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憂鬱




 その日の俺は憂鬱だった。


 「「………」」


 無言で屋敷の中を歩き回る俺.

 その後ろから無言で付き添うように付いてくるイチカ。


 時折、使用人に出くわすが………………ギロ。


 「ひっ!」


 俺がひと睨みすることで、ビクつきながら道を空ける。


 この屋敷で働いている使用人と騎士は、既に俺が五年前に行方不明であったミナト・アクアライドであることは知っている。


 俺を敵視しているナットが言いふらしていたからだ。


 まだ、ここの屋敷がリョナ家ではなく、アクアライド家であった時からいた使用人や騎士もいる。

 当然、屋敷を回っていれば、彼らに出くわす時もある。


 始めは俺を見て驚き、次に五年前と同じように俺を蔑んだ目で見てこようとするが、それを殺気を込めた視線を送ることで止めさせる。


 憂鬱な気分から屋敷をうろついて、いろんな人を睨んでいる。

 朝からずっとこんな調子だ。


 原因は勿論、マリ姉の件。


 マリ姉が裏切者と発覚し、俺は怒り狂い、激情した。

 戦うことになったけど、最後には何らかの魔法で逃げられ、一晩経った。


 一晩眠ったためか、マリ姉への憤怒の気持ちは湧かなかったけど、言い知れぬモヤモヤ感が頭を支配していた。




 それは朝食の場でも変わらない。


 「………」


 出されたパンを一齧りしただけで、後はスープにも手をつけていない。

 ただ、ボーとしていた。


 「……………おい」

 「………」

 「……おい!」

 「………」

 「おい!!聞いてんのか?!」

 「………何だよ」


 ナットのうるさい呼びかけに、鬱陶しそうに返事をした。


 そんな俺に、ナットは舌打ちをして、


 「てめぇ…何だ!朝っぱらから情けねぇ面で屋敷中周って、飯にも碌に手ぇ出さない。食わねえんなら、寄越せ!」

 「ああ……それは悪かった」


 言い方は悪いが、ナットの言い分にも一理ある。

 飯を食わして貰っている身で、全く食べようとしないのは失礼だ。


 因みに、マリ姉が消えたことは俺とフルオルとイチカで秘密にしている。

 要らぬ騒ぎを起こさないようにだ。


 そもそも…この屋敷には、それなりに多く使用人がいるので、使用人が一人いなかろうと、気にするものは殆どいないだろう。


 俺は一齧りにされたパンを手に持ち、無理やりにでも口の中に持っていき、胃の中に入れる。


 それを見て、ナットはため息を吐く。


 「ったくよ!それで本当にワイバーンの巣窟なんか行けんのか?」


 ナットが言っているのは、ピレルア山脈の調査だろう。


 半年前からアグアの街の東にあるピレルア山脈からワイバーンが頻繁に出現するようになり、何かしらの原因がピレルア山脈にあると推測された。


 そこでワイバーン討伐だけでなく、その原因の解明と対処を目的を持っていた王国第七魔法団に加わり、調査を手伝って欲しいと、昨日ミーナから俺に頼まれた。


 俺としては、落第貴族と呼ばれたアクアライド家時代に、領民には不快な思いをさせてしまった分、何か出来るなら、それに越したことは無い。


 「ナット、失礼です。ミナト殿はアグアのために調査に出るのですよ」


 悪態をつくナットに、フルオルが注意する。

 それに対し、ナットは立ち上がり、俺を指さし反論する。


 「それだよ!親父!何でこんな奴を王国魔法団は連れてくんだよ?!普通、俺達リョナ家だろ!!」


 どうやらナットは今の領主であるリョナ家が全く王国第七魔法団のミーナに相手にされていない事に、大層ご立腹のようだ。


 「何度も言ったはず、我々では力不足だと。ミナト殿の何処が不満ですか?単騎でワイバーンを倒す実力者ですぞ。貴族で無い彼がこの街のために尽力してくれることに感謝すべきです」

