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隣国




 マリ姉の名前を大音量で叫んだ俺は、一旦頭を落ち着けるべく何度も深く息を吸い、吐く。


 それでも頭に渦巻くマリ姉が裏切り者であったという事実は消えない。


 「お兄さん、大丈夫?!何か、大声上げたけど」


 イチカが部屋の扉を開けて、慌てて入ってくる。


 凪ノ型を使っていた際に、扉の外に誰かいる気配を感じたが、あれはイチカだったか。

 何故扉の外にいたのか知らないが、俺の叫び声を聞きつけて、駆けつけてきたらしい。


 部屋に入ったイチカは心配する顔で俺を眺める。


 「………」


 対する俺はだんまりである。

 胸に穴が空いた気分だ。


 俺は持っていた〈氷刀〉と、マリ姉の小さいナイフでの投擲を防ぐために投げた一本目の〈氷刀〉を消して、近くにあった椅子に座り込む。


 戦闘が終わって、今更ながらマリ姉が裏切り者である事実が現実味を帯びてきた。


 怒る以前に、悲しくて何も言葉が発せない。


 「お兄さん………」


 そんな俺に、イチカは隣に座り込む。

 そして俺の手を握ってきた。


 どうしてだか、幾分気分が良くなった。




 それからは何とか頭を整理すべく、フルオルに全てを話した。


 「な、何ですと?!マリが裏切り者で、ずっとミナト殿に魔阻薬を飲ませていた?!それでミナト殿は五年前まで、まともに魔法を禄に使った訳ですか。…………………か、重ねて聞きますが、それは事実で?」

 「………はい、残念ながら。俺も出来れば嘘であって欲しいです」


 現在はもう夜であるにも関わらず、俺が今すぐ話したいことがあると言った際、フルオルは急いで場を設けてくれた。

 話の内容から、またあの応接室を使わせて貰った。


 マリ姉が俺の好物であるアオナジュースに魔阻薬を混ぜていた事、それから戦闘に発展し、マリ姉を逃がした事、マリ姉が消える前に言っていた事を伝えた。


 「…………なんと言うことでしょうか」

 「あ、あのマリさんが………そんな」


 当然、フルオルは絶句し、俺の隣にいるイチカも驚きを隠し得ない表情だった。


 イチカがこの場にいるのは、彼女が勝手に付いてきたこともあるが、この子が隣にいると、どうしてか安心するのだ。

 恐らく俺一人でフルオルにマリ姉のことを話すと、また怒りや悲しみが襲ってくるだろう。


 だから隣にいて貰った。


 「マリは屋敷から逃亡したとは言え…今、この街は夜のため封鎖されています。まだアグアに潜んでいるでしょう。しかし、明日の朝には開きます。だとするならが、今日中に門の守衛には、マリと思われる人物が通ろうとした場合、その場で拘束するよう通達を出した方が良いですね」

