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現代の水剣技流




 「………………小さい屋敷」


 五年ぶりの家に対する感想が、これだ。


 別に自分の育った場所を貶したいわけでは無い。

 マカの領主であるヴィルパーレ辺境伯の大きくて壮観な屋敷を見た後なので、率直な感想が漏れてしまった。


 元我が家に少しの羞恥を抱きながら、俺は屋敷の正面門に近づいていった。


 さて、どのように行くべきか。

 いきなり五年間行方不明であった俺が屋敷に堂々と入っても混乱を招くだけだし。


 「ん?………おい、お前…平民が何をやってる?ここは貴族の屋敷だぞ」


 どうするべきか考えながら正面門に来たところで、門のすぐそばに立っていた剣士が怪訝な顔をして声を掛ける。


 平民か………そうだな、今はマカの街でブルズエルに買ってもらった服は庶民用の服だからな。

 シズカ様から貰ったマント以外は特に、特徴のない恰好だからな。


 そう思った時、俺は気づいた。


 この剣士の鎧の肩の部分に、水の波紋、そして剣の柄や鞘には、青い線があることを。

 これは水剣技流の剣士である証だ。


 「あんた………水剣技流なのかよ」


 思わず、そう呟いてしまった。


 そう言えば、現在のアクアライド家の屋敷にいるリョナ男爵家は水剣技流の武家であると言うことを思い出す。


 それを思い出し、目の前の剣士に少しの怒りを感じた。


 屋敷の門を守衛している、この剣士は水剣技流の剣士でありながら、弛んだ表情に緩み切った姿勢。

 水剣技流の剣士としての練度も気迫も感じない。


 こんな奴が水剣技流の剣士なんて、同じ水剣技流として、こっちが恥ずかしい。


 俺は剣士に詰め寄る。


 「な、何だよ……………………うわ?!」


 いきなり詰め寄られた剣士は意表を突かれた顔をし、そんな剣士に俺は足払いをかけた。


 剣士は尻餅をついて、後ろの方へ大胆に転んだ。

 転んだ剣士に俺は静かに言う。


 「おい、あなたのような奴でも水剣技流の剣士ですよ。創始者であるシズカ様に申し訳ないと思いませんか。取り敢えず、山を上り下りして足腰を鍛えてこい!」


 腹から声を出して、剣士に活を入れる。

 言われた剣士は呆然としている。


 折角アドバイスしてやったというのに。


 「あ、そうそう。人を呼んでくれませんか。マリね……マリ・タイゾンという使用人なんですが。ここに、まだいると思いますので」


 俺がアクアライド家の屋敷に戻ったのは、マリ姉に会うためだ。


 けれど、今度は人を呼んでくれと俺が頼み込んだことで、剣士は口を半開きにする。

 そして段々と顔を赤くさせ、立ち上がる。


 「ふざけるな!!何が人を呼べだ!舐めるのも大概にしろ!」

 「いえ、ふざけてないです」


 何を怒っているんだろう?

 急に足払いをした後に人を呼んでくれと頼んだ自身を棚に上げた俺は、首を傾げながら返答する。


 そんな俺の反応に剣士はますます顔を赤くさせ、腰の剣を抜く。


 「止めておいた方がいいですよ。どうせ、当たりませんし」


 俺の言葉に、とうとう堪忍袋の緒が切れた剣士。


 「ば、馬鹿にしやがって!!」


 抜いた剣を振りかぶり、俺に切りかかってきた。


 しかし、剣士の振り下ろしや剣の握り、足さばき、重心移動、剣の制度………何から何まで低水準。

 恐らく殺す気がないだろうが、それを考慮しても、みっともない剣筋。


 欠伸してても避けられる。


 「足腰じゃなくて、まずは素振りからだ………………な!」

 「ぐぎゃ?!」


 俺は剣士の剣を躱し気味に、またもや剣士の足に自分の足をかける。

 剣士はさっきとは逆に、前の方に大胆に転んだ。


 剣士がすってんコロリンと転がる光景は無様そのもの。

 やっぱり素振りする前に、足腰をもっと鍛えた方が良いな。


 その後も剣士は立ち上がっては、何度も俺に切りかかるが、悉く俺に避けられ、転ばされるの繰り返す。


 「くそ!」


 そして剣士は懲りたのか、剣を腰に差し戻し、その後は正面を空けて、屋敷の中に入っていった。

 お、ようやく分かってくれたのか?マリ姉を呼んできてくれるのかな?