 「ぐぬぬ!!」


 ナットは歯を食いしばり、テーブルを拳で叩く。


 「だ、大体…親父がそうやって低姿勢だから、他の貴族に舐められてるんだろ?!」

 「リョナ家には誇れる実力がありませんから、下手に出るのは当然です」

 「下手に出る?親父は悔しくねぇのか?」

 「それは……」


 ガタ………俺は席を立つ。


 親子喧嘩の場に、俺は場違いだ。


 既に出された食事は胃の中に流し込んだ。

 俺は街の中を散歩に出ることにする。


 ジト………。


 静かに部屋から出ようとすると、何か視線を感じたので、そちらの方を見てみる。


 それはナットの弟であるドットからの視線であった。


 俺が目線を合わせると、途端にドットは目を外した。

 何なのだろうか。


 少し気になったが、俺は親子の言い争うが続く部屋を退出し、そのまま屋敷の外に行った。


 イチカも、勝手に俺に付いてきて。




 聞こえるのは、水が噴き出す音。


 俺とイチカは町の中央にある人魚の銅像がある噴水「人魚の憩いの場」にいた。


 浄化された綺麗な水が噴き出す噴水の縁に座って、二人揃って串焼きを食べていた。


 獄中場で父親に再会した後にも、こうして二人で串焼きを食べたが、すっかり噴水近くにある、この串焼きの味を気に入った。


 美味いものを食べることで、少しでもこの憂鬱な気分が薄れてくれることも期待して。


 「はぁ…」


 だが、家族だと思っていたマリ姉が裏切り者という事実は中々頭から消えない。

 消えるはずが無い。


 串焼きも食べ終わり、目を瞑る俺をイチカは始終、心配して俺を見つめる。


 そうして時間が経っていく内に、イチカが唐突に俺の手を握ってくる。


 「私に付いてきて、お兄さん!」

 「え?」

 「お兄さんの心を癒やしてくれるところに案内する!」

 「は?癒やすって………おい!」


 首を傾げる俺を余所に、イチカは俺の手を掴んだまま、何処かへ連れて行こうとする。


 俺が為されるがまま、イチカに付いていくのであった。




 「おい!イチカ!何処まで連れてくんだ?」

 「もう、すぐそこ!」


 イチカに連れられ、街の中央から路地裏へと進んで行く。

 段々と人通りが少なくなっていく。


 「あった!ここだよ!」


 そこは街の城壁のすぐ内側に位置する建物の前。

 イチカは目の前にある他の建物に比べて、明らかに大きい建物を示した。


 「えっと…この建物は?」

 「私が生まれた場所!」

 「え?……………という事は」

 「娼館だよ!」


 ジャジャーン!!

