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圧力は体積に反比例、絶対温度に比例

急に物理の授業が始まります。

 



 エウガーの「絶対に負けねぇ」というこの言葉は、合図だったのだ。

 エウガーとミットの二人で決めた合図。


 二人とも対人戦が得意ではない。


 だから事前に、今回のような対人戦が得意な者と戦う時があったら、エウガーが「絶対に負けねぇ」という言葉を発した時、ミットが〈ファイアアロー〉をエウガーの背中目掛けて打ち込み、それをエウガーが擦れ擦れで避け、〈ファイアアロー〉を当てる。


 口で言えば、簡単そうだが、実際は簡単どころの話ではない。


 〈ファイアアロー〉を敵に当てるためには、当然ミットが〈ファイアアロー〉を放つ瞬間は敵に見られてはいけない。


 なので、自然な動作でエウガーはミットと敵との一直線上に立たないといけない。


 背中から〈ファイアアロー〉が迫ってくる恐怖というのは、なかなか来るものだ。

 屈むタイミングが早ければ、敵に〈ファイアアロー〉の存在を悟られ、逆に遅ければ、背中に〈ファイアアロー〉が直撃するのだ。


 この連携は、タイミングと互いの絆が重要である。


 それは長年信頼を築き上げてきた「双酒」の二人だからこそできることである。




 見事タイミングよくエウガーが屈んだことで、ミットの〈ファイアアロー〉がラリアーラの目の前まで迫るが、


 「くっ!」


 ラリアーラは何とギリギリでそれを紙一重で避けたのだ。


 高い体さばきの技術。

 流石、Bランク冒険者の剣士二人と切り結んでいただけはある。


 それを見て、エウガーは屈んだ状態で顔を歪ませる。


 自身とミットによる連携攻撃は不発に終わった。

 視界が霞み、体中が傷だらけの状態では、もうまともに戦えない。


 ………ここまでか。

 エウガーがそのまま両膝をつき、そう覚悟を決めた瞬間に、


 「ふん!惜しか………………うっ?!」


 ラリアーラは…ふん!惜しかったな!と言おうとして言葉を止めた。


 〈ファイアアロー〉を避けたラリアーラは、エウガーに今度こそとどめを刺そうとしたら、自身の右手に一本の矢が刺さったのだ。

 それによって剣を落としてしまう。


 ラリアーラは一瞬前にミットの〈ファイアアロー〉を何とか躱した後なので、不利な体制であり、矢による攻撃を避けることが出来なかったのだ。


 矢を撃ったのは勿論、ミットと一緒に盾使いウルドに守られていた弓士クリンズだった。


 クリンズはずっと待っていた。

 ラリアーラに隙が出来る時を。


 トレントとの戦闘になってから、マカでやったように、矢に火を着火させるための暇が無くずっとウルドに守られっぱなしであった。

 だから、ずっとラリアーラに隙が生じ、矢を打ち込めるタイミングを待っていたのだ。


 あの樹魔法使いには、ここまで隙というものがなかった。


 だが、その隙はエウガーとミットとの連携によって出来た。

 エウガーとミットによる連携攻撃は無駄ではなかった。


 「矢?!クリンズか!ナイスだ!」


 右手に矢が刺さったことで、ラリアーラは剣を落としてしまい、当然その隙をブルズエルは見逃すはずもなかった。


 ラリアーラは落とした剣を左手で拾おうとしたが、ブルズエルは剣で左手を突く。

 そして一気に踏み込み、剣を持った拳でラリアーラの鳩尾に打ち込む。


 ラリアーラは悶絶し、膝をつく。

 膝をついたラリアーラの首筋に、ブルズエルは剣を当てる。


 「………何だ?殺さないのか?」

 「ギルド長から言われてんだ。もし今回のトレント襲撃を引き起こした奴がいるのなら、出来れば生かして捉えろと」


 ギルド長のミランは、Aランク冒険者ミルの正体を知っている。

 だから今回の強襲がミルのことを狙ったのだろうとことは、ある程度予想していた。


 以前にもミルを狙ったものがマカで襲撃してきたので、「銀山」と「双酒」にはトレントの森の調査で怪しいものを見つけたなら、可能ならば生かして捕まえろと指示を出したのだ。


