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氷魔法と水色の髪




 「貴方様の事は、マカの領主であるヴィルパーレ殿から伝書鳩での封により知りました」

 「ヴィルパーレ殿が?」

 「はい。何でも数日以内に、ミナト殿がここに訪れると」


 屋敷に入った俺はリョナ家当主であるフルオルに付いていきながら、フルオルがどうして俺の事を知っていたのかの詳細を聞かされた。

 辺境伯のヴィルパーレからの伝令で、フルオルは俺の事を把握したのか。


 はて?

 俺は首を傾げる。


 ヴィルパーレに会った時に自分の素性を言った覚えがない。何故、俺がアクアライド家の嫡男であったことを知っているんだ?

 ギルド長のミランが教えたのか?


 別に構わないけど。


 ヴィルパーレは少し会っただけで誠実な人だという事は理解したし、あの人に知られていても、かまないだろう。


 「あの………封には他に何か書いてありましたか?」

 「ええ…ミナト殿がここを訪れた際には、もしかしたらリョナ家の剣士達と擦れ違いが起きてしまうかもしれないとありました。ですので、私に仲介してほしいと」

 「………」


 全くその通りのことが起こっていて、脱帽した。

 やっぱりマカ領主のヴィルパーレは有能である。


 俺が恐らく問題行動を起こすだろうと考えられたことに、少しの羞恥を感じた。


 俺は深く息を吐く。

 一旦気持ちを切り替えた俺は、屋敷の中を見渡す。


 五年ぶりの懐かしき我が屋敷の内装は、五年前とそれほど変わっていなかった。


 この屋敷は今やリョナ家の物となったわけだが、必要最低限の物しかない質素な内装そのままである。


 落第貴族と呼ばれていたアクアライド家は男爵であり、そこまで家格の高い貴族家ではないことを考慮しても、常に金欠であった。

 

 当主であった俺の父親のペドロの領主運営が悪いだけの話ではない。

 アクアライド家が治めていたアグアの街は、訪れる旅人や商人から舐められ、足元を見られていたこともあって、街内の経済状況は芳しくなかった。


 必然的に住民の経済状況は悪くなり、領主であるアクアライド家にも碌に金が集まらなくなるのだ。


 結局、領地の貴族家が悪いと、住民の経済が悪くなり、それが領地の貴族家の経済も悪くするのだ。


 アグアの街の領主がリョナ家になっても内装がさして変わっていないという事は、リョナ家も金欠という事か?


 フルオルに付いていく途中で、何人かの使用人に出くわしたが、その中にはアクアライド家の時に仕えていた使用人もいた。

 俺を見ても、かつてのアクアライド家の嫡男だってことに気づいていない様子であった。


 まぁ…五年間も経っているからな。

 黒目黒髪が同じでも、背が伸びてるし、シズカ様との稽古で体つきも良くなった……………はずだからな。


 でも、俺は覚えている。

 俺が四級水魔法〈ウォーター〉の発動に失敗したときなどに、よく俺を嘲笑っていた使用人であったことを。


 なるほど、アクアライド家時代にいた使用人がいる、つまりマリ姉もいるってことだ。


 「あの一つ良いですか?」

 「何でしょうか?」

 「五年前まで私の専属使用人であったマリ・タイゾン……彼女は今もここで働いていますか?」

 「マリ……タイゾン?ミナト殿の専属使用人?ああ………タイゾン準男爵の。確かに彼女はここで働いています」


 それを聞いて、俺は心の中でガッツポーズを取る。

 マリ姉がここにいる、それなら話が早い。


 「私がここに来たのは、彼女に会うためだけなんです。彼女に会うことは出来ますか?」


 それを聞いて、何故かフルオルは進ませている足を止めて、こちらに振り返る。


 俺を見る彼の顔は驚きを含んでいる。

 どうしたのだろう?


 若干の沈黙の後、フルオルが口を開く。


 「ミナト殿はそのためだけに、ここに訪れたのですか?」

 「はい?そうですけど」

 「………」

 