 という効果音が付きそうな感じでイチカが満遍の笑みを浮かべる。


 「死んだお母さんが言ってたんだ!男の人は落ち込んでる時は、女の人とお肌重ねると元気出るって」

 「……………それで俺をここに連れてきたと?」

 「ようだよ!」


 それはイチカにとって、善意による物だったのだろう。


 俺は頬を引き攣らせる。


 「そ、その!!イチカな…………お、俺は別に……」

 「大丈夫!大丈夫!私、六年もいたから、ここの事よく知ってるよ!」

 「い、いや!そう言う訳じゃ!」

 「お兄さん、もしかして初めて?けど、平気。ここは初めての人でも優しいから」

 「ん~!だから!」


 俺は懸命に拒否の意を示す。


 …………………そりゃあ、俺だって男だ。

 ”そういう事”に興味が無いと言えば、嘘になる。


 けれど、


 「それってさ………普通、好きな人同士でやるべき事だよな?」

 「え?お兄さん、好きな人でもいるの?」


 イチカの質問に、俺は顔を赤くさせる。


 好きな人……………いないわけでは無い。

 気になる人は確かにいる。


 例えば、風魔法使いの幼馴…………………


 「あら?あんた、もしかして…………イチカ?」


 誰かが娼館の入り口から出てくる。


 茶髪の髪を後ろで縛った女性だった。

 娼婦なのか、整った顔立ちで、結構いろんなところが見えている服装をしていた。


 その女性はイチカに駆け寄る。


 「久しぶりじゃねぇか!領主の所で働きに出てから、すっかり顔見せ無くなってよ」

 「ペネロさん!!」


 どうやら彼女………ペネロはイチカの知り合いなのか、イチカを抱きしめ、喜ぶの顔を見せる。


 「ごめんなさい。屋敷のお仕事が忙しくて」


 イチカも彼女と親しいのか、嬉しそうに抱きしめ返す。


 「そうかい…………嫌になったら、いつでも帰ってきな」

 「ありがとうございます。でも、私…屋敷のお仕事、結構気に入ってるの」

 「そりゃあ、良かった」


 ペネロは暫くしてイチカを離す。

 そして俺の方を見る。


 「んん?お客さん?」

 「そうなの、ペネロさん!お兄さん、今傷心で。それで癒やしてあげようかと」

 「ああ!そうなの。なら、こちらにいらっしゃい。イチカの紹介ならサービスして上げるわ」

 「だから俺は!!」


 その時だった。

 俺が知っている人の声が聞こえる。


 「ミナト?何してんの、こんな所で?」


 俺は一瞬、固まる。

 だが、すぐに振り向くと、


 「な?!ミーナ!」


 それは王国魔法団の制服を着た紫のツインテールの人物。

 ミーナがそこにいた。


 「何しているの、貴方?ここ娼館よ」


 俺と如何にも娼婦っぽい見た目のペネロとの間に、ミーナの視線が行き交い、


 「……………まさか」


 ミーナは目を細め、俺の事をジトっと睨む。

 あきれを全開に含んだ顔だ。


 何か凄い勘違いされていそうなので、全力で否定する。


 「ちょ、ちょ、ちょっと待て!!違うから!!信じてくれ!!」

 「はぁ……分かったわ。貴方も男なのね」


 絶対に信じていないな。


 そもそもイチカには悪いが、娼館という言葉自体、苦手なんだ。

 大嫌いな親父が入り浸ってたから。


 と思っていたら、ペネロが手揉みでミーナに近づき、如何にも愛想笑いを浮かべる。


 「これはこれは、副団長様。いつもご贔屓に」


 それはミーナがよくここを訪れているような言い方だった。

 あれ?何でミーナはここにいるんだろう。


 「どうも…………………”団長”はいますか?」

 「はい、団長様ですね。ぐっすりお休みになっておりますよ」


 それを聞いて、ミーナはため息を吐き、


 「では、私が連れ戻します」


 そう言って、ミーナは娼館に入っていった。


 はて…団長?


 団長というのは…………もしや王国魔法団の団長の事か?

 そう言えば、ミーナは王国第七魔法団の副団長と聞いているが、団長は見たことが無い。


 それがまさか………娼館に?


 いや、まさかな。

 王国魔法団の団長が娼館にいるはず無い。




 そのような俺の考えは数分後に却下される。


 ミーナが一人の男を抱えて出てきたのだ。


 ボサボサの赤い髪に、不健康そうな肌。

 歳は二十代前半ぐらいか。


 その男はミーナと同じく、王国魔法団の制服を着用していたが、とても着崩れしている。


 はっきり言って、だらしない。


 眠そうな目やミーナに支えて貰わないと覚束ない足取り、そして娼館から出てきたことを伺うと、男がここで何をしていたかは想像に難しくない。


 「なんだ、ミーナ。俺はまだお楽しみの最中だったんだぞ」

 「申し訳ありません、団長。今日はワイバーン襲来の原因を探るため、ピレルア山脈の調査の段取りを決める予定ですので」

 「あ~めんどくさ。俺抜きで良いだろ」


 ミーナの言葉から、残念ながら…これが王国第七魔法団の団長らしい。


 俺は絶句した。


 おいおい!嘘だろ!

 ピレルア山脈の調査の段取りを決めるって、こんなのが指揮をするのかよ。


 先が思いやられるどころの話じゃ無いぞ!


 そう考えていたら、その男はとんでもないことを言い出す。


 「つーか、段取りなんて適当で良いだろ、適当で。どーせ…碌な調査なんて、しねぇんだから」


 それは俺にとって、聞き捨てならないセリフだった。




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