第四話:お構いなく
クロウは、アルフレッドの評判を落とすことでリアの心を取り戻せると信じていた。しかし、その夜の公爵家主催の舞踏会で、リアはクロウの完璧な計算を完全に打ち砕いた。
舞踏会の控えの間。クロウは完璧な笑顔でリアをエスコートし、彼女の手を引いた。
「リア、今夜の君は美しい。私が選んだ宝石とドレス、完璧に調和している。さあ、今夜は私とだけ踊ろう。余計な雑音は、私がすべて排除した」
「雑音、ですって?」
リアの瞳は、まるで磨き上げたルビーのように冷たい光を放っていた。彼女は優雅に、しかしはっきりとクロウの手を振り払った。
「クロウ様、あなたは本当に滑稽だわ」
「滑稽? リア、どういう意味だ」
「あなたは、私の周りから自由を排除し、あなたという完璧な檻の中に私を閉じ込めようとしている。私がアルフレッド様の思想に魅力を感じたのは、あなたが彼の自由な思想を、汚い手で踏みにじろうとしたからです!」
クロウは一瞬、息を詰まらせた。彼の計画を、リアが完璧に見抜いていた。
「リア、それは誤解だ。あの方の思想は、この国の安定を乱す。私はただ、君と、君が嫁ぐべき公爵家の未来を守っているだけだ!」
「守る? いいえ、あなたは自分の自己満足を守っているだけよ!」
リアは、控えの間の扉を勢いよく開け放ち、フロアの中央へと歩み出した。舞踏会の喧騒が、一瞬にして静まり返る。
クロウは慌てて彼女を追った。彼は、この場でリアに恥をかかせるわけにはいかない。
「待て、リア! 落ち着きなさい。君の奔放さも愛しているが、この場で醜態をさらすのは……」
リアは舞踏場のど真ん中で立ち止まり、王族や大貴族たちが居並ぶ会場全体を見回した。
その視線の先には、クロウの策謀によって孤立し、壁際に立っているアルフレッド王子の姿があった。アルフレッドは、リアが自分に真っすぐ向かってくるのを見て、顔を青くしている。
リアはクロウと、そして集まったすべての人々に向かって、はっきりと宣言した。
「皆様! 私、リア・ヴェールは、この場でクロウ・リゼル公爵令息との婚約を破棄いたします!」
会場は、凍り付いたように静まり返った。公爵令息との婚約破棄は、子爵家であるリアの実家を潰しかねない重大な出来事だ。
クロウは激昂し、抑えきれない怒りに声を震わせた。
「馬鹿なことを言うな、リア! 私の熱烈なアプローチを、君は受け入れた! 今さら、感情的なわがままを言うのは許されない!」
「熱烈なアプローチ、ですって? ええ、確かにあなたは熱烈でした。ですが、それは私への愛ではなく、『完璧な公爵夫人を手に入れたい』というあなたの欲望への熱意よ!」
リアはクロウに真っ向から向き合った。彼女の奔放さは、今、真実の愛と自由を求める強さに変わっていた。
「私の心は、もうあなたにはない! あなたの支配的な完璧さよりも、常識を覆す自由を選びました。私は、王族の責務や体裁を気にするよりも、自分の手でコーヒー豆を挽く楽しさを教えてくれた、アルフレッド様を愛しています!」
彼女は振り返り、壁際のアルフレッドに手を差し出した。
「アルフレッド様、私をあなたの世界に連れて行ってくださいますか? あなたの自由な思想を、あなたが愛するものを、私が全力で守ります!」
アルフレッドは、突然の展開に唖然としていたが、リアの瞳に宿る真剣な光を見て、覚悟を決めた。彼は、周囲の視線もクロウの怒りも気にせず、リアの手を取った。
「……君のその奔放さに、僕はもう勝てそうにないね。いいよ、リア。君を僕の世界に連れて行く。君こそが、僕が留学先で学んだ『真の自由』の体現者だ」
そして、リアは最後に、燃えるような執着の目で見つめるクロウに向かって、最も決定的な一言を言い放った。
「クロウ様、私の心変わりや、これからの私の人生について、どうか、お構いなく」
それは、婚約者への絶縁宣言であり、完璧主義者への「私の人生は、もうあなたの管理下にない」という、痛快な独立宣言だった。




