閑話 海の幸
これは一章の最後の方に入れようかなと、検討していた話です。
時系列的に、ミナトが盗賊掃討に出る前ぐらいの話です。
五年間のダンジョン「水之世」での修行を終えて、俺は入り口を出て、入り江の街マカに来てから十数日が経過していた。
クラルとの決闘で訓練場の壁を壊したために、修理代を稼ぐためにコツコツと依頼をこなしていたのだけど、毎日依頼を遂行していたわけではない。
その日、俺はマカの入り江の海岸から百メートルほど離れた沖合いにいた。
上を見れば、雲一つ無い澄み渡った青い空。
そして……すぐ下を見れば、俺の視界一面に広がる青い水…………いや、海。
水は基本的に透明であるが、数メートル先の水は青々しく彩られている。
これは様々な色を持った太陽光が海を通過した際に、水の青い光だけを吸収する特性で、海が青く見えるからだ。
空の蒼と海の蒼は、不思議といつ見ても飽きない。
俺は息を大きく吸い込み、青く染まった海…その下を潜る。
数メートル下には、白や橙色、赤、緑、 多くの種類の絵の具で塗られたように、色彩豊かな木や茸のようなものが広がっている。
珊瑚礁だ。
海中のカルシウムを石灰化し、褐虫藻による光合成産物やプランクトンの有機物で成長によって、見事な石灰質の骨格が形成され、美しい景観を作り上げている。
珊瑚礁だけでも見事だが、珊瑚礁を住処とする、これまた彩り豊かな魚たちが泳ぎ回っており、最早一種の芸術である。
俺の視界を画角としたら、これは絵が変わる絵画だ。
見飽きることは無いだろう。
………………あった!
その絵画の中に目的の物が映り込む。
拳一個分の大きさに、何個もの突起物が出来ている石のような殻……貝だ。
それも焼いて食べれば、とても美味いサザエ。
それが複数。
サザエを認識した俺は海面から下へと素潜りをした。
生まれてから今日初めて、海で泳いだが、なかなか楽しい物だ。
海岸から泳ぐ前は不安が少しあったけど、やってみれば、泳ぎって意外と簡単なんだな。
数メートル下を潜った俺はサザエを手に取り、腰にある網の中に全て入れる。
その時点で腰の中には、これまで取ってきたサザエを含めて、十個以上ある。
これなら充分だろ。
上に泳いで、海面に出た俺はマカの方向へ戻ることにする。
「〈放水〉」
足から大量の水の噴出をして、その反作用により、俺は勢いよく海中を進んだ。
潜っていた場所から一分もしない内に海岸に上がった俺は、取ってきたサザエを美味しく焼いてくれる人物のもとまで行く。
その人物は海岸の近くで鉄板を置き、その下の炭火の火加減を調整していた。
「すみません。取ってきました、サザエ!」
「お!ミナト、もうそんなに取ってきたのか?早いな。よし、それをここの上に乗せろ」
そこには「水之世」から出て、初めて知り合いの冒険者になったBランク冒険者パーティ「銀山」のリーダーである剣士のブルズエルがいた。
ブルズエルは俺が取ってきたサザエを鉄板の上に乗せろと促す。
早速取ってきたサザエを鉄板の上に乗せる。
すると、ジュウゥゥ…ジュウゥゥ…と香ばしくサザエが焼ける音が聞こえる。
暫くすると、サザエの殻の中から油が溢れてくる。
これは美味そうだ。
そう思っていると、横から釣り竿を持った盾使いのウルドと弓士のクリンズが来た。
「ふ~う…なかなかの数が釣れたぞ。……………あれ?それってサザエか?!美味そうだな!」
「………」
釣り竿を持ったウルドが鉄板の上で焼けているサザエを美味しそうに見た。
無言だが、二人が釣った魚の入った箱を持っているクリンズもサザエを物欲しそうに眺めていた。
ブルズエル以外の「銀山」の二人は、海岸で魚を釣っていたのだ。
「おう、ミナトが取ってきたんだ。そっちも、ぼちぼち釣れてんじゃねぇか。枝をさして、炭火のそばに置いておけ」
ブルズエルの指示通りに、釣った魚を枝で串刺しにし、炭火の近くに立てかけた。
こうすることで美味しい焼き魚を食えるって訳だ。
その後は、先に出来た焼きサザエを俺と「銀山」の四人で分け合い、頬張った。
う~~んまい!!
