炎災
一級火魔法〈フレイムバースト〉を、一級火魔法〈炎災〉に変更しました。
意味的にこっちの方がしっくりしました。
これは俺が盗賊退治でアルアダ山地に行き、無事に目的を達成し、マカの街へ帰る時の馬車内の会話だ。
「なぁ…クラルは一級風魔法の〈トルネード〉とか使う事、出来るのか?」
「いきなりどうした」
「ちょっと気になって。それで出来るのか?」
「出来ん」
クラルは悔しげもなく真顔で言った。
「そういうミナトは出来るのか」
「いいや。そもそも一級水魔法の詠唱自体知らないからな。俺の魔法なんて、四級水魔法の〈ウォーター〉以外、オリジナル魔法だしな」
「水魔法使いの家系のくせに一級水魔法の詠唱を知らないのも驚きだが、ミナトの魔法のほぼ全てがオリジナル魔法の方がもっと驚きだ」
クラルは呆れた感じだった。
「しょがねぇだろ。五年前まで四級水魔法がまともに発動出来ない俺が一級水魔法の詠唱を覚えても意味ないし。クラルは覚えてるのか?あの一級魔法の長ったらしい詠唱」
「覚えている。一応、私は風魔法使いの家系だからな。まぁ…私には一級魔法を使える才能は無かったが」
クラルはそこで何かを思い出したような様子を見せる。
「そう言えば、私との試合で〈旋風〉を切り裂いた、あの"蒼い剣"は違うのか?」
蒼い剣というのは、〈蒼之剣〉の事だろう。
如何なる魔法も斬り伏せる切り札。
絶大な威力の反面、射程が短く、魔力を根こそぎ持っていく。
「あ〜〜〈蒼之剣〉か。あれは一級魔法じゃなくて、何て言えば良いのかな。"俺の願い"が形になった魔法……………らしい」
「願いが形になった………何だそれは。しかも、らしい……て」
「詳しい事は俺にも分からん」
クラルは訝しげな表情を作るが、俺も〈蒼之剣〉を習得したのは「水之世」を出る少し前だ。
俺も意図して習得しようとした訳では無く、あれは多分偶然の産物で会得できたものだ。
でも、初めて〈蒼之剣〉を習得した時にウィルター様とシズカ様だけでなく、レイン様も驚いていたのが印象的だった。
あの人って、普段は仏頂面だから。
レイン様にとっても、〈蒼之剣〉という魔法は珍しいのか。
ウィルター様は〈蒼之剣〉の事をこう言った。
これは俺の願いが形になった魔法の剣であると。
結局、ウィルター様はそれ以上詳しいことは教えてくれなかった。
「俺もいつかは一級水魔法を使えるようになりたいな」
「簡単に言うな」
「一級水魔法と言えば、〈タイダルウェーブ〉ですね」
クラルの隣にいたミルも話に加わる。
ミルが言った一級水魔法〈タイダルウェーブ〉………俺は見たことが無いが、一つの街を飲み込むほどの大洪水を引き起こす魔法と聞いたことがある。
これに加え、巨大な竜巻を発生させる一級風魔法〈トルネード〉に、地震と地割れを伴う一級土魔法〈アースクェイク〉、そして灼熱の火を広範囲に行き渡らせる〈フラッシュオーバー〉。
この四つの一級魔法を俗に言う、四大災害魔法と言う。
単純に一級魔法の中でも、使用されている数が最も多いからだ。
「それにしても意外だな。クラルって、無詠唱も出来て、オリジナル魔法も持っているから、てっきり一級魔法ぐらい出来るのかと思ってた」
「悪かったな。だが、あれは身体にある全ての魔力を一つの魔法に収束させ、一度に放出する必要がある。私には、その技術は無い」
「私も無詠唱を使うことは出来ますが、一級魔法は扱えませんね。クラルの言うとおり、一級魔法は無詠唱とはまた違った魔法の技術が必要です」
なるほど。
簡単に言えば、一級魔法には瞬間出力の技量が求められるという事か。
ここで一級魔法で思い出したことがある。
「一級魔法と言えば、ミーナのお父さんが使ったのを一度見たことがあるな。でも、あれは一級火魔法〈フラッシュオーバー〉じゃなくて、え~と……………」
「一級火魔法〈炎災〉だ。ルイス子爵に代々伝わる一級火魔法」
クラルは魔法名を答えながらも、渋い顔を取る。
そう…クラルが言った通り、俺が一度だけ見たことがある一級火魔法〈炎災〉はルイス子爵家に代々伝承されている一級魔法だ。
幼い頃、ミーナが俺にルイス家の家計の者しか何故か〈炎災〉は使用することが出来ないと言っていた。
「ミーナ…………ホルディグ・ルイス子爵の令嬢ですか。クラルの御友人の」
「…………はい」
やはりクラル自身はミーナの話に浮かない様子である。
主にミーナの名前を聞いた辺りから。
五年前まではクラルは、ミーナとは仲良さげな感じだったが、今はそうでも無いのか?
