裏切者
「ミナト殿、街の東側に現れたワイバーンを討伐したと聞きました。この街の領主として、御礼を言わさせて貰います」
屋敷へと戻った俺はフルオル男爵に早速ワイバーンの討伐のお礼を言われる。
「ああ、別にいいですよ。ちょっとしたストレス解消に、ちょうど良かったですから」
「ストレス解消?」
「こっちの話です。気にしないでください。獄中場にいた父との会話で少しイライラしただけです」
父との面会の許可書をくれたフルオルには申し訳ないが、父の対面は最悪だった。
あ!そうだ、獄中場と言えば。
「すみません、面会の許可書を貰ったばかりの身なのですが、フルオル男爵に用意して欲しいものがあります。獄中場から」
「用意して欲しいもの?しかも獄中場。それは一体」
獄中場と聞いて、フルオルは訝し気な表情になる。
物が物だけに流石に、この街の領主であるフルオル以外には用意できないものだ。
俺が持ってくるものが何かを言うと、フルオルはギョッとした顔になる。
それでも何とか用意すると言ってくれた。
その日の夜は屋敷にある食事場で夕食を取った。
ただ同じ食事場にいるナットは終始、俺を睨んでいた。
父親であるフルオルが窘めても、止めることは無かった。
弟であるドットは俺と目を合わせることもしない。
目を合わせようとすると、逸らされるのだ。
就寝はフルオルが客室を使わせてくれた。
ちなみに元々俺の自室であった部屋は、今ではナットの自室になっていた。
解せん。
「ミナト様はどのようにして、そこまで強くなったのですか?この五年間、一体何があったのですか?」
寝る前にマリ姉は俺が如何にして、ワイバーンを単独で倒せるまでに強くなったのか質問攻めをしてきた。
これは当然か。マリ姉は俺にとって、唯一信頼のおける家族のような存在。
俺をいつも励ましてくれる半面、俺が四級水魔法〈ウォーター〉すら、まともに扱えなかった身であることは誰よりも知っている。
マリ姉は俺の元専属使用人であったという事で、俺がこの街にいる時だけは特別に俺の使用人として扱って良いそうだ。
「いろいろあったんだ、いろいろ」
「いろいろって………………」
マリ姉の質問に全てお茶を濁した。
本当はマリ姉の質問に全部答えたいんだけど。
……………マリ姉には、確認したいことが一つだけある。
それが確認するまでは、「水之世」の事やレイン様の事などを話すことが出来ない。
確認し終えたら、マリ姉に五年間の事を話そう。
「ねぇ…マリ姉。…………………久々にアオナジュース飲みたいな」
「………………アオナジュースですか?」
「うん、明日でいいから飲みたいな。マリ姉のアオナジュース大好きだし」
マリ姉は一瞬意表を突かれた反応を出すが、すぐに笑顔になる。
「分かりました!ミナト様のために私がお作りします」
だから杞憂であってくれ。
心の底から。
一途の不安を抱えながら、迎えた次の日。
早朝から屋敷の門が騒がしかった。
「聞こえなかったのですか?ミナトを連れてきてください」
「ルイス副団長、彼はリョナ家の客人です。おいそれとお出しするわけには」
フルオルと王国第七魔法団、その代表であるミーナが俺の事について言い合いをしていた。
その様子を俺は少し離れたところから見ていた。
「何かあったのか?」
「幾分か前に王国第七魔法団の方達が来れれまして、どうやらミナト様を連れてくるように要求しているみたいなんです。フルオル様はそれに拒否の意を示しているみたいですが」
いつの間にか隣に来ていたマリ姉が説明する。
「俺を?なんで?」
「さあ…分かりません………………って、ミナト様?!」
マリ姉の制止を無視して、俺はミーナとフルオルがいる方へ向かう。
ミーナもフルオルも俺の事に気づく。
「ミナト殿!今は少々、立て込んで…………」
「ミナト、丁度よかったわ」
フルオルの言葉を遮って、ミーナが俺の前に出る。
「貴方には頼みたいことがあるわ」
「頼みたいこと?」
「ここで話すのは難だから、昨日の応接室話しましょう。フルオル男爵、それでいいですよね?」
「え……ええ、ミナト殿が良いなら」
ミーナの確認に、フルオルは俺を見ながら了承する。
言葉自体は丁寧だが、俺の目からはミーナの言葉に強制が含まれているように見えた。
まるでミーナがリョナ家を軽視ているように感じたのは、俺の気のせいだろうか。
こうして王国第七魔法団の副団長であるミーナと俺、フルオルが昨日も使った応接室で話し合うことになった。
昨日と同じように応接室のソファに座った俺は向かいで座るミーナを見据える。
「それで手伝ってほしい事って、なんだ?」
「単刀直入に言うわ。私達、王国第七魔法団が王都から受け持ってる第二の任務。貴方にはそれを手伝ってほしいの」
ふむ…手伝いか。
考え込む俺に、ミーナは話を続ける。
「王国第七魔法団には第一の任務として、アグアの街の防衛があったわ。昨日のワイバーン討伐がその一環。けれど、それとは違って王国第七魔法団には第二の任務が与えられているの。それはピレルア山脈の調査。もっと具体的に言えば、ワイバーンがここ最近、アグアの街方面に出没する原因の究明、そして原因の排除が目的」
なるほど。
昨日、ワイバーンが多く生息するピレルア山脈から半年前より頻繁にワイバーンが出現する事はフルオルから聞いた。
それによって派遣された王国第七魔法団、及び街の冒険者達と騎士団が協力してワイバーンを討伐しているとも。
