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背が縮んでいる




 「一人で何してんだ?」

 「見れば分かるだろ……トレントの解体作業だ」

 「ああ、なるほど」


 長い時間も経っていないが、さっきまでミナトのことを考えていたからだろうか…ミナトに合うのが、数日ぶりな気がする。


 ミナトは「銀山」と「双酒」の加勢のために、数時間前にトレントの森に向かった。


 ミナトの後ろを見ると、氷で出来た台車みたいなものがあった。

 あの台車はミナトは氷漬けにした盗賊を運んでいたときに使っていたものと同じものだ。


 しかも、その台車には黒いローブの男が氷漬けにされて乗せられている。

 あれは一体誰だ?もしや今回のトレント襲撃の要因となった者か?


 気が重い中、そんな疑問を抱いた私の顔をミナトはジッと見て、


 「やっぱり体調でも悪いのか?顔色が真っ白だ。あれだったら、霊す………以前、クラルの肩を治した…ほら、あの青い水でも出そうか。精神を癒やす効果もあるから、気分が晴れると思うぞ」

 「………………いらん」


 いつもは表面は丁寧であるが、中身は傲慢なミナトが、今は見たことが無いぐらい優しく声を掛けていた。


 というか……そもそもお前のせいで、こんなに顔色が悪いんだ!

 クラルは内心で悪態をつく。


 「あ、じゃあ………」


 クラルからの拒否を貰ったミナトは後ろを向いて、台車から何かを取り出した。


 あの台車はミナトは氷漬けにした盗賊を運んでいたときに使っていたものと同じものだ。


 ミナトが台車から取り出したものを、私の目の前に持ってきた。

 それは黄色と赤の混じった拳ほどの果実だった。


 「これ、エルダートレントの実。夜のデザートに取ってたけど、クラルにやる」


 は?急に果物を渡すなんてどうした?

 今はそんな気分じゃ無いんだ。


 「いら………」

 「甘くて美味しいぞ」


 ミナトは私が拒否しきる前に、強引にその果実を手に握らせた。


 それを後ろで見ていた「銀山」と「双酒」は集まって、小さい声で話し合っていた。

 耳が良いので、会話の内容が微かに聞こえる。


 『お、おい………ミナトの奴、俺達にはエルダートレントの実を分け合おうとした時には、かなり嫌な顔してたから実を全部やったのに、クラルさんにはあっさりやったぞ。………あ、あのミナトが』

 『じょ、女性には優しいって事だろう。ク、クラルさん…確かに顔色悪そうだし』

 『いや…俺の勘が告げてる。あれは女に優しいんじゃ無くて、ミナトはクラルの姉ちゃんが……………つまり、そういうことだよな?』


 そんな会話が後ろで起こっているのなんて知らないミナトは、実を私の手に握らせた後、何故か私の頭から足下を訝しげで表情で見渡す。


 あれ?……そう言えば、ミナトの顔がいつもよりも高く見えるな。

 気のせいか?


 「何をジロジロ見ている」


 私の問いかけに、ミナトは目をはためかせる。


 「え、え~と、何でも……無い。…………あ、そうだ。俺達これから、氷漬けにしたコイツをギルド長の所に持って行こうと思うんだけど、何処にいるか知っているか?」

 「ギルド長なら、ヴィルパーレ殿の屋敷にいる」

 「ヴィルパーレ殿?」

 「マカの街を治める辺境伯だ。マカに行って巡回する騎士に聞けば、屋敷の場所は分かる」

 「おお、そっか。ありがと。やっぱ、分からないところはクラルに聞けば、大丈夫だな」


 ミナトは屈託のない顔で言う。

 そこに嘘偽りはない。

 勝手に言うな!