「クラルは最近、ミーナと会ってないのか?」
「最近というか、ミル様の護衛になってから二年間、一回も会っていない。その前の三年間も、まともに顔を会わせていないな」
なら、五年間殆ど会っていない事になる。
「喧嘩でもしたのか?」
「そう言うわけでは………………ミーナもミーナで会えない事情があった」
それは余り深く触れて欲しく無さそうな言い方だった。
俺は詳しく聞くのを止めた。
会話はそこで終わった。
「凄い威力だな」
一級火魔法〈炎災〉が放たれた場所は灰しか残ってなかった。
一級魔法が決戦魔法と言われる理由がよく分かる。
ミーナがいる方を見ると、彼女は顔色を悪くしながら、他の王国第七魔法団の人達に体を支えられている。
あれだけの威力だ。
恐らく相当な魔力を消費したのだろう。
俺は自称水剣技流の剣士達の元へ戻る。
「どうだ!今のが水剣技流だ!」
「「「………」」」
またしてもドヤ顔になった俺に、自称水剣技流の剣士達はだんまりになる。
心ここに非ずな顔だ。
人が折角、見本を見せてやったのに拍手の一つも無いとは、困った奴らだな。
俺はコイツらを放っておいて、屋敷に戻ることにした。
戻る途中で、
「あ!お兄さん!」
門のそばにいたイチカがいた。
「ワイバーンを一人で!凄すぎる!!」
「くっくっく、なぁに…ワイバーンなんて余裕だ」
可愛らしい笑顔を向けてくるので、有頂点に笑う。
しかし、イチカは少し目を細めて、俺を睨む。
「むぅ…でも、お兄さん…話の途中で抜け出して」
「悪ぃ悪ぃ。それで俺に何か話そうとしてたけど、何なんだ?確か、イチカのお父さんがどうのって」
「…………………ううん、何でも無い。そこまで大した事じゃない」
「そっか」
俺はイチカを連れて、屋敷へと帰った。
「ルイス副団長、彼は一体何者ですか?」
私の肩を支えている部下が私に尋ねる。
彼というのはミナトのことだろう。
先程、見たことも無い魔法を使い、空を駆け上がったと思ったら、ワイバーンの首を切り落とすという誰も聞いたことが無い方法で仕留めたのだ。
〈炎災〉の詠唱を唱えながら私も王国第七魔法団の皆んなも、その光景を目にしていた。
その部下だけで無く、全員も同じ質問をしたいはずだ。
しかし、その質問は私が一番聞きたい。
「彼は…………ミナト・アクアライド。フルオル男爵が領主として就任する前のアグアの街を治めていたペドロ・アクアライドの嫡男です」
「え?アクアライドって、あの………」
部下が口ごもる。言わんとすることは分かる。
アクアライドは有名だ。
とても悪い意味で。
皆んな、アクアライドがあの落第貴族である事は知っているだろう。
そんな落第貴族がワイバーンを単独撃破したなど、実際の目で見なければ誰が信じようか。
私の記憶の中にある五年前までのミナトはただの”雑魚”だ。
実力も何も無い弱い奴。
だからこそ、五年前までの私はミナトの事を自分を立たせる存在程度しか認識していなかった。
ミナトはよくアクアライド家という理由から、やっかみを受ける。
そんなミナトを助けることで自分は優しくて、強い人なのだと悦に浸っていた。
私は陰でミナトを嘲笑っていたのだ。
それがどうだ、今のミナトは。
少し見ただけで理解した。
今のミナトは五年前とは別人で強い。
…………………もしかして私よりも?
そう思うと、謎の苛立ちが襲ってきた。
”雑魚の”ミナトのくせに。
無意識にそう思ってしまった。
私は大きく深呼吸をして、苛立ちを振り払う。
ミナトの事は後でフルオル男爵から詳しく聞こう。
それに…もしかしたら、今後の私達の作戦に利用できるかもしれない。
ズキ……。
そう考えた私の頭に激しく痛みが走る。
体内の魔力が不足した時に良く起こる頭痛だ。
今日は早朝にワイバーンの討伐に〈炎災〉を使い、さっきも使った。
一日に二度、一級魔法を使用したので、魔力が殆どない。
………………ん?
そう言えば、部下からの報告で私達…王国第七魔法団が討伐したのとは違うワイバーンが謎の人物一人に討伐されたという事を聞いたような。
ワイバーン単独で討伐など、冗談だと思って聞き流していたけれど…………もしかして。
振り払ったつもりだったが、私の脳内には雑魚だと思っていたミナトの事が残っていた。