一級魔法
ワイバーンが街の東側に現れたという事で、俺は走って東の門に到着する。
「おお…いるいる」
門の向こう側……たった百メートル先で二匹のワイバーンが飛翔していた。
街のすぐ近くだ。
二匹共々番のように寄り添って飛んでおり、地上にいる冒険者や騎士団に向かって、ワイバーン十八番の炎のブレスを吐いていた。
ブレスに対して冒険者は避け、騎士団は盾を使って対応していた。
そして隙を見て、翼に向かって魔法や矢を放っていた。
この後は翼にダメージを受けたワイバーンが地上に降りてくるので、そこで仕留める。
これがワイバーン討伐のセオリー。
ただ今回は二匹同時にいるため、皆んな二匹のブレスに対応するだけで精一杯のように見える。
俺がワイバーンに駆け寄ろうとすると、
「おい!お前…アクアライド家の奴だろ?あの落第貴族の?」
「………ん?」
肩に手をかけられたので、振り向くとガタイが良い茶髪の剣士がいた。
コイツは確か自称水剣技流のナットと呼ばれてた奴か。
それにしても、今コイツが言ったセリフと全く同じ事を言われたことがある。
何処だったか。
「………あ!」
そこで思い出す。
「お前、「水之世」で俺に絡んできた奴だな!」
コイツを見たときに既視感を持った訳が分かった。
それは五年前、俺が「水之世」の墓地に落ちて、レイン様に出会う前。
魔法の才能を持つ貴族の子息子女達や騎士候補の子供達が、訓練のために「水之世」内を進んでいる途中で、いきなり体格の良い茶髪の水剣技流の剣士に話しかけられ、先程の言葉を言われたのだ。
その時は、着ている服に水の波紋、そして剣の鞘や柄に青い線が引いてあった事から水剣技流の剣士であるのは知っていたが、そうか…コイツはリョナ家の剣士だったんだ。
あの時は、自分よりもずっと大きい人間に話しかけられて、怖いと思った。
今もコイツの方が大きいが、微塵も怖くはない。
ただの雑魚だ。
「親父から聞いたぞ!お前、くたばったはずのアクアライド家の能無しなんだってな!!お前のような能無しは今すぐ出て行け!!」
ナットは凄みを効かせた顔で言い放つ。
はは…終わりの言葉と同じ事を、五年前にも聞かされたな。
思わず小さく笑ってしまった。
それにナットはさらに顔を真っ赤にさせた。
もう一方の手も肩に置き、俺の両肩を思いっきり掴む。
「親父がお前に俺達の指南を頼み込んだそうだが、誰がお前なんかに!」
「え………ああ!親父って、フルオル男爵の事か」
フルオルが俺に指南を依頼した理由には、息子の低実力も関係しているのだろう。
"出来の悪い息子"を持って、父親もさぞ大変だろう。
そんなナットの後ろには、シズカ様のマントに汚い手で触れようとしてきやがったドットや俺に倒された他の水剣技流の剣士達がいた。
自称水剣技流の剣士が揃いも揃って。
ワイバーン討伐に行くつもりかな?
う~ん…君たちじゃ、無理だと思うけど。
俺は両肩に置かれているナットの両手を素早い動作で払い、右手でナットの顎を下から掴む。
腰を低くした状態でナットの体を俺の背中に乗せる。
後は背負い投げの要領で、ナットの頭を掴んだ右手を下へ振り下ろし、ナットの頭を地面に撃墜させる。
「ほげっ?!」
「「「ナット様(兄貴?!)」」」
変な声を上げるナットだが、手加減はしてやったので、気絶はしていないはずだ。
俺はワイバーンに再度向き直る。
二匹の内、片方が邪魔だな。
都合が良い。
最近考えてた新しい攻撃方法を試す機会だ。
俺は片方の一匹に向かって、魔法を発動する。
「〈氷槍〉二人前」
三メートルほどの氷の槍が二本生成され、放たれる。
狙いは外すこと無く、一匹のワイバーンの両翼を貫き、浮力を奪った。
ワイバーンが地面に激突。
すかさずそこに、
「〈激流〉」
ドオオオオオ!!!
