サラ、愛をつづって
「サラ、あなたって素敵な文を書くのね」
サラがまだ中等学校に通いはじめたばかりの頃、感心してそう言ったのは昔から知っている近所のお姉さんだった。高等学校に通っている彼女はおっとりとした美人で、サラやサラの弟妹たちにいつでもやさしかった。
課題の詩作を町の小さな図書館でやっていた時、それを目に止めた彼女に褒められたのだ。自分の書いたものを見られる恥ずかしさもあったが、同時に褒められて胸の奥が温かくなるのも感じた。
「わたしもこんな文章が書けたらいいのだけれど」
「課題があるの?」
「違うわ。そう、ふふ――あのね、好きな人に手紙を書こうと思っているの」
バラ色に頬を染めた彼女が言うには、気になる男子学生がいて、どうも相手も自分のことを想ってくれているようだけれど何の進展もなく、手紙で想いを伝えようとここ何日か悩んでいるらしい。
「ねぇ、サラ、手紙を書くのを手伝ってくれない?」
その提案が、サラのちょっとしたアルバイトのきっかけになった。
サラの家は兄弟が多く、家族仲はよかったが、あまり裕福ではなかった。サラが奨学金を得て高等学校に進むことを決めた時は応援してくれたものの、必要なノートや教科書を用意するためのお金はほとんど無いに等しかった。教科書こそ卒業生から譲ってもらったり、学校の図書室で借りたりできたが、ノートやインクはそうもいかない。
そこでサラが中等部の時にはじめたアルバイトが大いに役立った。誰かに――特に、恋人や片思いの相手が多かった――手紙を送りたい人が、手紙に書きたいことをまとめた紙をサラに渡す。サラはそれを形にして、依頼人に戻す。あとは依頼人が清書をして相手に手紙を送るだけだ。
文字がうまければ代筆業なんかできたかもしれないが、サラはあまり字が得意ではなかった。時には箇条書きで、時には何枚もの便箋にびっしりと書かれた依頼人の気持ちとかそう言ったものをロマンチックに整えたり飾り付けたりするサラの仕事は幸い評判がよかった。
もちろん、仕事を受けるにあたってルールは作っている――最初にサラに手紙を書くのを手伝って欲しいと頼んだ、近所のお姉さんの案だった――ひとつは、その手紙でうまくいかなくてもサラのせいにはしないこと。もうひとつは、いつでもいいのでちゃんとサラに手紙を手伝ってもらったことを相手に打ち明けること。それをちゃんと書面にして、サインももらっている。
そうやって稼いだお金で、サラはノートやインクを必要最低限補充できたし、鞄に穴が空いた時は補修するための針と糸を買うことができたのだった。
「それで――」
となりに座ったジョージは、微妙な顔でサラのアルバイトの説明を聞き終えた。
「いや、なるほど、よくわかったよ」
彼は少し前にこの街に引っ越して来た。都会から来たらしく、この辺りの男子たちとは何もかも違っていた。ごくありきたりなシャツとスラックスをさらりと着こなし、立っているだけで絵になった。何よりやさしい榛色の瞳のハンサムで、やわらかな前髪が目元に影を落とすだけで女子たちはみんな彼に夢中になった。
そんなジョージが授業で偶然となりの席になり、これまた偶然、サラの書きかけの手紙を目にしたのだ。厳密にはサラの手紙ではないので、くれぐれも今見たことを他人に言いふらさないでほしい。何なら忘れて欲しいと懇願すると、彼は事情に興味を示した。そこで、アルバイトについて説明をすることになったのだ。
「なんというか、独創的だね――つまり、それを仕事にしようと思うことがさ」
色々言いたいことはあるようだったが、ジョージはサラのアルバイトについてそう評しただけで他には何も言わなかった。
ジョージとの会話はそれきりになるだろうと思ったし、ジョージもきっとそうだっただろう。再び彼と接点を持ったのは作文の授業の発表があった日のことだった。この授業でサラはいつも一番いい成績を取っていた。特に今回は――お題を使って短い物語を書く課題だった――自分でもよく書けたと思う。