 フルオルは信じられないと言った顔をする。

 少しして、


 「………………分かりました。マリ・タイゾンという使用人は後で連れてきます。今は私に付いてきて下さい」

 「分かりました」


 その後はフルオルは何も言わず、また歩き出した。


 俺がフルオルに連れられた場所は応接室だった。

 ここは主に、他の領地から来た貴族や高い位の人達を呼んで会議する場所だ。


 と言っても、落第貴族であったアクアライド家に訪れる貴族なんて殆どいなかったけど。


 「ミナト殿はここで待機していて下さい」


 そう言って、フルオルは俺を応接室に残して、何処かに行った。




 そして数分経つ。


 「ふぁ………」


 応接室のソファに座った俺は欠伸をする。

 ここで待ってろと言われたけれど、俺には何もすることが無い。


 「〈ウォーター〉〈水分子操作〉」


 暇だったので、俺は頭上に水の球を作り出して、形を変えたり、凍結して氷にしたりして暇つぶしをしていた。


 コツコツ。

 その時、応接しての扉を叩く音が聞こえた。


 「………ん?どうぞ」


 俺の返事で扉が開く。


 開いた扉には、あの女の子がいた。

 俺が屋敷に入る前に見かけた使用人の格好をした七,八歳ぐらいの女の子。


 手にはトレイがあり、トレイの上にはカップとティーポットがあった。

 何か飲み物を運んできたのかな?


 「し、失礼……します。あ、あ、あの……お飲み物をも、持ってきました」


 飲み物?

 フルオルが運ばせるよう命じたのだろうか?


 女の子はたどたどしく言葉を発し、ゆっくりと入室する。


 「あ、うん…ありがとう」


 女の子はトレイをテーブルの上に置いて、ティーポットからカップの中に紅緋色の液体を注ぐ。


 紅茶か、久しぶりだな。

 仄かに風味の効いた香りが漂ってくる。


 折角だ。頂くとしよう。


 カップを手に取って、飲んでみる。

 うん、美味い。


 「ど、どうですか?」


 女の子は固唾を飲んで、俺をじっと見ていた。


 「え、美味しいよ」

 「ほ、本当ですか!」


 女の子は一気に満遍の笑みを浮かべる。

 その純粋な笑顔に、つい俺も顔を綻ばせる。


 だが、女の子の顔は俺の頭上を見たときに、驚きに染まる。


 「え?何あれ?水が浮かんでる」


 どうやら女の子は暇つぶしで生成した水の球を見て、驚いているようだ。


 「これか?これは…こうやって、こう」

 「わあ!」


 俺はさっき暇つぶしでやったみたいに、水の球を操作して、丸い形や四角い形、星の形などに変え、最後に氷の状態にした。

 女の子はそれを、紫色の目を輝かせて見ていた。


 ほぉ〜お目が高い。


 以前これを剣士のブルズエルやギルド長のミランに見せたことがあるが、それの何が凄いのか理解できない顔をしていた。

 解せん。これの凄さが分からないとは。


 「魔法が好きなのか?」

 「うん、大好き!あのね、見てて!」


 女の子は両手で器のような形を作る。


 そして女の子の両手に魔力の集まりを感じ取る。

 魔法の前兆だ。


 「〈アイス〉」


 ビキビキ…と音が鳴る。

 なんと女の子の両手の上には、小さな半透明の塊が生成される。

 それは俺がよく生成する……氷であった。


 「……氷魔法」


 俺はそれだけ言って、言葉を失う。


 氷が生成された際の魔力の変動具合から、俺のように魔力から水を生成して、水分子を操作することで六角形の形成、つまり氷を作る手順では無く、魔力が直接的に氷に変わったのだ。


