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魔斧ネグログリア




 「うっ!」


 胸にナイフが突き刺さったことで、ミルは小さく声を上げ、地面に倒れる。


 「ミル様!大丈夫ですか!!」


 顔を青白く染めたクラルが駆け寄る。

 安否を確かめるために地面に倒れる主に向かって、何度も名前を呼んだり、体を揺すったりする。


 それを横目で確認したミランは騎士の格好をした暗殺者三人を見る。

 ナイフを投げた暗殺者はまたナイフを取り出し、それ以外の他二名もまた懐からナイフを出し、倒れているミルに駆け寄る。

 

 とどめを刺す気か。

 主が倒れたことで気が動転しているのか、クラルは後ろから迫る暗殺者に気づいていない。


 ミランは持っている斧を横に構える。

 そして一番近くにいる暗殺者に一足で迫り、横薙ぎをかます。

 大柄な体格とミランの伸長並みの斧を持っているのを、感じさせないほどの俊敏さ。


 「じゃあな!」

 「………あ」


 横に振るわれた戦斧は暗殺者に悲鳴を上げる暇もなく、首を斬り飛ばされる。


 間髪入れず、素早い動きでミルとクラルの元に駆け寄り、二人を守護するように立つ。

 他の暗殺者二名は、ミランとの戦力差を感じ取ったのか、マカ方面に向かって撤退を開始する。


 ………ん?やけに潔く、撤退するな。


 疑問に思ったミランは、倒れている首の飛ばされた暗殺者の死体…その手に持っているナイフを見た。

 目を凝らすと、ナイフには透明な粘着質なものが塗られてあるのが見える。


 「毒か!」


 暗殺者なら当然か。


 ナイフには恐らく強力な毒が塗られているのだろう。

 だから無理に、とどめを刺そうとしなかったのだ。


 「ちっ!逃がすかよ!」


 ミランは逃げた暗殺者二人を逃がすまいと、戦斧を右手一本で持ち、水平に構えてから横に大きく振りかぶる。

 そして狙いを定めるように、戦斧を持っていない左手を前に出し、重心は後ろに逸らす。

 次の瞬間には、重心を一気に前に出し、暗殺者に対して、巨大な戦斧を投げと出した。


 ブウウウン!!

 悪魔の羽ばたきのような風切り音を出しながら、黒光りする戦斧は回転し、地面と水平に飛ぶ。


 大きな漆黒の戦斧が翔る様子はさながら、死を予感する巨大な黒い鳥のよう。


 戦斧は見事に暗殺者の一人に命中する。


 騎士の格好しているので重鎧を着ているが、斧は鎧を貫通しながら、暗殺者の身体に食い込む。

 暗殺者は絶命したのか、倒れる。

 もう一人は、倒れた仲間を気にすることなく、走り続ける。


 戦斧は投げ飛ばしたので、もう逃げる一人を倒す手段はない………と思われるが、


 「「黒鳥」を舐めんな!〈戻れ〉!ネグログリア!」


 ミランが魔法のように唱えると、何と前方に飛ばした戦斧がミランの方へ飛んでくる。


 あたかもミランと見えない鎖で繋がれているかのように、勢いよくミランの手に戻ってきた。


 戻ってきた戦斧を再度、右手に持ち、横に構える。

 投げる姿勢をとり、最後の一人に向かって、投げ飛ばす。


 再び、悪魔の羽ばたきのような風切り音を発しながら斧は飛ぶ。

 そして狙い違わず、最後の一人に命中し、背中を貫く。


 「〈戻れ〉」


 遠くに投げ出された戦斧はミランの言葉に応じて、戻ってくる。


 ミナトがミランの斧から魔力を微かに感じ、ただの戦斧では無いと思ったのは、これが”魔装”の一種だからだ。

 持ち主の呼応によって、見えない鎖を結び、手元に戻ってくる。


 これこそがミランが持つ愛斧………魔斧ネグログリアの能力。


 ミランの強さは、魔斧ネグログリアからの重量のある攻撃力と、リーチを生かした範囲攻撃に思えるが、一番の特筆すべき所は斧によるスローイングだ。


 彼女の圧倒的な投石技術と、魔斧ネグログリアの能力のコンビネーションは、現役の冒険者時代に「黒鳥」という異名を付けるほどだ。


 逃げた二人とも動かないことを確認したミランは、ミルの方を向き直る。

 

