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乙女ゲームのヒロインに転生して十八年、悪役令嬢にならなかった次期国母様に呼び出されました

作者: と。/橘叶和
掲載日:2026/04/01

 乙女ゲームのヒロインに転生して十八年、悪役令嬢にならなかった次期国母様に呼び出されました。本当に怖い。許してほしい。


 何度も繰り返しプレイした乙女ゲームのヒロインに転生したものの、この世界はゲームのようには進まなかった。途中まではちゃんとヒロインとしての人生を歩んでいたと思う。


 田舎の村で両親を流行り病で亡くしたあと都市に住む祖父母に引き取られて、けれど駆け落ちも同然に出ていった両親に思うところがある祖父母とは虐待とまではいかずともわだかまりがあって。食事を抜かれることはなかったが、基本放置の子ども時代だった。暇だからと足繫く通った教会で勉強を教わりながら奉仕活動をしていたら、急に右手の甲が光りだして聖女候補として認められてしまって。


 この国で聖女とは、困難や災害を制圧できる者、のことを指す。邪竜を封印したり流行り病をかき消したり、とんでもない奇跡を起こす者であるのだ。右手の甲に宿るとされる聖女の力は神が与えたものであるので教会の管轄となるが、必要であれば王族や貴族と婚姻をし権力者の庇護下に入ることもある。


 まあ簡単に言ってしまえば奇跡の力なんて民の人気とりにはうってつけであるので、聖女は取り合いであるしとてもとても大事にされるという訳だ。しかし奇跡の力を持っていてもそれを行使していない内は聖女候補は聖女ではなく、聖女候補のままなのである。


 ゲームでは、聖女候補であるヒロインが王立学園に入学して各キャラクターと交流を深める中で奇跡の力を行使する場面に直面し、正式な聖女となってキャラクターと結ばれハッピーエンド、という流れだった。けれど私は卒業まで主要キャラの誰とも適切な交流を持たなかった。ゲームでいうならバッドエンド一直線のような生活をしていた。


 ちなみに祖父母は学園に入学する前に亡くなった。誰が何をしたとかではなく、きちんと老衰だ。確かに放置されはしたが暴力を振るうこともなくきちんと養ってくれたことに感謝していたから、卒業後も元気であれば逆に扶養しようと思っていたので残念だった。ゲームでは祖父母のことは詳しく出なかったから、亡くなる時期は知らなかったのだ。


 ああ、違う。あまりの緊張で脱線してしまった。私は今、次期王妃に呼び出されているのだった。校舎裏に。……異世界でも、呼び出しって校舎裏なんだ。


 そう、卒業式の前日、私は非公式の呼び出しをされていた。こんなバッドエンドは知らないのだが。



「……ねえ、アビゲイルさん。貴女も転生者よね。わたくしのこと、恨んでいないの?」



 次期王妃殿下であるエリザベス・アルドル公爵令嬢の第一声が、それだった。私は間抜けにも「はい?」と返すことしかできなくて、けれど一生懸命に考えてもう一度ゆっくりと前を見た。



「先にこちらの質問に答えていただけますか、そしてこの無礼を許していただけますか? でしたら、お話しすることは可能です」

「ええ、勿論です。どうぞ」

「私、完璧にモブやってたつもりだったんですけど、いつバレました?」



 こてん、と小首を傾げる。年相応でヒロイン補正のあるこの顔面なら、まあまあ見れる仕草ではないだろうか。けれど当然ながらエリザベス・アルドルはその完璧に整えた表情を崩さない。



「聖女候補がモブは無理があるでしょう」

「候補の内はまだモブでいけますよ。少なくとも天上の方々に割り込んでいくような権力はありませんし、許されてもいない。この程度の地位の人間なんてそれなりにいます」

「でも貴女はシナリオを知っていたのでしょう。どうして何もしてこなかったの?」

「それを貴女が言いますか? ゲームシナリオは私がこの学園に来る前に破綻してたじゃないですか」

「……死にたくはなかったから。これを謝罪する気はないわ。わたくしだって、あんな悲惨な死に方はしたくはない」

「謝られても困ります。私だって後味悪すぎだし、あれ」



 私たちは二人して、似たような顔で視線を泳がせた。知っているからだ、エリザベス・アルドルの末路を。


 エリザベス・アルドルはアルドル公爵家の至宝とまで呼ばれた、完璧な淑女だった。この国の王太子殿下の妃候補の筆頭で、美しく賢く体も丈夫で魔法も得意な上に外交にも強い、本当に完璧なご令嬢だった。それなのにゲームではその完璧さが彼女を孤立させ、聖女が覚醒したことによって王太子妃への道も閉ざされそうになり、ラスボスとなる。


