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殺し、そして赦し




 その時の俺は殺意に飲まれいたのだと思う。

 父親を殺された怒りから我を失っていたのだと思う。


 だから…俺は今日、この日…自分の手を血で汚したのだ。




 「〈水蒸気探知〉」


 俺は水蒸気を自身を中心として発生させる。

 空気中に漂うほどの小さい水が、俺から半径二キロまで行き渡る。


 俺の魔力を含んだ水蒸気は、微細な魔力の波動であるため、とても高い魔力感知を持った者以外感じ取ることは出来ない。


 〈水蒸気探知〉によって、俺は獄中場内部の隅々を探索する。


 獄中場を襲撃し、”俺の父さん”を殺した奴らはまだ、ここにいる可能性が高い。

 俺は探知魔法で怪しい奴の反応が無いか探る。


 怪しい奴の反応は…………ある!


 それもたくさん!

 俺の頭上に!


 俺は上を見上げる。


 そこには天井があるだけ。


 「〈水流斬〉」


 俺は水の斬撃で天井を切り裂く。

 崩れる天井。


 そして、崩れた天井と一緒に落ちてきた黒服の者達。


 「天井裏に潜伏していたか?!」


 フルオルが驚き、腰にある剣を抜く。


 「ちっ!バレたか!夜まで、ここで潜伏して、街を出ようと思ったが…………仕方ねぇ、やるか!」


 黒服の者達は一斉に、懐からナイフを取り出す。


 こいつらか、父さんを殺したのは!

 こいつらは絶対に許さない!!


 「ぶっ殺してやる!!〈水流斬〉」


 殺意に塗れていた俺は怒りのまま、黒服の者達に〈水流斬〉を浴びせた。









 「どうしたら良いものだろうか……………」


 私はミナトを追って、街の南西の外れまで来たが、ミナトが入ったと思われる建物を見て、足を止める。


 高い塀に囲まれた石造りの大きな倉庫のような建造物。

 建物の形状からして、これは罪を犯した者たちを収容する獄中場だ。


 獄中場の入り口付近には、鎧を着た剣士達がいた。

 鎧の紋章や剣の柄の模様からして、彼らは水剣技流の剣士。

 すなわち、リョナ男爵家の剣士だ。


 彼らがいることから、ここで何かが起こったことが窺える。

 ミナトの氷に閉じ込められていた茶髪の男は、ここが襲撃にあったとか口にしていたな。


 ミナトはズカズカと中に入って行ったが、流石に私は入るべきか躊躇してしまう。


 急いでここに来た事からして、誰か知り合いがここに収容されているのか?


 そう考えた私は、そう言えば…ミナトの父親がここに幽閉されていたことを思い出す。


 もしかして父親の事が心配なのか?

 五年ぶりにマカでミナトと再会した際に、ミナトはミル様から父親が様々な罪で幽閉されている事実を聞いても、余り気にしていない様子だったが。


 そうして、入るべきか迷っていると、不意に……違和感を感じ取る。


 これは魔力の反応だ。

 微量な魔力が薄く、広げていくのを感じる。

 人よりも感覚が鋭い私がやっと感じ取れる程度の微弱な魔力の広がり。


 発信源は目の前の獄中場から。


 この魔力の感じ…一度、感じたことがある。


 数日以上前のアルアダ山地にある盗賊のアジトの洞窟で、ミナトと潜入した際に、ミナトが探知魔法を使って、洞窟内を探索した事があった。

 その時に感じた感覚と同じだ。


 確か…スイジョウキ………探知……みたいな名前の魔法だったか。

 空気中のミズブンシを感知して、周囲を把握するといった原理だったか、私には理解が出来なかった。


 ミナトが探知魔法を発動しているのは分かるが、何故それを?


 私が首を傾げてから、少しの間も経たぬうちに……ドガンッ!!


