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嫌な予感




 「と、取り敢えず!その方にはポーションを掛けませんと!」


 自身の護衛であるクラルによる顔面殴打で白目を剥いている男に駆け寄り、ポーションを掛けるように指示をする。


 「必要ありません!この男は貴方様に手を上げました。放置が妥当です!」


 ビシッという効果音が付くほど、クラルは無表情で言う。

 そこには何の罪悪感も無かった。


 「…………………あんた、見た目も…結構美人になって変わったけど、内面も変わったわね。ミルって言う人を尊敬しているらしいのは分かったけど、何か思考が……………ミナトに似てる」

 「なっ?!」


 呆れたように言うミーナに対し、クラルは如何にも心外であると驚愕してみせる。


 「わ、私がミナトと!何処が似ている?!」

 「尊敬する人を侮辱されたり、手出しされた時に激怒するところとか」


 ミーナの言ったことに、ミルはうんうんと頷いて見せる。


 「確かに、クラルはミナトさんと会ってから、性格が変わってきましたね。ミナトさん寄りに」

 「ミル様まで?!」


 俺と性格が似ていると言われたクラルは頬を引き攣らせる。

 失礼な奴だな。


 そんなクラル達の様子を見ながら、


 「これは………一段落したって事で良いのか?だったら、落第貴族!早くここから出せ!」


 先程から〈氷壁・囲〉に閉じ込められているナットがここから出せと言う。


 そう言えば、さっきからナットの事を忘れていた。

 もう出してやるか………そう思い、〈氷壁・囲〉を解除した。


 しかし、ここでナットが気になることを言い出す。


 「くそ!今日はどうなってる!獄中場が襲撃されたと思ったら、落第貴族は問題しか起こさねぇし!」

 「何?」


 俺はナットが言ったことを詳しく聞くべく、ナットに詰め寄る。


 「獄中場が襲撃されたって、どういうことだ!」


 そこには、俺の父親がいる。

 別に、あんな父親なんて、どうなってもいいが、やはり気になる。


 詰め寄ってきた俺に、ナットは少し怯みつつも、答える。


 「お、おう………少し前に、通報があった。獄中場が何者かに襲撃されていると」

 「通報?」

 「なんでも鼠色の髪を持った使用人の格好をした女が、街の見回りをしていた奴に知らせたそうだ」

 「………鼠色の髪を持った使用人の格好をした女」


 心当たりがありすぎた。

 それは間違いなく、マリ姉の事だ。


 「そんで通報通り、確かに獄中場が襲撃されてた。看守達が何者かに殺されたんだ」

 「え?殺されてた?」

 「だから俺や親父、リョナ家直属の剣士達が獄中場に行って、捜査をしている」


 道理でリョナ家の屋敷の前で派手に戦闘していても、使用人しか出てこないわけだ。


 だが、俺はそこで途轍もなく嫌な予感を持った。


 獄中場が襲撃され、看守が殺されていた。

 しかも、それにマリ姉が関わっている可能性が高い。


 看守が殺されていたのは、口封じのためであり、”獄中場にいる誰か”を殺害するためじゃないのか。


 そう思い立った俺は、


 「〈瞬泳〉」


 俺は水の高速移動を持って、直ぐに街の南西の外れにある獄中場に向かった。




 「ミナト?!」

 「お兄さん?!」


 高速移動で消えるように、その場から消えたミナトを、クラルとイチカが大声で呼び止めたが、時既に遅し。


 ミナトはもう遠く離れた場所へ移動していた。


 「獄中場が襲撃?何だか嫌な予感がしますね。……………クラル、ミナトさんを追って下さい」

 「ミナトをですか?」

 「はい。何だか嫌な予感を感じます」


 ナットの会話を密かに聞いていたミルは、ミナトと同じく嫌な予感を持っていた。


 そこで彼女は、クラルにミナトを追うよう命じる。


