歴代当主たち③
「それで…まず俺はどうすれば良いんでしょうか?」
『ああん?!いんなもん簡単だ!頭と心で水を呼び起こして、ヒョイっとやってドガーンってすれば良いんだよ』
レイン様は俺の目の前に拳大の水を発生させ、様々な形に変化させる。
細長い形や四角い形、星形など。
す、凄い…一見水の形状を変えるだけの単純作業に見えるが、そもそも自身の魔法を意のままに変えるのは途方もない鍛錬を要する。それをこうも簡単に。流石、初代当主!
………でも!
「あの…もう少し分かりやすい言葉で」
『は?!十分分かりやすいだろ?』
レイン様は何を言っているのか理解できない顔をする。
『はいはい、人語を喋れない父様は下がってください』
『おいこら、ウィル!誰が人語をしゃべれないだ!』
レイン様はウィルター様によって、隅に押しのけられた。
『では改めまして僕が教えます』
「よろしくお願いします。ウィルター様!」
『ええ、では訓練の始まりはまず自分の今できることを把握することです。ミナト君、現在の君が出来る最高の魔法を見せて下さい』
「さ、最高の魔法ですか?!」
こ、困ったな。最高の魔法と言ったって、四級水魔法〈ウォーター〉すら出来ない現状だ。
三人共俺をしっかりと見ている。誤魔化しなんてきかない。
ええい!ままよ!!
「え…ええ、では………水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉」
バシャッ!
毎度よろしく歪な形状の水の玉、そして形が崩れて地面に落ちる。
最高の魔法と言ったのに、四級水魔法を唱えだして、一度驚き、結果を見て、二度驚く。
『『『………』』』
「え、えへへ……」
三人とも押し黙る。俺は笑うしか無かった。
ややあって、レイン様が口を開く。
『これあれだな……俗に言うクソ雑魚って奴だな』
『お爺様……言い方』
レイン様は直接的に俺の魔法技術が低レベルであると語り、シズカ様が窘める。
しかし、
『………』
ウィルター様だけは静かに俺を見る。
次の瞬間何かを閃いた顔を取る。
『もしや…………ミナト君!ちょっとあそこの泉の水を飲んでもらえますか?』
『泉の水?』
『はい!もしかしたら、それで解決するかも知れません』
『?』
よく分からないが、言うとおり部屋の中央にある青く光る泉に行く。
そして泉の水を手で掬い、飲む。
直後に今まで感じたことのない清涼感に全身を包まれる。
身体のいたる場所が一つ残らず洗われていく感覚。
次に感じたのは身体の中にある蓋が取れた感覚。言葉にするのは難しいけど、身体に染みこんだ邪気が浄化されたイメージだ。
これは一体?
『どうですか?』
『なんか……清々しい感じです。今までで一番身体が軽いです』
『それは良かった。この泉の水は”霊水”といって、あらゆる状態異常を癒す水です。それでミナト君、もう一度魔法を唱えてくれませんか?』
はい?唱えてもまた同じ事が起きるだけだと思うけど。
だけど言われたとおり、また魔法を唱えると、その変化に一瞬で気づく。
「水よ来たれ。純粋なる潤いを。〈ウォーター〉…………うわっ?!!」
ぷかっ!
そこには先程の歪な水の玉では無く、規則正しい真球。正真正銘〈ウォーター〉である。
で、出来た!!感動で涙が出そうだった。
今まで出来なかった事が息をするように出来た。どうなっているんだ?!
『やはりそうでしたか。最初にミナト君の魔力を見たときに怪しいとは思っていましたが、これは間違いなく”魔阻薬”の影響ですね』
『魔阻薬?!あの囚人や捕虜によく使われる薬品でござるか?』
シズカ様は何かを知っているように驚愕する。
魔阻薬?なんだそれ?
俺の疑問にシズカ様が回答する。
『魔阻薬は飲むことで身体の中の魔力の動きを阻害する薬品です。一般的には魔法が使えないように囚人などの危険人物に飲ませるものでござるな』
「じゃ、じゃあ俺はその薬の影響で今まで魔法を?」
『その可能性は高いでござるな』
シズカ様は腕を組み、思考する様子を見せ、一方ウィルター様はとても難しそうな表情を作る。
『なるほど。アクアライド家がここまで落ちぶれた理由が分かった気がします。何者かによって、我らアクアライド家の力が千年掛けて削ぎ落とされたと見るべきでしょう』
「だ、誰が一体……こんな事を?!」
憎い。ドス黒い感情が蠢く。
俺の心の中に久々の怒りが沸き起こってくる。
もしこれまでのアクアライド家の脆弱化が人為的に寄るならば、今までの俺の頑張りは何だったのか。
これまで侮辱され続けてきたアクアライド家の人達が浮かばれない。
激情に飲まれた俺をウィルター様は優しく肩に手を置く。
『それを今考えても不毛ですね。それよりミナト君の修行が先決です。仮にアクアライド家が何者かに引き下げられたとしても我々がまた引き上げましょう。子孫の危機に祖先の我々が手を貸さない理由なんてありません』
これを聞いて、シズカ様は深く頷き、レイン様はしょうがねぇなって顔をする。
『その通り。拙者が必ずやミナト殿を立派なアクアライド家に育てるでござる!』
『おい、雑魚。最強である俺が面倒見てやる。ありたく思え』
嬉しい。
心の底から嬉しさとやる気が満ちあふれてくる。
「皆さん…………ありがとうございます!!俺頑張ります!!」
こうして「水之世」最下層にて、歴代当主による修行が開始されたのだった。