第七話:奔放な愛と、機能的なロマンス
リアとアルフレッドは、商業刷新局の業務を通じて、毎日のように顔を合わせていた。
クロウの仕掛けた資金封鎖は、リアの街頭演説とアルフレッドの計算に基づく新しい金融スキームによって見事に回避された。この成功は、二人のタッグの有効性を証明した。
「リア。君の『広場で演説する』というアイデアは、東方商国の『自由な市場の精神』そのものだ。正直、僕の常識では最後まで実行できるか不安だったが……」
アルフレッドは、夜遅くまで残業するリアの前に、淹れたてのコーヒーを置いた。彼は、王族らしからぬ手つきで、事務作業もコーヒー淹れもこなす。
「ふふ、アルフレッド。あなたの計算と知識がなければ、私の衝動はただの無謀なワガママで終わっていたわ。私たち、完璧な組み合わせね」
リアはそう言って笑ったが、アルフレッドは少し複雑な表情をした。
「……そうだね、機能的には完璧だ。でも、リア」
アルフレッドは、デスクを回り込み、リアの隣に座った。
「私たちは、恋人同士になったんだ。婚約者と王室顧問補佐官という関係だけでは、ないだろう?」
リアの心臓が跳ねた。彼の言葉は、クロウの『完璧なスケジュール』よりもずっと、リアの心の内側を突いた。
「ええ、もちろんよ。でも、私たちは……」
「形式的なデートや完璧なエスコートは必要ない。それは君がクロウ小公爵と嫌というほど経験したことだ。僕が欲しいのは、君の衝動を共有することだ」
アルフレッドは、リアの手元にあった東方商国の経済誌をそっと閉じ、彼女の頬に触れた。彼の指先は、コーヒーの熱ではなく、新しい恋の熱を伝えてきた。
「君が突然、『今すぐ海が見たい』と言い出したら、公務を放り出してでも、一緒に夜の海へ馬車を走らせてくれるかい? それが、僕の求める奔放なロマンスだ」
リアは、クロウの「完璧なロマンス」では決して許されなかった『衝動と自由の肯定』を、アルフレッドから受け取り、涙が出そうになった。
「ええ、もちろんよ、アルフレッド。今夜、ここを抜け出して、あなたの故郷の星を見に行きましょう」
その夜、彼らは仕事を放り出し、王都の古い塔の屋上へと登った。王族と補佐官が公務中に『サボる』など、この国の常識ではありえないことだ。しかし、彼らにとっては、それこそが最高のロマンスだった。
アルフレッドは、リアの肩を抱きながら、故郷ではない遠い星空を指さした。
「僕にとって、君は、僕が留学先で学んだ『自由』という、最も輝かしい真理を体現している。君を失えば、僕の新しい人生は意味を失う」
「アルフレッド……私は、あなたの計算と知恵を愛しているわ。そして、あなたが私を、誰の支配下にも置こうとしない、その優しさを」
二人は、形式的な愛の言葉ではなく、共通の価値観と、反抗的な自由を共有することで、深く結ばれていった。
二人が新しい愛を育む一方で、クロウの復讐計画は静かに進行していた。
クロウは、アルフレッドの新しい金融スキームが大成功を収めたという報告を聞き、椅子の上で静かに笑った。
「面白い。私の資金封鎖を、庶民の出資で回避したか。まったく、リアの奔放さは、私の予想の斜め上をいく」
秘書は顔色を失って言った。「殿下、このままではアルフレッド殿下が、王国の商業を掌握します。我々の権威が……」
「心配ない。私は、彼らの最も脆弱な部分を狙う」
クロウは、リアとアルフレッドが塔の上で抱き合っている姿を捉えた、完璧な写真の報告書を広げた。これは、彼が雇った王室の常識が通用しない裏の探偵が撮ったものだ。
「彼らは、私の憎む『自由』と『衝動』を愛している。そして、王族としての体裁を無視して、公務中に奔放な行為を繰り返している。王家はアルフレッド殿下の実力は認めるが、王族としての品位の欠如は許さない」
クロウの計画は、もはや個人的な復讐ではない。それは、リアとアルフレッドの「新しい愛の形」そのものが持つ『弱点』を、完璧に突き崩すための、冷徹な戦略だった。
「愛が自由を証明するなら、私はその自由が、いかに王族にとって危険なものかを証明してやる」
彼の愛は、完全に破壊的な執着へと変貌していた。