 クラルは一瞬逡巡した後、了承する。


 クラルは知っていた。

 主の予感はよく当たると。

 大体、悪い方向に。


 「分かりました。ミーナ!ミル様を護衛していてくれ!」

 「へ?わ、分かったわ!」


 ミーナの了解を確認したクラルは、自身の背中に風魔法を発動させる。


 「〈迅風〉」


 それはクラルがミナトの〈瞬泳〉を参考に、編み出したオリジナル魔法。


 刹那、クラルの姿が消える。

 後背部に細かな風を自分の背中に打ち立て、風を受ける形で高速移動をしたのだ。









 少し時を遡る。


 ミナトがイチカの案内の元、娼館の前に連れられ、そこでミナトが王国第七魔法団の団長である男を殴り飛ばしていた頃。




 水の都アグアの南西の外れ、罪人が収容されている場所である獄中場。


 その獄中場の前に、一人の鼠色の長い髪を束ねた使用人の格好をした女性と、全身黒い服装を着ている集団がいた。

 使用人の方をミナトが見たら、マリ姉!…と答えただろう。


 使用人と全身黒い服装を着た何人もの人。

 はっきり言って、怪しさ満点。


 しかし、次の瞬間…彼らは消えた。


 何の跡形も無く。

 そして、消えた彼らは獄中場内部に侵入していた。




 「タイゾン殿、もっと離れた場所から移動することは出来ませんか。先程のように人目に付きます」

 「すみません。私の魔法はお兄様と違って、短距離転移が専門ですので」


 獄中場内部に一瞬で移動した彼らは、目当ての人物を探すため、ゆっそりと内部を捜索する。


 途中、建物内の何人かの看守に出くわすが、


 「何だ、貴様ら………うっ?!」


 黒い服装の者達に、ナイフで胸を突き刺されたり、喉を切り裂かれたりして、口を永久に閉ざされる。


 黒い服装の者達の殺しや隠密の技術は高い。

 十数人いれば、数分で目当ての人物を見つけられる。


 「いました」


 黒い服装の一人が見つけたことを周囲に知らせる。

 マリはその人物が収容されている檻の前に行く。


 そこにはボサボサの伸びた髪に、無償髭。

 痩せ細り、落ちくぼんだ目の男。


 自身が使用人として仕えていた五年前とは、比べものにならない見るも無惨な、元アグア領主の姿。


 「酷い様ですね。領主様………いえ、元領主様」


 マリの声掛けに、ミナトの父…ペドロ・アクアライドがゆっくりと顔を上げ、マリを見る。


 「………………マリ……か」


 ペドロは掠れた声で言う。


 かなり衰弱している。

 放っておいても病弱で死にそうだ。


 ペドロはマリの周囲にいる黒い服装の者達を見渡す。


 「私を………殺しに……来たか」

 「ええ、上からの指令で貴方を殺害するように言われました」

 「そうか」


 今から殺害すると宣言されたのに、肝心のペドロは空返事である。


 何かを悟ったように、諦めの表情を浮かべている。

 まるで自分が殺されるのを分かっていたかのように。


 「最後に言い残すことはございますか?」

 「無い」

 「そうですか」

 「息…子には……生きて…いた。思い残す……ことは…………無い。立派に……育って………いた。はは………俺が…………言えた……事じゃ無い………な」


 自虐気味にペドロは笑う。


 彼は後悔していたのだ。

 父親として、息子のミナトに何もしてやれなかった事を。


 思い返せば、自分は息子に怒鳴りつけ、引っ叩くことぐらいしかしていない。

 少し前に来たミナトが無機質な目で自身を見ていたのも納得だ。


 父親としての不甲斐なさを嘆いていたペドロだったが、真摯な顔でマリにこう言う。


 「マリ…………言い残す……ことだが……一つ………ある」

 「なんでしょう」

 「”我が子”には手を出すな」


 最後の言葉だけ、嫌に聞き取りやすかった。

 力を振り絞って、言いたいことを言ったのだろう。