 剣士がマリ姉を呼んでくれることを期待して、俺は門の前で待つことにした。


 そうしていると、


 「ん?」


 ふと、視線を感じて、門と屋敷との間の庭………俺が小さいころに父親から何度も魔法の練習をさせられ、叱られ、使用人や剣士たちから笑われた場所である大きな庭の方を見る。


 そこには………………一人の女の子がいた。


 見た目は七,八歳ぐらいか。

 紫の瞳に、短い髪はシズカ様と同じ水色になっているが、髪先のところで薄い赤色になっている。


 使用人の格好をしているから、この屋敷で働いているのかな?


 あんな子、俺が屋敷に住んでいた五年前まではいなかった。

 俺が「水之世」で行方不明になってから、使用人として雇われたのだろうか。


 それにしても幼い。

 

 「!!!」


 俺が女の子の方を見たからなのか、その子は体をビクつかせる。


 慌てた様子で走り去って、屋敷の陰に隠れてしまった。

 ……何だ、あの子は?




 そうして門の前で待つこと、暫し。


 剣士が屋敷から出てきた。たくさん剣士を引き連れて。

 そして俺はその剣士に現在、包囲されていた。


 「………………………は?」


 それしか言葉が出てこなかった。

 どう言う事だ?


 俺を囲っている奴らの鎧や剣には水の波紋や青い線がある。

 ということは、全員水剣技流か。


 だが、さっきの剣士と同じく、揃いも揃ってまったく脅威を感じない。


 「こいつか、ドット。お前に暴行してきた平民は?」

 「そうっすよ、兄貴。コイツ、頭おかしいんです。俺に殴りかかってきた挙句に、人を呼べとか、ふざけたことを抜かすんですよ」


 俺に散々転ばされた剣士………ドットは、隣にいる俺を囲っている剣士の中でも、正面にいる一際ガタイが良い茶髪の剣士にそう言った。


 あ、頭がおかしい……だと?!

 しかも、殴りかかってきたって……やってねぇよ!!


 俺は頬を引きつらせながら、ドットと茶髪の剣士を交互に睨んだ。


 だが、ここで俺はガタイの良い茶髪の剣士に対して、何か既視感を覚えた。


 あれ?コイツ……どこかで見たような?

 最近じゃない、もっとずっと前に。


 既視感を抱きながら茶髪の剣士の顔を観察していると、茶髪の剣士は俺を向かって目を鋭くさせる。


 「貴様、平民の分際で我らリョナ家に暴行を働く意味を理解しているのか?」

 「そうだ!そうだ!分かってんのか?あん?!」


 大人数なのか、完全に調子に乗っているドットは俺を煽る。


 「………暴行なんて働いてないです。ちょっと転ばせただけですよ」

 「嘘ですよ、兄貴!この平民は無抵抗な俺を何度も殴りました」


 無抵抗な状態で何度も殴ったのなら、殴られた跡ぐらいついているだろう。

 それを今、指摘しても無駄か。


 「ふん!暴行の次は虚偽か。これは尋問が必要だな」


 俺の弁護も虚しく、茶髪の剣士は囲っていた剣士達に、俺を拘束するよう指示を出す。


 「ざまあねぇな。貴族に逆らうからこうなるんだ。………………それにしても、お前なかなか値打ち物のマントを着てるじゃねぇか。迷惑代として、俺が貰っとくか」


 だがここで、あろうことか…ドットはシズカ様からマントを触れようっとしてきた。


 俺の方の堪忍袋はそこで切れた。


 はぁ…もういいよな?

