたまったもんじゃないね。もう少し遅ければ、あの運転手二人とも死んでたよ」

 ん、僕を助けたんじゃなかったのか…?

「お前があのまま飛び出していたら、あの運転手二人ともハンドルを無理矢理切って、塀に激突

か変な角度で正面衝突。運転席がプレスされて、お陀仏だったよ」

 トラックは十字路だった交差点に、出会いがしらに衝突した。お互いが見える距離まではずっと直進していたため、片方のトラックが土砂を積んでいたトラックを、押し倒すような感じでぶつかったのだ。

 もしここで僕があそこに突っ込んでいったとしよう。僕が進もうとして曲がった方向から来たトラックは、ハンドルを切る。しかしここはそこまで道が広くない。そのまま塀に激突するだろう。あるいは十字路まで進んで、僕が歩いてきた反対側から来たトラックと正面衝突だ。僕が十字路によく見ず突っ込んでしまっただけで、二人あるいは一人の運転手は即死だったかもしれない…。

 僕はむせながらなんとか立ち上がる。

「僕ではなく、あの運転手を助けたんですね」

「ああ?そうだけどよ、全くあんたは恐ろしいな。私はあんたを護衛しろと命令されたんだが、これじゃ寧ろ、あんたのせいで死にかける人を護衛することになるな。笑える話だよ全く」

 そればっかりは仕方ないんだよなー…。

 しかも、この女性の話を聞くに、僕はどうやら本当に周りの人を殺してしまうようだ。自覚はしていたけれど、他の人からそれを思い知らされると、自分の存在の愚かさを感じる…。

「いや何が恐ろしいってさ、お前この事故について何か違和感を感じないのか?」

 あいにく僕は鳩尾を蹴りあげられてしまったから、その事故の光景はよく見えていない。

「音だよ音。」

「音ですか…?」

「交差点にはちゃんとカーブミラーがついているんだよ。此処の行政は真面目みたいだねぇー。それでだ、要はお互い見えていたんだよ。そしてわかっていたはずだ。このままじゃ、事故を起こしてしまうと。そうしたら必ずあることをするだろう?」

 そうだ、確かに此処にはきっちりとカーブミラーが二個付いている。そしてこのままでは出会い頭の事故を起こすことは明白だ。

 そうすれば、必ずブレーキを踏むはずだ。

 しかし、ブレーキ音は一切しなかった。故に押し倒されたトラックは、転倒してもなお進み続けた。

「つまりだ。二台ともブレーキが壊れていたんだよ。二台ともブレーキが偶然壊れるかい?もし壊具うう全壊れるとしたら、それはどれ位の確立なんだろうね。三億円の宝くじが十回はあたるんじゃないかい?」