 マリをため息を吐く。


 「ミナト様次第ですね。今後、我々の計画の邪魔になるのなら、排除しないと行けなくなります」

 「………」


 ペドロは眼を鋭くさせる。


 へぇ~…この人、こんな鋭い目も出来るんだ。

 マリはペドロの眼光に、僅かに驚きつつも黒い服装の者達を向く。


 「お願いします」


 マリにそう言われた黒い服装の者達は殺した看守から奪った鍵で檻を開け、中に入る。


 事前に、ペドロ・アクアライドは彼らに処理して貰う手筈になっている。


 一応、ポーションを飲んだとは言え、ミナトがダメージを与えた左脚には未だに激痛が走っている。

 もし、ペドロが抵抗すると面倒なので、万全を期して彼らに殺害を頼んだのだ。


 ……………………というのは、建前で。

 本当のところ、マリ自身がミナトの実の父親であるペドロ・アクアライドを殺したくないだけなのだ。


 何年間もアクアライド家を騙していた癖に、虫が良いにも程があるが。


 黒い服装の者達の一人がナイフを手にし、一気にペドロの喉を貫く。


 「………う」


 ペドロは小さく悲鳴を上げた後は、力なく体を倒す。

 抵抗の気配は毛ほども無かった。


 ナイフには毒が塗ってある。

 もう助からないだろう。


 だが、念のために黒い服装の者達が死体蹴りのように、倒れたペドロをナイフで滅多刺しにしていく。


 上からの命令で徹底的に息の根を止めろと言われたいるが、余りにも凄惨な光景にマリは目を背ける。


 けれど、彼らをここに転移させておきながら自ら手を汚さずに、目を背けるのは途方もない偽善であるとすぐに理解し、何とか顔を戻す。


 後に残ったのは、見るも無惨な死体。


 「ご苦労様です。ペドロ・アクアライドは確かに殺したと、上に報告しておきます」

 「分かりました。ではタイゾン殿、ここを離れましょう」

 「ええ、私はここから転移で出るので、皆さんも暫くここで潜伏して、深夜辺りにこの街から脱出することをお勧めします」


 それを聞いて、黒い服装の者達は首を傾げる。


 「はい?行きと同じく、タイゾン殿の魔法でここから出るのではないのですか?」

 「あ~元々私は集団転移が苦手なんです。一日一回だけでも物凄く疲れちゃうので、もう集団転移はしたくありません」


 マリはあっけらかんとした様子だった。


 「それでは、お先に失礼します」


 マリは黒服の物達を残して、転移でその場から消えた。




 転移でマリは獄中場の外に出た。


 そこで、そばを通る水の波紋が描かれた鎧と剣の柄と鞘に青い線の入った剣士が目に入る。


 あれは水剣技流の剣士。

 リョナ家の剣士である。


 痛む左脚を気にしつつも、偶然近くにいた街の見回りをしていた、その剣士に近寄る。


 マリは緊迫した表情を作り、


 「すみません!あそこの獄中場に、黒い服を着た怪しい人達が侵入して行ったのを見たんです!」

 「え?獄中場に怪しい人達がですか?」 

 「早く領主様の剣士様を連れてきて、捕まえて下さい!!」

 「は、はい!分かりました!」


 マリの切迫した様子に、水剣技流の剣士は慌ててながらも、リョナ家の屋敷の方へ走っていく。


 走って行く剣士を眺めつつ、マリもさっさと獄中場から離れる。

 この後、リョナ家から剣士の増援が来るだろうから。


 「まぁ…彼らは一人残らず、捕まるでしょう」


 何せ、彼らが逃げられにくくなるように、通報したのだから。


 ここには、何よりミナトがいる。

 父親を殺されたと知ったら、彼らを一人残らず探すだろう。


 息子に何もしてやれなかったペドロが自身を悔いていたのと同じように、マリも自虐気味に笑う。


 「何という偽善でしょう」


 その目は悲しげであった。




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