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父親




 ミル曰く、俺の父は娼婦や一般市民への暴行、禁止薬物の使用などで捕まったらしい。

 それが原因で、実質的にアクアライド家が爵位剥奪。


 本当に父は何してんだか。

 我が父ながら恥ずかしい。


 「はぁ……」


 深くため息を吐く。


 父に対して、良い思い出なんて一つもない。

 だって、いつも俺を怒鳴って、殴ってくるんだもん。


 俺が態々、父に会いに行くのに深い理由はない。

 これから先、父に会うことはないだろうし、アグアの街に帰ってきた機会に一度ぐらい息子として、面会するのもありだと思っただけだ。




 獄中場は街の南西の外れにある。

 街の人でも余り寄りつかない場所だ。


 「ここで待ってろ」

 「う、うん」


 流石にこんな子供を中に入れる訳にいかない。


 メイドであるイチカは水色と朱色の髪を揺らしながら、頷く。

 そもそも案内のために俺に付いてきたと言ったが、一応十年間この街の貴族の息子だったんだ。


 獄中場の場所ぐらい分かる。

 俺は看守に、ペドロ・アクアライドへの面会をしたいとの有無を伝える。


 見ず知らぬの男が、仮にもここの元貴族であった者との面会を求めていることに看守は難色を示したが、俺がフルオルからの面会の許可書を見せると、すぐに面会の準備をすると言った。


 ここに来る際にフルオルに父に会うことを伝えると、許可証をくれた。

 看守に俺が父の息子であるミナトだと伝えると、まるで幽霊を見るような視線を受ける。


 待機室で待つ事、十分。


 看守に付いてこいと言われ、埃やカビなどの匂いで咽せ返る通りを進み。

 通りの左右には一目見ただけでヤバそうな囚人達が何人もいた。


 そして一つの牢屋の前に案内される。


 そこには俯く一人の男がいた。


 「……………なんて様だ」


 五年前までボサボサだった髪は長く伸び、無精髭はボウボウと生えいる。

 頬は痩せこけ、目は落ちくぼんでいる。

 ここからでも分かる異臭を放ち、不潔感丸出しだ。


 ここまで来るまで見た囚人達の姿と大して変わらない。

 看守は気を利かせてか、二人きりで話が出来るように離れてくれた。


 俺は目を凝らす。

 父の魔力は歪で不規則であった。


 これは明確に魔阻薬を定期的に飲まされている証拠だ。


 意を決して話しかける。


 「よお、馬鹿父」

 「………」


 声掛けに父はゆっくりと顔を上げる。

 俺を凝視して、暫し時間が経つ。


 「お……俺はま………幻で、も見てる……のか?」


 言葉が片言だ。

 最低限の飯は与えられているようだが、衰弱しているみたいだ。


 「幻じゃねぇよ。あんたの息子だ」

 「おお………あ……あ」


 父は徐ろに立ち上がると、俺に近づき、鉄格子に手を掛けながら俺の顔を間近に確認する。

 目の前の父は窪んだ目を見開き、仕舞いには……………目から液体を零す。


 「よ……かった………」

 「え?」

 「お前が……死んだと……思ってた。良かった…………生きていて」

 「…………………は?」


 父は涙を流し、俺が生きていることを心の底から喜んでいる様子だった。

 こんな父、生まれて初めて見る。


 俺は意味が分からなかった。


 「何で………嬉しいんだよ。いつも俺を罵倒して、殴って、無能としか言って来なかったくせに!」


 語気が段々と強くなる。


 「すまん……かった。お前には…………辛く……当たった」

 「何だよ、それ」


 なんと父は謝罪をしてきたのだ。


 ギリッ。

 俺は歯を食いしばる。


 俺は憤りを持っている。

 ずっと俺を見下していた父が謝ったことで、今までの鬱憤が爆発したからか?


 違う。


 「なんで今更!」


 今更謝ってんじゃねぇ!


 俺は「水之世」での修行を通して、今まで俺を見下していた奴らを見返そうと思っていた。

 特に物心ついたときから俺を馬鹿にしていた父を。


 強くなった俺を見たとき、父はどんな反応するのか。

 そう考えていたのに、この父と来たら。

 俺が無事なことに泣いているなら、五年前までの俺への態度は何だったんだよ。


 「そうだな…………今更だよな」


 父は鉄格子に掛けている手の一方を離し、俺の顔に伸ばす。

 黒ずんだ汚い手が俺の頬に当てられる。


 振り払うことは容易だった。


 けれど、しなかった。

 不思議と出来なかった。


 「大き……くなった。ミレルバ……に似て……いる……な」

 「母さんの事か」


 久々に聞いた母親の名前。


 俺は実の母の事を余りよく知らない。


 知っているのは母の名前はミレルバである事。

 俺が生まれて、すぐ病気で死んだ事。

 それだけだ。


 詳しいことは父は教えてくれなかったし、俺も幼い頃から母親がいない事が当たり前と思い込んでいたので、深く知ろうとはしなかった。

 