海鮮特有の臭みの無い味が口いっぱいに広がる。
調味料として、掛けた塩がさらにうま味を加速させる。
そう感じているのは、他の「銀山」の三人も同じようで、無我夢中で食べている。
胃が早く魚肉をよこせと急かすもんだから、サザエは見る見る内に平らげてしまった。
続いて良い感じに焼けた魚をまた分け合って、四人で食べた。
これもまたサザエと違った海の味で、食欲を増幅させる。
三匹目の焼き魚を食べている途中で、
「あれ?ブルズエルさん達、もう食べてるじゃないですか?」
「銀山」と深く交流があるCランク冒険者パーティ「五枚刃」が来た。
パーティリーダーである槍士のモンシェが既に食べ始めている俺達を見て、不服そうな顔をしている。
五人の手にはイカの串焼きやタコの唐揚げ、アワビの丸焼き、エビの油揚げなど、そこらの屋台で買ってきたちょっとした海鮮の海鮮のごちそうがあった。
それらも美味しそうである。
「遅かったじゃないか、ミナトが取ってきたサザエはもう食べ終わったぞ」
ブルズエルがサザエはもう無いというと、「五枚刃」が一斉に不平不満を言う。
「な?!サザエ?!しかも、もう食べ終わった?!」
「酷いですよ、少しぐらい残して下さい!」
「サザエか……俺も食べたかったな」
「じゃあ俺達もこれ上げませんよ」
「ミナト、頼む!また取ってきてくれ!!」
しかも手元にある美味そうな海の幸は寄越さないという始末。
それは困る。
それを聞いたブルズエルも、同じく困ったように顔に手を当て、俺に向き直る。
「しょうがねぇな。ミナト、もう一回捕ってくれないか。今度はもっと多く」
「えっと…分かりました。もっとたくさん取ってきます」
もともとこの後、またサザエを捕りに行こうと思っていたところなので、丁度良い。
俺の返答を来た「五枚刃」は喜び、持っていた海鮮のごちそうをくれた。
それらを頬張ったが、これまた予想通り美味い。
特に斥候板のバンが持っていたタコの唐揚げは肉々しくて、一番美味かった。
やはり母なる海で育った者たちは臭みの味で美味い。
うん、美味いものは心を幸せにしてくれる。
見ての通り俺達は今日、様々な海の幸の食べている。
こうなった経緯を簡単に説明すると、今朝マカの街の中で「銀山」と「五枚刃」にばったり出くわした俺は彼らに誘われて、ここにいる。
どうやら彼らは今日、冒険者としてオフ日だそうで、これから入り江の海岸に行って、いろんな海の幸を食べようとしていたところらしい。
俺は一も二もに無く了承した。
本当は今日は依頼をやろうとしたけど、止めだ!止めだ!
依頼なんかよりも、食べ物の方が良い。
俺が海で貝などを取ってくる間、「銀山」は魚を釣り、鉄板と炭火の準備。
「五枚刃」は入り江の屋台でいろいろな物を買ってくる予定となったのだ。
聞くところによると、冒険者は基本的に週二,三回を依頼をこなし、オフ日には休みをとるか武器や装備のメンテナンスを行うものであるが、偶にはこうして皆んなで飯を食うこともあるそうだ。
今日はそれに俺が加わったという事だ。
マカの冒険者の多くはオフ日に海鮮を食って英気を養うほか、冒険終わりの祝勝会として、よく海鮮料理を食べるのが恒例出そうだ。
入り江の街であるマカはちょっとした漁業も営んでいるらしく、ダンジョン「水之世」の入り口がある入り江には冒険者に食べ物を売る多くの屋台があるが、殆どが海鮮関係である。
マカの街内の食事場も魚類関係の料理を出す店がかなりある。
そう言えば、アイスウルフに噛まれて低体温症になった斥候のバンを治したお礼として、ブルズエル達から祝勝会に誘われて、五年ぶりの食事を摂った時もそうだったな。
あの時の食事は肉や野菜、スープもあったが、思い返せば海鮮料理の比重が多かったな。
「五枚刃」が買ってきた海鮮物を食べた後は、「五枚刃」のリクエスト通りにサザエを海から取りに行くために、俺はまた海に潜った。