 吐き気がしてくる。


 水剣技流の使い手は剣や魔法の強さだけでなく、清く正しい精神が求められる。


 特に、このドットとか言う雑魚には、その清く正しい精神は微塵も感じられない。

 初恋の相手であるシズカ様の名を汚しやがって。


 これはシズカ様の弟子として、直々に「指導」が必要だな。


 「マントに触んじゃねぇ!!」


 ドス!


 「ぎゃああああああ!!!」


 いつぞやの俺のマントに汚い手で触れようとした盗賊にやったように、ドットの金的に蹴りをお見舞いした。


 ドットは悲鳴を上げ、白目を剥きながら気絶する。

 ガッツが無いな。


 「ドット?!!き、貴様!!やりやがったな!!」


 ドットをやられ、激高した茶髪の剣士は剣を抜き、俺に切りかかる。


 剣筋はドットよりもずっと洗練されているものであった。

 それでも、俺にとっては誤差の範囲内だが。


 右半身になり、最小限の動きで躱した俺は反撃として鳩尾に拳を叩きこむ。


 「ぐわ?!」


 茶髪の剣士は腹を抱えて、悶絶する。


 しかし目はまだ俺の方を見て、睨んでいる。

 へぇ……ガッツは少しぐらいあるな。


 「「「ナット様?!」」」


 ドットと茶髪剣士以外の剣士達も、そこでようやく動き出す。


 危機感を感じて、腰に刺してある剣を抜いて構えるが、一連の流れが全てにおいて遅い。

 これがシズカ様との模擬戦だったら、構える間に数十回も攻撃を叩きこまれるだろう。


 俺は正面の茶髪の剣士の近くにいる剣士数人に、立て続けに腹に蹴りを放つ。

 蹴りを放たれた剣士達は剣を落とし、膝を曲げる。


 はい、次。


 俺は勢いよく屈んで姿勢を低くする。

 直後に、俺の頭上に剣が通り過ぎる。


 背後にいた剣士が横薙ぎを放ったのだ。


 「な?!背中に目でも付いているのか?」


 振り向きをせず、自分の攻撃を躱されたことに剣士は驚く。


 勿論、俺の背中に目は付いていない。

 だが、感覚を研ぎ澄ませ、気配を読めば良いだけだ。

 水剣技流の剣士であるならば、出来て当然。


 水剣技流はあらゆる力を感じ、読み取る剣術。

 俺だって、本気を出せば数十メートル先の人の気配ぐらい読めるぞ。


 屈んだ状態で、一気に背後にいた剣士へ肘打ちをかます。


 その後は、ただの流れ作業であった。


 俺を囲っていた剣士達から攻撃を避けつつ、反撃をし、制圧していく。


 「「「………」」」


 数分と経たず俺の周囲には、みっともなく倒れこむ剣士達の姿があった。


 ………これがの今の水剣技流の実力か。

 吐き気だけでなく、頭痛もしてきた。


 千年前からアクアライド家は落ちぶれていると同時に、水剣技流も質が下りに下がっていることは承知していた。

 それでも、ここまでとは。


 水スライムを倒すので精一杯な五年前の俺だったら、怖くて仕方がないけど。

 しかし、今の俺が改めて見てみると、本当に弱いんだな。

 現代の水剣技流は。


 「くそっ!何なんだ、お前は!」


 鳩尾を抑えながら、茶髪の剣士……ナットが鋭い目つきで剣を構える。


 さっきの切りかかった時の剣筋といい、構えた姿もここにいる剣士達の中で一番ブレが無い。

 なによりガッツと気合がある。


 そんな彼に免じて、こちらも名乗るとするか。


 「俺か?俺は……千年前の水剣技流の使い手だ」

 「………」

 「………」


 ビシッと俺は決める。

 俺の名乗りにナットは押し黙り、俺も黙る。

 けれど、次の瞬間、


 「ふざけるな!!」


 ふざけてないんだがな。


