ミナト合流
〈瞬泳〉の連続使用を使い、数分でトレントの森の入り口に到着した。
さて、「銀山」と「双酒」の援護をしろとギルド長は行ったけど、何処にいるのかな?
多分、「銀山」と「双酒」はトレントが来た方向を辿っただろうが、マカに来たトレントは全て倒し、ここに来たときもトレントは見かけなかった。
なので、俺もトレントが来た方向を辿るということは出来ない。
では、どうやって「銀山」と「双酒」の五人を見つけるか。
ここは…あれを使うか。
「〈水蒸気探知〉」
探索に関しては、これ一択だ。
俺は身体から水を出し、その液体状の水分子をさらに散り散りにして、空気上に漂うほど軽い気体状態の水蒸気へと変えた。
〈水蒸気探知〉は自身からの水蒸気の放出と、すでに空気中にある水蒸気の解析により、周囲を探索する魔法。
いつもは俺を中心として、円状に魔法を広げるのだが、今回はそれに一工夫する。
「〈水蒸気探知・エコロケーション〉」
円状では無く、棒状………というより角度の小さい円弧上に魔法を広げる。
通常の〈水蒸気探知〉は全方位を索敵するものだが、〈水蒸気探知・エコロケーション〉は一方向のみを索敵する魔法だ。
全方位が索敵できない反面、通常の〈水蒸気探知〉よりも大きい距離を探索できるのだ。
俺は見たことは無いが、ウィルター様が言うには、イルカや鯨という生き物は海の中を伝達する音……エコロケーションと呼ばれる、物体との距離や方向、大きさを測る能力を有しているそうだ。
〈水蒸気探知・エコロケーション〉はそこから着想を得た。
原理を簡単に説明するなら、空気中の水蒸気を仮想の海として、俺から放出される水蒸気を音のように振動させ、水蒸気の飛距離を伸ばす。
そして、その振動した水蒸気が物体を当たった時の反響具合で物体や状況を把握する。
通常の〈水蒸気探知〉なら半径二キロを索敵できる。
〈水蒸気探知・エコロケーション〉だと一方方向だが、二倍以上の約五キロほどを探索できる。
これを使って、トレントの森を索敵した。
ただ一方方向の探索なので、捜索エリアが広いと、何度も魔法を使用しないといけないが。
…………あった!「銀山」と「双酒」の反応。
前に盗賊の討伐で〈水蒸気探知〉を使いながら、索敵していたので、「銀山」と「双酒」の反応は知っている。
でも、問題は知らない人の反応もあることだ。
しかも反応具合から、その人と戦っているような感じだ。
急いだ方が良さそうだ。
「〈瞬泳〉」
俺は水の高速移動で「銀山」と「双酒」がいる場所へ向かった。
俺が開けた場所に行くと、そこには「銀山」と「双酒」と、彼ら以外にエルダートレントと、その近くに黒いローブを着た男がいた。
そしてミットは〈ファイアウォール〉を発動している最中であった。
「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」
しかも、その〈ファイアウォール〉は前に俺との試合で見せたものとは違って、生成した後に段々と体積が小さくなり、エルダートレントの根っこを燃やしていた。
………え?凄くね?
