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入り江の街を後に




 ガタガタゴトゴト………。

 馬車の車輪が一定のリズムで音を奏でているのを聞きながら、俺はマカの街を後にした。


 馬車には前、盗賊掃討のためにギルドが用意した物に乗ったことがある

 この馬車はあれよりも高性能な物だ。


 ギルドの馬車は乗り心地は悪くなかったが、時折小さい石とかにぶつかって車体が大きく揺らされることがあった。


 だが、流石に辺境伯であるヴィルパーレが用意してくれた馬車は一味違う。

 マカから出発して、まだそんなに離れていないが、全く揺れを感じない。


 「ミナト殿、このままアグアの街に向かって良いのですね?」

 「はい、お願いします」


 馬車の御者をしている騎士が目的地を改めて確認する。

 それに対して、俺は問題ないと答える。


 ふと後ろを見ると、マカの街の城壁が見える。

 マカの城壁は数メートルあるが、今は遠近法で数センチの大きさに見える。

 ついに俺はマカの街を後にし、実家のアクアライド家に帰るのだ。


 思えば、「水之世」から出て、マカでの一ヶ月の日々は、なかなか面白かった。


 最初はちょっとした路銀を稼ぐために冒険者になった。

 しかしトントン拍子でCランク冒険者にまでになった。


 レイン様が行けと行っていた蒼月湖という湖は、国内屈指の危険区域で、Bランク以上の冒険者でないと立ち入りが出来ないと知り、Aランク冒険者のクラルを倒したことによって、無理矢理Cランク冒険者になったからだ。


 まぁ…そのせいで、訓練場の壁を壊してしまい弁償もかねて、一ヶ月間も依頼に従事することになったけれど。

 そして数日前の盗賊掃討では、ニナと呼ばれる擬人…もしくは、ヒトモドキという人の姿をした魔物……いや、種族に出会った。

 極めつけは、昨日のトレントの強襲に続いて、なんとホウリュウの襲撃。


 どれも印象深い出来事だ。


 ホウリュウ…………そう言えば、あの魔物…ウィルター様はホウリュウと呼んでいたけど、あの魔物は黒亀王とも呼ばれているらしいな。


 昨日の夜の辺境伯家の敷地内で行われた立食パーティでは、ミルはそう言っていた。

 ウィルター様は千年前の人だし、今と呼び名が違うのかな?

 

