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黄昏と猫  作者: 樹木
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 さんさんと降り注ぐ太陽の下、西に向かい街道を行く1組の男女。女は人猫族で茶色のくるくるのくせ毛にぴんっと尖った耳、簡単な男物の旅装束を身にまとい、実用的で品のいい剣を差し、歩くリズムに合わせて長いしっぽをゆらゆら揺らしている。男は女よりだいぶ明るい茶髪で、象牙色の美しい肌に赤い唇、なのに妖艶さを全く感じさせない楚々としたたたずまい。普通にしていればさぞかし目を見張る青年だったろう。だが、現実はそううまくはいかず、彼は真っ青な顔で蝙蝠傘を手に持ち陽をかわすようにふらふら少女の後ろを歩いている。黒い神父服に首からは銀の魔法陣をぶら下げた彼は情けない声をあげた。

「本当にすみません……。私…ふう、もう…」

「なんだ、もうへばったのか。男のくせに軟弱なやつだ」

 少女は文句は言うのものの、男の傘を持っていない方の手を引いてやる。

「もう少しがんばれ。もう町に入る。そこで宿を取ろう」

 まだ昼にもなっていない。この男との旅は本当に進まない。

「夜の方が楽なのか?」

「ま、まぁそうですね」

 ひいひいと荒い呼吸を繰り返しながら、男は答えた。

「それなら、夜に出発することにしよう」


「本当に…すみません…」

「お前はいつなら調子よく外を出歩けるんだ?」

 すっかり日も暮れ、月が天頂に上る頃二人は旅を再開したのだが、またすぐに男が不調を訴え結局休み休みゆっくりと進んでいる。相も変わらず真っ黒な蝙蝠傘をさし月光を遮断して歩く男は真っ青だ。

 対する少女は闇をものともせず全く疲れを見せる様子もなく飄々と進む。足下も覚束ない男とは大違いである。そもそも何故この2人がともに旅をしているかというと4日前にさかのぼる。


 彼女は苛立っている。目の前の男が自分が訪ねてきた相手ではないからだ。首都からはるばる訪ねてきたというのに、相手は昨夜村の酒場向かったきり帰ってきていないらしい。神父のくせに。歯を噛み締めるとぎちりと音がした。その音に怯えてか、または彼女の形相か、目の前の青年の肩が跳ね上がる。

「なんで神父が酒を浴びるように飲むんだ……」

「すみません。いま呼びにいかせていますので」

 このやりとりももう5回目だった。彼女をこの教会まで案内してくれた村の子供のリーダー格の姉弟を青年は酒場へ向かわせた。しかしもう一時間はたっている。大方二日酔いで起きることが出来ない神父を二人掛かりで引きずっているのだろう。彼女の機嫌が悪すぎてお互い挨拶でさえままならない状態で、青年としては気まずいことこの上ない。時間がジリジリ過ぎ行く中、ようやく玄関から扉の開く音がした。

「神父様! ちゃんと自分の足で歩けよ!!」

「ぬ~…ん」

 ずりずりと引きずるような音と少年の叫び声が聞こえる。どうもこのままだと話し合いにもならなそうだ。

「少々おまちください」

 青年はそういうと席を立つ。少女の顔は恐くてみることが出来なかった。そうして玄関に向かうと、予想以上に飲んでいたらしい深緑の髪に同色の耳をヘタらせ、くたびれた神父服に力なく垂れ下がる尻尾の青年が少年に寄りかかっていた。玄関の扉を押さえていた少女は急いで扉を閉めた。陽光が遮断されたこととうつむいた目の前に足が見えたことにより人が来たことを察したらしく、のろのろと顔を上げたどうしようもない二日酔い神父は真っ青な顔で

「ラおげぇ」

 吐いた。

「うわっ、ちょ」

 吐瀉物をぶちまけられた少年は思わず神父から飛び退く。

「あー、あー、もう何してんですか。アメリもマグもありがとうね。マグはお風呂に入って」

「そんなこといって! ライト神父、俺に神父様の世話させようって魂胆だろ!」

 鼻息荒く少年は言い放つ。

「その通り。ほら、入っておいで、私はここを片付けるから。洗濯機回しておいてね」

「あーあ、12にもなって人と風呂か。しかも大の大人の介護って……」

 周囲に暗雲を製造しながらマグは酔っぱらいを引きずって脱衣所へ消えた。

「それにしても、また派手にやってくれたものです」

「ライト神父、ホース、洗面所に繋いできたよ」

「絨毯はがして、そのままながしてもらえます?私は石けん持ってきますんで」

「了解、でも絨毯は神父がはがしてよ。正直触りたくない」

「あー、まあそうですね。身内の不始末だし、ここ私の家だしね」

 そうして、てきぱきと絨毯を取り上げ、外に放る。ついでに扉にストッパーもかける。

「…絨毯は捨てた方が良さそうですね。玄関だけ流してください」

「らじゃー」

 ライトは洗面所に向かい適当に蛇口をひねる。

「水、このぐらいでいいですかー?」

「もっと強くー、ゲロが外に出ないよー」

「分かりましたー」

 そしてさらに適当に蛇口をひねると、洗面所備え付けの戸棚をあさる。

「ゴミ袋ゴミ袋、と」

「おい」

 低い声が聞こえる。ふと振り返ると華奢な脚絆が見え、その二本の足の間やや後ろに毛の逆立った焦げ茶色の尻尾が見える。例の彼女だ。

「帰ってきたんじゃないのか?いつになったら会えるんだ」

 少女はギロっと音でも聞こえてきそうな勢いでライトを見下ろす。

「あ、う」

 蛇ににらまれたカエルのように固まりつつ、ライトはぎこちなく愛想笑いをうかべた。

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