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激怒




 「「え?」」


 俺とイチカは異口同音に言葉を発する。


 先程の男の言葉の意味が分からなかったからだ。

 イチカの方を向くと、彼女も戸惑い気味な表情をしていることから聞き間違いでは無さそうである。


 俺は怪訝な顔でミーナに抱えられている男に近づく。


 「な、なぁ……さっきの言葉はどう言う意味だ?」

 「んあ?………は?誰だお前?」

 「ミ、ミナト?!」


 ミーナに肩を貸して貰っている男は顔を回し、眠そうな目を俺に向け、睨み付ける。

 俺も睨み返す。


 驚くミーナを余所に、俺は男にさらに詰め寄る。


 「さっきの言葉だよ。碌な調査なんて、しないとは?」

 「おい、コイツ何なんだ?」


 俺の事は無視して、男はミーナに尋ねる。

 ミーナは辿々しく、


 「え、えっと…彼はミナト……………ミナト・アクアライドです」


 元アクアライド………な。

 今は貴族では無く、ただのミナトだ。


 「彼はこのアグアの街の元領主の嫡男で、今回のピレルア山脈の調査に協力を頼みました」


 ミーナの説明に、男はキョトンとし、暫し首を捻る。


 「アクアライド?…………………あの落第貴族の?何でそれが調査に協力に?」

 「彼はワイバーンを単騎討伐する実力がありましたので」

 「あ?ワイバーンを単騎討伐?…………………くく…ふふ、ぎゃはははははは!!!」


 何が可笑しいのか、男は腹を抱えて、ゲラゲラと嘲笑する。


 俺は真顔で男が笑い終わるのを待つ。


 「いやいやいや!!ミーナは面白過ぎるだろ、その冗談!ワイバーンを一人でなんて、無理に決まってんだろ!!」


 男はミーナの言っている事など、意に返していない様子だ。


 「いえ、冗談では………まぐれ、とは思いますが」

 「まぁいい。さっきの言葉……碌な調査はしない、という話だったか」


 男は下劣な顔のまま俺を人差し指を向ける。


 「おい、コイツに現実を教えてやれ」


 男に促されたミーナは俺を見て、渋々ながら回答する。


 「………あのね、ミナト。貴方にはショックな事であるけれど、別に私達、王国第七魔法団は本気でピレルア山脈の調査をするつもりは無いのよ」

 「な、何でだ?!」


 ミーナは深く息を吐き出す。


 「冷静になって考えてみないさい。貴方も知っているとおり、ピレルア山脈はワイバーンの巣窟。私は一級火魔法〈炎災〉でワイバーンを倒すことは出来るけど、あれは一日に何度も打てないし、詠唱に時間がかかる。それに私や他の魔法団員、そして団員を守る騎士団がワイバーンに集団で襲われれば、一溜まりも無いわ」

 「え?でも、それが任務だって」


 言われてみれば、ミーナ達王国魔法団がピレルア山脈がそのまま行くのは無謀だ。


 「そんなものは建前よ。王国魔法団が派遣されたのに、何の原因の調査もしないとなれば、体制が悪いでしょ。派遣した王都だって、本気で解決できるなんて思っていないわよ」

 「建前…………だったら、どうして俺に協力を要請したんだ?」


 そのための俺だったんじゃ無いのか。


 「現地の人と協力して、調査したという体にした方が、報告書を書く際に都合が良いだけ。………安心しなさい。ピレルア山脈には数日間外縁当たりに待機した後、原因を探ったが、何も見つからなかった…という事にするから」


