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図書館 「その後」

作者: Shina Kuroe

穂豆実ちゃんは真面目に働いてくれて、思ったより仕事は早く片付きそうだった。

重たい全集をまとめて運ぼうとしているから、よこから代わって持っていくと、

「あ、大丈夫ですよー。私こう見えて結構力持ちなんですから。中学の時水泳部のマネージャーやってましたから、重いものは慣れてるんです。」

そう言ってまた本を取り戻そうとする。水泳部。この学校にそんな部活は無いが。

「私、ついこの前転入してきたんです。」

「へぇ、この時期に珍しいね。」

「はい。本当は海外に引っ越す予定だったのですけど、わがまま言ってこっちに入ったんです。寮のある学校なら心配ないからって。」

「そうなんだ。家族がいないと寂しくないの?」

「そりゃあ、一緒の方が良いですけど、ここでは皆さんそうでしょう。」

穂豆実ちゃんは笑って言った。確かに。そう言われてみれば、自分だって小学生から寮にいるではないか。

「あはは、そうだったね。つい。転入生なんてこの学校では珍しいもんだから。」

「そうみたいですねぇ。私、ずいぶん珍しがられました。」

まるで他人事のように言うんだな。どうもさっきから彼女のペースに巻き込まれてる気がする。

「まぁ、とにかくこれは運んでおくから別の本を頼むよ。重いのは任せてくれていいからね。」

「すみません。」

ぺこりと頭を下げてカウンターに戻っていく。

そうして間もなく本は片付いて、後はPCでの作業だけになった。

穂豆実ちゃんが最後の本を棚に入れようと、思い切り背伸びして頑張っている。

これはチャンス。俺は踏み台を取りに行こうとした穂豆実ちゃんをひょいと持ち上げた。

「わあ!びっくりした。」

「さ、それで最後だね。」

穂豆実ちゃんは持ち上げられた意味を理解したようで、今度は軽々と届く一番上の棚に本をもどした。

「ありがとうございます。」

そう言って降りようとした、が、俺はまわした腕を離さなかった。

「あの、もう入れましたよ。ありがとうございました。」

穂豆実ちゃんはまた言った。自力で降りようと俺の肩を軽く押している。

「じゃあ、約束通りまた読書に戻っていいよ。どれが読みたい?」

彼女を抱っこしたまま聞いた。

「すみませんけど、もう降ろしていただきたいのですが・・・。」

穂豆実ちゃんは困ったように言った。

「また届かないところかもしれないから、このまま探そうか。」

「いや、大丈夫ですよ、踏み台もありますし。私ずっと持ち上げてたら重いですよ。」

なおも降りようともがく。しかしこの高さで暴れれば危険なのは彼女も承知のようで、あまり強い力ではない。

「穂豆実ちゃんすっごく軽いけど。ちゃんと食べてる?」

「た、食べてます!とにかく降ろしてくださいー。」

しかし俺は無視してそのまま歩きだし、適当に棚から本を取り出してカウンターに向かった。

「あの・・・・。先輩。」

「んー?」

「降ろして下さい。」

「やだね。」

これには彼女も絶句して抵抗しなくなった。

穂豆実ちゃんをカウンター内側の席におろし、自分はその隣の管理用PCの前の椅子に座った。

「はい。これ。」

「どうも、ありがとうございます・・・。」

やっと降ろしてもらえて安心したのか、降ろされた場所については何も言わなかった。渡された本をおとなしく開く。

「先輩、この本お好きなのですか。」

「なんの本だっけ。」

適当に抜き出したから書名までは覚えてない。

「夏目カオルの『青い川』です。」

ああ、偶然にも読んだことのある本だった。これでも読書は好きで、気が向くと読み漁っている。

「別に好きというほどじゃないけど・・・まあまあ面白かったかな。女の子が泳げるようになるまで頑張る、みたいな話だったような。」

「私も中学生の頃読みました。すごく面白いと思った覚えがあります。」

「そうなんだ。」

外の日差しがかなり強いらしく、照明は消しているはずなのに館内は十分明るかった。

俺はキーボードに集中しながら、時折穂豆実ちゃんがページをめくる音を聞いていた。

なんだろう。やけに落ち着くのはなぜだ。彼女を口説くためにここまでしたのに、そんな気はもうしなくなっていた。代わりに、少しでも長くこの平和な時間が続けばいいとか願ってしまっていた。