だが、それは結局のところ対症療法にしならない。
このままワイバーンを討伐し続けたら、ワイバーンの襲撃がいずれ止む保証はどこにも無い。
だからこその原因療法だろう。
「協力してもらえないかしら。貴方も貴族なんだし、貴族としての責務は果たすべきじゃないかしら」
「お待ちください!ミナト殿は現在、貴族ではありません。それ故にミナト様が貴族としての責務を果たす事はもう必要ありません。それでしたら、アグアを収めているリョナ家が責務を果たすべきです」
慌ててフルオルがリョナ家が代わりに出ると言い出す。
しかし、
「いいえ、結構。足手まといですから」
「なっ?!」
気持ちいいぐらいのミーナの物言いに、フルオルは絶句する。
随分と辛辣だな。
だが、ミーナの言いたい事は分からなくもない。
俺が昨日、倒した自称水剣技流の剣士達は使い物にならないだろうし、フルオルも佇まいから結構出来る方だと思うだ、ワイバーン相手だと荷が重そうだ。
それでも辛辣過ぎないか。
俺が言うのもなんだが、言葉を選んだ方がいい。
まぁ…俺としては余り良い思い出あるわけではないが、なんやかんやでアグアの街は生まれ故郷。
アグアの街のために何かをするのは構わない。
「分かった。協力しよう」
「感謝するわ。ピレルア山脈の調査は数日後に決行する予定よ。前日辺りにリョナ家に連絡するわ。話は以上」
そう言うや否や、ミーナはソファから立ち上がり、応接室から出て行った。
出された飲み物にも手を付けず。
何とも呆気ない。
残された俺とフルオルは顔を見合わせる。
「何か……その………ミーナも言い方が酷いですね。あれだとリョナ家を過小評価してると言ってるようなものですよ」
「いえ、無理もありません。実際、私達リョナ家は目立った功績も上げられませんでした。その上、貴族としての義務も為せない。下に見られるのも当然の話です」
フルオルはそのように言っているが、傍目から見てもミーナから足手まといと言われて、落ち込んだ様子である。
フルオルは悪い人ではない。
それは昨日、初めて会ったばかりでも分かった。
マカの街の領主であるヴィルパーレのように貴族としての自覚と責任を持っている。
落第貴族と言われた俺相手にも丁寧に接してくれている。
そんな彼が落ち込む姿を見ると、心苦しくなる。
彼のためにも、自称水剣技流の剣士達を鍛えるという依頼、少しぐらい受けても良いかもしれない。
「あ、そうでした。ミナト殿に頼まれていた例の物を用意できました」
「え?本当ですか?」
「はい。少量ですが、獄中場から分けてもらえました」
よし、これで確認することが出来る。
マリ姉が………………黒か、白か。
その日の夕方、俺の手には鮮やかな紫で彩られた飲み物があった。
「どうぞ、ミナト様。お召し上がりください」
俺が五年前まで好んで飲んでいたアオナジュースだ。
アオナというのは、アグアのある地方でよく採れる果実だ。
拳よりも大きく、ヤシの実のように少し細長く丸い実が特徴。
果実自体は街の屋台でも売られており、それ単体でも十分甘くて美味しい。
その中身の果肉の部分を取り出して、磨り潰して、液体状にいたのがアオナジュースである。
俺はこれが大好き。
頻繁に飲んでいた。
液体状にした事でより爽やかになった甘みを帯びているのもそうだが、なによりマリ姉がいつも作ってくれるからこそ大好きなのだ。
「………」
俺はアオナジュースを片手に何度か深呼吸した後、ゆっくりと紫の液体を口に運ぶ。
そして口の中に通す。
途端に昔の記憶を呼び起こすように、ほどよい爽やかさと甘みが口内に漂い、幸せな気分になる。
ああ、これこれ。
これだ…………………………………ガタ。
俺は徐にアオナジュースの入ったコップをテーブルに置き、魔法を発動する。
「〈水蒸気探知・解析〉」
それは水蒸気による索敵を目的にした〈水蒸気探知〉の範囲を狭め、放出する水蒸気を集約させることによって、その空間の解析を行う魔法だ。
以前はヴィルパーレの屋敷の倉庫内、音魔法使いのシュルツと氷漬けにされた樹魔法使いのラリアーラごと謎の男が消えたと言われた場所の解析に使った。
今回の解析の対象はアオナジュースだ。
何故それをするかと言うと、
「………………何でだよ!!」
俺は悪態をつく。
俺の頭には、目の前のアオナジュースに関する情報が入ってくる。
間違いない。この反応、フルオルが獄中場から手配してくれた”あれ”と同じ反応。
それは一番入ってほしくない情報だった。
頭に〈水蒸気探知・解析〉の結果だけでなく、激情も集まり始める。
無意識に拳が震える。
「ど、どうしました?!ミナト様?!」
俺の様子を不振がったマリ姉が近づく。
そんなマリ姉を俺は目一杯、睨みつけた。
次の瞬間、俺はテーブルにあったアオナジュースを地面に叩きつけ、大声で叫ぶ。
「何で!!…………何で!何で!何で!マリ姉は俺に”魔阻薬”なんて飲ますんだよ!!!」
「………………………………あ」
マリ姉は全ての事がバレてしまったように、悟った表情になる。
そう、これが俺が懸念していた事で、俺が心から杞憂であって欲しかった事だ。
五年前まで、俺に定期的に”魔阻薬を飲ませ続けていたのは他でも無い………………………………マリ姉だったのだ。
「この裏切者!!!」
それは家族同然の人に言うはずの無い言葉。
本当に敵は身近にいた。