 そこにはクラルに肩を支えられながら、立っているミルがいた。

 ミランは少し目を丸くする。


 「おい。大丈夫なのか?滅茶苦茶、胸に毒つきのナイフ刺さったように見えたが」

 「問題ありません。衝撃は来ましたが、ナイフが身体に刺さる前に、”ミリュアちゃん”が防いでくれました」

 

 ミランは、ナイフが当たったはずのミルの腹部辺りを見てみる。


 ミルの腹部の服には、少量の砂が付着しており、まるで砂の胸当てを着ているようだった。

 それがナイフからミルを守ったのだろう。


 「ミリュアちゃん?…………ああ!前に言っていた、その茶色いローブの能力……”砂の人形”のことか?!」

 

 ミナトはミランが持つ魔斧ネグログリアに魔力を感じたように、ミルのローブからも魔力を感じた。

 このことからも、ミルのローブは普通では無い。


 以前、聞いたことがあったのだ。

 ミルの着ている、一見すると何の変哲のも無いその茶色いローブはこの国……いや、ヨーロアル諸国の魔法技術では考えつかないレベルの魔法が備え付けられた”宝装”であることを。

 

 魔装である魔斧ネグログリアとは、また違ったもの。


 そこまで詳しいことを聞かされたわけでは無いが、確か………自我を持った砂の人形を作り出し、緊急時には、今みたいに自動で守ってくれるものだとか。

 魔斧ネグログリアが玩具に思えるほどの破格の性能だ。


 「それにしても騎士……寄りにも寄って、エルミラの振りをするとは……ムカつくな」


 エルミラを偽った……今は首が無くなっている暗殺者の死体を見て、ふと気づく。


 「あ!そういや、怪しいは生け捕りなんだっけ?…………やべぇ、三人ともやっちまった」


 自分は「銀山」と「双酒」に、トレントの森の調査で怪しいものを見つけたなら、生け捕りにしろなんて言ったくせに、自身は反射的に息の根を止めてしまった。


 「まぁ…私、生け捕りとか、捕縛は苦手なんだよな」


 ミランは首無し死体を見ながら頬をかいて、ため息をついた。




 その後、ミラン達は入り江からマカに戻って、本物のマカ辺境伯騎士団と合流した。


 ミナトの氷で囲まれた男は一旦保留となって、ミナトがマカに帰ってくるまで騎士団には、この男の監視、入り江周辺や黒亀王の死体の調査をしてもらうこととなった。


 騎士に扮した暗殺者が投げたナイフは改めて調べると案の定、毒が塗ってあったので、念のためにミルは医者の検査を受けてもらったが、なんともなかった。


 クラルに関しては、自身が近くでいながら、不覚を取ってしまったことを顔色を悪くして何度も謝罪をしていた。

 ミルも何度も自分は結果的には無事で、大事には至っていないと言ったが、それでもクラルの自身に対する懺悔の様子は消えなかった。


 それを見かねたのか、ミルはクラルにトレントの死体の解体処理を手伝ってくるように言った。


 彼女に何か作業をさせて、気を紛らわすためだ。


 現在、マカの北西の城壁外には大量のトレントの死体がある。

 トレントの襲撃が止んだ今、冒険者が解体作業に追われている。


 エルダートレントの樹皮は防火材として使えるが、普通のトレントの樹皮も水に強く、腐りにくく、虫も集りにくいので、こちらもなかなか重宝されている。


 しかし如何せん、トレントの樹皮は襲撃での応戦で分かっている通り、丈夫で硬いため、刃が通りにくく、解体しづらい。


 そこでクラル防衛の最前線で、風を纏わせた剣を使ってトレントをバターのように切っていたことから、解体作業には打って付けだろうと判断された。


 クラルはミルの指示とは言え、護衛から離れることにかなり難色を示していた。