目的のサザエは足から出した〈放水〉の噴出の勢いを使って、素早く海を探索することで今度も簡単に何個も見つけることが出来た。
腰の網が一杯になったのを確認して、ふと…俺はこの珊瑚礁の向こうがどうなっているのか気になった。
今日は快晴で天気が良く、日差しが海を照らし、下の珊瑚礁がはっきり見えるが、この珊瑚礁がいつまでも続いているはずは無い。
珊瑚礁の先には、どんな正解が広がっているのか興味が沸いた俺は〈放水〉で一気に海岸から反対方向に進んでみた。
数分ぐらい様々な色と形で描かれた景色が続いていたが、遂にその景色に終わりが来た。
………広い。
思わずそんな声が頭に浮かんだ。
結論を言うと、珊瑚礁の終わりは崖のようになっていて、崖の下は広い空間があった。
なんて上手く表現したら良いのか分からないが、とにかく海の平原が広がっていた。
日の光で何とか底が見えるが、さっきまで数メートルの深さしか無かった珊瑚礁と違い、この平原は百メートル以上の深さになっていた。
よく見たら、大きな魚を何匹か泳いでいた。
見たこと無い形状の魚も。
後で知ったんだが、こういう所を大陸棚というらしい。
さらに好奇心が沸いた俺は、すぐに息が吸えるように海面に近い距離で大陸棚の上をゆっくりと進む。
念のために探知魔法である〈水蒸気探知〉を発動しながら………………だったのだが、地上に比べて上手く機能しない。
いや、当然か。
あくまで〈水蒸気探知〉は自身から水蒸気を発して、空気中の水蒸気を探知する物。
完全に水という海の中では、地上ほど機能しないんだ。
いつもなら半径二キロ範囲は探知できるが、今はその半分しか探知できない。
しかも余程大きい反応じゃ無いと、探知が難しい。
これは水中専門の探知魔法を考える必要があるな。
そうして暫く進むと、反応は荒いが、探知に反応があった。
あったのだが………………なんか、反応が大きい。
俺の魔法が正しければ、数十メートルの巨体を持った何かが前方一キロ先にいる。
数十メートルなんて「水之世」のボスであるギガントジョー並だぞ。
目をこらして、前を見るが、流石に一キロ先は海の青みがかかった色で上手く視認できない。
でも、微かに何かが聞こえる。
クルックル、クー……クルックル、クー……という特徴的な音が。
まるで生き物の鳴き声。
もしかして一キロ先にいる巨大な生き物の鳴き声では無いのか?
反応ある方向へ泳いでいくと、何か大きな陰が見えた。
四つん這いで泳ぐ何か。
あれはデカい亀?
そう思ったとき、〈水蒸気探知〉に別の反応があった。
俺の右側、大きさは数メートル、距離は近い。
右を咄嗟に見ると、そこそこ大きな影が見える。
背中に大きな背ブレ。
あれは………………サメか!
まぁ…海だ、サメぐらいいるだろうな。
「〈水流斬〉」
サメに恨みは無いが、襲われる危険性を考えて、〈水流斬〉を放った。
しかし………カシュ。
水の斬撃をそこまで飛ばなかった。
そりゃ水の中で、水の斬撃だ。
〈水蒸気探知〉と同じく、こちらも上手く機能しないのは当然か。
ならば。
「〈氷壁〉」
氷の壁を生成して、それをサメにぶつけた。
丁度鼻の辺りに当たり、強い衝撃を食らったサメはそのまま何処かへ逃げてしまった。
ホッとした俺はそこで気づく。
前方に居た巨大な陰が見えない。
先程まで探知していた数十メートルの巨体の反応はまったく感じなくなった。
コイツも何処かに行ったのか?
非常に気にはなるが、海岸では「銀山」と「五枚刃」の皆んながサザエを待っている。
これ以上、道草食うのは如何なものか。
そう判断した俺は踵を返し、海岸に向かった。
この数日後に、その時に感じ取っていた数十メートルの巨体の魔物である………………ホウリュウがマカを襲うとは、全く予想していなかった。
音魔法使いのシュルツが〈音波〉で特徴的な音を真似て、それに引き寄せられるとは。
サザエ、お前という奴は………何故それほどまでに美味い?!