 俺の水魔法は魔力を水に変えるデフォルト設定であるのに対して、女の子の氷魔法の場合は魔力を氷に変えるデフォルト設定となっているということだ。

 すなわち、”シズカ様と同じ”魔法の使い手だと言うことだ。









 それはまだ、俺が〈水分子操作〉を完全に習得していない頃。


 『では、ミナト殿。今から近接戦の訓練を始めるでござる。今日はまず、好きな武器で拙者に打ち込んでくると良いでござる』

 『はい!』


 俺は大きな声で返事をする。


 水剣聖と呼ばれた伝説の剣士からの指導だ。

 つい腹に力が入ってしまった。


 しかし、ここで気づく。


 『あの…シズカ様。俺、剣とか持ってないですが』

 『大丈夫、今日使う武器は拙者が作るでござる』


 シズカ様はそこで魔法を発動する。


 『〈氷武装〉』


 シズカ様がそう唱えると、周囲に氷で作られた種々様々な武器が生成される。


 剣だけで無く、槍や弓、短剣、棍棒、長刀、戦鎚、鎌など、いつまでも見ていられるほど美しく装飾された多くの氷の武器が存在していた。

 俺は瞬きも忘れて、見続けていた。


 そんな俺を見て、ウィルター様はクスクスと笑う。


 『心ここにあらずですよ、ミナト君。まぁ…それも分かりますよ。シズカの氷は世界一ですから』

 『お、お父様!』


 ウィルター様の賞賛にシズカ様は照れる。


 『事実ですよ。シズカ以上の氷魔法使いなんて、僕は知りませんから』

 『これがシズカ様の氷魔法』


 俺は素直にシズカ様の持つ系統の魔法である氷魔法に感嘆する。


 氷魔法…それは水魔法の派生魔法。

 後で知ったが、シズカ様のような”水色の髪”の持ち主に強力な氷魔法の使い手は多いらしい。


 アクアライド家は全員が俺と同じ水魔法使いだと思うだろうか、実際はシズカ様の氷魔法みたいに、水魔法の派生魔法使いも多くいた。


 アクアライド家に保管されている数少ない伝書には、シズカ様は目の前の氷魔法で生成した武器を駆使して、多くの敵を薙ぎ払ったという。

 まさか、その氷の武器を見れる事になろうとは。


 『さて、ミナト殿はどれを選ぶでござるか』


 シズカ様は多くの氷の武器の中から好きな物を選べと言った。


 俺は一つ一つの武器を見渡す。

 その中で、俺は一際心を動かされる物を発見する。


 それは刀身が細い、長さは約七十センチの氷の剣だ。

 けれど、普通の剣と違うのは、反りだ。


 柄から剣先に掛けて、曲線が描かれている。


 「あの……シズカ様、これは何ですか?」

 『ふむ、お目が高い。それは刀でござるな。極東の地の島国で主に使われている剣でござる。』

 「カタナ?…………あれ?これってシズカ様の腰の剣と?」

 『そうでござる。拙者の持つ愛剣も刀でござる』


 シズカ様がいつも腰に差している細長い剣を抜き。


 よく見たら、その剣も反りがある。

 刀身の長さだけは違うが、同じ系統の武器って事か。


 カタナ………何故だが、この剣は俺の使う武器に最も合うような気がした。


 そして決意した。

 〈水分子操作〉を習得して、氷も生成できるようなったら、まずはこのカタナを作ってみよう。









 強力な氷魔法使いはよく、水色の髪の持ち主に多い。

 そして女の子の髪の毛はシズカ様と同じ、水色。髪先は朱色だけど。


 つまり、この女の子には氷魔法使いとして、大きなポテンシャルがあるという事である。

 

 髪色は、よくその人が持っている魔法の系統に影響されると言われている。

 強い魔法の潜在能力を持っていれば、髪色に反映されることが多いそうだ。


 強力な水魔法使いなら、レイン様のような青い髪、強力な火魔法使いなら、赤い髪といったように。


 俺の髪色は………黒なんだよな。

 つまり水魔法使いとしては平凡。


 だ、大丈夫だ!

 ウィルター様も黒色だし、髪色で魔法使いの価値が決まるわけじゃない。


 俺は自分にそう言い聞かせた。


 そんな俺を余所に、女の子は切羽詰まった様な表情で俺に顔を近づける。


 「あ、あの!あ、あ、貴方の名前って?!」

 「名前?ミナト………だけど」


 俺の名前を聞いた瞬間に、女の子は目をこれでもかと見開く。


 「い、い、生きてた!!本当に私の……………」

 「何をしているのですか、イチカ?」


 女の子が何かを言いかけた時に、応接室の入り口からフルオルの声がする。


 何らかの種類の束を抱えたフルオルが、訝しげな表情で女の子を見ていた。


 身体をびくつかせた女の子はフルオルの方を向き、頭を上げる。


 「りょ、領主様!!これは!そ、その!お客様にお飲み物を運んでいまして!!」

 「飲み物をミナト殿に運ぶ?私はそれをイチカ、貴方に命じた覚えはありませんよ」

 「も、も、申し訳ありません!!!私の独断です!!」


 何度もペコペコ謝る女の子……イチカを見て、フルオルはため息を吐く。


 「まぁ…良いです?貴方はもう下がりなさい」

 「わ、分かりました!」


 イチカはそそくさと応接室から出て行く。


 「………」


 フルオルは数瞬間だけ深妙な様子で退出するイチカを眺めていた。


 だが、すぐに書類をテーブルの上に置いて、ソファに座る。

 真剣な目つきでフルオルは俺と目線を合わせる。


 「ミナト殿、貴方にはいくつか確認して頂きたいことがます。………………しかし、その前にお入りなさい」


 フルオルの呼びかけに、応接室の部屋の外から、はい…という俺が聞き覚えのある声が聞こえる。

 この声は!


 応接室に入ってきたのは、一人の使用人。

 長い髪を束ね、俺より年上のその女性は、


 「お久しぶりです、ミナト様」

 「マ、マリ姉!!」


 俺の専属仕様にであったマリ姉、マリ・タイゾンであった。




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