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俺はただのミナトだ




 「会いたかった、マリ姉!」

 「私もです、ミナト様!よく、ご無事で!」


 俺はソファから立ち上がり、マリ姉へ抱きつく。

 マリ姉も抱きしめ返してくれる。


 優しい匂いがする。やっぱりマリ姉だ。

 五年ぶりの再会であるため、今のマリ姉は俺より三つ歳上の十三歳から十八歳の見た目になっている。


 もう大人の女性の顔に変わってはいたが、それでも俺はマリ姉だとすぐに分かった。

 例え、五年も歳をっていても姉同然の人の顔を間違えることは無かった。


 今の身長はマリ姉より高いので、自分の目線より低めにマリ姉の顔があるのは新鮮だった。


 「すっかり大きくなって、顔も凜々しくなりましたね。ミナト様が「水之世」で行方不明になったと聞かされたときは、私が「水之世」に行って、探そうと考えました」

 「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」


 暫くの間、俺とマリ姉は抱き合っていたが、


 「………ゴホン」


 フルオルの咳払いで離れる。

 五年ぶりなのだ。もっといろいろと話していたいが、しょうが無い。


 俺はソファに座り直す。

 マリ姉は俺の後方に行って、佇む。


 俺は座ったまま、フルオルに頭を下げる。


 「マリ姉を呼んでいただき、ありがとうございます」

 「ふむ…これぐらいは構いませんよ。見たところ、彼女は貴方にとって、大切な方でしょうから」

 「はい、姉同然です」

 「もう、ミナト様!」


 姉同然と言われたマリ姉は満更でも無い表情をする。


 それを横目に、フルオルはテーブルの上にある書類の束を漁る。

 そして一枚の紙を取り出す。


 「それでは、本題に移ります。ミナト殿はどれほどの財産をお望みで?」

 「………………………………はい?すみませんが、もう一度お願いします」


 フルオルの言っている意味が全く分からなかったので、聞き返す。


 「この屋敷が保有する財産に関して、ミナト殿はどれほど譲歩して欲しいのかと、お聞きしました」

 「すみません。やっぱり意味が分かりません」


 これ…俺の頭が悪いだけなのか?

 財産って、何故そんな話になるんだ。


 俺の反応に、フルオルは眉根を寄せる。


 「ミナト殿はアグアの街が、アクアライド家から我らリョナ家に変わった経緯をご存じで?」

 「ええ、確か……俺が死亡扱いになって、父がいろいろとやらかして捕まって、アクアライド家は実質的な爵位剥奪になったんですよね?」

 「……………概ね合っています。しかし補足をしますと、ミナト殿は事実上死亡扱いになりますが、書類上は、未だ行方不明となっています」

 「と言いますと?」


 つまりですね………そう言いながら、フルオルは取り出した一枚の紙を俺の方に見せる。


 紙には、財産所有の権利書などという文字が書かれていた。


 「行方不明であったミナト殿が生還した場合になりますと、貴方には、ここの領地であるアグアの街をアクアライド家が治めていた際の、アクアライド家が所有していた財産…………現在はリョナ家が所有する財産を持つ権利が発生します」

 「そ、そうなんですか?!」


 驚く俺にフルオルは書類の束を漁り、また別の紙を取り出し、俺に見せる。

 続けて言う。


 「ええ…さらに言うならば、ミナト殿には再び貴族となる事が出来ます。その場合、アクアライド家はリョナ家の補佐を受けるという形で復興なりますが」

 「なるほど、そう言うことですか!」


 ようやく俺は理解する。


 俺がここに来た理由はマリ姉に会うためだけであると、言った際にフルオルは俺を案内している最中の足を止め、かなり驚いた表情をしていた理由を。


 恐らくフルオルは行方不明であった俺が戻ってきたことで、アクアライド家…もといリョナ家の財産を要求してくるのでは無いかと予想したのだろう。


 そりゃあ、そうか。

 ちょっと考えてみれば当然の話だ。


 行方不明になった落第貴族であるアクアライド家の元嫡男が態々ここに来るなんて、財産目的や貴族にまた戻りたいのが目的と考えるのが自然か。

 そこまで考えて、フルオルに軽い感じで言う。


 「それなら、どうぞご心配なく。財産とか、貴族に戻るとか、本当に興味ありません。これからは冒険者として、生きていくつもりなので。……………………あ!でも、ここの書斎とかは使わせて貰いたいですね。俺、今はアクアライド家の歴代の当主……特に初代や二代目、三代目の事を書き記した書物が読みたいんで」


 俺は思ったことを全部伝える。


 実際、俺には貴族という肩書きなんて、無用の長物だ。

 魔法や魔術、剣の探求に邪魔だからな。


 そんな俺の率直な言葉に対して、フルオルは、


 「「は?」」


 フルオルは後方にいるマリ姉と共に、異口同音で呆けた声が出た。


 あれ?何か失言でもしたか?

