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むかーしむかーし⑤




 むかーしむかーし。


 今よりも遥かに昔の話。




 男の子がふと…目を開けます。


 そして体を起こしましたが、記憶が曖昧なため、男の子は自分が今まで何故眠っていたのか暫く分かりませんでした。


 男の子の目に映る荒廃した大地を見て、徐々に記憶が蘇ってきます。


 自分と女の子は死の竜を倒すために、ここで戦った事。

 死の竜には、全く敵わなかった事。

 そして女の子を庇うために、死の竜の息吹を受け止めて、そのまま倒れこんだ事。


 そして最後に覚えているのは………。


 そこで男の子は、ようやく「黒い病」に掛かって意識が薄れる中、女の子が多くの太陽を顕現させ、自らも太陽となった光景も思い出します。


 思い出した瞬間に、男の子は慌てて自分の体を触りました。

 そこには、「黒い病」に犯された跡は無かったのです。

 痛みも苦しみも感じません。


 それは女の子が創造した”死だけを焼き尽くす太陽”の力で「黒い病」だけが焼かれ消えたからです。


 男の子は、すぐに立ち上がって周囲を見渡し、女の子を探します。


 女の子は見当たりません。

 そして死の竜も。


 男の子の周りには、女の子と死の竜との戦いで荒れてしまった大地しかありません。

 男の子は女の子の名前を叫んで、探し出す。




 そうして長い間探し回った末に、やっと男の子は見つけました。


 ………傷だらけになって、「黒い病」に全身を蝕まれた女の子を。


 女の子の体は、至る場所が酷く黒ずんでおり、両足は千切れ、片腕も無く、片目も潰れていて、もう片方の眼も光を失っていました。

 辛うじて息がありましたが、女の子は死の半歩手前も無い状態でした。


 男の子は女の子に駆け寄り、腕の中に抱いて、繰り返し呼びかけました。


 すると、女の子は口を僅かに動かして、言います。


 …………竜…は倒した。

 だから…………安心して。


 そこまで言って、女の子は再び口を開こうとしませんでした。


 男の子はどうする事も出来ませんでした。

 ただ泣き叫ぶのみ。


 誰でもいいから、助けて欲しいと。

 大好きな女の子のためなら何でもするから、お願いだから女の子を助けてくれと……何度も叫びました。




 そんな時です。


 それが翼をはためかせて、空から降りてきます。


 長い首、巨大な翼、堂々たる四肢から生えている槍のごとき爪。

 立派な角と剣を思わせる牙、そして金色の瞳。

 輝く美しい白い鱗。


 そう……それはかつて男の子と女の子が村のそばの森の奥で出会い、共に遊んだ白竜でした。


 男の子は突如、現れた白竜に驚きます。

 驚く男の子を見た白竜は言います。


 『かつて会った人の子よ、久しぶりですね』


 頭から優し気な声が聞こえました。

 それは白竜の声です。


 『同胞………いえ、元同胞の気配が消えるのを感じて、ここまで来たら貴方たちがいました。元同胞を倒したのは貴方たちですか?』


 白竜の問いに対して、男の子はどう答えて良いか分かりませんでしたが、白竜に向かって、ひたすらに女の子を助けてほしいと懇願しました。


 それを受けて、白竜は、


 『その子は元同胞の〈死の力〉に当てられたのですね。私が何とかしましょう』


 そう言うと、白竜はその金色の瞳を黄金に輝かせます。

 すると、女の子の身体は金色に光に包まれました。


 光が消えた後には、傷だらけで「黒い病」に体を蝕まれていますが、それでも安らかに眠る女の子の顔がありました。


 『これでしばらくは大丈夫です。私の力が持つ限り〈死の力〉を食い止めます』


 それを聞いた男の子は何度も白竜に感謝します。


 そして今まで起こってきた事を全て話しました。 


 『なるほど。太陽と雨………………貴方たちは初めて出会ったときに何かを感じていましたが、まさか…………”天の遣い人”だったとは。これも”縁”という物ですか』


 天の遣い人という言葉は男の子には、さっぱりでした。

 白竜は続けて言います。


 『貴方たちの国を襲った死の竜と呼ぶそれは、私たちと同じ仲間の竜の成れ果てです。本来…竜には、人の世には干渉しない掟があります。しかし、死期を迎えた竜が死にきれずに、生きとし生ける者たちに死を振り撒く災いをもたらす存在へを成るが事があります』


