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良い匂い




 ミナトはマカの街で氷漬けにされたラリアーラを「銀山」と「双酒」に預け、入り江に行ったと思ったら、シュルツを囲っている氷の壁を解除し、そのまま再びマカ城壁外北西に向かった。


 それを…………建物の屋根の上から望遠鏡を使って、見ている男がいた。


 「ふむ………あの少年はそっちに向かったか。好都合」


 正直、あの少年が近くに居ると、ラリアーラとシュルツ救出の難易度が跳ね上がるだろうから。


 男は今朝のトレント襲撃から、冒険者によるトレント迎撃の防衛戦、ミナトの黒亀王討伐まで…マカの周辺で起こったことは、全て見た。


 その中でも、やはり今回の標的であるミル…………では無く、ミスティルとあの白いマントを着た少年による黒亀王との攻防は…最早規格外の戦いだった。


 黒亀王は祖国でも、出現が確認されれば即座に討伐隊が組まれる。


 それを二人だけで。

 特に、あの少年は異常だ。


 無詠唱など序の口。

 水魔法使いであるだけは分かったが、彼が使う魔法は見たことがないもの。


 男の目には、辛うじてミナトが斬撃状の何かを放っていたのは視認できた。

 後は…氷の壁に霧、はたまた分身まで。


 誰も男の知識には無い水魔法。


 ………まさか、全てオリジナル魔法と言うのか?


 ……ゾクッ。

 他人の魔法を見て、戦慄を覚えたのは久方ぶりだ。


 もし私がクラルやミスティルと戦うことになったら、苦戦は必須だろうが、最後には自分が立っている自身がある。

 遠くから見たミスティルの視界を遮る砂嵐や、あの落とし穴みたいな大規模魔法は厄介だ。

 

 厄介だが、自分が持つ魔法なら問題ない。

 クラルに関しても、近接線は強いと分かっているが、それは自分とて同じ。

 やはり最後は自分が立っている。


 しかしあの少年が相手だと、何故か勝てるような気がしない。


 これは長年の勘になるが、黒亀王と戦っていた彼はまだ全力では無いと思う。

 彼にはまだまだ、何かがある。そんな気がしてならない。


 あれで、まだ全力ではない。

 末恐ろしい。


 ミスティルと一緒にいたと言うことは、クラル以外の護衛か?

 一月前の襲撃には確認されなかった。

 新しい護衛を雇ったのか?こんな短時間で、しかもあれほどの実力の者を?


 あの少年に関しては、一切分からない。


 今回のマカ強襲による街の損害は皆無であり、標的のミスティルは殺せなかった。

 だが、ミスティルの魔法使いとしての実力を確認することは出来た。


 それだけでも収穫だろう。

 新たに調べなければならない対象ができたが。


 男は望遠鏡で北西の方向を見る。

 城壁外北西には、新たに調べる対象であるミナトがおり、何やらミスティルの護衛騎士であるクラルと話している様子だった。


 クラルと話しているということは、あの少年はミスティルの新たな護衛なのか?


 彼については、クラルやミスティル以上に調べる必要がある。

 今後、祖国の脅威になり得るかもしれん。

 けれど、今はラリアーラとシュルツを救出するのが先だ。


 そう思い、男は懐から通信機を取り出し、起動する。


 「ゲルダ。私だ」

 『…………貴公か!』


 通信機の相手はマカから離れた場所で、マカの防衛線を監視していたゲルダである。

 ゲルダは自分に掛けてきた男の声に驚き、口調を丁寧なものにする。


 「そちらはどうなった?」

 『通信機で何度もラリアーラに連絡したのですが、応答がありません。最後の通信が、ラリアーラのところに冒険者が五人来たという報告だけです。………まさか、その五人にやられたのでしょうか?』

 「そのまさかだな。ラリアーラは氷漬けにされた状態で、少し前にマカに運ばれ、今は辺境伯の屋敷に運ばれている」

 『氷漬けにされた?………………そう言えば、そのようなものを運んだ数人がトレント森方向から来たような』


 自分も言って今更ながら気が付く。


 ………氷漬けって何だ?

