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第1章 「かっこいい」ってどういうコトですか?

春の香りに包まれた四月の朝。山形りつとは、淡いピンクの桜並木を見上げながら名門王慶大学の門をくぐった。


(これが……夢にまで見た大学生活か)


胸が高鳴る。

中高6年間の男子校生活、そして1年の浪人時代を経て、ようやく手に入れた新しいステージ。女子とまともに話したこともない自分が、ここでどんな未来を掴めるのだろう。もしかしたら、運命の出会いなんてものがあるのかもしれない――そんな淡い期待と、根拠のない不安が入り混じる。


だが、同時に鏡の前で見た自分の姿が頭をよぎる。 今朝、母親が「王慶ボーイっぽく見えるわよ」と選んだYシャツに袖を通し、ぼさぼさの髪を何度も手ぐしで整えようとした。結果、どう見ても「普通」以下。


「もっとオシャレとか振る舞いとか勉強しておくべきだったな……」


そんな後悔が胸を締めつける。


(ザワ…)


そんなことを考えながら桜並木を進んでいると、視界の隅に現れた一人の男性に、りつとは思わず目を奪われた。


それは、映画のワンシーンのような光景だった。


黒髪が風に揺れ、端正な顔立ちにどこか儚さを宿した男が、りつとの方へ向かって歩いてくる。シンプルなスーツなのに、全体からにじみ出る洗練された雰囲気が桜の景色に溶け込んでいた。


(……なにこの人……)


無意識に足が止まった。


その男と目が合う。彼はほんの一瞬りつとを見つめると、風のようにすれ違った。たったそれだけで、まるで何か特別な意味があるように感じたのは気のせいだろうか。


「すごいな……なんか、あんなふうになりたいな」


りつとはその後ろ姿を目で追いながら、心の奥でふつふつと何かが沸き上がるのを感じた。


---


入学式会場に着いたころには、桜の余韻も薄れ始めていた。りつとは受付で配られた座席番号を頼りに、自分の席に腰を下ろした。隣に座ったのは、柔らかな雰囲気を纏った茶髪の女子だった。


「うっ…女子……!」


りつとの胸がざわつく。ここで何か言葉を交わせれば、きっとこれが初めての「友達」になるかもしれない。これが大学生活の第一歩になるんだ――そう思うと、手のひらにじんわり汗が滲んだ。


「え、えっと……」


震える声を絞り出そうとした瞬間、その女子が前の席の端正な顔立ちの男子に話しかけ始めた。


「ねえ、あなたは何学部?私、経済学部の横田はるなって言うんだけど」


「お、俺も経済学部!偶然だね」


会話は自然に弾み、二人の間に笑顔が飛び交う。りつとは、隣でただそのやりとりを聞いているしかなかった。


(なんで俺、こんなに情けないんだ……)


悔しさと自分の弱さを痛感し、思わず俯いた。耳に入るのは、二人が「この後、一緒にランチでもどう?」と盛り上がる声。


(ああ……初日からこれかよ」 )


隣の女子との会話どころか、他人の楽しそうな姿に気後れしている自分がどうしようもなく惨めだった。


その瞬間、ふとすれ違ったあの男のことを思い出す。


(……あいつも今ごろ…俺だって、あんなふうになれるのかな)


漠然とした憧れが胸に灯る。同時に、今のままでは何も変わらないという現実が突きつけられる。


(…このままじゃあかんな)


桜の花びらが風に舞い散る中、りつとは拳をぎゅっと握りしめた。

自分を変えたい―そんな小さな決意が、大学生活の第一歩として心に刻まれたのだった。

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