ミーナ
更新遅れました。
いろいろ書いていたものですから。
「ミーナか!」
咄嗟に彼女の名前を叫んでしまった。
彼女の名前はミーナ・ルイズ。
ルイズ子爵の長女である。
ルイズ子爵はアグアの街の少し北にある、最も近い貴族家だ。
五年前よりも成長して、百六十センチの身長になっており、かなり神経質そうな顔つきに変わっていた。
名前を言われたミーナは吊り目をさらに細め、俺の方へゆっくりと首を動かす。
俺の顔を視認したミーナは鋭い目つきでジッと睨む。
「…………誰ですか?」
「…………へ?」
俺は口をポカンとされる。
まさか誰なんて言葉が出てくるとは、思わなかった。
五年も経って、身体も成長したとは言え、クラルはすぐに俺がミナトだと分かったのに。
「嫌だな、ミーナ。俺だよ、俺。ミナ……」
「ますます分かりません。というか、気安く私の名前を呼ばないでくれます?」
「な?!」
名前を言おうとして、ミーナに止められる。
俺は絶句し、口を何度も開閉させる。
ミーナもマリ姉と同じく落ちこぼれの俺に対し、分け隔て無く接してくれた経緯もあり、五年ぶりに再会出来たのを嬉しかったが、一気にショックな気分になった。
俺は暫く呆然としている間、フルオルがソファから立ち上がり、ミーナに頭を下げる。
「王国第七魔法団のルイス副団長とお見受けします。突然の訪問に全くの持てなしが出来ず、申し訳ありません」
頭を下げられたミーナも、それに習ってフルオルに頭を下げる。
「突然の訪問失礼いたします、フルオル男爵」
「いえ……しかし予め知らされた事では、ルイス副団長は今より数時間後に訪問されるご予定のはずでは?」
「ええ、その予定でしたのですが、少し前に、数人の市民から通報があったのです」
「通報?」
「何でもフルオル男爵の屋敷前に一人の暴漢がいたと。そして、その暴漢はリョナ家お抱えの剣士達を襲っていたと」
「それは…………」
フルオルはチラリと俺を見る。
その視線を受けて、ようやく俺の放心状態が開放される。
その暴漢は…………たぶん俺だな。
俺はただ水剣技流の一人として指導を叩き込んでやっただけだが、傍目からだと暴漢が剣士達を襲っているように見えたのだろう。
屋敷の前だから、場所が場所だけに住民に見られたのだろう。
俺は素直に手を上げる。
「それ俺だな」
「……………は?」
俺の自白に、ミーナは訝しげな顔をする。
まさか、その暴漢がリョナ家の屋敷内に普通に居座っているなんて思わないだろう。
「貴方、何者ですか?」
よくぞ聞いてくれた。
俺は名乗ることにする。
「ミナトだ!ミナト。アクア……………いや、もうただのミナトか」
「ミ……ナト……ミナ、ト………………ミナト?!!」
ミーナは俺の名前は反復した後、酷く驚愕する。
ここで、ようやく俺の事を思い出したようだ。
ミーナは信じられない様子になる。
「……………本当にミナト?あ、貴方…行方不明になったはず」
「ああ、いろいろあって生還した」
「………」
彼女は少しばかり俺の頭の先から足の下まで何回か往復する様に見る。
そして急に真顔になる。
「そう……帰ってきたことは嬉しく思うわ」
「ん?………ああ」
あれ?何だろう、この軽い感じは。
クラルは俺を見たとき、かなり驚いていたし、マリ姉は滅茶苦茶喜んで、抱きしめてくれた。
ミーナは余り嬉しくないんだろうか。
少し悲しいな。
「それで、さっき言ったフルオル男爵の屋敷前の暴漢が貴方ってどういう事?」
「その事か。それはだな、自称水剣技流の使い手に本物の水剣技流を教えてたんだ!」
「は?」
俺は自信満々に堂々と言う。
けれど、ミーナは訝しげに目を細める。
「もしそれが本当なら貴方を捕まえないといけな………」
「ルイス副団長!それについての詳細は私が教えましょう!」
フルオルが自ら説明すると、ミーナの言葉を遮る。
今、捕まえるって言わなかったか?物騒だな。
後になって普通に考えてみれば、貴族の屋敷の騎士を襲撃した奴が目の前にいるのだ。
捕まえるのは当然。
フルオルは俺がこの屋敷の騎士達を襲った理由について、行き違いで俺と騎士達が口論になり、正当防衛のために騎士に取ったと説明した。
う~ん…俺がやったことを綺麗な言い方にしたら、そうなるのかな?