 どうやら男の子と女の子が戦った死の竜は、白竜の仲間だったらしいのです。


 『我が同胞の非道をお詫びしたい』


 けれど、白竜はただ攻めるでもなく、申し訳なさを込めた瞳で男の子に長い首を下の方まで下げました。

 男の子は白竜に尋ねます。


 女の子を苦しめている「黒い病」で、罹った者は例外無く死ぬ。

 どうすれば、女の子を救うことができるのか。


 『私が今から言う物を取ってきてください。それらが揃えば、この子を救うことができます』


 けれど、白竜が言った取ってきてほしい物……それは、


 魔王の血。

 ベヒモスの魔石。

 不死鳥の翼。

 世界樹の雫。


 どれも伝説や神話に出てくる物。

 とてもではありませんが、男の子には男の子が手に入れるには無理難題な物でした。


 『私はこの子に罹っている〈死の力〉を抑え込むのに動けません。しかし、貴方に魔法を教えることは出来ます』


 それから男の子は白竜から魔法の使い方を教わります。


 あらゆる魔法を扱える白竜は魔法に関して、とても博識でした。


 それによって、瞬く間に男の子は、永久に降らせる雨や国を飲み込む洪水、天を揺らす氷の槍、大地を銀世界へと変える大雪崩………果ては雨の流星まで。

 白竜でも、驚くべき成長速度で。


 圧倒的なまでの魔法の力を身につけた男の子は、旅立ちます。

 女の子を救うために。




 白竜が取ってきてほしいと言った物を、全て揃えるのに十年はかかりました。


 途中何度か死にかけることはありました。

 それでも男の子は諦めませんでした。


 大好きな女の子のために。


 男の子は圧倒的な魔法を持って、魔王を打ち取りました。

 男の子は神の力を見まがう水の力によって、ベヒモスを薙ぎ倒しました。

 男の子は世界を凍らせる絶対零度の氷の力で、不死鳥を屈服させました。

 男の子は多くの多種族の協力を得て、世界樹のある場所にまで辿り着きました。


 男の子は困難を乗り越えたのです。


 そうして男の子は、白竜の元へ戻った時でした。


 女の子は……………………………………………息絶えていました。


 遅かったのです。

 女の子は全身を黒く染めた状態で死んでいました。


 『ごめんなさい』


 白竜は金色の瞳から涙を零し、女の子を死なせてしまったのを誤りました。


 白竜は言いました。

 女の子が最後に死ぬ直前に、男の子の名を言い、こう呟いていたのを。


 ありがとう、愛している………………と。




 それを聞いた男の子は泣きました。


 ずっとずーと泣きました。


 涙が枯れ果てることなく、ずっとずーと泣きました。


 男の子の悲しみによって膨大な魔力が放出され、男の子の周囲に大量の大雨を降らせても、男の子は気にせず、ずっとずーと泣きました。


 辺り一面が大雨の影響で、巨大な湖へと変わるのを気にせず、ずっとずーと泣きました。


 男の子は、女の子の遺体を抱いたまま、ずっとずーと泣きました。









 『………………ごめんね、ミナト君。今日の話、凄い悲しい終わりになっちゃったね』

 「…………ぐす」


 ウィルターの話に出てくる男の子が余りにも可哀そうで、ミナトまで泣いてしまった。


 「うっ………その男の子………何か浮かばれないです。大好きな人のために頑張ったのに」


 ウィルターは涙を流すミナトの頭を撫でる。


 『そうだね………でもね……この話には、まだ続きがあるんだ』

 「本当ですか?」

 『うん、本当。次話してあげる。だから今日はお休み』


 ミナトは目に付いている涙を拭いて、


 「お休みなさい。ウィルター様、シズカ様」

 『お休み』

 『お休みでござる』


 いつものように、ミナトはシズカの膝に頭を乗せたまま眠るのだった。


 『確かに浮かばれないですね。何故神様は、僕達一族にこんな運命を辿らせるのでしょうか』


 ウィルターの言葉は、悲しみと、少しの怒りが含まれていた。




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