 「いえ、それは意味が無いでしょう。彼女には一瞬で場所を移動する魔法がありますから」

 「一瞬で…………場所を移動?」


 フルオルはキョトンとする。


 さっきはマリ姉との戦闘に関して、余り詳しく説明しなかった。

 俺は改めて、戦闘に関してマリ姉が場所を瞬時に移動できる魔法を使っていた事やそれによって、かなり激しい戦闘があった事も言う。


 「そのような魔法、私は聞いたことがありません。私の知らない派生魔法?…………いや、特異魔法でしょうか。それにしても、そんな戦闘が部屋で繰り広げられていたとは」


 フルオルが驚くのも無理は無い。


 俺としては、マリ姉との戦闘は体感数時間だったが、実際は十分も経っていなかった。

 戦闘自体も何かを派手に破壊するような大規模なものでは無かった。


 今思い返してみれば、マリ姉の動きには一切物音が無かった。


 懐からナイフを隠し持っていた事を考えると、マリ姉は…まるで、


 「マリはアクアライド家……引いてはミナト殿の力を削ぎ落とすために送り込まれたスパイ、もしくは暗殺者であった。そう考えるのが適切ですね」


 あー……やっぱり、そう言うことか。

 よく考えてみれば、可笑しな話だ。


 準男爵は男爵の一つ下の位ではあるものの、領地は持たず、従者の上位的な立ち位置だ。


 伯爵や侯爵、公爵などの上級貴族ならまだしも、何で準男爵であるタイゾン家が、男爵であるアクアライド家に仕えていたのか。


 全てはアクアライド家の没落のためか。


 「一番気になるのが、マリが最後に言った言葉ですね。数年後にエスパル王国が無くなる。一体どのような意味なのか」

 「こればかりは流石に、マリ姉の冗談と考えるのは…………希望的観測ですかね」


 何せ国が無くなるなんて、一大事どころでは無い。


 だが、現実的に考えるとするなら。


 「隣国に戦争を仕掛けられて、国が滅ぶ…………………という事でしょうか?」

 「ふむ…………」


 顎に手を当て、フルオルは深く考え込む。


 俺は慌てて、訂正する。


 「た、ただの冗談です!気にしないで下さい」

 「いえ、有り得ない話では無いですね」

 「え?」


 なんと俺の訂正を、フルオルは訂正した。


 フルオルは立ち上がり、応接室の端にある机の引き出しを開いて、大きな紙を取り出す。

 それを俺の前にある大きなテーブルの上に置く。


 紙には、絵が描いてあり、絵の中央にはエスパル王国と書いてあった。

 これはエスパル王国と、その周辺の国を現した地図である。


 俺とイチカは二人そろって、地図を覗き込む。


 フルオルはエスパル王国が描かれた場所に指を置く。


 「これがエスパル王国です。そして……………」


 続けて、エスパル王国の北東に隣接している国を指さし、その後にエスパル王国の西に隣接している国を指さす。


 「北東に存在するフリランス皇国、西に存在するポール公国……この二国がエスパル王国に隣接している国であり、エスパル王国にとっての仮想敵国です」


 俺も一応は貴族の嫡男であった身だ

 自国の隣国がどのようなものであるかぐらいは知っている。


 まず西にあるポール公国。

 エスパル王国の三分の一程度の面積を持つ国。


 元々この国は百年程前まで、エスパル王国の一部であった。

 しかし、千年前から国力が下がる一方であるエスパル王国を見て、好機を捕らえたのか、離脱をして独立を果たした。


 ポール公国の国力自体は、流石にエスパル王国よりも劣るが、エスパル王国には無い独自の魔法体系があると教わったことがある。


 レイン様がここに行けと言われた蒼月湖は、エスパル王国とポール公国の国境の南端にある水魔の森の中心にある。


 蒼月湖を寄った後は、ポール公国にでも行って、俺の全く知らない魔法を見てみたいと思っていた。


 「ポール公国は独立してから、一度もエスパル王国に戦争を仕掛けたことはありません。エスパル王国とも良好に交易はされています。今は余り考えなくても良いでしょう。しかし…………」


 フルオルはエスパル王国の北東にある、エスパル王国と同等の面積を持つ国を示す。


 「やはり問題はヨーロアル諸国の強国三大国……フリランス皇国でしょうね」


 この世界には、「ユーラル大陸」と呼ばれる一つの巨大な大陸に存在している。


 その大陸の西方に広がる諸国群…エスパル王国やポール公国、フリランス皇国などが集まって出来た国々を「ヨーロアル諸国」と言う。


 そんなヨーロアル諸国の中でも、「強国三大国」と呼ばれる……特に国力や武力、技術において秀でている三つの国がある。


 その強国三大国の一つであるフリランス皇国について、俺が知っている事と言えば、真っ先に上がるのは魔法だ。


 小さい頃から、良く耳にしている。

 魔法でフリランス皇国には、勝てないと。


 魔法という面では、ヨーロアル諸国随一。


 「実は数年前から国境での対立が激しくなっているのです。ちょっとした侵攻もいくつか起こっていまして。国境にあるスラルバ要塞では、緊張が高まっています」


 地図を見ると、エスパル王国とポール公国はフリランス皇国の南西にくっ付いているみたいに見え、エスパル王国はフリランス皇国とポール公国との国境以外、海に面している。


 実際、エスパル王国はフリランス皇国の西端にある、イベリ半島と呼ばれる大きな半島に建てられた国である。


 そのフリランス皇国との唯一の国境に作られているのが、スラルバ要塞だ。


 「もし、これが仮に戦争の前触れだとするなら、マリの発言も合点がいきます」

 「なるほど」


 フルオルは険しい顔をする。


 「フリランス皇国の一番の武力は魔法。皇国の魔法団は全員無詠唱使いと聞きます」

 「全員無詠唱使い?!」


 驚き、声を上げてしまった。


 エスパル王国で無詠唱は稀有な技術という認識である。

 俺が知っている無詠唱使いはクラルに、その主であるミルぐらいだ。


 「驚くのも当然です。ミナト殿は昨日、王国魔法団の一部隊である王国第七魔法団を拝見したと思いますが、彼らとて無詠唱は出来ないでしょう」


 確かに、昨日見た王国第七魔法団の副団長であるミーナは、一級火魔法〈炎災〉を放つ前はしっかり詠唱していた。


 「王国内で無詠唱を使えるものなど、極一握りです。それがフリランス皇国の魔法団において、皆が詠唱をしない。はっきり言って脅威です。それに加え、抱える魔法使い自体も豊富で、様々な派生魔法使いや特異魔法使いがおります。フリランス皇国ががエスパル王国に攻めてきたら、一溜りもありません」