俺は素直に感心した。
詠唱によって生成した魔法を手動で、形を変えた。
あれは恐らく…………いや、今はそんなことよりもエルダートレントだ。
「〈水流斬〉」
俺は斬撃を放ち、エルダートレントを両断した。
エルダートレントはミキミキと音を立てて、地面に倒れる。
「な、何だ?!何が起きた?!」
黒いローブを着た男が驚く中、
「エルダートレントが斬られた?これは………ミナトか!」
ブルズエルは俺の仕業だと見抜き、周囲を見渡し、俺を見つける。
俺はブルズエル達に駆け寄る。
「遅ぇぞ!ミナト!」
「すみません、ブルズエルさん。ちょっとホウリュウ………デカい亀を倒すのに手間取りました」
「ん?デカい亀?」
「詳しい説明は後で話します。それよりエウガーさんとミットさんは大丈夫ですか?」
エウガーが全身のいたる場所に切り傷、ミットは背中と太ももからは血が出ていた。
「………ミナトか。平気って訳じゃねぇが、何とか生きてる」
「僕も背中と足が痛いですが、命に別状は無いです」
エウガーとミットは大丈夫では無いが、死ぬほどの傷では無いと言った。
「誰が来たかと思ったら、まだ小僧じゃないか。………だが、エルダートレントを一瞬で倒してのが、奴とするなら、あの小僧…だた者では無いな」
声がした方に顔を向けると、黒いローブを着た男が警戒した様子で立って、俺を見ていた。
手には、刀身が短い剣がある。
「な?!俺が左腕、クリンズが右手を負傷させたはずなのに。………そうか、ポーションか!」
ブルズエルは黒いローブを着た男の足下に転がっている空のビンを確認する。
察するに、ブルズエル達が付けた傷をポーションで癒やしたのだろう。
俺は黒いローブを着た男を見て、言う。
「えっと……あの黒いローブを着た男が敵って事で良いですよね?」
「ああ、敵だ。樹魔法という植物を操る珍しい魔法を使う。後、俺とエウガーの二人掛かりでも倒せないほど、剣が強い」
「樹魔法ですか。俺が倒して良いですか?」
「え?………あ……ああ、それは構わないが。まぁ…ミナトなら大丈夫だと思うが、気をつけろ。それとアイツは出来れば、生かして捉えてくれ」
「了解です」
俺は黒いローブを着た男と向かい合う。
樹魔法………聞いたことが無い魔法。
基本四魔法使い以外の魔法の使い手なんて初めて会うな。
実際には少し前に、シュルツという音魔法使いにミナトは会っているが。
「小僧……お前が相手をするのか?」
「そうですが」
「なるほど。餓鬼だと思ったが、強いな。ならば、このラリアーラが相手しよう」
向き合う俺に対して、ラリアーラは剣を構える。
あれ?
「樹魔法で戦わないのですか?」
「ふん!樹魔法はそもそも戦い向きでは無い。自分の身は、剣で守る!」
なるほど、向こうが剣で戦うのなら、こっちも、
「〈氷刀〉」
ニナの生存を掛けた決闘の時に使用した、長さ約七十センチ、反りが特徴的な刀を模した氷の剣を生成する。
生成した氷の刀を正眼に構える。
「水魔法か?だが、見たことも無い魔法。いや、それ以外にも無詠唱。………やはりただ者では無い」
ラリアーラは剣を右手に持ち、右半身を前に出す。
ふむ………フェンシングという突きを主流にした剣術スタイルがあるが、それに近いものか?
俺は一呼吸してから、ジリジリとラリアーラの方へ進み、一足一刀の間合に入ったところで、一気に俺は踏み込む。
上段からの振り下ろしをした。
「速い!」
ラリアーラは俺の踏み込みの速度に驚いていたが、右半身にしていた身体の重心を、さらに右にずらし、躱す。
躱したところを、右手に持っていた剣を俺の左脇腹目がけて、突く。
俺はそれを、振り下ろしていた剣を急停止させ、剣を身体の左側に引く。
柄の先端をラリアーラの剣に叩きつけ、打ち落とす。
間髪入れず、左側に引いた剣を伸ばすように、ラリアーラの左肩目がけて、突きを放つ。
ラリアーラはそれを上半身を後ろへを反らすことで、何とか避ける。
その後、俺達は大きくバックステップをして、距離を取る。
今の攻防で分かった。
ラリアーラの剣は典型的な回避と反撃主体の剣術だ。
あの刀身が短い剣は一見、射程が小さく不利に思える。
しかし裏を返せば、射程が小さいことは剣の取り回しが上り、攻撃の速度や連続性が上がるという事だ。
つまり軽さを武器にする。
この人の剣は強い。
だけど……俺は再び踏み込み、剣を振りかぶる。
二回目の上段振り下ろしを試みるのだ。
「悪いが、反撃は水剣技流の領域だ!あんたの剣は見切った!」
「何を?!ほざけ!」
俺の挑発に、ラリアーラは少し怒気を持つ。
見切ったと言いつつ、また同じ攻撃を繰り出したからだ。