「・・・カが、ひ・・・とこが・・・。」

穂豆実ちゃんが何かしゃべった。

「へ?」

「ルカがシュウジに膝枕してもらってひなたぼっこするシーン、とてもステキだと思いました。なんか、あったかい空気とかがこちらにも伝わってくるみたいで。」

瞬間、穂豆実ちゃんが自分の膝の上に頭を乗せて眠っているところが脳内をよぎった。

「・・・そうかな・・・。」

「ええ、私個人の感想ですけどね。」

それきり会話もなく時は流れた。

一度読んだだけあって、それなりに厚い本だったにも関わらず彼女はあっさりと1冊読み終えた。

まだ6時まではあと2時間近くある。

図書委員のするべき仕事はとっくに終わっていたため、俺もずっと本を読んでいた。

「まだ4時すぎだね。随分経った気がしたけど。」

「あらら、もうそんな時間ですか。」

「なにかあるの?」

彼女はうつむき加減に首を振った。

「いえ、別に今すぐという用はひとつもありませんが。」

そういいながら手持ちぶさたな様子で本のページを無意味にパラパラめくる。俺はまたいつもの調子で聞いた。

「なに、もうすぐ帰る時間で寂しくなってきた?」

すると、彼女はある意味思いもよらない返答をした。

「はい。あんまり居心地がよかったもので、時間が経つのが惜しいな、と。」

「・・・・・そう。」

女の子があんまり素直だと逆に拍子抜けするということを俺は今日知った。

「でも、そろそろ帰った方が良さそうですね。もうお仕事も無いようですから・・・佐々垣先輩、長いことお引き止めしてしまってごめんなさい。御迷惑でしたか。」

本当に申し訳なさそうに彼女は頭を垂れた。俺はあわてた。何を今すぐ帰るようなことを言ってるんだ!?

「まさか!いや、俺もつい時間忘れちゃうくらい居心地良くてさ!そう言わずに最後までいたらどうかな!!!」

なんだこの焦り方。俺はどうかしたのか。

「でも・・・。」

穂豆実ちゃんはまだ心配顔だ。俺は話を変えてみることにした。

「あー、穂豆実ちゃん。夏休みもここに残るんだよね?」

「え?あ、はい。ずっと寮にいるつもりです。」

「俺もなんだけど、そのせいで夏休み中も図書館を手伝わされるんだよね。」

「はあ。大変ですねぇ。」

そう言いつつ、彼女の顔が少し嬉しそうにほころんだのを俺は見逃さなかった。

「で、相談なんだけど・・・・」




こうして、俺は夏季休暇中ずっと穂豆実ちゃんと図書館で過ごした。仕事が終わると、宿題をやったり、本を読んだり、広い館内を2人で独占して。

そして、時には外に出て散歩することもあったし、食事の準備も毎回一緒にした。(休み中残る生徒は自炊しなくてはならない)

全寮生は1500人近くいる大規模校だが、休み中残っている者はせいぜい50人くらいだ。

おかげで、彼女はすっかり俺になついた。当初考えていたような関係ではないが、妹ができたような感覚。

今だって、彼女はソファで俺の膝の間に納まってうとうとしている。

俺はシャンプーの香りのする彼女の髪に唇を落として、自分も目を閉じた。









だから、

本当に俺が穂豆実ちゃんにとって一番好きな男だと思っていたのに。

いつのまにか彼女のとなりには別の奴がえらそうに陣取っている。


穂豆実ちゃんは遠くからでも俺を見つけるやいなや走ってきてこの胸に飛び込んできた。いつものように、苦しくないように俺も腕をまわして歓迎した。

「計先輩、こんにちは!」

「こんにちは。元気?」

「はい!」

と、すぐ後から碧がやってきて、俺を見て顔をしかめた。

「碧?どうした―――――」

碧は答えずに穂豆実ちゃんを俺から引き剥がした。

「あ、碧人先輩。」

穂豆実ちゃんは平然と応対する。彼女にとってこれはいつもの兄に対するような挨拶がわりだった。

俺も知っていつつ毎回彼女を受け入れて碧が怒るのを楽しんでいる。

「穂豆実、計にいちいち飛びつくな!」

碧が珍しく穂豆実ちゃんに声を荒げた。彼女はというと、少し困ったような顔をしただけだった。

「・・・・はい」

( 計にはいつもしていることだ、何が悪い)そう問いたいのが丸わかりな、きょとん、とした表情。

でもね、穂豆実ちゃん。君の首にはしっかりと碧の名前がはいったリボンが結ばれてるんだよ。

そろそろやめてあげないと碧がかわいそうだ。

あまりの鈍さにたまにそう言ってやりたいと思うこともある。

「いいんだよ、穂豆実ちゃん。計はただやきもち焼いてるだけなんだから。」

「計、お前何言ってるんだよ!」

「そうなんですか、碧人先輩。ごめんなさい。」

彼女は今度はもう少し反省の色をみせた。しかし、恋人のとる反応ではない。

「・・・・・・。」

碧はため息をつかんばかりにがっくりと肩を落として穂豆実ちゃんの頭をなでた。

彼女はなでてもらったネコのように甘えた表情で笑った。

それを見て、もうしばらくは彼女を腕から離すのをやめるまい、と決めたのだった。


(笑)

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