まるで滝を横に倒したかのような光景が作られる。
水を放出する〈放水〉とは比べ物にならない大質量の水。
勢いよく放たれた一直線状の水が真っ直ぐ一匹のワイバーンに飛ぶ。
向かってきた〈激流〉に対し、ワイバーンはブレスを吐くが、焼き石に水だった。
〈激流〉はブレスを打ち消し、そのままワイバーンを水浸しにする。
勿論、水浸しにしたままでは意味がない。
なので、
「〈凍結〉」
放出された〈激流〉によって濡れた地面が俺を始点として凍り始める。
それだけでなく、濡れた地面の周囲にある空気中の水分子も凍てつき始め、綺麗な氷の結晶さえ姿を現す。
瞬く間に地面や空気中の水分子は六角形に変わり、その変化はワイバーンの表面に浸された水にも影響を及ぼす。
ビキビキビギ………。
ワイバーンは驚く状態で氷の中に閉ざされる。
冷凍ワイバーンの完成である。
成功だ。
これが俺の考え出した、広範囲を氷漬けにする方法だ。
氷漬けと言えば、体内の水分を凍らせる〈フロスト〉があるが、あれは相手の身体に直接触れないといけない。
だからこそ相手を遠距離から水浸しにし、そこから凍結させる事で広範囲の氷漬けが可能となる。
いずれ、この広範囲の氷漬けを一瞬で行えるようにしたい。
多くの者が驚く中、俺は後ろを向き、自称水剣技流の剣士達にドヤ顔で宣言する。
「今から本物の水剣技流の技を見せてやる。目に焼き付けとけ!」
「うう……」
俺の宣言に対して、ナットが俺を睨み付けながら呻き声を上げる。
俺は氷漬けにさせていない方のワイバーンへと走り出す。
今回は自称水剣技流の剣士達に、本物の水剣技流の技を見せるため、敢えて片方は氷漬けにしなかった。
走っている最中、俺は己の武器を生成する。
「〈氷刀〉」
生み出したのは太陽の光の下、輝く薄青色の剣。
反りの入った約七十センチの刀身がほっそりした氷の剣。
シズカ様の〈氷武装〉によって作り出された数々の氷の武器の中から一番目を引かれた「刀」というもの。
……………とここで、俺は氷の刀を片手にワイバーンに突撃する途中で耳する。
「火の神よ、我に加護を与えたまえ。赤き揺らぎの舞踊、燃え盛る焔の紅蓮色、滾る赤熱の燐光。我はこの火種を持って、大輪の紅き花を咲かすと誓う。我の火の申し子なり、火を司る者なり、火を好みに宿す使者なり。好みに刻み込まれた火炎の灯火は…………」
「ん?」
それはワイバーンから少し離れた場所にいる集団の中の一人、紫のツインテール…ミーナが発していた言葉であった。
魔法の詠唱にしては、とても長い。
これはまさか………いや、今はワイバーンを仕留めるの先だな。
俺は上空にいるワイバーンを仕留めるために、足場を作る。
空中に。
「〈氷板〉」
片足を乗せられる程の大きさがある氷の板が何十個も俺からワイバーンに向かって、生成される。
俺は坂を登るように、それらに足を乗せ、駆け上がる。
これが不安定な場所、もしくは空中に足場を確保するための水剣技流の水技〈氷板〉である。
水剣技流には三種類の技がある。
剣技と水技と水剣技の三つだ。
剣技は言わずもがな、魔法を一切使用しない純粋な剣術による技、または体技である。
剣技である水剣技流初伝「水詠み」、体技である「凪ノ型」がこれに当たる。
水技は剣技や体技のための魔法と言ったところか。
〈氷刀〉や〈氷板〉、シズカ様が使う〈氷武装〉がこれに当たる。
最後に水剣技だが、これを簡単に言えば、剣技と水技を融合させたもの。
水剣技を習得できてこそ、水剣技流の剣士として名乗る事が許されるのだ。
だからこそ、アイツらは水剣技流の剣士ではなく、自称水剣技流の剣士なのだ。