 「………それと、お前が怪しいって言った入り江の男だが、氷の囲いが邪魔で何か聞き出すことが出来ない。あれを解除してくれ」

 「あ……な、なんかごめん!分かった。今すぐ、入り江に行って解除してくる」

 「…………早く行け」


 イライラで、つい声を荒げてしまった。

 ミナトはそんな私に戸惑いながら謝る。


 そして「銀山」と「双酒」と共にマカの方へ向かった。

 だが、途中振り返って、


 「俺もトレントの解体作業手伝ってやるよ」

 「早く行け!」


 また声を上げてしまった。

 これ以上ミナトと一緒にいると、さらにイライラが降り積もる。


 ミナトは今度こそ、マカの方に行った。


 街の城壁内に入ったことを確認すると、ミナトによって持たされたエルダートレントの実を見る。

 瑞々しくて、確かに美味しそうだ。


 数分間、実を見つめていた後…私は実を少し囓る。

 パクッ………サク。


 「…………………………甘い」


 悔しいが、ミナトの言う通り甘く美味しかった。

 何だか……気持ちが少し晴れる気がする。


 悔しいが。




 時を同じくして、マカの城壁に入った俺は、ニヤニヤ顔のエウガーに話しかけられていた。

 俺の背中をトントン叩いてくる。


 「いや~~女に果物をやるとは、なかなかやるな。女っ気が無いと思っていたが、お前も男なんだな」

 「は、はぁ…急にどうしたんですか、エウガーさん?」

 「とぼけんな!クラルの姉ちゃんは一見、堅物で難攻不落の高値の女性に見える」

 「?」


 エウガーの言うことに、首を傾げる。

 彼は胸を叩いて、言う。


 「だが、大先輩である俺は分かる!あれは初めガードは堅いが、一回崩せば脆いタイプだ。積極的に攻撃を仕掛ければ、余計にガードが堅くなる。ここぞと言うときにデカい一撃をかますんだ」

 「さ、さっきから何の話をしてるんですか?」

 「おいおい、隠さなくても良いぜ。ミナトはクラルの姉ちゃんの事が………」

 「はい、そこまで」

 「ぐわっ?!」


 エウガーが言い終わる前に、ミットの拳骨が彼の頭に落ちる。


 「ミナト君に何を教えてるんですか?いろんな女性には手をつけ、振られているのに」

 「んだよ。一人の男として、純粋にミナトの恋路に、アドバイスしてるだけだろ」

 「あなたの偏ったアドバイスでミナト君の恋が歪んだら、どうするんですか。ミナト君には、是非とも純粋な恋愛して欲しいです」


 俺をそっちのけで話すエウガーとミットの会話の内容に、俺は眼を大きく見開き、口を何度も開け閉めさせる。

 次に、顔を引き攣らせる。


 心の中は大慌てだ。

 ………こ、恋?!……恋路!……れ、れ、恋…愛って!?


 な、な、何を!

 そういうのじゃ無いからな!!!


 ま、まぁ…確かにクラルは凄く美人で、何故だか近くにいると、ついつい目で追ってしまう時もある。


 クラルは結構、俺に対しても世話焼きな面があるから、そういう意味では好………いやいや!だからそういうのじゃ無い!


 俺が折角夜のデザートに取っておいた一個のエルダートレントの実(ちなみに他の実はマカに来るまでに食べ尽くした……だって本当に甘くて美味しいんだもん)をやったのは…クラルが本当に顔色悪くして、辛そうな表情をしていたからだ。