「つまり、何が言いたいんですか…」

「小学生にでもわかるようなことを、この私に言わせる気かい?いい度胸じゃんか」

 僕の顔をあの変色し続ける瞳で、じっと見据える。その眼を見ただけで僕は、恐怖と絶望を心に突き刺さるように感じる。

「ようはな、お前のせいなんだよ。お前のその因果殺しとか言う、意味わからん(あお)の力のせいなんだよ」

 (あお)の力…?それが僕の周りに起きる不幸の正体なのだろうか。

「最も、あんたは更にたちが悪いみたいだけどな。これは一回、本家に帰って相談した方が良いかもな…」

 そう言うと女性は身を翻して僕から立ち去ろうとする。

「ちょっと待って下さい。今のはどういう意味なんですか!?」

 自分の事にかんする訳のわからない、理由のわからない、原因のわからない事に対する答えが見つかりそうになり、声が自然と大きくなる。

 そんな僕の大声が、耳障りとでも思っているような表情で、此方を振り返る。

「うっさいな。男なのに弱った人間の断末魔みたいな声を出すな」

 睨み殺すような眼で僕を見続ける。

「私が言ったことは、いずれわかるだろうよ。そん時まで我慢しやがれ。それがお前が今まで生きてきた罪に対する罰だ。かなり軽い罰だがな」

 その言葉が言い終わると赤い女性は、霧のように消え去った。

 どうやら本当に僕のせいだったようだ。僕の周りで理不尽な不幸が起きる中心は僕で、僕が理不尽な不幸というエンジンのガソリンだったようだ。

 あの人は僕が生きてきたことを“罪”と表現した。僕が不幸の中心であるのならば、それは的を射ていて正確なんだろう。

 眼の前で起きた事故だってそうだ。僕がいなければあのトラックは、事故を起こさなかったに違いない。そのまま、それぞれが目的とする場所へと、運ぶべきものを運び、今日の役割をいつも通り無事に終えていたはずだ。それなのに、僕という存在と出会ってしまった、空間を共有してしまったばかりに…。

 今まで以上の罪悪感が、僕の心を支配する。僕は今までにも、こういう事がある度に罪悪感は抱いてきた。でも今日は、いつもと違った。

 恐らくあの女性のせいだろう。第三者に僕の存在の罪を、宣告されたがためにこんなにも罪悪感が、身体の隅々まで染みわたっているのだろう。

 自然と膝が折れて、地面に倒れる。視界が虚ろになる。体中から力が抜ける。生きる気力が消えていく。

 その時、僕に向かって呼ばわる声が僕の鼓膜を震わした。

「こーくんどうした!?おい、しっかりしろ!」

 無理矢理身体を起こされる。この声は…諒希だろうか…。

「おい、大丈夫か?おい!」

 諒希が僕に呼ばわる声が聞こえる。しかし返事をすることができない。そんな気力がないからだ。

「取り敢えず学校に運ぶからな!」

 そう言われて僕は担がれる。

 自分の生きている感覚はしないのに、諒希の鼓動は感じる。不思議な感覚だ。まるで自分が世界から切り取られたような感覚だ。まるで生きている気がしない…。


 そう、死んでいるみたいだった――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その後僕は学校の保健室へと運び込まれた。結局起き上がれる気力もなく、ベットの上で午前中を過ごすこととなった。休み時間に諒希が様子を見に来てくれて、何があったのかしきりに説明を求められたが、僕は全て拒否した。

 とてもじゃないが、あの時のことを冷静に、順序良く説明できる余裕はなかった。何回か寝て忘れようとしたが、そもそも寝ることすらできなかった。体が震えて、何もできなかったからだ。

 けれども、時間が経過するにつれ頭が回るようになり、冷静な判断ができるようになってきた。

 まだ、あの女性との会話について、話す余裕はないが、学校の授業を受けられる程度には回復した。

 そして、気分を紛らわすことに決めて、僕は保健室で昼食を食べ終えてから授業に参加することを決めた。保健室の先生には自宅に帰るよう勧められたが、今は一人になることは避けたかった。一人になってしまったら、きっと正気を失ってしまうに違いない。一人になることだけは、絶対に避けたかった。

 保健室を出て自分のクラスがある二階へと向かうため、階段を上る。

 二階の踊り場へと出る階段を登り始めた時、上から女の子が降りてきた。制服も新しそうだから、一年生だろうか。その女の子は僕の事を見るなり、降りるのを止める。

 そして、僕の下から上までを、眼を見張るように見る。そして表情を急変させて、顔を怒りに歪ませ睨みつける。

 次の瞬間その眼の色、瞳の色があの女性のように変わった。ただ、あの女性とは色が違った。その瞳は、橙色から黄色へ、黄色から橙色へと変わり続けていた。

 その眼で僕をじっと見据えながら、口を開く。

「どうして、あなたのような存在がいるのですか…。

 どうして、あなたのような存在が生きているのですか…。

 どうして、あなたのような存在が死んでいないのですか…。

 そうして、あなたのような存在が許されているのですか…」

 そして暫く間を置き、再び口を開く。


 私の“未来”を壊さないで下さい


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