 言っていることが無茶苦茶だ。

 だが、ミーナは至って正常な口調と表情であり、疑問と驚愕を持っている俺の方が可笑しいのか、とさえ感じさせる。


 「貴方は私達と口裏を合わせれば、それでいいの。勿論、報酬は出す。口止め料として」

 「は?報酬なんて要らねぇよ。なら、アグアの問題はどう解決していくんだよ?」

 「さあ………刻が経って、勝手に解決してくれる事を祈るわ」

 「………」


 あんまりな話の内容に、落胆を通り越して、思考が止まる。

 これが、かの精鋭部隊である王国魔法団のやる事なのか。


 俺が今現在、感じている感情は…………純粋な怒りだ。


 「つーか、こんな街どうでも良いだろ!なぁ、ミーナ?」

 「…………………は、はい。そう……ですね」


 俺の怒りが益々増してくる。


 この時の俺は度重なるイライラで、ストレスが最大値になっており、理性が殆ど無かった。


 五年ぶりの父親が俺を心配する様子の変貌ぶりに、マリ姉の裏切り。

 極めつけは、目の前の王国魔法団の団長である男の言動に、それにヘコヘコするミーナ。


 俺の記憶の中では、五年前のまでの彼女はアクアライド家という理由で周囲から冷たい扱いを受けている俺を助けてくれる程、優しくて勝気な性格であったのに、今はこの様。


 積もりに積もったイライラで、どうにかなりそうが、なけなしの理性を振り絞る。


 「俺はアグアの街を見捨てられない」

 「はぁ…そもそも貴方は貴族で無くなったのでしょう?それなら、もうこの街の事を深刻に考える必要は無いはず」

 「確かに、俺は貴族で無いし、この街に良い思い出は無い。けどな、ここはレイン様がいた街だ!」

 「ん?……レイン?」


 俺の額に青筋が入る。

 ミーナの思いっきり叫ぶ。


 「水神レイン様!!!アクアライド家の初代当主!!世界最強と言われた水魔法使いだ!!」

 「っ?!」


 ミーナが目を見開き、ビクッと反応する。


 レイン様の名前を聞いて、瞬時に誰か分からないなど、何たる不敬な奴だ。

 幼馴染みとて、許さんぞ!


 ここまで、ぶち切れる境界線ギリギリだった。


 …………………が、次の男の一言で、俺の忍耐のダムが決壊する。


 「水神?世界最強?何だそりゃ。は!ど~せ大嘘付きの雑魚だったんだろ?!」


 …………………ブチ。

 ブチ………ブチ……ブチ、ブチブチブチ。


 俺の堪忍袋の緒が切れる音がする。


 「………………………………………………………はい、殺す」


 以前、俺は五年ぶりに再会したクラルに、主であるミルを馬鹿にする言動をしたことがある。


 Aランク冒険者に強さを認められれば、Cランクになれるというのも聞かされたので、俺は早々にランクを上げるためにAランク冒険者のクラルとミルに挑発まがいな事を言った。


 それによって、主を侮辱されたと思ったクラルは激怒した。


 あの時はそこまで怒る必要あるのかと思ったが、今なら分かる。

 尊敬する人を馬鹿にされると、ここまで怒りを込め上げてくるとは。


 俺は右の拳を握りしめ、瞬時に男へ踏み込む。


 そして、ガン!!ボキッ!!