 あれも水魔法使いである、あの少年の力だというのか。そう考えると、ラリアーラをやったのは、あの少年か。

 全く、底が知れん。


 「それとマカに潜伏して、騎士に扮していたお前の仲間はやられた」

 『な?!シュルツからは入り江に標的が現れたという報告があったので、仲間を入り江に向かわせたのですが。……………連絡がないと思ったら、そっちもやられてたとは』

 「シュルツの方も騎士に連行され、こちらも恐らく辺境伯の屋敷に運ばれるだろうな」

 『何と?!シュルツまで、あの間抜けめ!』


 通信機の向こうで、ゲルダはシュルツに対して悪態をつく。


 「他にマカに潜伏している仲間はいないのか?」

 『いえ、いません。一月前の襲撃で、殆どの仲間がやられましたので』


 ゲルダの言葉には、屈辱が滲んでいた。

 一月前、今回も標的を亡き者に出来なかったのだから。


 「今回に関しては相手が悪かったのかもしれん。私はこれから辺境伯の屋敷に侵入して、ラリアーラとシュルツを回収する。その後、そちらに合流する」

 『………わかりました。お気をつけて』


 通信機を切った男はラリアーラとシュルツを回収する前に、念のためにミナトがいる方を確認する。

 その少年が一番危険な存在だからだ。


 男は次の瞬間、その場から消えた。

 まるで、そこには最初から誰もいなかったかのように。









 時間は少しだけ戻り、場所はマカ城壁外北西。


 「手伝いに来たぞ」

 「…………手伝いなんていらん」


 俺に対して、クラルは口をへの字に曲げて言う。


 こう言っているが、城壁外にあるトレントの死骸はかなり多い。

 クラルは〈ウィンドセーバー〉という剣に風を纏わせるエンチャント魔法でトレントの堅い樹皮を切れるので、解体作業を大きく任されている。


 今更だけど、剣に風を纏わせることで切れ味が上がるって、どういうことだ?


 風に刃物みたいな特性があるなら、日常生活で自然の風を浴びれば、体を切れると思うが。

 クラルの風魔法に関して、気になるところはあるが、今は解体の手伝いだな。


 彼女以外にも解体をしている冒険者はいるが、クラルほどの進行度ではない。

 このままだと、彼女に作業負担が大きく偏ってしまう。


 ここら一体のトレントの死骸はざっと見て、百体は超えている。

 内、半分は火魔法や火の矢による攻撃で焼けている。

 しかし俺やクラル、エウガーなどが火を使わずに倒したトレントの死骸はきれいに残っている。


 俺はクラルのすぐそばにあるトレントの死骸を見る。


 「解体って………これを細かく斬ればいいのか?」

 「ミナトは解体をやったことが無いのか?」

 「無い。一か月前に冒険者になってから採取や討伐以来しか受けてない。大体、Aランク冒険者ぶっ飛ばして、無理やりCランクになった奴が解体の知識なんて持っていると思うか?」

 「知識がないのに、自慢するかのように言うな。…………トレントの場合は建造物の材料として使用するからな。小さい枝を切り下ろして、運びやすいサイズに輪切りにしていくんだ」


 クラルは呆れつつも、俺に解体の簡単な手順を教える。


 何だかんだ言いつつも、彼女は親切だ。

 説明も懇切丁寧で分かりやすい。


 ふと…俺は説明している最中のクラルの顔を見る。


 顔色はエルダートレントの実を渡した際よりも、良くなっていた。

 そう言えば、エルダートレントの実…食べたのかな。

 やはり甘いものは気分を晴れやかにするんだな。


 あ!そう言えば、縮んでいるように見えた彼女の背はどうなったんだろう?

 クラルの背の高さを確かめるために、こっそり彼女の頭の方を見ると………俺より背が高い。


 彼女の目線は、俺の目線よりも少し高い位置にある。

 う~ん…やっぱり見間違いなのかな?

 

 「おい、聞いているのか?」


 そんなことを考えていたら、クラルに咎められる。


 「え?!あ、ああ?!ご、ごめん!考え事していた」

 「手伝うと言っておきながら、考え事か。やる気があるのか、無いのか」

 「マジでごめん!」


 俺は謝る。

 だが、どうしても気になることを聞いてみる。


 「なぁ、変な事聞いていいか?」

 「何だ?」

 「クラルって、背が低くなる能力とか持ってる?」

 「っ?!!」


 ほんの軽い冗談のつもりで言った。


 だが、彼女の反応は俺の予想に反して、劇的なものだった。

 まるで、知られちゃいけない何かを知られたような顔。


 「な、何を言っている?!」


 彼女は後退りする。

 俺から離れるように。


 ここで、


 「………………あ!」


 後退る彼女がそばにあったトレントの死骸に足を躓いてしまい、後ろに倒れてしまう。


 それを見た俺は反射的に駆け出した。

 クラルに抱き着く形で密着し、地面に頭を打たないように彼女の頭の後ろに手をやり、彼女と一緒に倒れこむ。


 ボスッ!!

 結果的に、俺はクラルを押し倒したような状態になる。

 クラルを抱き着いて倒れたため、俺の顔はクラルの頭のすぐ近くにある。


 目の前には、クラルの綺麗な貌。


 彼女のダークブラウンの髪は日の光を微て、黒く輝いており、紅蓮の目は水晶体がルビー製かのように美しい。

 数センチしかない距離にある彼女の顔に……思わずドキリとする。


 その時だ。


 スゥゥ………。

 俺の鼻の中に、独特な匂いが入り込んできたのは。


 その匂いは、花の香りみたいに俺に安心感を与え、尚且つ果実の甘味みたいに俺の鼻腔を強く刺激する。

 ずっと嗅いでいると、鼓動がどんどん早まってくるのを感じる。


 いつまでも嗅いでいたい。


 俺はつい、感想をこぼしてしまった。


 「滅茶苦茶、いい匂い」

 「~~~~??!!!は、離れろ!!」


 顔を、目の色と同じ色で染めたクラルが俺を押しのける。


 そこでようやく気付く。

 さっきまで嗅いでいた香りというのは、クラルの体臭の匂いだと。

 もっと言うと、首筋の匂いだということを。



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