むかーしむかーし④
むかーしむかーし。
今よりも遥かに昔の話。
雨を降らす魔法使いである男の子と太陽を作る魔法使いである女の子は、たった二人で誰も敵わなかった死の竜に立ち向かいまして。
雨と太陽と死が激突します。
その戦いは熾烈を極めました。
二人と死の竜が戦っていた場所の辺り一面が更地になるほど熾烈なものでした。
戦況は一進一退の攻防………………とは、なりませんでした。
戦いは死の竜の一方的な攻撃でした。
なぜなら男の子の雨の魔法でも、女の子の太陽の魔法でも死の竜はビクともしなかったからです。
驚くべきは、今までどんな魔物相手でも、近くでその熱量を浴びるだけでも灰になる女の子の作り出す太陽を食らっても、死の竜は毛筋も傷を負わない事です。
対する死の竜は、火炎の渦や無数の氷柱、暴風の嵐、巨大な地割れなど、強力な火水風土の四つの魔法を使って攻撃してきます。
しかし、それだけではありませんでした。
死の竜が放つドス黒い息吹です。
それは掠っただけで空気が淀み、植物は枯れ、大地は汚染され、人は苦痛の病に蝕まれる恐ろしい吐息です。
二人は死の竜の攻撃を凌ぐことで、精一杯。
女の子は強い心で必死に太陽を作り出し、死の竜に反撃を仕掛ける中、男の子は女の子の邪魔にならないようにする事だけしかできませんでした。
時折、大量の雨を死の竜に降らせますが、当然全く効果がありません。
男の子は、今の自身の無力さを酷く痛感します。
…………いえ、今だけではありませんでした。
ずっと前から男の子は、自分は足手まといであると分かっていました。
二人は国中から稀代の大魔法使いと言われていますが、それは女の子だけであり、自分はきっと女の子のお情けであると…………男の子は感じていました。
それは女の子が太陽を作り出す魔法に対して、自分の魔法は雨を降らすことだけだからです。
出来ることと言ったら、女の子が太陽で魔物を焼き払う際に、草木に燃え移る火を沈下することだけ。
自分は女の子の後始末しかできないと思い、それを女の子が口に出して指摘しないのは、女の子が心優しいからだとも思っていました。
本当なら男の子は女の子を守るはずなのに、冒険者になってから、いつも女の子に守られてばかり。
英雄のようになるために冒険者になったはずが、今は女の子の方が英雄らしいと知っていた男の子は、このままでは自分と女の子は不釣り合いと考え、お互いに離れるべきではないかとずっと前から思っていました。
それでも男の子は、今まで女の子から離れようとしませんでした。
離れたくありませんでした。
その理由は、死の竜と戦う女の子を見て、答えはあっさり見つかりました。
好きだったのです。
男の子は女の子を。
生まれてから今まで共にいた、この女の子の事が。
好きだから、離れたくなかったのです。
それに気づいた男の子は、心に決めます。
決して、この戦いで女の子を死なないと。
自分の大切な人を守ると。
けれど、状況は残酷でした。
女の子の魔力が尽きようとしていたのです。
男の子と女の子は、二人とも膨大な魔力を持っていましたが、長い時間での死の竜との戦いで太陽を作り続けていた女の子の魔力は限界に近づいていました。
このままでは負ける。
そして二人ともに死んでしまう。
自分が不甲斐無いせいで。
せめて女の子の命だけでも救う。
そう結論付けた男の子は、女の子の前に身を投げ出します。
驚く女の子をよそに、男の子は体中にある魔力を全て振り絞って、それはそれは大きな大きな雨を降らせます。
地平線の彼方を埋め尽くす雨雲。
鼓膜に痛いぐらい響く雨粒の落ちる音。
途方もない水の暴力。
まるでそれは、海そのものを空から地面に叩きつけたかのような。
戦っていた場所を海に変えてしまうほどの大雨を降らせ続けます。
流石に、死の竜もこの大雨に動きを止めます。
男の子は、今のうちに自身が竜を食い止めるから、その間に逃げろと…女の子に言います。
けれど、言われた女の子は逃げようとはしません。
男の子が何度も逃げろと言っても、逃げません。
絶対に。
女の子は男の子から離れようとはしませんでした。
男の子が力尽くで女の子を引きはがそうとしても、女の子は男の子から離れようとはしませんでした。
そして目の前には、とうとう死の竜が迫っていました。
死の竜は二人に向かって、生きとし生ける者を死に追いやる黒き息吹を放ちます。
それを見た男の子は女の子を守るように、女の子の前に体を大きく広げて立ちはだかり、黒き息吹をその身に受け止めます。
男の子は何とかして、女の子を守りきったのです。
しかし、その代償は大きいものでした。
倒れこんだ男の子の体中を黒く蝕まれてしまったのです。
女の子は知っていました。
死の竜の息吹によって体中にできた黒は、「黒の病」と呼ばれ、いずれ全身を巡り、その者を死に追いやると。
つまり男の子はじきに死ぬという事です。
まともに立ち上げることも、喋ることもできない男の子を見て、女の子は………………既に尽き欠けている魔力を全身に迸らせます。
意識が朦朧とする中、男の子の歪む視界に映り込んだのは、目を朱く光らせ、髪を炎のように紅蓮に染める女の子の姿した。
男の子は薄れる意識で疑問を抱えます。
もともと女の子は赤い目をしていないし、髪の色も赤くないからです。
そして疑問に駆られた男の子に視界に、次の瞬間………………天が赤く輝きます。
先程まで、男の子の膨大な魔力で空を覆っていた雨雲が蒸発し、焼き払われ、代わりに……………………数十個もの巨大な太陽が現れたのです。
この世の終わりを思わせかのような煉獄の光景。
数十個の太陽によって、途方もない熱量が男の子の身体に打ち付けられると思われましたが、何故か男の子の身体には、それは反対の優しく包み込む温かさが舞い降ります。
この時の男の子は知りませんでしたが、男の子の身体を蝕む「黒い病」はその太陽の光によって焼き消えていました。
大切な人を傷つけられた女の子の怒りによって創造された………”死だけを焼き尽くす太陽”の力で。
余りの心地よさに、男の子は徐々に意識を失っていきます。
最後に男の子が見たのは、宙に浮かび、自らも太陽と化した女の子。
それは太陽の化身。
太陽そのものになった女の子。
それが男の子が最後に見た光景でした。
『今日はここまでにしよう』
ウィルターはそこで話を終わらせた。
「凄いですね!その女の子!」
ミナトは目を輝かせて、先程の話に歓喜する様子を見せる。
それにウィルターは戸惑う。
『え?そ、そうですか?!』
「はい。凄いですよ、その女の子。まるで太陽の神様ですね!!」
『……………』
ミナトの純粋な感想に、ウィルターは押し黙る。
『今日はもう遅いので、寝てください。明日も〈水分子操作〉の習得訓練がありますから」
「はーい」
やはり続きが気になるミナトだが、ウィルターに言う通り、明日も訓練があるので、目を閉じた。
そしてシズカの膝で眠りにつく。
眠りについたミナトを見て、ウィルターは悲しげな表情で呟く。
『………ミナト君、神様なんて…この世にいないんだよ」
『お父様…………』
そんなウィルターを、眠っているミナトの頬を撫でながら切ない顔でシズカは見た。