「そうですか。では、今回の件は非に関して、フルオル男爵の剣士側にあると?」
「はい、その通りです。我が剣士 の方には、私が厳しく言っておきます故。ミナト殿のことは寛容にして貰えませんか」
フルオルが頭を下げる様子に、ミーナは小さく息を吐く。
「分かりました。でしたら、私は引き下がらせて貰います」
「でしたら、使用人に表口まで案内差し上げましょう」
「いえ、結構です」
そう言って、ミーナは部屋を出て行った。
ミーナが出て行った後の部屋の扉を、俺はモヤモヤする気分で眺めていた。
「水之世」から出た時の最優先事項が実家に帰って、マリ姉に会うことだったけど、密かにミーナに会いたいとも思っていた。
それが達成させたのに、肝心の本人は反応が薄い。
俺は扉に視線を外して、天井を仰ぐ。
「それにしてもミーナが王国魔法団か。しかもフルオル殿はミーナのことをルイス副団長と言っていましたよね?」
「ええ、ミーナ・ルイス子爵令嬢は現在、王国第七魔法団の副団長を務めておいでです」
「大出世じゃん!」
俺は素直に賞賛する。
十五歳の俺やクラルよりも、たった二歳年上の十七歳の身で王国魔法団に所属は普通に凄い。
王国魔法団はエスパル王国で最も強い魔法団とされ、第一から第八まで存在する。
団員の数は通常の魔法団と比較して少ないが、高水準の技量を持った魔法使いが集める少数精鋭部隊が王国魔法団だ。
当然、王国魔法団の入団試験なんてエスパル王国内最高レベルだろう。
それをミーナは突破したのだ。
しかも副団長というNo.2のポジションなんて。
「まぁ…ルイス副団長は一級魔法を使えますので、それが大きいと言えましょう」
「一級魔法!!」
俺はまたもや驚く。
一級魔法、それは決戦魔法とも呼ばれ、一つの戦況を一撃で変化させられる魔法。
威力は他の二級、三級、四級とは比較にもならない。
まさに魔法における必殺技とも言えるものだ。
一級魔法の習得は、無詠唱の習得とは逆ベクトルで習得が非常に困難な代物である。
使える物もエスパル王国内で片手で数えられる者しかいないだろう。
ちなみに俺は生まれてから今までに一級魔法が使用させる瞬間を一回見たことがある。
まだ俺が十歳になる前の頃、アグアの街に襲来したワイバーンを討伐する際に、一度だけ見たことがある。
その一級魔法は一瞬にして、ワイバーンを塵屑にした。
「でも、なんで王国魔法団がアグアの街に?」
王国魔法団はエスパル王国最精鋭部隊。
それが言っては何だが、かつて落第貴族であるアクアライド家が治めていた領地に何の用があって来たのか。
「それはピレルア山脈から降りてくるワイバーンが原因です」
「ワイバーン?」
フルオルは、何故ミーナや王国第七魔法団がこのアグアの街にいるのか説明する。
「今より半年ほど前、ピレルア山脈からワイバーンが襲来して来まして。王国第七魔法団はそのワイバーン討伐のために、王都が派遣したのです」
「ワイバーン討伐のために王国魔法団が?え…でも、ピレルア山脈からワイバーンがいつものことですよね?」
ヴィルパーレが用意した馬車でアグアの街に到着する前に一匹のワイバーンと遭遇した時に思ったが、アグアの街とその周辺にワイバーンが現れるのはいつものことだ。
詳細に説明すると、アグアの街のずっと東には強力な魔物、特に竜の眷属であるワイバーンが多く生息するピレルア山脈があるのだ。
殆どのワイバーンは生息地出るピレルア山脈から出ないが、偶に…年に一匹ほどの頻度でワイバーンがと飛来する。