 悪役令嬢とかではない。ラスボスだ。中ボスにされた伝説の邪竜も真っ青のラスボス具合だった。国どころか世界を滅ぼす勢いだった。難易度を選べるゲームだったので「やさしいモード」でやればそこまで難しくはなかったが、難易度によってCGが違うのでそれが欲しくば「むずかしいモード」で挑戦しなければならなかったのだ。毎ターン回復は、違うと思う。


 ラスボスとはいえゲームなので、装備を整えレベルを上げて何度か挑戦すれば倒せる仕様にはなっている。ただラスボスに堕ちたエリザベス・アルドルは、二度と復活できないようにめった刺しにされた上で谷底に落とされるのだ。力を持った思春期の子どもの暴走って怖い。起こした事件が事件だったので、更生の余地とか議論する間はなかった。だって他国に言い訳が立たない。「子どもだから許して☆」なんて口が裂けても言えない。その上、エリザベス・アルドルは特権階級でしかも王太子妃候補だった。拷問が長引かなかっただけ、まだ人道的だったのである。


 ゲーム内では、ヒロインとエリザベス・アルドルはそこそこ交流があった。完璧な淑女は、聖女候補にも公平に接してくれていたのである。そこからの転落があれであったので、いくらシナリオ上そういった役割が必要だったとはいえユーザーの賛否は分かれていた。


 私は、すうと息を吸い込んだ。いつの間にか緊張は大分解れていた。



「あれはゲーム内だったから起きたことでしょう? 本当にあんなことになったら貴女以外もいろんな人が大変なことになってたじゃないですか。ゲームはその辺曖昧だったし。大体、そもそも平民出身の聖女候補に求めすぎなんですよ。できる訳ないでしょ、王族や高位貴族の夫人業なんて」

「……だから、何もしてこなかったの?」

「そうですよ」



 ゲームのシナリオが破綻していたことには気づいていた。主要キャラの動きが初めから違っていたし、エリザベス・アルドルも話しかけてこなかった。彼女が転生者かどうかという見極めはしきれていなかったが、ゲーム通りにならないならないでいいと思ったのだ。



「ちょっと考えたら分かりません? 同じ転生者でも貴女は公爵令嬢、私は聖女候補だけど候補ってだけの平民出身者。この階級社会でどちらの価値が高いかなんて火を見るよりも明らかでしょ。ここで私が何か言ったところで誰が取り上げてます? 何の思惑で?」

「……」

「もうシナリオは破綻していて、ラスボスは出てこない。私がヒロインとして覚醒して華々しいエンディングへ突入、なんてこともない。学園に入った瞬間にそれを理解しましたよ。でもつまりそれって、私も痛い目みなくて済むってことでしょ。むしろ有難かったです」



 主要キャラは全員王族か高位貴族だった。平民出身者も一人いたが、隣国の貴族の血を引いているので将来的には適当な爵位を貰って外交官に就く予定で全員がエリートなのだ。前世から根っからの庶民である私が、そういう夫を得てしまえば苦労の連続だっただろう。その上、ゲームというものには過激な起承転結が必要なのだ。ゲームとしてはテンプレートであっても人一人の人生として考えた時、中ボスが伝説の邪竜は頭がおかしい。普通に死ぬ。あれはゲームだからリトライができたのだ。一回きりしかない人生でリトライはきかない。



「恨むとか恨まないとか、そういう話でもないと思うんですよね。だから、貴女が罪悪感を感じています、みたいな顔をしているほうが私には不思議です。生きる為に足掻いただけでしょ。当然の権利だし、そもそも貴女、かなりの敏腕じゃないですか。邪竜倒しちゃった上に、王太子殿下との仲も良好。家族仲もいい。既に領地経営や外交にも携わっていて、政治実績あり。ここから私に何ができるって言うんです? 関係値のない人に向かって『真実の愛がー』とか叫ぶ気はないんですよ」

「……」

「なので、見逃してもらえると嬉しいです。私は凡庸な一般庶民で、聖女候補ではあるけれど、所詮候補。邪竜がいないならこれから目覚める予定もない。……私自身が命の危機に瀕しなければ」