 だが、ミルの方はこれからギルド長のミランと共に、マカ辺境伯であるヴィルパーレの三人で今回のマカ襲撃の詳細な報告をすると言った。

 報告はヴィルパーレの屋敷という、このマカの街で一番安全な場所で行うそうだ。


 騎士に扮した暗殺者がまた襲撃を掛けてくるのでは?とクラルは指摘したが、ミラン曰く、ヴィルパーレの屋敷内では騎士達は全員兜の着脱が義務づけられているそうだ。

 今回みたいな暗殺者による成りすまし防止のためだそうだ。


 ミルとミランの説得もあり、クラルは渋々、トレントの解体作業を手伝うこととなった。









 「〈ウィンドセーバー〉」


 クラルは武器に風を纏わせるエンチャント魔法でトレントの樹皮を切る。


 そうしながら彼女は、


 「くっ!」


 何度目かも分からない、悔しさから…拳を硬く握りしめる。


 何たる不覚!何たる失態!

 クラルは自分に対して、失望を隠しきれていなかった。


 ここ最近失態の連続だ。


 ミルが見ている前で、ミナトとの試合では完敗。

 盗賊掃討ではミナトに邪魔をされ、擬人であるニナを仕留めることが出来なった。

 そして今日はミルが黒亀王という強力な魔物と戦っていたのに、自身は暢気にトレントと戦っており、加勢に行けば、既に黒亀王はミナトによって討伐されていた。


 最悪なのはついさっき、護衛である自分がそばにいながら、暗殺者からミルを危険にさらしてしまったことだ。


 暗殺者がシュルツと呼んでいた男からいきなり爆発音が聞こえ、反射的に耳を塞いでいた隙を狙われた。

 ナイフがミルの胸に刺さったように見えたときは頭が真っ白になった。


 そのままミルという絶対忠誠を誓う主を失うと思い込んでしまった。

 結果的にミルは無事だったが、クラルの心は一向に晴れない。


 …………ミナトだったら、ミルに危害を加えさせる前に暗殺者全員を生け捕りに出来たのかな?


 つい……そんなことばかり考えてしまう。


 あの規格外の魔法使いに負けてから、ミルは今より強くなることが敗北の処罰だと言われ、ここ最近真剣に鍛えているが、依然としてミナトとの力の差を見せつけらればかりだ。


 思い返してみれば、大体の失態の原因はミナトだな。


 アイツは計画性は皆無で、行き当たりばったり。

 しかし、それを埋め合わせるほどの実力はアイツにはある。


 黒亀王が倒された現場で、ミルは……ミナトさんのお陰でこの通り無傷ですと言った。

 自分の顔を悔しさで歪んでしまうのを必死でこらえた。

 その後の……ミナトさんがいなかったら、死んでいたかも知れませんねという言葉にも応えた。


 ……………………………もしや、ミル様は失態ばかりする自身を捨て、新たにミナトを護衛として置くつもりでは無かろうか?


 「……………っ!」


 第三者が聞いたら、考えすぎだろと言われることだが、自身の失望にかられたクラルは正常ならありもしないことを想像をしてしまう。


 それを一端考えると、悪かった顔色が余計に真っ青になっていき、死人のような血の気の無くなった真っ青な顔になっていく。


 ………………気が遠くなって、まるで身体が縮むような感覚がする。


 その時だった。


 「………………クラル?大丈夫か?顔色が悪いぞ」


 優しく声を掛ける者がいた。

 ハッとして声の方を見ると、これまでの失態の大体の大元になっている魔法使い……ミナトがいた。


 「銀山」と「双酒」のメンバーも一緒におり、ミナトは自身の顔を見て、心配そうな表情をしていた。




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