 「ぼぎゃあ??!!」


 俺の右ストレートのパンチを顔面に食らった男は奇声をを出し、数メートル先まで吹っ飛ばさせる。

 拳の感触からして、鼻の骨は砕けたな。


 吹っ飛んだ男は地面に転がり、大の字で倒れる。

 気絶したようだ。


 ふぅ…ちょっと、すっきりした。


 しかし、


 「「「は?」」」


 近くで見ていたイチカとペネロ、男を支えていたミーナは素っ頓狂な声を出す。


 少しの間、硬直していたミーナだったが、段々と体をワナワナと震わせる。

 そして俺に詰め寄り、両肩を思いっきり掴む。


 「ミナト!!貴方!自分が何をしたのか、分かってるの?!」

 「王国魔法団の団長を殴り飛ばしたな」

 「なんでそんな平然と?!」


 淡々と答える俺に対し、ミーナは顔を真っ青にする。


 「あ、頭を地面に付けて、団長に許しを請いなさい!!私が命だけは助けてもらえるように説得するから!!」

 「断る」

 「なっ?!」


 許しを請う必要なんて全くない。

 レイン様を馬鹿にしたアイツには、当然の報いだ。


 肩にあるミーナの手を振りほどき、俺はイチカの手を掴む。


 「へ?」

 「行くぞ」


 驚くイチカを余所に俺はイチカを連れ、その場から離れる。


 ペネロとミーナはそんな俺達を呆然と、眺めるだけだった。




 イチカを引き連れて、町の中央にある噴水「人魚の憩いの場」に行き、そのままリョナ家の屋敷にある門の前に着いた。


 門の前には、前と同じくナットの弟のドットが門番をしていた。

 帰ってきた俺とイチカを見て、首を傾げる。


 そこでようやく俺はイチカの手を離し、門の前に座り込む。


 「お、お兄さん?」


 イチカが心配して、声を掛ける。


 俺はイチカに言う。


 「…………どうしよう、イチカ」

 「へ?」

 「俺、やっちゃったよ」

 「え?今更?!」


 男を殴ったことで、怒りの幾分か収まり、多少冷静になったところで自身の置かした事の重大さに思い至る。


 王都から派遣させた王国第七魔法団、その団長を殴り飛ばしてしまった。

 このままで済むはずが無い。


 怒りで感情を乱すなど水剣技流として、やってはいけないことだ。


 でも、やっちゃったものは変えられないので、座り込んだまま反省する。


 そんな時、


 「〈アイス〉」

 「うお?!冷た!」


 俺の頭に氷が落ちる。


 イチカが自身の氷魔法で、俺の頭上に氷を生成したのだ。


 「どう?お兄さん、頭冷えた?」

 「え?…………うん、冷えたかな。ありがとう」


 イチカがどういたしまして…と言いながら、隣に座り込む。


 そんな俺達を無言で何度もチラ見するドットがいた。




 そして俺が座り込むこと、三十分も経たない内に、大勢の人が俺の前に訪れる。

 その中の半分は王国魔法団の制服を着ている。


 顔に包帯を巻いた男とミーナが王国第七魔法団と、彼らを護衛する騎士達を引き連れて来たのだ。


 俺は立ち上がる。


 男は俺をこれでもかと睨み付けて、叫び散らかす。


 「てめぇ、やりやがったな!!許さねぇ!俺の顔をよくも!ぶち殺してやる!!」


 はぁ…自分で撒いた種ぐらい、自分で片付けないとな。


 俺は深呼吸をして、彼らを見据える。


 「え?え?な、何これ?!どう言う状況?!ミ、ミナトさん!何したんですか?」


 一人状況が分かっていないドットはこれでもかと慌てる。









 その頃、南側にあるアグアの街への入り口にて、馬車に乗せられた二人の人物がいた。


 その二人はミナトに取って、よく知る人物であった。


 「クラル殿、ミル殿。アグアの街に到着しました」

 「分かりました。ありがとうございます」


 御者の到着の知らせに、ミルがお礼を言う。


 ミーナと同じくミナトの幼馴染みであるクラルと、その主であるミルの二人はマカの領主ヴィルパーレ辺境伯の好意で馬車を貸りて、ミナトに少し遅れてアグアの街に着いたのだ。


 「ようやく着きましたね、クラル」

 「そうですね」


 クラルはミディアムヘアの黒髪をかき上げ、アグアの街の城壁を見上げる。


 「ミナトの方は数日前に来ているはずです」

 「あら、もうミナトさんの事を考えているのですか?」

 「ち、違います!ミナトのことなので、また何かトラブルでも起こしているのではないかと思いまして」

 「ふふ…確かにミナトさんなら、また凄い事をやり出しそうですね」


 行く先々でトラブルを起こすと思われるミナト。

 本人が聞いたら、間違いなく反論するだろう。


 しかし、悲しきかな。

 現在、ミナトを中心に大問題が起こっている。




 クラルとミルはアグアに入場した後、御者に再度お礼を言って、街の中を歩く。


 目的地はリョナ家の屋敷だ。

 ここの領主であるフルオル・リョナ男爵に挨拶に行くためである。


 二人とフルオルは面識があった。


 実は、ヴィルパーレの友人であるフルオルはAランク冒険者であるクラルが伯爵家の長女であり、同じくAランク冒険者のミルの素性も知っている。


 けれど、二人が屋敷に向かう中、徐々に周囲にいる人の様子がおかしい事に気づく。


 何やら多くの人が一斉に自分たちが向かう方向に走っている。


 「一体どうしたのでしょうか?クラルは分かりますか?」

 「さぁ…私にも分かりません」


 首を傾げる二人の耳に、走って行く人達の声が入り込む。


 「何か領主とこの屋敷の前で、王国魔法団が集まってるらしいぞ!」

 「ああ、何でも王国魔法団の団長を殴った馬鹿がいたらしくて」

 「俺知ってる。白いマントを着てる奴だろ?ワイバーンを倒した」

 「王国魔法団に喧嘩を売った…てことか?!面白そう、見に行こうぜ!」


 これらの会話を聞いたクラルとミルは、互いの顔を見合わせる。


 内一名はこれでもかと呆れた表情を作る。


 「ミナト…………一体、お前は何をしでかした」




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