 俺はようやく父の手を振り払い、踵を返す。


 父の顔は見れた。息子としては最低限の義理は果たしたつもりだ。

 もうここに用はない。


 「じゃあな、馬鹿父。もう会うことは無いと思うけど」

 「そう………か」


 そう言い残して、俺は父がいる牢屋から離れてた。

 足音を立てながら歩く俺の足取りは、今の父への怒りを表していた。




 「あ!お兄さん!」


 獄中場から出ると、イチカが俺を見て、満遍の笑みを浮かべる。

 しかし、すぐに俺の顔には浮かないものが張り付いていることに気づいた。


 「お兄さん、何か嫌なことでもあった?」

 「………別に」


 俺の空返事に首を傾げつつも、俺のそばによって付いてくる。

 仕方が無いので、行きと同じくイチカに歩幅を合わせる。


 俺はまたリョナ家の屋敷に戻ろうとしていた。


 しかし、街の中央にある「人魚の憩いの場」である噴水近くを通った際に、グウウ……という腹の鳴る音が聞こえた。

 俺ではなく、隣から。


 「お、お腹すいてないから!」


 慌てて否定するが、イチカの腹は二度目の音を立てた。


 顔を真っ赤にしたイチカに、俺はため息を吐き、辺りを見渡す。

 丁度近くに串焼きを売っている屋台があった。


 俺はそこに行き、二本の串焼きを買った。

 串焼きを手に、イチカに一本手渡す。


 「ほら」

 「え?い、いいの?」


 イチカは恐る恐る串焼きを受け取った。


 俺達は噴水の縁に座る。

 湧き出る水の音を聞きながら、串焼きを頬ばる。


 「うん、美味い」

 「……おいしい」


 串焼きのおかげで、父に感じた怒りも幾分か収まる気がする。

 イチカも満足な顔だ。


 俺とイチカは見る見るうちに食べ終わる。


 「ありがとう」

 「良いって」


 折角二人だけなので、俺は気になることを聞いてみた。


 「イチカはどれぐらい屋敷で働いてるんだ?」

 「え、えっと…一年前ぐらいから」

 「一年前……イチカって、何歳だ?」

 「七歳」


 それだと、男爵家のメイドを六歳からやっている事になる。

 幾ら何でも幼過ぎる。


 すると、イチカの表情が暗くなる。


 「私…娼館で生まれたんだ」


 彼女はどのような経緯でリョナ家に来たのか語り出す。


 「お母さんが娼婦で、お父さんは娼館の常連だったんだ。生まれてからお母さんと一緒に娼館で暮らしてたんだけど、私が六歳の時に死んじゃって、領主様が引き取ってくれたんだ」


 そんな事があったのか。

 なら、お互い母親がいない者同士だな。


 俺はイチカの頭に手を置いて、そっと撫でる。

 そうしたい気分だった。


 「く、くすぐったい」


 本人は満更でも無かった。


 それにしても………確かにイチカには同情できる余地はあるけど、身寄りの無い娼婦の子供を引き取って屋敷で雇うなんて、フルオルは余程人が良いのだろう。


 「ねぇ…お兄さん」


 イチカが改まって、俺に向き直る。

 何となく、次の場面では重大な事を言われる様な気がした。


 「何だ?」

 「お母さんが死ぬ前に、私のお父さんの事について教えてくれたんだ。お父さんは身分を隠していたみたいだけど、私のお父さんの名前は………」

 「ワイバーンだ!!ワイバーンが来たぞ!!しかも二匹!!」


 イチカが父親の名前を言おうとした瞬間、ワイバーンという単語がけたたましい声量で叫ばれる。


 叫んでいるのは、格好からして冒険者

 アグアの街の東側にワイバーンが襲来した有無を知らせる。


 またか。


 ピレルア山脈からここ最近、多くのワイバーンが来ていると聞いていた。

 しかし、今日ワイバーンを一匹討伐したばかりなのに翌日と経たずして、また来るとは。


 しかも二匹も。


 フルオルの言うとおり、確かにピレルア山脈で何かが起きているのかも知れない。


 丁度いい。

 ワイバーンに罪はないが、父のせいで感じたイラつきをワイバーンで全部晴らさせてもらおう。


 「ごめん、ちょっと行ってくる」

 「え?お兄さん?!」


 俺はワイバーンを討伐するために東側にある門に向かった。




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