 いつも騎士然に気丈に振る舞っているクラルが、あんなに顔を白くしているのなんて、初めて見た。

 何かあったのか。


 目は口ほどのものを言い、表情の機微は相手の心情や動き出しを捉える指針になる。

 対人戦では相手の顔を詳細に見るのが重要であると、シズカ様から教えられていたので俺は癖で良く相手の表情を見るのだ。


 クラルの血相は、不安で一杯の様子であった。


 俺はクラルに対して、魔法の実力差を見せたりなど、自分の力量を誇示することがあるが、あんな顔面蒼白の彼女を見てしまったら、流石にそんなこと出来ない。


 クラルからは俺が知らないことを度々教えてもらった恩もあるので、ちょっとしたお礼のつもりでエルダートレントの実をやったのだ。


 ……………けれど、さっきのクラルには顔色が悪い以上に妙なところがあった。


 エルダートレントの実をクラルの手に握られるときに、彼女に近づいたのだが、そこで気づいた。 

 俺とクラルの目線が同じぐらいの位置にあるのだ。


 分かりやすく言うと、”クラルの背が縮んでいる”ということだ。


 俺の身長がだいたい百七十センチメートルで、クラルが百八十センチメートルほどだったのに、さっきのクラルの身長は約十センチメートル縮んでいたのだ。


 俺がホウリュウを倒して、クラルが入り江にやってきたときは、確実にクラルの背は俺を超えていた。


 ということは、そこからトレントの森に向かって、ここに戻ってくる間にクラルの背が十センチメートル程縮んだことになる。


 人の身長がそんな短期間で小さくなることなんてあるのか?

 気のせいだよな…………でも、気になる。


 俺は大きな疑問を抱えながら、ある程度マカの街内を進んでから「銀山」と「双酒」に言う。


 「俺はここから入り江に行って、〈氷壁〉を解除しに行きます。皆さんは氷漬けにされたコイツをギルド長のところまで運んで下さい」

 「え?…………分かった。俺達がラリアーラを運ぶ」

 「宜しくお願いします。辺境伯の屋敷は巡回する騎士に聞けば良いって、クラルは言っていたので」


 ブルズエルが了承し、俺とブルズエル達は別れる。


 ブルズエル達は氷の台車を押して、運んだ。

 ちなみに、原理は分からないが、今まではこの氷の台車はミナトに付随するように勝手に動いていた。


 ブルズエルは道中にマカの街を巡回する騎士から辺境伯であるヴィルパーレという人物の屋敷の場所を聞き出した。

 屋敷の場所を聞かれた騎士や屋敷に行くまでに、すれ違った騎士達は皆、驚愕して氷漬けにされたラリアーラを何度も見ていた。


 そりゃあ…こんなもの、二度見してしまう。




 ブルズエル達と分かれた俺はすぐに入り江に直行し、シュルツを囲っている〈氷壁〉の解除に向かう。


 途中で入り江周辺や黒亀王の死体の調査する騎士に出くわした。

 この入り江は、現在立ち入り禁止であると言われたが、俺は入り江に居た怪しい男の所に行きたいと言うと、


 「ああ!君が、ミラン殿が言っていた水魔法使いの少年か!」


 どうやら俺は騎士団の間では、かなり知られていたそうだ。


 ともかく騎士達は俺の事を知っていたので、あっさりと男のもとへ通してくれた。

 騎士の話ではソイツの仲間らしき者たちからシュルツと呼ばれていたらしい。

 ………仲間って何?


 その……シュルツとやらの所に行くと、シュルツは俺を見るなり、氷の壁をドンドント叩いた。


 「おい、お前!早く出せ!」

 「偉そうに…………〈解除〉」


 〈氷壁・囲〉が無くなる。


 俺の魔力によって構築された〈氷壁〉は再び、魔力の形へと戻った。

 魔力の逆還元である。


 〈氷壁〉が解かれると、シュルツは一目散に逃げようとするが、当然周りにいた騎士達が捉える。

 シュルツは何やら愚痴を零しながら、騎士によってマカへ連行されていく。


 それを見届けた俺はそのまま城壁外の北東に向かった。


 クラルのトレント解体処理を手伝うためだ。


 今はなんだか、彼女の姿を見たい。

 い、いや別に”そういう意味”じゃ無いぞ!


 縮んだ身長のことも気になるが、あの顔色を悪くした彼女をほっとけない気持ちがあったからだ。

 エウガーさんが言ったようなことは一切無い。




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