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閑話 一方その頃、マカでは②




 黒亀王の幼体の件は一先ず置いておくとして、エルミアはミルの護衛であるクラルに向かって言う。


 「クラル殿、是非とも私に一手、御指南願えませんか?」

 「?………私にですか?」


 エルミアの申し出にクラルは首を傾げる。

 これまでに何度かヴィルパーレの屋敷に来た事があるが、模擬戦を頼まれることが無かった。


 「何だ、エルミア。私との試合だと満足できなかったのか?」

 「そう言う訳では。ただクラル殿は現役のAランク冒険者です。このような方と試合が出来る機会など、早々ありません」


 これを聞いて、クラルは主であるミルの方をチラリと見る。

 彼女の視線を受けて、ミルはコクリと小さく頷く。


 試合をして良いと言うことだ。


 「分かりました。模擬戦をするのは構いません。私にとっても良い経験になりそうです」

 「ありがとうございます」


 エルミアとクラルは訓練場の中央に行く。


 エルミアは模擬用の剣を構え、クラルも訓練場から拝借した模擬用の剣を構えた。

 二人の周囲では、休憩中であった騎士達がジッと二人を観察する。


 旋風という名で知られたAランク冒険者クラルと、辺境伯所属騎士団の中でもトップの実力を持つエルミアとの試合だ。

 気にならないわけが無い。


 「では、行きます」

 「ええ」


 エルミアは一気に踏み込んで、模擬用の剣でクラルに切りかかった。


 上段からの切り下ろし、それをクラルは剣を水平にして、軽く受け止める。

 受け止められたエルミアは剣を引き戻し、袈裟切りや切り上げ、横薙ぎ、突きなどの連撃を繰り出す。


 一つ一つの攻撃が重く、速く、巧い。

 防御に呈しているクラルは気を抜けない思うほど、エルミアの剣の技量は高かった。


 恐らく剣術に関しては、マカのBランク冒険者であるブルズエルに匹敵する。

 ブルズエルはAランク冒険者であるクラルを除けば、剣術はマカの冒険者の中で随一であろう。


 まだ二十代でマカ辺境伯騎士団・第三部隊隊長を任されるだけあって、エルミアの剣の才能はかなり高い。


 しかし、


 「………ぐっ?!崩れない!」


 エルミアがどれだけ打ち込んでも、クラルの守りは崩れなかった。

 自分よりも身長が高いことを考慮しても、筋力にアドバンテージがある男からの攻撃に、クラルは全く体幹がぶれていなかった。


 大きな岩に打ち込んでいると錯覚する。


 しかも打ち込もうと思った場所には、既に剣が置かれてあり、まるで自身の攻撃が先読みされているかのようだ。


 圧倒的なまでの反射神経。


 エルミアは一端大きくバックステップをして、距離を取る。

 取り敢えず息を整える。


 「守りが巧いですね」

 「………恐縮です」


 クラルは口を少しへの字にして返す。


 この時、彼女の脳裏に過ったのは、あるムカつく魔法使いの言葉。

 それは擬人であるニナの処分を決めるために行った剣の決闘後に言われた言葉だ。


 『クラルって、危険に対する反射神経が凄いな。俺よりも速い。でも、それに剣術というか…剣速が追いついて無いんだよな。守りをもっと鍛えた方が良いと思うぞ』


 言わずもがなミナトだ。


 上から目線じみたアドバイス。

 苛つくが、同時にアドバイス自体は的を得ていることも事実。


 だから、アドバイス通りに剣術の基礎向上、特に防御面を意識をしている。


 エルミアの剣ならば、受け止められるが、アドバイスをした魔法使いの剣はこんな物では無かった。

 あの反りのある剣……カタナと言ったか、あれから繰り出された連撃はエルミアよりも重く、速く、巧かった。


 クラルは深呼吸のために大きく息を吸い込み、吐き出す。


 「………………あれを試してみるか」


 今のところ、剣術に関してはミナトに及ばない。

 だが、取り組んでいることは何も剣術の向上だけでは無い。


 ある魔法の完全習得だ。


 クラルは体中の力を抜き、集中する。

 この魔法には、風の緻密な操作が必要不可欠だからだ。


 クラルは風魔法を発動する。

 生み出された風は小さ過ぎず、大き過ぎず。


 〈風刃〉のように相手を切り裂く風では無く、野原に生えているような雑草を撫でる程度のそよ風を発生させる。

 大量に。


 彼女は自身の体の周りに多くの細かい風を巻き起こさせたのだ。

 発生した小さい風の一つ一つをミリ単位で操作していき、絶妙な風量を調整していき、それを自身の”後方”に集める。


 頭、胴体、腰、足など身体の後背部分に細かい風を配置させる。


 クラルは真紅の瞳を見開き、エルミアを捉える。

 彼女の視線に捉えられたエルミアは何故か、悪寒を感じた。


 「〈迅風〉」


 そして次の瞬間に、クラルは後方に搔き集めた風を、一気に前に押し出す。


 風を背後から受けたクラルは………………消える。


 いや、消えたように見えた。

 速過ぎて。

 