 少し経って、フルオルとマリ姉は慌てた様子になる。


 「ミナト殿、ご自身が言っている意味をしっかりとお考えで?貴方は貴族に戻るチャンスを放棄して、完全な平民になると仰っているのですよ」

 「ミ、ミナト様!それは誠ですか?!千年続いたアクアライド家の歴史が途絶えるのですよ!!」


 二人の剣幕に、俺はただただキョトンとする。


 何をそんなに焦っているんだ。


 マリ姉はともかく、何故フルオルは驚愕しているんだ。

 俺が貴族に戻らないのは、リョナ家にとって都合が良いことのはず。

 そのままアグアの街の領主としての実権を持てるのだから。


 「別に良いじゃん、マリ姉。千年続いたところで、俺の代だと落第貴族。何事にも終わりが来るよ。アクアライド家の場合は俺の代で終了。それだけの話だよ」

 「か、軽すぎませんか?!そ、それだと祖先の方が報われませんよ!!」

 「ああ、それなら平気。初代と二代目と三代目の当主達には、しっかりと許しを得ているから。アクアライド家が貴族として無くなっても、別に良いらしい」


 俺が「水之世」から出る前、レイン様とウィルター様、シズカ様はアクアライド家が無くなることは別に構わないと言っていた。


 ウィルター様は少しだけ渋ってはいたけど、自分たちの子孫が何処かでしっかりと生きていてくれればそれで良いって。

 そのためには、俺は今後誰かと結婚して、子孫を残す必要があるな。


 結婚か………出来れば強くて、優しい人とが良いな。


 この時、俺の脳裏に浮かんだのは、数日前に分かれた風魔法使いの幼馴……………………いや!いや!いや!だから違う!!

 あ、アイツとは”そういう関係”じゃないから。


 俺は将来の結婚相手を考えているとは知るよしも無いマリ姉は、


 「はい?初代と二代目、三代目?何を言っているのですか?」


 「水之世」で俺がレイン様達と会ったことなど知らないマリ姉は上の空だった。


 一方で、フルオルは、


 「本当に宜しいのですね?貴族に戻らなくて」

 「はい、俺の考えは変わりません、俺はただのミナトです」

 「…………そうですか」


 フルオルは深いため息をついてから、またしても書類の束を漁り、今度は数枚の紙を提示する。


 「こちらの書類全てに名前をお書き下されば、ミナト殿が財産を譲歩する権利や貴族に戻る権利が無くなります。…………そうでした、書斎でしたね。あれは今後もミナト殿には、使わせられるように手配しましょう」

 「何から何まで、すみません」

 「いえ…ヴィルパーレ殿からの封には、貴族に戻る事が出来ても、今の貴方の性格上それは無いとありましたから」


 まさかヴィルパーレは俺が貴族に戻る選択肢をしないことまで、予想していたというのか。

 本当にあの人は有能だ。




 それから俺は出された書類に全て名前を書き、貴族に戻れる権利を放棄した。

 マリ姉は俺が貴族にならずに平民として、生きていくことに難色を示したが、何とか納得してくれた。


 よし!これで俺は完全に、ミナト・アクアライドでは無く、ただのミナトだ!


 千年続いたアクアライドという家名が無くなった事は少しばかり悲しいかったが、ずっと俺にのし掛かっていたアクアライドという大きな呪縛からようやく解放された気分だ。


 俺は水魔法使いの端くれ。

 もう…それで十分だ。


 アクアライドという縁から断たれた俺を見て、フルオルは決意に満ちた表情を取る。


 「ミナト殿、貴方が現在、平民であることは了解しています。……………それで、ここからは私からミナト殿への依頼になるのですが、ミナト殿には我が剣士達を鍛えて欲しいのです」

 「依頼?剣士達を鍛える?」


 俺は言われて、首を傾げる。

 剣士達というのは、俺が伸した自称水剣技流の剣士達だろう。


 フルオルが身を乗り出す。


 「そうです。ミナト殿が屋敷の門の外で、我が剣士達を軽くあしらっているのを遠目で拝見いたしました。私とは比べものにならない程に洗練された動き。ミナト殿がどのようにして、あれ程の強さを手に入れたのかは存じ上げません。報酬は弾みます。ですので……………」


 コンコン。


 その時だった。応接室のドアを叩く音がしたのは。


 話している途中であったフルオルは、話を中断して、渋々…どうぞと言う。

 それを受けて、入ってきたのは一人の使用人だった。


 「失礼します。お取り込み中、申し訳ございません。ご当主様」

 「何のご用ですか?」


 フルオルが単刀直入にここに訪れた要件を尋ねる。

 尋ねられた使用人は若干、言い淀む。


 「それが……”王国魔法団”の方々が今、屋敷に来られていまして」

 「王国魔法団が、何故?王国魔法団の方々は、今より数時間後にお越しになる予定ではありませんでしたか?」

 「ええ、そうなんのですが、王国魔法団の方々が言うには、この屋敷が襲撃され…………」


 使用人が何かを言おうとした時、


 「そこをどきなさい」

 「え?は、はい!」


 使用人が、後ろから来た人物に退くように言われ、慌てて退く。

 その人物は俺達がいる応接室の部屋へと入ってきた。


 灰色の軍服に身を包んだその人物を見た瞬間、俺は目を見開く。

 面影がある。


 長いツインテールの紫髪。

 勝ち気な吊り目。

 

 思い出すのは五年前、その時は背がとても小さかったクラリス……クラルと共にいた、俺のもう一人の幼馴染み。


 「ミーナか!」


 俺はその人物の名前を叫ぶ。




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