だから当時貴族の嫡男であった俺が討伐隊に参加して、ワイバーンにトラウマを植え付けられることになったのだが。
「そうですね。しかし、半年前からワイバーンがアグアの街とその周辺に訪れるようになりまして、月を重ねるごとにその数は増え、今月は五匹のワイバーンが確認されております」
「五匹!多くないですか?!」
それは偶に現れるどころの話ではない。
ワイバーン一匹の討伐には、概ね三十人ぐらいは必要だ。
しかも半日、下手した一日という長期戦になる。
「はい。ですので、二ヶ月程前に王国第七魔法団が増援としてきたのです。今は王国第七魔法団に加え、冒険者とリョナ家が協力して、ワイバーン討伐に尽力しています。しかし先日、ワイバーンが複数同時に現れまして。我々が街の治安を維持し、今朝に冒険者と王国第七魔法団を分けて、討伐に対応しました。ピレルア山脈で何かが起きているのかも知れません」
「そうだったんですか。……………あ!そう言えば、ここに来る途中でワイバーンに出くわしましたけど、討伐する人数が少なかったのは、そう言うわけですか」
俺が今朝方、倒したワイバーンに対して、始め冒険者の数が十数人と少ないことに疑問を持ったが、アグアの街にそんな事情があったとは。
それを聞いたフルオルはピクリと反応を示す。
「何ですと!ミナト殿はここに訪れる前にワイバーンに鉢合わせたのですか?!良くご無事で」
「あ~無事というか、そのワイバーンは俺が倒しました」
「はい?」
少しの間、沈黙が降りる。
フルオルは重々しく,口を開く。
「……………それは真ですか?」
「そうですよ」
ここで嘘をついてどうする。
俺はワイバーンをどのように討伐したのかを懇切丁寧に説明する。
聞いたフルオルは驚愕を隠せていない様子であった。
「両翼を氷の槍で撃墜……………ワイバーンの翼は他の部位と比べて、比較的鱗が薄いですが、それでも並の魔法や矢を弾く固さのはず。ミナト殿は魔法も規格外と言うことなのでしょうか。正直、ヴィルパーレ殿の手紙が無く、門前での貴方の実力を見ていなかったら、到底信じてはいませんでした」
彼を身を乗り出す。
「ミナト殿、先程は言いそびれてしまいましたが、貴方には是非とも我が剣士達を鍛えて貰いたいのです。しっかりと報酬を渡すので、依頼という形で指導して貰えればと」
ふむ、あの自称水剣技流の剣士達を鍛えるか。
確かミーナが来る前、フルオルはそのようなことを言っていたな。
俺は少し考えた後、
「その依頼に関しては少し考えさせて下さい」
「分かりました。良き返事を期待しております」
こうして、一応俺とフルオルとの話し合いは終わった。
応接室から出た俺はリョナ家の屋敷を一旦出て、街へと繰り出す
アグアの街に存在する牢獄場に、これから行くのだ。
捕まっている父を訪ねるために。
大嫌いな父に会うに行くため、俺の顔は無表情だ。
けれど、時折困ったように顔を歪ませることがある。
その理由が俺の横………正確には横下にいる。
「なんで君も付いてくるの?」
「えへへ………道案内です!」
彼女は俺の疑問にお構いなしで笑う。
水色と朱色が混ざった髪の幼いメイド……イチカが俺と一緒に歩いていた。
突然、思い立って書き出したものです。
気軽に読んで下さい。
『ある日、空から竜が降りてきて、日常が壊れた』
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