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「それでぇ? なんのようなわけ」
ずきずきと痛む頭に手をやりながら神父は少女を睨む。しかし、少女が口を開こうとすると遮るように手をかざす。
「いいよ、どうせアレでしょ? 実家に帰って騎士をやり直せとかなんとか。王宮勤めをしろとかかんとか…。お前も大変だねぇ、ジョゼ」
「ちがうが…」
自分の世界に入っている神父には少女の言葉等子猫が鳴いているに等しく、つまり『馬の耳に念仏』。
「ちゃんと帰ってお婆様に言っておいてよね! 俺は可愛い義息子と仲良く教会暮らしだからさ」
「だから違うと言って…ちょっと待て、義息子って何だ? 誰が義息子…?」
「だから帰れって、ライトこいつ追い返して塩撒いて」
「そんな! 聖騎士様ですよ? 不敬罪とかで処罰されたらどうするんですか義父さん」
「処罰なんかされないさ。俺は婆様のお気に入りだからね。そうだろ?」
「そんなことはどうでもいい! 私は身内の暴言にまで目くじらを立てたりしない! それより!」
少女は、ジョゼは一旦言葉を区切る。
「義父さんって、どういうことだ」
教会の男たち2人はきょとんと聖騎士をみたあと、互いを指差し
「親」
「子」
と完結に述べた。
「ば、な、なんだそれ、聞いてないぞ…」
「なんでそんなこと一々姪に報告しないといけないのさ?」
「え、姪御さんですか? 聖騎士様、お義父さんの姪御さんですか?」
「そうなのー、でも安心してねライト。お義父さん家とは縁切ってるから従妹じゃないよ」
「義父さんの実家が代々聖騎士の家系だということは聞いていましたが…、正直なところ、欠片も信じていませんでした。まさか本当だとは…」
「おい、見かけによらずなかなか厳しいな。お前の義息子」
「お前って呼ぶな男女。あと、ライトは厳しくなんか無い。常識的で正直なだけだ」
そう言って神父は義息子にでれでれと笑みを見せる。
「…幸せそうで何よりだ。ところで本題に入りたいんだが」
「あー、だめだめ。家には帰らないって」
「うぬぼれるなよおっさん。今回は別件だって言ってんだろ」
「別件~?なにそれ。俺とあんたに家の話以外になんかあると思ってんの?」
「私としてもこんなことをお前なんかに頼むのは不本意なんだが」
はあとため息をつきつつジョゼは口を開く。それに神父は顔を引きつらせる。
「なに、俺引き受けるなんて言ってないんだけど…」
「事の起こりは2日前。姫様が誘拐された」
「なにそれめんどくさ「大変じゃないですか!」…ライト」
義息子は義父を無視した。当然聖騎士も叔父を無視する。
「まあ、そんなに焦るようなことでもないんだ。もちろん、のんびりしていられる訳じゃあないが…」
「どういうことよ?」
「これが脅迫状な訳なんだが…」
ジョゼが差し出した紙切れを親子は覗き込む。
ひめは あずかった。 かえしてほしくば ひめとねんれいさ 6さいいないのきゃっとけの にんげんをひめのこんやくしゃとしてつれてくるべし
「…。なにこれ」
「脅迫状だ」
「汚い字」
「これが、姫様の筆跡だ」
「…同じ、ですね」
「チョウキレイナジデスネ」
脅迫状を振り振りジョゼは話を続ける。
「ご自分で身を隠された。なので早々命に関わるほど切迫した状況という訳でもない。だが、姫様の協力者が誰か分からないためそう悠長にしてはいられないが」
「ならさっさと連れて行きなよその姫と6歳差以内のやつをさ」
どうでもよさそうに叔父はだらりと義息子にもたれかかる。しかし、聖騎士は不本意そうに首を振る。
「察しろよ。お前の名前は?」
「セルシス・キャット」
「歳は?」
「28」
「姫様の歳は?」
「知るか」
「たしか22歳ですよね」
「そう、つまり姫様の婚約者はお前だ」
「は」
思わず腰を浮かせたセルシスのとなりでライトは納得したようにポンと手を叩く。
「なるほど、キャット家で6歳差ですね」
「その上唯一の独身男子だ」
「え、なにそれ」
「なにそれと言われても、叔父たちはお前以外結婚してしまっている。それに私の従兄弟にしろ兄弟にしろ16歳の私が一番年上だつまり年齢が足りない」
「だが断る」
考えるそぶりも無い。
「義父さん…」
「お前に拒否権等あるものか」
ジョゼは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「お前は縁を切ったとか言っているが、お婆様に逆らえるのか? 現実的に考えてお前は逆らえるのか?」
「年上にお前って言うな」
「話をそらすな。いいか、いまこれを断っても必ずお婆様は次の手を考えてくる。姫様奪還よりお婆様はお気に入りのお前を取り戻すことの方を重視している。そのときお婆様のお眼鏡にかなわないお前の大事な大事な義息子はどうなるかな?」
「ぬぬぬ…でもそんな結婚なんて! 見たことも無い女と結婚なんて!」
ジョゼの口元が引きつる
「見たこと無いのかお前。テレビあんだろ」
「すみません。この人普段子供向けアニメ番組しか見ないので…」
「いい歳して…」
ふうと息を吐きジョゼは深く椅子に腰掛ける。
「まあ、お前の言うことも分かる。結婚はしなくていい。私から王に進言してやる、でも姫様は連れ帰らないと行けない。説得には一緒に行く、つれて帰ってしまえばどうとでもなる。これでどうだ」
セルシスはライトをちらっと見、そしてジョゼに向かってにっこり笑った。
「だが断る」
「うざい! なぜだ!?」
セルシスは子供のように唇をとがらせ、あさっての方向を向いた。
「めんどくさいんだもん。遠出とかしんどいんだもん」
「ふざけるな! 国の一大事にお前は…!」
「あの…」
ヒートアップするジョゼにライトは恐る恐る声をかけた。
「私ではいけませんか?」
「は…」
「義父は実家とは縁を切ったとはいえキャット姓を名乗っています。そして養子縁組をしている私もキャットの姓を名乗っています」
そしてセルシスを軽くしばきながら穏やかに「力技っぽいですが一応条件には当てはまるのではないでしょうか」と続けた。
「おまえ、歳は?」
「19です」
ジョゼはしばらく逡巡していたがやがてすごい勢いでライトの方へ向き、満面の笑みを浮かべた。
「その話、のった!!」
それをきいてライトもにっこり笑い、手を差し出した。
「トワイライト・キャットです。よろしくお願いします」
「ジョゼ・キャットだ。よろしく頼む。義理の従兄弟殿」