 そう、邪竜は倒された。この、完璧な淑女によって。表向きは王太子殿下とその仲間たちの手柄ということになっているが、邪竜討伐の用意をしたのも弱点を教えたのも彼女だろう。中ボスである邪竜は、好物であり弱点でもある酒を先に飲ませておけば一瞬で片がつくのだ。ヤマタノオロチ的なあれである。酒を飲ませる前の手順が面倒とはいえ、手順を間違わねばいいだけであるのだから、ここにわざわざ聖女の力は必要ない。


 エリザベス・アルドルたちが邪竜討伐をしている間、まだ覚醒していない聖女候補である私は庇護の下、ぬくぬくと平和に学園生活を謳歌していたのである。恨むどころか感謝の域だ。見逃してくれさえすれば。


 私も、一応は考えていたのだ。エリザベス・アルドルが転生者で、ヒロインである私を徹底的に排除しにくる可能性を。転生者であるエリザベス・アルドルにとって、ヒロインは悪夢の象徴だろう。いつヒロイン補正で牙をむいてくるとも限らない。


 けれど、私は正真正銘の小者だ。そんなことはしようと思ってもできないのである。しないとできないは違う。そして私はできない、のだ。


 それを証明する為にも懸命にモブをしてきたというのに台無しだ。誤魔化しなんてこの人の前では意味がなさそうであるし、本当にどうしよう。私程度の頭では、もう何も考えがつかない。聖女候補は聖女ではないので、次期王妃様が殺せと言えば殺されてしまう。嫌だ、まだ死にたくない。あ、嘘です。抵抗しないので苦しませずにさくっといってください。ああやっぱり嫌だ、死にたくない。


 今にも泣き喚きそうなのをどうにか押さえつけていると、エリザベス・アルドルが年相応に表情を緩めた。完璧な淑女と名高い彼女には不釣り合いな、けれど十八歳になったばかりの女性にはぴったりのそれだった。



「貴女が、天才でなくとも愚かでなくて助かりました」

「……私も、貴女がそちら側で助かりました」

「まあ、どうして?」

「貴女くらい頭が切れる人が私の立場だったなら、普通に殺されそうだったから」

「そうね。殺しはしなかったかもしれないけれど、わたくしが貴女の立場ならここからでもひっくり返すわ」

「……こわ」

「ふふ」



 危機は、おそらく去ったようで肩の力が抜ける。話し方が砕けてしまうのは仕方がないだろう。緊張状態からやっと解放されたのだ。



「これでも一応、罪悪感はあるのです。わたくしだって、あのゲームが好きだったから」

「シナリオを破綻させたことに?」

「ええ、ヒロインをシナリオ通りに幸せにできなかったことにも」

「……もしかして、バッドエンドは踏まないタイプでした?」

「え?」

「あのゲーム、バッドエンドはかなり手ぬるいって有名だったんですけど、それも知りません?」

「バッドエンド回収をする前にこちらに来たみたいで、記憶にはないわ」



 バッドエンドがぬるいから、私は主要キャラと交流しなかったのだ。まあ、話が合わなそうでもあった。生まれた時から国を背負わされることを運命つけられた人やその補佐になることを期待された人、有事の際には自身の命よりも民の命を守れと言われ続けた人、その他諸々。見ているところが違えば、話なんて合わないのは当たり前なのだ。部活と勉強と友人関係でいっぱいいっぱいの高校生に、内政、外交、経営、労働、福祉の話が通じないのは普通なのだ。いやできる子もいっぱいいるだろうけど、そうじゃない子もいっぱいいるという話だ。ともかく、彼らは一般庶民が支えるには皆、重すぎる。ちゃんとそれ相応の人とくっついたほうがいい。絶対にそう。



「邪竜討伐失敗とかではなく、学園内で上手く立ち回れなかった、ミニゲームの成績が低かった、とかでのバッドエンドは教会奉仕エンドっていって主要キャラとの交流が断たれる程度なんですよね。そのあとも教会で大切にされます」