「君の文章、とてもよかったよ」
授業が終わった後、ジョージはそう声をかけてきた。その日も席が近かったし、ジョージは一人で授業に参加していた。彼の友人たちはこの授業を受けていないらしい。彼はほとんどの時、大勢いる友人たちと行動している。が、授業はきちんと自分の興味で選んでいるらしく、時折友人たちと離れて過ごすこともあったとサラは後から知った。
「ありがとう」
「文章を書くコツとかある?」
ジョージの評価は普通よりちょっと下、というところだった。サラは肩をすくめて「本を読むとか?」と答えた。
「本は読んでるんだけどなぁ」
「あなたの表現、どこかで見たことがあるものが多かったわ」
「……やっぱり、そう思う?」
「参考にはするけど、自分なりに工夫しないと」
「難しいな」
「それに、単調だったし」
「単調……」
「書いた後に、声に出して読んでみるといいと思う」
「君はいつもそうしてるの?」
「頭の中で読んでるわ。そうすると、ちょっと変だなってところに気づくの」
「へぇ。今度やってみるよ」
「どうしてこの授業を取ったの?」
ジョージみたいなタイプはいなかった。しかも向上心があるのも意外だった。
「それは……ただちょっと、文章を書いてみたかったんだ」
ジョージの赤く染まった耳を見ながら、サラはただ「そうなの」とだけ答えたのだった。
この授業をきっかけに二人の奇妙な友情はつづいていった。ほとんどの場合、ジョージがサラの近くにやって来て最近読んだ話や、舞台や映画の話をする。サラも――舞台や映画は行けなかったが――おもしろかった小説についてはよく話した。新作でも古典でも、彼女は図書館に並んでいたら何でも読んだからだ。
高等学校を卒業して、ジョージが都会の大学へ進学した後も文通という形でそれはつづいた。町の郵便局で働きはじめたサラはもう手紙を書くアルバイトをしていなかったが、噂を聞いた学生たちが時折真剣な顔で彼女にラブレターの文章についてアドバイスをもらいに来た――彼女たちは便箋や切手を買って行ってくれるので、上司は目をつぶってくれた。
サラが手紙を書くのは、最近ではジョージだけだ。しかも自分で考えた内容の、自分の文章で。今週はこんな本を読んだとか、好きな作家の新刊が数年ぶりに出るとか、ジョージの両親の様子とか……ジョージの返事も似たようなもので、そこに都会の様子や大学の話も加わった。
大学はうらやましかったが、学費を出す余裕がサラにはなかった。ただ、働くようになったおかげで夏の休暇には必ず帰省するジョージと、舞台や映画に行けるようになったし、欲しい本は自分で買うこともできるようになった。もちろん自由になるお金は多くはないが、サラには十分満足だった。
それからジョージにすすめられて小説を書きはじめたことも――前々からやってみたかったことだ。どこかに発表したいとは考えていないけれど、紙とインクを心配せず取り組むことができている。
ジョージの大学生活最後の夏休暇の時、サラは都会に遊びに来ないかと誘われたが断りの手紙を書いた。返事はなかったが、夏がはじまるとすぐに彼は帰ってきて手紙を持ってサラの働く郵便局にやって来た。
「配達はしなくていいよ」
「じゃあどうしてここに持ってきたの?」
「さっき着いて、すぐに渡したかったんだ」
封筒の宛先にはサラの名前がある。サラと違って、きれいな字だ。
「サラ、まだアルバイトをしてる? 昔やってた、ラブレターのやつを」
「やってないわ。時々学生がアドバイスが欲しいって来るけれど」
「僕が頼んだら、やってくれる?」
驚いてジョージを見上げると、彼の耳はいつかのように赤く染まっていた。
「……内容によるかも」
「この手紙に書いてあるよ。昔みたいに下手な文章になったけど、君に書いて欲しいことはわかると思う」
「そうね、きっとわかると思うわ」
サラはにっこりと微笑んで、その手紙を丁寧に受け取ったのだった。




