第三話::空回りする熱烈アプローチ
リアがアルフレッドとの出会いから三日。彼女は毎日、「今日はどの豆を挽く?」というメッセージをアルフレッドに送り、彼の隠れ家に入り浸ろうと画策していた。アルフレッドは王族の職務とスキャンダルの恐れからそれを避けつつも、「明日、王立図書館のカフェなら」と提案するなど、リアとの接触を完全に断つことはできていない。
一方、クロウの焦燥は限界に達していた。
「あの方のどこがいいのだ? 私の完璧な愛より、一時の刺激か? ……いや、きっとリアはまだ、真の『完璧な自由』を知らないだけだ」
クロウは結論を出した。アルフレッドがリアに与えている「常識はずれの自由」は、しょせん一過性の遊びにすぎない。リアの奔放さを満たしつつ、安全で最高の環境を与えることこそが、真の愛だ。
彼は、これまでの人生で培った完璧な計画力と資金力を動員し、二つの対抗策を準備した。
クロウは、リアが「息苦しい」と感じているであろう、従来の形式的な社交イベントをすべてキャンセルさせた。そして、代わりに「究極に刺激的で奔放な一日」を企画する。
早朝: 薬膳スープではなく、王都で最も高価な移動式馬車レストランを用意。リアが「どこへ行くかわからない」というサプライズな自由を演出。
昼: 護衛を倍に増やし、リアが食べたいと言っていた裏通りのお菓子屋を丸ごと借り上げ、リアのためだけに新作を試食させる。
夕方: 「自分で淹れたい」というリアの趣味に合わせ、世界中から集めた最高級のコーヒー豆と、金のミルをプレゼント。
リアは馬車レストランの豪華さと、お菓子屋の新作試食には少しテンションが上がった。
「わあ、クロウ様、お菓子屋を貸し切るなんて、ちょっと面白いわね!」
「リア、君の笑顔のためだ。そして、君が望む自由は、私が与えられる。このコーヒー豆も、ミルも、君が望むならいつでも使っていい。ただし……」
クロウは、金のミルを贈る際、リアの手を握りしめ、強い視線で訴えた。
「ただし、私の手元で使ってくれ。王都の裏通りで、身元の不確かな男と楽しむような、品のない自由は、君にはふさわしくない」
(ああ、結局そこか!)
リアは顔を曇らせた。クロウ様は「自由」をくれるのではない。「クロウ様の管理下にある、安全で高価な自由」しか与えてくれないのだ。
「クロウ様、お構いなく。私は、品がなくても、誰にも管理されない自由が好きなの」
リアは金色のミルをそっと押し返し、足早に去って行った。
クロウは次に、アルフレッドの「常識はずれの自由」こそが、リアを不幸にすると証明しようとした。
彼は、アルフレッドが留学先で書いたという、王国の伝統を批判するような過激な論文の写しを入手。それを社交界の有力者に密かに流布し始めた。
「アルフレッド殿下は、国を愛していない。彼の言う『自由』とは、王族の義務を放棄することだ」 「王妃教育を受けていない令嬢が、あのような思想の王子に近づくのは、国を乱すことになりかねない」
という噂は瞬く間に広がり、アルフレッドは社交界で孤立し始めた。
翌日。リアが王立図書館のカフェでアルフレッドを待っていると、そこに現れた彼は、いつもの陽気な表情を失っていた。
「ごめん、リア。今日は早く帰らないといけない」
「どうしたの、アルフレッド。顔色が悪いわ」
「ちょっとね、面倒なことになった。僕が留学中に書いた論文が、どういうわけか王城内で広まって……」
彼は苦々しく言った。
「『王族は庶民から搾取すべきではない』とか、『階級制度は非効率的だ』なんて書いたのが、今、大問題になっている。誰かが、僕と政略結婚の邪魔になる令嬢が親密になっているのを知って、僕の評判を落とそうとしているんだろう」
リアは直感した。クロウ様の仕業だと。
「クロウ様の、やり方だわ。彼は自分の計画を邪魔するものを、完璧に排除するもの」
「彼の熱意は知っているが……君の恋心を奪われたからといって、僕の思想を政争の具にするとはね。彼の愛は、少々独善的すぎる」
アルフレッドは溜息をついた。彼の言う通り、クロウの愛は、すべてが「正しい」と決めつけた、独善的なものなのだ。
リアは憤慨した。自分の心が変わったことに文句を言うならともかく、王子様の自由な思想まで否定するなんて!
「許せないわ、クロウ様! 私があなたの自由を守ってあげる!」
「え、リア?」
リアは、アルフレッドの制止を聞かずに立ち上がった。彼女の奔放な魂は、愛する人の自由を侵害されたことで、完全に火がついた。
「婚約者だろうがなんだろうが、もうお構いなくよ!」
リアの次の行動は……?