 それにしても黒亀”王”か。


 亀のくせに、王の名を冠するとは、解せん。

 雷”王”と呼ばれたウィルター様を差し置いて、王を名乗るなど烏滸がましいにも程がある。


 そんなことを思っている中、最後に俺の頭に思いだされているのは………やっぱり黒髪、赤目の幼馴染みの事。


 俺が「水之世」の底に落ちる前は、ニーナの後ろに隠れているだけの女の子だったのに、今では頼れる騎士になっていた。

 俺も魔法とかで差を見せつけつつも、なんやかんやで世話になった。


 立食パーティでは、ミランや「銀山」、「双酒」だけでなく、ミルも参加していたので当然、護衛のクラルもその隣に居た。

 彼女には、他の人以上にお礼とお別れの言葉を言った。


 クラル自身は、ふん…お前は本当に手のかかる奴だったぞ………と睨まれながら言われたけど。


 正直言うと、少し寂しいけど。

 そう考えつつ、俺はマカの街から離れて、アグアの街に向かっていった。









 所変わって、マカの入り江では、


 「ミナトさんはアグアの街に行ってしまいましたね」

 「………………そうですね」


 やっと面倒な奴がいなくなったと、クラルはため息をつく。

 そんな彼女を見て、主のミルはクスッと笑う。


 「クラルはやっぱり、ミナトさんが居なくなって寂しいですか?」

 「な、何を言っているのですか?!」


 ミルの指摘に、クラルは強く反論する。


 「ミナトなど、居なくなって清々しています」

 「そうなのですか?でも、貴方は今朝から物足りないような顔をしていましたよ。てっきりミナトさんとは、もう会えないとだと思いましたよ」

 「な?!」


 さらなるミルの指摘に、クラルは絶句する。

 そして長身の彼女は頬を、至近距離で無いと分からない程度に…朱色に染めるのだった。


 これ以上、ミナトのことを指摘すると、顔をその目の色と同じように染めるだろう。


 話題を変えるために、入り江の方向…海岸の方を見る。


 白い翼を持ったカモメが鳴き声を上げながら、巨大な黒い塊の上を多くが飛んでいた。

 そこには、港が倒したホウリュウ…または黒亀王の死骸が横たわっていた。


 まるで竜のように鋭い牙と爪、黒光りする鱗に砦を思わせる甲羅は死んでもなお、威厳がある。


 強力な魔物故なのか、死んでから半日以上は経ったが、腐敗は進んでいない。

 眠っているように見え、今にも目を開けて起き出しそうである。


 カモメにとって、丁度良い休憩場所だからなのか、甲羅の上に多くが降りたって、羽休めをしていた。


 「改めて見ても、大きいですね。あれがマカを襲いに来たと考えたら、今更ながら恐ろしいです」


 黒亀王のそばに戯れているのはカモメだけではなかった。


 「くそっ!硬すぎる。トレントの比じゃ無い!」

 「鱗の隙間を狙っても、全く刃が入らない」

 「でも、凄い数の切り傷の痕があるな。一体、誰がやったんだ?」


 冒険者達や騎士達が昨日のマカ北西に転がっていたトレントの死体と同じ様に、黒亀王を解体しようと試みている。

 けれど、黒亀王の余りの鱗の強度に根を上げかけてしまっている。


 黒亀王の身体中のあちこちにある切り傷はミナトが水の斬撃で負わせたものだ。


 トレントを両断したはずの水の斬撃を持ってしても、少ししか傷つかないところから、黒亀王の頑丈さが伺えるだろう。


 これでは、黒亀王の素材を何かに役立てる事は現実的ではなさそう。

 そうミルが思っていると、


 カクカク………。

 なんと黒亀王の口元が動き始めたのだ。


 口元付近にいた冒険者達や騎士達は、一斉に警戒する。


 「何だ?!」

 「お、おい!まさかコイツ、まだ生きてんのか?!」

 「不味い!離れろ!!」


 口元付近にいた冒険者達や騎士達の呼びかけに、それ以外の者たちも黒亀王から距離を取り、警戒の態勢を取る。


 これを見て、ミルもクラルも臨戦態勢になる。

 もし黒亀王がまだ生きているのなら、一大事だ。


 それそれ杖と剣を持ち、身構えているが、予想に反して黒亀王が動き出すことは無かった。

 二人とも首をかしげている間もなく、


 カパッ!!

 黒亀王の鋭い牙を持った口が大きく開かれ、


 「あ~~全く…魔物の身体の中は相変わらず臭え!」


 そこから出てきたのは、赤茶色の髪を後ろで一つに束ねて、黒く大きな斧を肩に担いだ女性。


 「………ギルド長?」


 一人の冒険者が彼女に対して、ギルド長…と、声を掛ける。


 そう彼女こそ、マカの街のギルド長を務めているミランであった。


 身体中には、黒亀王の血や肉片と思われるものが多く張り付いている。

 しかし左手には青く光る大きな塊を持っていた。


 ミルとクラルは互いの顔を見合わせ、ミランに駆け寄る。


 「ミランさん、何故…黒亀王の口から出てきたのですか?………それに、その青い石のような物は、まさか魔石ですか?」

 「おお、ミルか。そうだ。見ての通り、コイツは黒亀王の魔石だ。黒亀王は海の魔物だから水の魔石だ。丁度腹の下ぐらいにあったぞ。……………それにしても、とんでもない大きさだろ。私もこれぐらいの大きさの魔石は殆ど見たことが無い」

 「確かに凄い大きさですね」

 「だろ?コイツの魔石は早急に回収したいと思ってた」


 ミルが黒亀王の魔石を見て、感嘆の意を漏らす。


 ミランの手の中にある青い魔石は、拳数個ほどの大きさで、青空のような燐光を放っている。


 魔石はその中に魔力を蓄えられるという特性上から錬金道具の起動に使われる事が多い。


 このサイズの魔石ともなると、一体どれだけの錬金道具を起動できるのか。

 下手をすれば、マカの町中にある錬金道具全ての魔力量を賄える。


 「魔石を取り出そうとしたんだが、コイツの……黒亀王の鱗が硬くてな。私でも満足に傷が付けられなかった。だから、内側から削って取り出したんだ」

 「なるほど、内側から。それで口から出てきたのですか。何とも大胆ですね」


 口には出さないが、近くに寄ってみて、黒亀王の血肉により…少し匂う。


 当の本人は、へへ…と言って頭をかき、昔を思い出す。


 「私がまだ現役時代の頃に、ここからずっと南方にある砂漠の大陸で、食量が僅かな状態で迷子になったことがあってよ。そこでヘルスコーピオンって言う蠍の魔物を倒した。だけど、ソイツの外郭は黒亀王みたいに硬かったが、硬いのは外側だけで中身は柔らかいと思って、口の中にナイフを入れて、ソイツの肉を食ったことがあるんだ」