 聖女とは、困難や災害を制圧できる者である。できる、なら聖女候補でもそうなのだが、実績がないので奇跡の力を持っていても候補のままなのだ。つまり、一生候補のままの人も過去それなりにいた。けれど右手に奇跡の力が宿った時点で、教会からすれば神の力を持つ人であるのだ。それはそれは大切にされる。毎日祈るだけで上等な衣食住が確約されるなんて、それはもうチートだろう。このゲームのバッドエンドは、バッドエンドじゃない説さえある。討伐失敗で死ぬのは本当のバッドエンドだが、それ以外はぬるいで有名だった。



「私も卒業後の進路は教会です。でも、聖女候補で終わった人ってそこそこいるじゃないですか、この世界」

「そうね。五十年に一人くらい」

「つまり、私みたいな人は今までもいて、けど聖女候補ってやっぱり教会でそこそこいい扱いをされるんですけど」

「そこそこどころではないでしょう。教皇の次くらいの扱いでしょう」

「部分的にはそう。……扱いがいいから自由がないんですよ。お忍びとかも厳禁。もう既に学生時代が懐かしい。まあそこは置いておいて」



 ここからが重要だ。危機は去ったかもしれないが、畳みかける必要がある。裏をかいたり心理戦ができない私には、正直でいること以外に戦い方はないのだ。



「教会には、顔のいい聖騎士がゴロゴロといて」

「……あら」

「しかも我が国の国教は聖職者の結婚を禁じていなくて、更に聖騎士って聖女候補と結婚したい人が多いんですよね。そして私はマッチョが好き」

「ああ、つまり?」

「キラキラ貴族子弟エンドよりムチムチマッチョ騎士エンドがいい」

「……それなら、よかったわ」



 エリザベス・アルドルはほっとしたように微笑んだ。さすが完璧な淑女、笑顔がお人形のように美しい。



「つまりわたくしたち、お互いの場所で幸せになれるということね?」

「そうです。だからもう、こちらにかかわらないで結構ですよ。政治、頑張ってください。庶民が生きやすくて税金たくさん納めても納得できる感じで」

「……簡単に言ってくれますね」

「そういった家に生まれて、そういった道を選んだのは貴女でしょう?」



 私たちは真顔で向き合い、そして二人して「ふふ」と笑った。



「では、さようなら。貴女も教会で頑張って」

「うーん、実際堅苦しいのは苦手なんですけどね。まあ、慣れるでしょ。いい生活させてもらえるのは確定なんだし」

「ああ、聖女候補の力が必要になったら問答無用で呼び出すからそのつもりで」

「え、為政者こわ……」

「ふふふ」

「あ、最後に一つだけいいですか」

「何でしょう」



 これはさすがに聞いておかねば、と私は不躾に公爵令嬢に呼びかけた。王立学園内では一応平等が規則とされているが、学外に出た時には気をつけなければいけない。でも、最後だ。



「最推しって誰でした?」

「……殿下です」

「あは、王道派だぁ」

「そういう貴女は?」

「私は箱推しでしたね。自己投影型じゃないんで、あくまでヒロインとキャラの恋愛を楽しんでたって感じですけど」

「……?」

「恋愛漫画をゲームする感覚、みたいな? 乙女ゲームってそういう楽しみ方もあるんですよ。……ねえ、やっぱりオタク文化にあんまり詳しくないですよね。あっちでもお嬢様でした?」

「お嬢様という程ではなかったと思いますけれど、高学歴のバリキャリって奴でしたわ」

「あ、っぽい」

「貴女はギャルみたい」

「あー、憧れたなあ、平成ギャル。あのマインドで生きていたい。ちなみに私は病弱系でした。学校とかまともに行けなかったから平和な学園生活楽しかったです。だから、話を戻しますけど、本っ当に恨んでないです」

「……そう」

「そう!」



 バイバイと前世ぶりの挨拶をすると、完璧な淑女も小さくそう返してくれた。


 学生時代一度もまともに話したことのなかった私たちは、そのままもう交わることもなく一生を終える筈だった。の、だけれど、卒業後はことあるごとに呼ばれるようになり、仲を深めることになる。まあ、前世からの同郷だったから馴染むのも早かった。


 ああそうそう、私は狙い通り素敵な聖騎士の夫を見つけ、彼女も王太子妃となり順当に王妃となった。完璧な淑女は完璧なままで王妃となったが、驚いたことに彼女は八人も子どもを産むこととなる。めちゃくちゃ愛されているらしい。なんていうか、幸せそうでなによりだ。ちなみに私の子どもは一人。勿論、私は私で幸せですよ。




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