状況が悪化
クラリサ………改め、クラルはやや気まずそうな表情で返答する。
「ああ、二年ぶり………以上か」
「あ…うん、そうね………じゃ、じゃなくて!ど、どうしたのよ、クラリサ!その身長?!」
ミーナは視線を斜め上へ向ける。
クラルは手を自身の頭の上に乗せる。
「ん?背の事か?結構、伸びたな」
「伸び過ぎよ!前会ったときは、私と同じほどだったじゃない!」
ミーナは、俺が五年ぶりにクラルと会ったときに思ったことを、そのまま言った。
五年前までは、俺やミーナ、同年代と比べても、特段背が低くかった。
今は百七十センチの俺や百六十センチのミーナに比べて、百八十センチという長身。
同年代の女性の中でも、かなり高い部類だ。
「てか、今まで何処にいたのよ!心配したのよ!」
「それは………ミル様の護衛をしつつ、冒険者として王国のいたる場所を回っていた」
「ミル……様?」
「私の事です」
杖を持ち、茶色いローブを頭から被った人物がミーナのそばに寄る。
クラルがいると言う事は、クラルの主であるミルがいると言う事。
「クラルの御友人のミーナさんですね。貴方の事はよくクラルから聞いています。初めまして」
「は、はい!初めまして」
ミルの鈴を転がしたような声に、ミーナは戸惑いながらも、さっきまでの興奮した状態から落ち着きを見せる。
フードで顔がしっかりと見えないミルは怪しさがあるが、彼女の声は聞く人を不思議と穏やかにさせる。
これは前にウィルター様に聞いたことがある。
確か「1/fゆらぎ」といって、聞いた人の自律神経を整える効果があるとか。
「貴方とは、以前からお話をしてみたいと思っていました」
「は、はあ」
すっかりミーナはミルのペースに飲まれていた。
なので、俺はクラルに尋ねる。
「ところで、なんでここに?」
「元々、私とミル様はマカの後に、ここへ寄る予定だった。ヴィルパーレ殿からの手紙を、ここの領主であるフルオル殿に届けるために」
「そうだったのか?!」
「まぁ…本来はミナトがマカを出たその日の内に、私達も遅れてアグアに向かうつもりだった。黒亀王の子供の件で、色々予定が狂った」
「黒亀王の子供?」
「ああ、詳しく話すと長くなる。後にしよう。今はこの事態を何とかするのが先だ。何があった?」
「それは………」
俺はクラルに今日あった事を説明した。
アグアの東にあるピレルア山脈から半年前よりワイバーンが頻繁に襲来している事。
増援のために、王都からミーナが副団長をしている王国第七魔法団が訪れていた事。
王国第七魔法団は襲来するワイバーン討伐とピレルア山脈の調査を命じられていたが、調査の方は実際は建前で実際には行わない事。
それを知って、俺は怒った事。
レイン様を馬鹿にした団長の顔を殴り飛ばした事。
団長に暴行したと言うことで、俺に責任を追及に来たミーナを率いる王国第七魔法団を逆に返り討ちにした事。
以上を説明したら、
「…………………最後の方だけ意味が分からなかった」
クラルはこめかみに手を当て、複雑な顔をする。
「まず、ピレルア山脈からワイバーンが頻繁に襲来する原因を探るための調査を、実質やらないのには理由がある」
「理由?」
「今、エスパル王国とフリランス皇国との国境がきな臭くなってきてな。王国の戦力である王国魔法団のいくつかは国境に配備されている。あくまで私も冒険者をやっている上で、得た情報ではあるがな」
「それ聞いたことあるな」
昨日の夜、フルオルからエスパル王国周辺の地図を見せて貰いながら、数年前から国境での対立が激しくなっていると聞かされた。
「知っているなら、話が早い。フリランス皇国は魔法強国だ。ミーナのような一級魔法を使える者は限られている。そんな人材を……言い方は悪いが、ここで時間をかけてしまう訳にはいかない。ミーナには国防という重要な仕事があるんだ」