 千年前に生きていたシズカ様から直接、稽古を受けている。

 すなわち、千年前の水剣技流の使い手と名乗っても間違いではないはずだ。


 そんなことを知る由もないナットは激怒し、次の場面でとんでもないことを言い放つ。


 「くらえ!!水剣技流”最終”奥義・水詠み!!」

 「………………………は?」


 本日二度目の「は?」である。


 俺が呆然としている間に、ナットは手元を少し引き、そして突きを放ってきた。


 呆然としながらも、俺はまた最小限の動きで突きを躱す。

 躱して無防備なナットの鳩尾にまた拳を叩きこむ。


 「がっ?!」


 同じ場所に連続で攻撃を食らったためか、今度はドットと同じく白目を剥いて、気絶する。

 気絶したナットを横目に、俺は先ほどのナットの発言を思い出す。


 水剣技流最終奥義・水詠み。


 奥義・水詠みは分かる。

 水剣技流の基本技にして初伝であり、奥義とも言われている技だからな。


 というか、そもそも水詠みはカウンター技だ。

 相手の攻撃に応じて反撃するもの。

 あんな風に、自ら攻撃を放つものではない。


 まぁ…そこは今置いておこう。


 だが、問題は”最終”奥義と言ったことだ。


 最終って何だ?最終って!

 まるで、水詠みが水剣技流の最後にして、最強の技みたいじゃないか。


 確かに、水詠みは今言ったように基本にして奥義の技だ。

 俺も習得するのに、かなり苦労した。

 でも、水詠みは水剣技流の初伝、つまり”最初”に過ぎない。


 そこから中伝・奥伝となっていき、最後に最終奥義へと繋がっていくのだ。


 俺も一回し見たことが無い、水剣技流の最終奥義。

 シズカ様が使ったそれは、まさに神が使う技だった。

 あれこそまさに最終奥義にして、水剣技流の最終形態。


 断じて、ナットが先程使った”偽”水詠みではない。


 まさか現代の水剣技流は、水詠み以外の技が残っていないのか?

 しかも水詠みに関しても、まともに技として機能してない。


 水剣技流も一体どうやったら、ここまで下がるんだ?


 そこまで考えていたところで、別の人物の声が聞こえる。


 「そこまでです。”ミナト殿”」

 「ん?」


 声がした方を見ると、白髪の混ざった壮年の男性が門のそばにいた。


 貴族服を着ているが、腰の剣には青い線があるため、この人も水剣技流。

 また低水準の水剣技流が現れたと持ったが、立ち姿だけ見ても、ここで倒れこむ剣士達…ナットよりもさらに洗練された剣士であるのが感覚で分かった。


 雰囲気もマカの辺境伯であるヴィルパーレと似ている者がある。


 誰だ?

 しかも、さっき俺の事をミナト殿と言ったよな?

 どうやって、俺の事を知ったんだ?


 壮年の男性は頭を少し下げ、名乗る。


 「私はリョナ男爵家当主を拝命しているフルオルと申します。ミナト殿の積もる話もあるでしょう。どうぞ、我が屋敷…………いや、貴方の元屋敷にお入りください。そこで倒れている我が剣士達は後で使用人が手当てします。ですので、どうぞこちらへ」


 まるで執事のように嫌に丁寧な言葉遣い。

 壮年の男……フルオルは俺を屋敷へと案内するのだった。


 「………」


 俺は無言のまま倒れている剣士達をそのままにして、フルオルに付いて行った。




 「え?………………ミナト?」


 それを紫の瞳を持った使用人の女の子が、屋敷の陰からそっと見ていた。

 小さくミナトの名を呟くのだった。




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