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むかーしむかーし⑥




 むかーしむかーし。


 今よりも遥かに昔の話。




 男の子が泣き止むのに、一体どれだけの時間がかかったのか。


 何年も何年も、男の子は泣いていたのです。


 女の子の亡骸が朽ち果て、残された骨が風化されて、女の子を形作っていた物は殆どありません。

 そこで、ようやく男の子は泣くのを止めました。


 泣き止んだ男の子が、ふと後ろを見ると、そこには巨大な湖がありました。


 青く輝く三日月の湖が。

 その湖の水は生気に満ちあふれていました。


 さらには、湖の周囲の土地も変わっていました。

 往々しく立派に草木が生い茂る森が出来ていたのです。


 見上げるほどに大きくたくさんの木々が。

 その森の木の葉は活力に満ちあふれた


 この土地は女の子の太陽と、死の竜の息吹によって不毛な場所になったいたはずでした。


 気づけば、こんなに美しい湖と森が出来上がっていたのです。


 その理由は男の子が涙を垂れ流す間に、周囲に放った膨大で強力な魔力が生命を吹き込み特別な雨を降らせ続けたからです。


 大切な人を失った男の子の悲しみによって創造された………”命を分け与える雨”の力で。


 男の子は青く輝く三日月の湖の水面に顔を近づけます。

 そこには”目と髪を青く染めた”男の子が移っていました。


 いつの間にか、目と髪色が変わっている事に驚いた男の子は周囲を見ます。

 すると、男の子の傍には白竜がいました。


 泣いてる間もずっと、白竜は男の子をずっと見守っていたのです。

 女の子を最後まで生かすことが出来なかった……その贖罪をするように。


 『本当にごめんなさい』


 白竜は再び、金色の瞳から涙を零す。


 それに対して、男の子は起こることもなく、女の子の最後の言葉を伝えてくれて、ありがとうと言う。


 男の子は白竜の事を微塵も恨んではいません。

 むしろ少しでも女の子を救おうとしたことに感謝するばかり。


 しかし、これから男の子はどうすればいいのか、全く分かりませんでした。


 英雄になりたくて、冒険者になった。

 でも、英雄には成れなかった。


 自身は大好きな人も救えなかった人間である。


 何をする気力もわかない男の子を見て、白竜は言います。


 『人の魂は巡ります』


 白竜は空を見て、


 『貴方の愛する人の魂は天へ行きました。そして、きっといずれ現世に戻る日が来ます』


 それを聞いた男の子は、それはいつの事なのかと聞きます。

 白竜は申し訳なさそうに顔を伏せました。


 『分かりません。数年か…数十年か…数百年か…もしかしたら千年後かも知れません』


 千年後と聞いて、男の子は……それは長すぎると言いました。


 『そうでした。私達、竜にとって千年はたいした年月ではありませんが、人には途方もない長さですね』


 そこまで言って、白竜は目を閉じます。

 そして次の瞬間に白竜の身体が白く光り始めました。


 驚く男の子をよそに、白竜は長い首をうならせ、男の子に顔を近づけます。


 『ですが、安心してください。私が貴方に千年の時間を与えます。貴方たち二人には、とても強い”縁”が存在します。私が貴方達と出会った事は決して偶然ではありません。必ず、貴方は愛する人と再び会えると私は信じています』


 白い光がどんどんと強くなり、白竜は完全に光と化しました。


 光はゆっくりと男の子に進み、身体に入り込みました。

 光がすべて、男の子に体に入った後、最後に光は消えました。


 そこには白竜の姿はもうありません。


 でも、男の子には分かりました。

 体の中にある溢れる、まるで母親に抱かれているような優しい暖かさ。


 白竜は自分に命………寿命をくれたのだと。

 たくさんの寿命を。

 自分の愛する人の魂が巡り、現世に戻り、もう一度会えるように、たくさんの寿命をくれたのだ。


 今は完全に男の子の身体の一部になった白竜に向かって、何故ここまでしてくれるのか尋ねます。


 すると、白竜の微笑する声が体の中から聞こえます。


 『謝礼ですかね。貴方達、”天の遣い人”への謝礼です。貴方は知らないことですが…………私と貴方、それと貴方の思い人とは、貴方達が生まれるずっと前から出会っていたのですよ。”縁”が私達を導いたのです』


 それが白竜の最後の言葉でした。


 それから何度、男の子が体の中に話しかけても、白竜が答えてくれることはありませんでした。


 白竜が最後に言ったことは正直言って、全く理解できませんでした。

 しかし、これだけは理解できました。


 自分は愛する人ともう一度、会わなければならない。

 会って、今度こそ伝えるんだ。


 君が好きだと。









 それから男の子は探し続けています。


 輪廻を巡り、転生を果たした女の子……大好きな人とまた会うことを信じて、探しています。




 男の子は長い時間をかけて、時に人助け、時に魔物を倒しながら世界中を周り、探しました。


 数百年経っても探しました。


 どれくらい太陽が昇って、落ちたのか分からないぐらい探しました。


 自分の名前も思い出せない程、長い時の中、探しました。

 それでも男の子は決して、女の子の名前だけは忘れません。


 ………そして、ついに男の子は見つけます。

 千年経って。


 一目で女の子の…愛する人の生まれ変わりだと知ります。


 男の子は女の子の名前を言いながら、今度こそ伝えます。


 愛しているよ…と。


 おしまい。









 「…………………懐かしい夢を見た」


 俺は目を擦って、腕を上げ、背伸びをする。


 先程まで、馬車の中で居眠りをしていた。

 

 俺の故郷のアグアの街に向かうために、マカの辺境伯であるヴィルパーレが用意してくれた馬車は振れが全くなく、内装も居心地抜群なので、心地よくて寝てしまった。


 俺は寝て起きたばかりの頭をすっきりするために馬車の窓を開けて、外の空気を吸う。


 「あ!ミナト殿、主要な街道の街は全て超えました。後一日でアグアの街にたどり着けそうです」

 「分かりました」


 御者を務める辺境伯家の騎士の人にお礼を言いながら、俺は数分前まで見た夢を思い出す。


 あれは俺がまだ五年前の十歳ごろ、〈水分子操作〉の習得訓練終わりにウィルター様が聞かせてくれた昔話の一つだ。

 そう言えば、聞くときはシズカ様に膝枕をして貰ってたっけ。


 今考えたら、恥ずかしいのなんの。


 ウィルター様から聞かさせた昔話はたくさんあったが……夢で見た、あの昔話が一番好きだ。


 数年前の記憶だが、まさに冒険談って感じの物語で妙に心に残っている。


 確かなタイトルは………………、


 「………あ、そうそう。確か……『太陽と雨』だったな」


 俺は馬車の窓から外の景色を眺めていた。


 視界の上には、海のように穏やかな青、そして今日もこの世界に光を灯す太陽があった。




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