「そう……だったのか」
ミーナには、調査に時間をかけられない理由があったのか。
調査は建前という事に激怒したが、しっかりと理由を尋ねるべきだった。
俺を見て、クラルは少しだけ口元を緩める。
「だけど、ミナトが団長である男を殴り飛ばす気持ちは分からなくも無い」
「そ、そうか?」
てっきり厳格な性分であるクラルなら、「お前が100%悪い!」と言うかと思った。
失礼なことを考えている俺とは裏腹に、クラルは表情を崩し、微笑みを浮かべる。
「それだけ、この街はミナトにとって大事な街なのだろう。蔑ろにされて怒るのは、むしろ自然な方だ。ミナトはそこまで悪くない」
「ク、クラル!」
「お、お姉さん!」
俺とイチカは同時に感極まった顔になる。
彼女の言葉で、胸に込み上げるものがあった。
「でも、やっぱり人の顔を殴ったら駄目だ」
悪戯をした子供に諭す母親みたいに、優しい顔で言う。
うん、次から気をつける。
クラルに対して、素直にそう言おうとした時だ。
「一級魔法だ!!ミーナ、一級魔法を不届きな奴に放て!!!」
〈氷石〉で気絶した団長である男が目を覚ましたのだ。
激怒した状態で俺を指さして、一級魔法を放つように叫んできた。
「い、一級魔法?!本気ですか?!」
「そうだ!お前の一級魔法で奴を消し屑にしろ!!奴も一級魔法までは防げまい!」
「お、お待ちください!!いくら何でも、街の中での一級魔法の行使なんて出来ません!街が焼き払われてしまいます!」
「うるせぇ!!!団長の命令が聞けねぇのか?!あん?!さっさと詠唱しろ!!」
一級魔法の使用命令に、ミーナも流石に出来ないと言い張る。
ミーナが使う一級火魔法〈炎災〉はルイス子爵家に代々伝わる魔法。
その途方もない熱量を持って、発射される螺旋の炎は俺の氷を容易に溶かし、ワイバーンを骨すら残さずに焼き尽くした。
後に残るのは焼け果てた地面だけ。
あんなものを放たれれば、周囲一帯は灰しか残らなくなる。
それぐらい、あの男も分かっているはずなのだが。
不味い。
一回目は俺に拳で顔面を叩かれ、二回目は〈氷石〉で叩かれたせいで正常な判断が出来ないのかも知れない。
どうする………もう一回顔面を殴って、気絶させるか。
いや、もうクラルに人の顔は殴ってはいけないと言われたからな。
「落ち着いてください。ここで一級魔法を放てば、取り返しも付かないことになります」
ここで、ミルは今度は男を落ち着かせるべく話しかける。
「は?お前誰だよ?」
「私はミルと申します。冒険者をやっている者です」
ミルは胸に手を当て、お辞儀をする。
彼女の丁寧な態度に、
「は?!冒険者が俺に口出ししてんじゃねえよ!俺を誰だと思ってる?!フードで顔を隠して、気味悪いんだよ!」
「きゃ!」
男は気分を落ち着かせるどころか、さらに激怒する。
立ち上がった男は、ミルに近寄り、あろう事か突き飛ばす。
「お、おい!馬鹿!」
俺はつい、男の取った超愚行に鳥肌が立った。
その人相手に暴言吐くこと自体、既にアウトだが、突き飛ばすなんて。
護衛が絶対に黙ってないぞ。
ギリリ……。
歯軋りの音が聞こえたので、そっと横を見ると、ミルに絶対的な忠誠を誓っているクラルが歯を食いしばって、こめかみに青筋を浮かべていた。
「貴様!!」
次の瞬間には、クラルは鉄甲を着けた右腕を固く握りしめ、男目がけて踏み込みをする。
「ミル様に触るな!この下郎が!」
「へばぶれ!!!」
男の目の前に来たクラルは、その右拳を男の顔面に叩き込む。
本日三度目の顔面殴打に、男はヘンテコな悲鳴を出した。
「ク、クラル……暴力はいけません」
イチカやミーナ、ナット、ドットなどが絶句する中、ミルは呆れた口調で己の護衛を窘める。
状況、なんか悪化してない?