 突然、大きな音が私の耳に入る。

 それと同時に、細長い高速の何かが獄中場の屋根から切り裂いて、放たれたように見えた。


 あれはミナト得意の水の斬撃。


 中で異常な事が起きてる。


 「な、何だ?!」


 私と同じように、それを感じ取ったリョナ男爵家の剣士達は騒ぎ始める。


 入るべきか躊躇している場合ではなかった。

 私は瞬時に駆け出し、獄中場の入り口から内部へ行く。


 内部に入った私は少し立ち止まり、耳を澄ます。


 魔力感知に長けている私は耳に関しても、人の数倍良い。

 それ生かして、音を拾おうとすると、遠くで何らかの破壊音が聞こえる。


 私は聞こえた方向に対し、さらに内部へ足を運ぶ。


 この音の先にミナトがいる。


 そう思った私が駆け足で行っていると、地面に倒れている何人かの死体を発見する。

 服装からして、ここの獄中場の看守だ。


 胸や喉を貫かれている状態から、何者かに殺されたと見るべきか。

 看守が殺されるなんて、只事ではない。


 私は時折、すれ違うリョナ家の剣士達の脇をすり抜け、音が聞こえる方向へ進んでいく。


 そして遂に音の発生源に辿り着いた。

 そこは、ある牢屋の中だった。


 そこには、案の定…ミナトがいた。


 「っ?!」


 けれど、ミナトがいる現場を見て、驚愕する。

 そこには、ミナトだけでなく、初老の男性……そして血まみれの黒い服装をした者達と、瘦せ細った男性が横たわっていた。


 私が驚愕したのは、血まみれの黒い服装をした者達に見覚えがあるからだ。


 一か月ほど前、マカで私とミル様を襲ってきた暗殺者に、彼らの身なりは非常に似ている。


 「あ、貴方は?!も、もしや………オルレアン伯爵令嬢のクラリサ殿?」


 初老の男性が現れた私を見て、そう言う。


 「はい、お久しぶりです。フルオル男爵」


 私は初老の男性……フルオル男爵に一礼する。

 彼と私は以前に会ったことがあるので、お互い顔は知っている。


 「それでクラリサ殿、どうしてここに?」

 「それは……ミナトを追って、ここまで来たのですが。ああ……この街に来た理由としては、マカの領主のヴィルパーレ殿からの手紙を届けるためでして」

 「ヴィルパーレ殿からの手紙?それは………数日前に伝書鳩より受け取った、ミナト殿の訪問を知らせる手紙とは」

 「それとは別件の内容です」


 私は床に転がっている黒い服装をした者達を改めて見る。


 彼らの胸元には、切り裂かれた跡がある。

 恐らく、ミナトの水の斬撃で斬られたのだろう。


 腹が上下していることから、辛うじて息がある。

 全員、生きている。


 そこで、後方から多くの足音が聞こえてきた。

 どうやら私に遅れて、リョナ家の剣士達が来たようだ。


 「フ、フルオル様?!こ、これは一体!」


 剣士達はミナトやその周囲を見て、絶句する。


 フルオルは剣士達に向き、指示を出す。


 「お前達!ここに倒れている者は獄中場を襲撃した者です。まだ生きています。ですので、急いでポーションを掛け、捕縛しなさい!」

 「え?わ、分かりました!!」


 剣士達はフルオルの指示に、慌てて了承し、行動を開始する。

 私はそこに、情報を付け加える。


 「フルオル男爵。捕縛する際は、口に猿隈をはめた方が良いです。恐らく彼らの口内には自決するための毒物を仕込んでいると思いますので」

 「毒物?よく分かりませんが、畏まりました。おい!お前達、ポーションと一緒に猿隈も用意しなさい!」

 「りょ、了解!!」


 フルオルは私の補足情報に首を傾げつつも、剣士達に指示を出してくれた。


 良かった。

 これならポーションを掛けて、一命を取り留めた後、尋問が出来る。


 ミナトも殺さないよう、ギリギリ理性は保ってくれたようだ。


 私が少し安堵し、ミナトの向いている方を見ると、目を見開く。


 いや、訂正。


 一人死んでいる。


 ミナトの前で倒れている黒服の者は右肩から左腰に掛けて、両断されていた。

 あれは確実に死んでいる。


 私はゆっくりとミナトの近づく。


 「ミナト」


 呼びかけたが、ミナトに反応は無い。

 ただ茫然と、真っ二つになった黒服の者を眺めて、放心している。


 「おい、ミナト!」


 私はミナトの肩に手を置いて、大きく呼びかける。


 ミナトは緩やかな動作で、首を私の方に回す。