舐めてると捉えたのだろう。
だが、それが俺の狙い。
俺の振り下ろしに、ラリアーラは右半身にしていた身体の重心を、今度は右ではなく、斜め右にズラして、振り下ろしをまた右へ避けながら、前方へ身体を持っていく。
そうして右にも前にも行った体制で、俺の左側から、胸に突きを放ってくる。
俺の攻撃に関しては、前に同じことをやっているので、避けてからの反撃が前よりスムーズだ。
ここまで俺の読み通り。
前の攻防では、俺は振り下ろす剣を急停止させ、左側に引いて、柄でラリアーラの剣を撃ち落としたが、今度は違う。
瞬時に右足へ体を傾け、右足での片足立ちになった状態で、振り下ろしを左の袈裟斬りに変更する。
そうして胸への突きを避けつつ、俺は左袈裟斬りでラリアーラの腹部を切り裂く。
「ぐっ?!」
ラリアーラは腹部を抑え、倒れる。
すかさずラリアーラの身体にに手を当て、魔力を流す。
「〈フロスト〉」
「何だ?!身体が凍る?!」
体内の水分を氷にした。
樹魔法使いの氷の彫刻の完成である。
…………肝心の樹魔法、一回も見てないけど。
「………何という剣だ」
ブルズエルは口を半開きにして、先程のミナトの剣筋を見入ってしまった。
俺だけで無く、ここにいるウルド、クリンズ、エウガー、ミットの四人も同じだ。
自身の剣術と比べものにならないレベルで卓越した剣。
剣の振りや足さばき、体重移動、剣の握りなど…どれをとっても洗練されている。
一体どれだけの素振りをして、実戦経験を積んだら、あそこまでたどり着けるのか。
ラリアーラを氷付けにしたミナトがこっちに来る。
「終わりました」
「お、おお……ご、ご苦労さん」
俺達が手こずった相手を倒したのに、ミナトは大した事はしてないみたいな顔だった。
自信が無くなるなぁ。
だが、俺はこの際、一人の剣士として気になったことを聞いてみた。
「なぁ…ミナト、さっきの剣戟で最後…振り下ろした剣が急カーブしたよな?身体を右に傾けさせて」
「え?最後のですか?あれは簡単に言えば、フェイントですが」
「フェ、フェイント!」
俺は驚く。
勿論、フェイントのことは知っている。俺だって、対人戦の時はよく使っている。
しかし普通、フェイントは牽制目的で、特定の動作をする振りをして、相手を撹乱させるものだ。
ミナトがやったのは、まるで途中まではフェイントだったのに、途中からフェイントじゃ無くなったような感じだ。
「最初にお前の剣は見切った……と挑発して、さっき繰り出した攻撃と同じ攻撃を繰り出すと見せかけて、相手にはさっきと同じ回避の仕方をさせたんですよ。ほら…人間って同じ成功をしたら、次も同じ事をして攻撃を回避しようとするじゃ無いですか」
「……なるほど」
ブルズエルは原理としては分かる。
だが、それは瞬時にそれを実行する剣術があってこそのことだ。
ブルズエルはミナトの剣術に、ただただ感心するばかりだった。
ミナトは今度は、ミットの方を向く。
「それにしてもミットさん、凄いですね」
「へ?凄い?」
言われたミットは首をかしげる。
「縮んだ〈ファイアウォール〉の事ですよ」
「ああ、あれのことですか。本番に成功できて良かったです」
大したことは無いっと言った風なミットに、ミナトはとんでも無いことを言い出す。
「ミットさんって…多分ですが、近いうちに無詠唱魔法を習得すると思います」
「はい?」
衝撃的な発言に、ミットだけで無く、彼の相棒であるエウガーも驚く。
「どういうことですか?」
「〈ファイアウォール〉を縮めたとき、明らかにミットさんは魔力をつかっていたんですよ。あれは詠唱を使って自動で魔力を動かしているのでは無く、しっかりと自分で魔力を操って、魔法を出している証拠です。それって無詠唱魔法の特徴です」
「………」
ミナトの言葉に、ミットは暫し沈黙して、自分の手を開いたり握ったりする。
「無詠唱魔法と言われても、僕には実感がまるで無いです。ただ僕は以前、洞窟内で魔物から逃げる際に〈ファイアウォール〉を使って魔物を足止めしようとしたですが、これがもっと大きければ、魔物から逃げることが出来るのにって思ったんです。そうして集中したら、〈ファイアウォール〉が僕のイメージ通りに大きくなって。………今回はそれの逆をやってみただけです」
「それって結構凄いことだと思いますよ。俺が自分の魔法を思い通りの形状にするのに、凄い苦労しましたから。ミットさんのそれは凄い才能です」
「才能………僕にそんなものが。出来損ないと言われた僕に、才能なんてものが」
ミットは俯く。
最後の言葉だけは小さすぎて、ミナトは聞き取れなかった。