 部屋の中に沈黙が走る。


 「フリランス皇国は本当に戦争を仕掛けてきますかね?」

 「分かりません。ただ今のフリランス皇帝は苛烈な性格と聞きます。エスパル王国に侵略をかける可能性は十分にあるかと。それに今のフリランス皇国には、”炎神”という規格外の魔法使いがいますから」

 「炎神?」


 初めて聞く単語だ。


 「数年前から度々耳にする火魔法使いの異名です。何でも魔法一撃で街を壊滅し、魔物の大群を焼き殺し、山を灰にしたとか。どこまで本当か知りません」


 それが全て本当なら、とんでもない魔法使いだぞ。









 一方、その頃。

 アグアの街の中央から離れた建物街…その裏路地にて。


 「はぁ…はぁ…はぁ…」


 荒い息づかいをする一人の使用人がいた。


 左足を抑えている。

 ミナトにそこを〈氷刀〉で打たれたからだろう。


 彼女は懐から手のひらサイズの箱を取り出す。


 それは見る人が見れば、マカの襲撃の際に音魔法使いのシュルツが使っていた通信機と同じものであると気づくだろう。


 彼女は通信機のボタンを押し、耳に当てる。

 暫くして、通信機から声が聞こえる。


 『こちら、ブラウド。どうした、"マリアーナ"?』


 その声は聞く人が聞けば、ヴィルパーレ辺境伯の倉庫に人知れず侵入し、氷漬けにされたラリアーラとシュルツと共に消えた男の声だと気づくだろう。


 「”ブラウド兄様”…………以前に報告したアクアライド家の嫡男の事ですが、魔阻薬に感づきました」

 『何?!それでどうした?』

 「死なない程度に半殺しにしようと思ったのですが、見事に返り討ちに逢い、逃げてきたところです」

 『何だと!!」


 通信機の向こうにいるブラウドは、驚きを隠しきれない様子だった。


 『”転移”を使えば、近接戦で私の上を行くお前がか?』

 「ええ、ミナト様………物凄く強くなってました」


 通信機越しのブラウドは気づかなかったが、この時のマリは少しばかり嬉しそうな顔をしていた。


 『数日前に突如、アクアライド家の嫡男が帰ってきて、昨日はワイバーンを単身撃破したと報告されたが、お前が負けるほどの強さだとは』


 けれど、そこで何かを思い出したように言う。


 『ミスティルの殺害のためにマカを襲った事があったが、その時に黒亀王を仕留めた水魔法使いがいた』

 「黒亀王!!…………黒亀王って、あのデッカイ亀の?」

 『そうだ。詳しく調べれば、ソイツの名前がミナトだというのが少し前に分かった。恐らく同一人物だろう』

 「ミナト様が!我が国の魔法使いで黒亀王を倒せそうなのって、”天風”とか”雷轟雷霆”とか………………炎神とか、ですかね」




 それからマリとブラウドは通信機で、いくつかの会話のやり取りした後、


 『マリアーナ、これはいずれ伝えようと思っていた”皇帝閣下”からの指令なのだが』

 「指令ですか?」

 『ああ、指令の内容は………………』


 そこでブラウドから指令の内容を聞かされたマリは愕然とする。


 「な、何故ですか?!あのような女好きのろくでなし放っておけば良いではないですか?!」


 マリは声を荒げて、反対の意を示す。


 『私もそう言ったのだが、出来る限り不確定要素を排除したいらしい』

 「私は左足が使えません」

 『ならば、アグアに潜伏している暗殺者たちを使え。元々、奴らはそのために潜伏しているからな。お前の転移を使えば、簡単に暗殺者たちを獄中場に忍び込ませられるだろう』

 「………………………………分かりました」


 そこで通信は終わった。


 マリは通信機を固く握りしめて、空を仰ぐ。


 「ごめんなさい、ミナト様」


 マリに下された指令、それは………………ペドロ・アクアライドの殺害だった。




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