 ミランはその時の経験を生かして、口の中に入り、内側からなら刃が通ると思ったのだ。

 そして結果的に魔石を取り出すことが出来た。


 ミルはミランの大胆さに関心しつつも、同時に呆れもしていた。


 頭では、理解できるが、実際他の人がやろうとしても出来ない。

 こんな巨大な魔物の口の中に入るなど、いくら死んでいると分かっていても難しいだろう。


 「その魔石はどうするんですか?」

 「うん?黒亀王を倒したのは、ミナトだ。だからアイツが受け取る権利があるが……アイツはもうマカから離れているんだよな」


 今朝方、ミナトが辺境伯のヴィルパーレが用意した馬車でマカを発ったのは知っている。


 この魔石の扱いについて、ミランが悩んでいると、


 「ミラン殿ー!!」


 ミランの名を大声で叫びながら、駆け寄る騎士がいた。


 「あ!今度は本物の辺境伯の騎士だな」

 「はい?」


 マカ辺境伯家の騎士は、何のことか分からないといった風に首をかしげる。


 昨日、騎士に扮した暗殺者が入り江にて、ミルを襲撃したことは本物の辺境伯所属の騎士達には通達されていない。

 ミルの素性を隠すためだ。


 「悪い、こっちの話だ。それでどうした?何か問題でも起こったか?」

 「はい、黒亀王を調査していた騎士がとんでもない物を発見してしまいまして。元冒険者のミラン殿にどう対処をして良いか、尋ねに参りました」

 「とんでもない物?」

 「見て頂いた方が早いかと。こちらに来て下さい」


 騎士はそう言って、ミランを黒亀王の尻尾の部部に案内していった。

 ミランの近くにいたミルとクラルは、流れでミラン達に付いていった。


 とんでもない物というのが気になったからだ。


 ミランが案内されたそこには、確かにとんでもない物があった。


 大人の背丈よりは少し小さい程度の大きな白くて、細長いもの。

 騎士がその白いものを二人係で倒れないように支えていた。


 「こ、これは…………まさか卵か?!」

 「ええ、仰るとおり卵です。排泄部を調査していたときに発見しました」


 ホウリュウは産卵時になると、陸上に上がり、卵を生む魔物。

 もしミナトがその場にいたら、そう言うであろう。


 産卵時ということは当然、卵もある。

 卵とは、すなわち赤子を閉じ込めているもの。


 つまり、この卵の中には、


 「いやいや!!対処って言ったって、私にはどうすることも………………」


 ミランは慌てて、私にはどうすることも出来ないと言おうとした時。


 パリパリパリ。

 突如、卵の殻にひびが入る。

 ひびは段々と大きくなり、卵全体に大きな亀裂が入る。


 この後の展開が予想できた全員は、目を卵をジッと見つめる。


 そして………………パカ。

 卵が割れ、そこから、


 「キュルルルル!!」


 小さい亀の魔物が、卵から這い出てきた。


 大体、十歳の子供ほどの大きさであり、キュルルルル!!と可愛らしい声を上げている。


 サイズこそ小さいが、この魔物は間違いなく、すぐそこの死骸である黒亀王の幼体である。

 見た全員がそう感じた。


 「「「「「………」」」」」


 騎士達やミラン、クラルも獲物を構える。

 この幼体は放っとけばいずれ、そこで死んでいる黒亀王のようになる。


 ならば、即時討伐が必然。


 だが、一人だけ、


 「……………か、か、可愛い」


 ミルが隣にいるクラルにギリギリ聞こえる範囲で、そう呟いた。


 ミルは年相応の少女の声を出して、黒亀王の赤ちゃんを見つめていた。

 フードで頭を覆っているので、顔は見えないが、恐らくミルの目は輝くように光っているだろう。


 長年、護衛として付き添っていたクラルには分かる。

 主であるミルは、実は可愛い物が大好きなのだ。


 特に、小動物には。


 「ミル様……いけません。あれは黒亀王の幼体ですよ。討伐する対象なのですよ」

 「しかし、クラル見て下さい。あの小さくて、つぶらな瞳。討伐なんて、もっての他です」

 「………………お前達、何を話している」


 ミルとクラルが小さく言い争っているのを呆れた視線で送るミラン


 そうした最中に、黒亀王の幼体は周囲を見渡し、一人の人物を視線を固定する。


 「キュル??………………!!……キュ……キュ……キュルルルル!!」


 ミランの顔を見た瞬間に、動きを止め、次の瞬間には、ミランの方に駆け足で向かっていった。


 「何だ?!」

 「キュルル」


 通常なら、担いでいた斧で一振りして、終わらせていただろうが、ミルとクラルのやり取りを直前まで見ていたので、判断が遅れてしまった。


 黒亀王の幼体はミランの元に行くと、まるで猫が飼い主の足に顔を押しつける様に、足に巻き付き、嬉しそうな声を上げる。


 これに対して、ますます混乱するミラン。

 黒亀王の幼体の様子はまさに、母親に甘える子供そのもの。


 だが、一つの可能性に辿り着く。


 「ひょっとして……………私が魔石を持って、コイツの親の血肉を身体に浴びてるから、私を”親”と勘違いしたのか?!」

 「キュルルルル!!」


 黒亀王の幼体は、そうだと言わんばかりに今もミランの足に抱きついている。


 余りのことに、この黒亀王の幼体を討伐する気が失せてしまった。


 「………マジで、これ本当にどうすれば良いんだ?」


 ミランは空を仰ぎ、困り果てるのだった。




第三章終わりです。


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