 その目は酷く落ち窪んでいた。


 私は息を飲む。

 これは絶望している人間の目だ。


 私が無言でミナトの顔を見ていると、ミナトの口がゆっくりと開かれ、


 「………………………殺しちゃった」


 そう呟く。

 私は戸惑いながらも、返答する。


 「そ、そうみたいだな」

 「………………当然だよな?」

 「は?」

 「当然の報いだよな?………………だって父親を…………父さんを殺したんだから」

 「父さん?!」


 父さんと聞いて、ハッとした私は倒れた………いや、死んでいる痩せ細った男性を見る。


 そうか、彼はミナトの父親であるペドロ・アクアライドか。


 ミナトは首を正面に戻して、言う。


 「父さんを殺した奴らなんだから、殺されても仕方ないような?」


 その口調はまるで、自身の罪に対して、申し開きをしているよう。


 「そ、そうだな。こいつらは獄中場を襲撃してきた奴らだ。殺したとしても罪に問われることは無いだろう。ミナトが気にする必要はない」


 私は努めて、穏やかに言う。

 それを聞いたミナトは顔を歪める。


 「だ、だよな!仕方ないよな?!殺されて当然だよな!」


 だけど、ミナトの手は小刻みに震えていた。


 「………………でも、何でだろう?!凄く胸が苦しいんだ!!」


 ミナトは何かに悶えるみたいに、胸を手で押さえる。

 傍目から見ても、辛そうだ。


 ミナトの反応に、私は既視感を持つ。

 これは初めて人を自身の手で殺めた者の反応だ。


 思い返せば、これがミナトの初の同族殺しか。

 盗賊討伐の時は、盗賊たちを氷漬けにしていただけのはず。


 二年前から冒険者をやっていると、盗賊などの輩を殺さないといけない機会がやってくる。

 それは冒険者なり立ての者に対しても平等に訪れる。


 しかし、ここが冒険者として長くやっていけるかどうかの分かれ目だ。


 人が自分と同じ生き物を殺せば、気に病んでしまう。

 ミナトが初めての人殺しで、このような反応をするのは至極当然。


 けれど、これを仕方がないと割り切らないと、冒険者などやっていけない。


 精神の弱いものは自責の念に堪えられず、冒険者を辞めるからだ。

 

 「…………っ?!う!」


 ミナトが口元に手を持って行く。

 顔は真っ青である。


 次の瞬間、


 「おえぇぇぇ!!!」


 ミナトが嘔吐をする。

 異臭が漂う。


 今のミナトは冒険者なり立てが初めて人を殺めた時の姿と同じだ。


 私は何処か勘違いをしていた。


 五年ぶりにミナトと会った際に、信じられない強さから、何処かミナトを超人みたいな存在だと無意識に捉えていたのだ。


 だが、今のミナトの姿で分かる。

 結局、ミナトも一人の人間なんだ。


 人だから、こんなに心を痛めているのだ。


 そんな気づくまでもない事を今更ながら気づいた私は、ミナトに寄る。


 そして………………そっと抱きしめる。


 抱きしめられたミナトは訝し気な表情で、私を見る。


 「………………何してるんだ?」


 ミナトの疑問に、私はそっと語りかける。


 「大丈夫だ、ミナト。私は”赦す”」

 「え?」


 ミナトは呆然した顔を取る。


 「自身の犯した罪を背負うことは大事だ。けれど、全てを背負う必要は無い。少なくとも、私はミナトを赦すさ」

 「………」


 ミナトは押し黙る。


 だが、少しして、顔を上げる。

 私に縋るように,見ていた。


 私はミナトの頭を優しく撫でる。

 撫でられたミナトは、私の手を振り払うことは無かった。


 段々と、ミナトの目に生気が宿る。


 「だから、今は胸に溜まったものを吐き出して良いはずだ」

 「クラル………」


 私の名前をぼそりと呟いたミナトは暫くの間、逡巡した後…そっと両手を私の背中に回す。


 「俺はいけないことをした」

 「私はミナトを責めない」

 「俺を……許してくれるのか?」

 「ああ……私はミナトを赦すつもりだ」


 そうして私を抱きしめ返したミナトは、小さく……本当に小さく、泣き始める。


 まるでそれは、親に甘える子供のよう。




許し……相手の願いや申し出を受け入れる・認めること。

赦す……罪や過失を咎めないことにすること

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