気づけば、ワイバーンが目と鼻の先にいた。
「ギュア?!」
空中を駆け上がってきた俺を驚愕の目で迎える。
人が空を駆け上げるなんて、ワイバーンは想像すらもしなかっただろう。
けれど、すぐにワイバーンは俺を敵と認識し、鋭い牙を搭載した口を大きく開いて、俺を食らおうと迫る。
俺は〈氷板〉を上手く使い、左へ身を躱す。
直後に俺の右脇腹の紙一枚分の隙間しかない所へワイバーンの頭が通過する。
言葉の通り、紙一重の身のこなしでワイバーンの噛みつきを回避した後は超肉薄した状態で、その首筋に〈氷刀〉を横薙ぎする。
「水剣技流初伝・水詠み」
ワイバーンの首は切り落とされる。
一連の流れを離れたところで見ていた者からすれば、俺の動きはまるで上から落ちてきた水滴が凹凸のある物体に落ちた時に、水滴が表面張力によって凹凸の形通りに滑り落ちる様に見えただろう。
これが最小限の動きで敵の攻撃をいなしながら、最小限の動きで敵に攻撃を当てる剣技、「水詠み」。
首を失ったワイバーンは絶命し、落下する。
俺も〈氷板〉を地面まで生成して、地面に降りる。
地面の降りたすぐそばには、ワイバーンの首と首の無くなった胴体が横たわっていた。
俺は呆然とする自称水剣技流の剣士達に対し、満足げに何度も頷く。
見たか、これが水剣技流の初伝の技、水詠みだ。
本物の水剣技流を見せたところで、今度は氷漬けにされたワイバーンを見据える。
このまま氷漬けを解凍して、口の中に〈氷槍〉を放ち、倒すことは出来るが、ここはやはり水剣技流の水剣技を持って、仕留めるとするか。
見ていろ。
これが水剣技流の真骨頂、水剣技だ。
俺は〈氷刀〉を構える。
「水剣技流……………」
水剣技を放とうとした、その時だった。
ボオオオオオオオオ!!!
途轍もない熱気が俺の頬を撫でる。
「何だ?!」
熱気が襲ってきた方を急いで確認すると、俺の視界一杯が赤いものに埋め尽くされる。
莫大な物量を持ったの炎が渦を巻きながら、もの凄い速さで放たれたのだ。
ワイバーンのブレスを遙かに凌ぐほどの、炎の息吹が俺のすぐ近くを横切る。
それはあたかも竜の眷属と言われているワイバーンのその上、竜……つまりドラゴンが吐き出したブレスのよう。
槍のごとく放たれた螺旋の焔は氷漬けにしたワイバーンを貫き、飲み込む。
辺りに蒸せ返るほどの焦げた匂いが充満する。
数瞬後には、
「……………マジか」
俺は呆然とする。
灼熱の炎が通り過ぎた場所には、焼けた地面以外何も無かった。
氷漬けにしたワイバーンも。
俺の氷ごと、ワイバーンを焼き尽くしたのだ。
ホウリュウという規格外の魔物の攻撃クラスでないとビクともしなかった氷が跡形も無く。
何という火力。
並の魔法では、こんなことは出来ない。
極大の炎が放たれたであろう場所を見る。
そこには、ここより少し遠くに王国魔法団の制服を着た集団…王国第七魔法団がいた。
その先頭に紫のツインテールの人物がいる。
恐らく発射源は彼女だ。
「一級火魔法〈炎災〉か!」
ミーナによって放たれた一級火魔法〈炎災〉が氷漬けにしたワイバーンを薙ぎ払ったのだ。
何故分かるかというと、前に一度だけ一級魔法を見たことがあるからだ。
ミーナが放った〈炎災〉と同じものを。
俺がまだ十歳にもなっていなかった当時、王国第六魔法団であったミーナの父親のホルディグ・ルイス子爵がアグアの街に襲来したワイバーンを仕留める際に使ったところを。
ミーナはどうやら父親と同じ才能を持ってたようだ。
なるほど、これは確かに火災を超えた”炎災”だな。
……………にしても、
「美味しいところを持って行かれたな」