 「!!!」


 クラルが消えたと思った瞬間に、剣を腹当たりに構えたのは偶然だったのか、本能だったのか。


 剣を構えて、瞬きしない間に、


 「があ!!」


 エルミアは腹にとてつもない衝撃を感じる。

 まるで、もの凄い速い物をぶつけられた気分である。


 衝撃を受けて、後方に吹っ飛ぶエルミアが見たのは、自身の腹部の位置に拳を突き出したクラルの姿だ。


 そして遅れて聞こえるブオオオン!!という風切り音。


 そう…クラルは高速移動をして、その移動速度を生かした状態でエルミアに拳を叩きつけたのだ。

 高速の拳の攻撃だ。


 これが完全習得を試みているクラルの魔法…………いや、オリジナル魔法〈迅風〉だ。

 オリジナル魔法〈旋風〉に次ぐ、彼女の新たな魔法。


 簡単に言えば、風による高速移動である。


 伝説のエルフの逸話からヒントを得て、少し前から編み出そうと考えていた魔法である。

 緻密な風の制御がまったく上手くいかず、今まで完全習得に至らなかった。


 そもそも風によって、高速移動など出来るのかすら疑問だった。


 ミナトとのギルドの訓練場での試合では、結局失敗に終わった。


 けれど、最近になって手本となる魔法を何度も見てきた。

 それが〈迅風〉の習得ヒントに繋がった。


 今回、見事にエルミアを瞬で倒すことが出来た。


 当の本人はまだ不満げだが。


 「ミナトの方はもっとスムーズで、洗練されていた」


 クラルはここ最近、何度もミナトの水の高速移動である〈瞬泳〉を見てきた。

 あれこそ自身が完全習得をしようとしている完成された〈迅風〉の水魔法板。


 あれに比べれば、先程出した〈迅風〉はまだミナトの〈瞬泳〉に及ばない。


 まだまだ完全習得には、練習が必要である。


 少し遠くから試合を眺めていたミランは戸惑いながら言う。


 「さっきクラルがとんでもない速さで動いたか。あれって魔法だよな?魔法は…………使って良いのか?普通、剣での勝負だよな?ま、まぁ…模擬戦で魔法を使ってはいけない決まりも無いが」


 ミランの当然の疑問を聞いて、ミルは首を振る。


 兎にも角にもエルミアとクラルとの試合は、クラルの勝ちである。




 自身の護衛の試合を見届けたミルは、ミランとヴィルパーレの二人に向き直る。


 「ヴィルパーレ殿、ミラン殿。今日、私達がここに訪れたのは、マカの街を離れることを伝えるためです」

 「何?ここから出るのか?急だな」

 「少し前のマカに襲撃は私が原因です。私がこれ以上、この街にいると、この街や街に住む方達にまた迷惑を掛けてしまうかも知れません」


 ミルは申し訳無さそうにミランに言う。


 これまでに何度か暗殺者に命を狙われることがあったが、今回のマカの街への襲撃は度が過ぎていた。


 「別に気にするなって。今回の襲撃での被害は低かったしな」

 「そう言う訳には。出発は既にクラルと決めたことです」

 「そうか。いつでもマカに寄って良いからな」

 「ありがとうございます」


 ミルはミランに頭を下げ、お礼を述べる。


 「ミル殿は次の街に、何処へ行くつもりですか?」


 ヴィルパーレの率直な疑問にミルは答える。


 「はい。次に行く街は……人魚の噴水で有名な街、水の都アグアです」

 「「え?」」


 街名を聞いて、ミランとヴィルパーレは異口同音で疑問の声を上げる。


 アグアの街はミナトの実家のある故郷であり、現在進行形でミナトが向かっている街である。


 何故、アグアの街に行くのか疑問が尽きない。


 そして、それを訓練場の中央で耳の良いクラルがミルの言葉を聞き取り、


 「はぁ………」


 人知れず、ため息を吐くのだった。


 主人がアグアの街に行く意図は分からないが、またしても、あの小生意気な幼馴染みである水魔法使いの顔を拝むことになるのか。


 ムカつくような………………少し嬉しいような。




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