 ラリアーラの武器は地面に落ち、右手はクリンズの矢で射抜かれ、左手も剣で突いて使い物にならないようにした。


 勝負はもう決したと思われるが、念のために気絶させておくか。

 ブルズエルがそう思った時、


 「ガァアアアアアア!!」

 「ブルズエル、危ねぇ!!」


 ウルドの警告と同時に、エルダートレントの雄たけびと地面からの根っこの攻撃が来た。

 ブルズエルは根っこの攻撃を何とか避け、まともに戦えなくなっているエウガーを抱え、エルダートレントから距離を取る。


 そうだ!まだエルダートレントがいたんだった。


 防火材として使用されるエルダートレントの樹皮は、通常のトレントよりも頑丈で火が通りにくい。

 ミットの火魔法でも仕留めきれないのだろう。


 ブルズエルはエウガーを抱えたままウルド、ミット、クリンズのもとに戻る。


 しかし、ラリアーラはエルダートレントのそばにいる。

 アイツを捕縛するためにはエルダートレントを倒す必要がある。


 ラリアーラを見ると、彼はエルダートレントに近づき、矢で射抜かれた右手で触れる。

 エルダートレントを操った時のように。


 「エルダートレントは健在か………。まだ私にも勝機はある。〈フォル・プラント〉」

 「ギュアアア!!」


 ラリアーラがまた何かの魔法を唱える。

 すると、エルダートレントがさっきよりも活気づいたように見える。


 「〈フォル・プラント〉………これは近くにある植物を強化・活性化する魔法だ」

 「…………説明どうも」


 自身の魔法を懇切丁寧に説明したラリアーラに、ウルドは盾で根っこの攻撃を防御しつつ、顔をしかめながら答える。


 実際、ラリアーラの説明通り、エルダートレントの地面からの鋭い根っこによる攻撃頻度が増している。

 盾から伝わる衝撃が重い。

 このままでは、押し切られる。


 後、今更ながら気づいたが、このラリアーラも無詠唱魔法使いだ。

 最近ミナトという超例外が身近にいるから、無詠唱が当たり前に感じていた。


 「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」


 ウルドの後ろで、ミットが〈ファイアウォール〉を唱える。

 だが、もともとエルダートレントの火が効きにくい体質と、ラリアーラの強化魔法で〈ファイアウォール〉は何回も鋭い根っこに突かれ、崩れる。


 「くっ!燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」


 そこをまた火の壁を生成して凌ぐが、同じく鋭い根っこによって崩される。

 それでも何度もミットは〈ファイアウォール〉を生成して、守る。


 けれど、それも永遠には続かない。


 〈ファイアウォール〉は、二級火魔法の中でも多くの魔力を消費する魔法。

 底なしの魔力を持っているわけではないミットは、何度も発動は出来ない。

 いずれ魔力が底を尽きる。


 「う!聞いただけでは簡単そうなのに!………………”カアツ”!僕に本当に出来るのでしょうか?!」


 実は、ミットはただ我武者羅に〈ファイアウォール〉を生成したいるのではない。


 ミナトから前に聞いた〈ファイアウォール〉の威力を大幅に上げる方法を試しているのだ。









 それは盗賊討伐が終わった日に、ニナの村で祝賀会を開いていた時。


 盗賊掃討に参加していた「銀山」、「五枚刃」、「双酒」が各自思い思いに談笑している中、魔法使い組であるミナト、ミット、ノルウェー、ノルトンは魔法について語り合っていた。


 「僕の〈ファイアウォール〉を斬ったのが、ミナトが言う…水の斬撃ってやつですか」

 「そうですね。それが俺の〈水流斬〉です」


 ミナトは両手の人差し指をそれぞれ出して、右手の人差し指から左手の人差し指に向かって、細い水の線にも見えるが、実際は超加圧・超流量の放出を見せてみた。


 それを見てミットは、少し俯く。


 「〈ファイアウォール〉は僕の魔法の中では、一番得意な魔法だったんですが。…………一撃で破られてしまいましたね」


 俯いたのは少しだけで、ミットは勢いよく顔をミナトに向け、尋ねる。


 「ミナト君!どうやったら、〈ファイアウォール〉の威力を上げられると思いますか?」

 「え?〈ファイアウォール〉の威力を上げる?」


 思いもよらない質問にミナトはキョトンとするが、首を傾け、まじめに考え込む。


 「う~ん………そうですね。真っ先に思いつくのは、〈ファイアウォール〉を生成する時の魔力量を増やすことでしょうか」

 「魔力量を増やす?」


 今度はミットがキョトンとする。


 「そうです。その〈ファイアウォール〉に込める魔力量を増やせば、当然強度も上がりますよね。俺も〈水流斬〉に込める魔力量を調整して、威力を絞ったりしていますよ」

 「魔力量を………調整?」

 「魔力量を小さくすれば、葉っぱを斬るだけの威力や、魔力量を強くすれば岩すらも斬れる威力を作れます」


 ミットは途端に難しい顔を作る。 


 「………すみません、ミナト君。詠唱魔法には、魔法に込められる魔力量は決まっているのです。だからミナト君が言う、魔力量を増やして威力を上げるというような芸当は出来ません。………そもそも僕には、ミナト君が当然のようにやる魔力量を調整という”離れ業"は出来ません」

 「いや………離れ業って」


 ミナトは困り顔をしているが、ミットの言うことに同意するように双子のノルウェーとノルトンがうんうん…と頷く。


 ミナトは腕を組んで、別の案を考えた。


 「それじゃあ………魔力量の調整が出来ないなら、〈ファイアウォール〉を”加圧”させて、密度・熱量を上げることですかね」

 「…カ………アツ?」


 ミットはカアツ…という謎単語に、目を何度も開閉させる。

 ノルウェーとノルトンも頭の上に?を浮かべている。


 「何ですか、その………カアツというものは?」

 「物体の持つ圧力を上げることを、加圧って言います。俺の〈水流斬〉も圧力と速度…この二つを大幅に上げることで、鋭い切れ味を持たせています」

 「な、なるほど………」

 「〈水流斬〉はもともと四級水魔法〈ウォーター〉が最適化したオリジナル魔法ですから、等級にすれば精々、三級魔法程度のものでしょう」

 「さ、三級?!あの威力で!」

 「ええ、ですから魔法の威力において、圧力は重要な要素なのです」


 ミナトは人差し指を立てて、圧力に関して説明し始める。


 「そもそも圧力とは、物体の表面または内部の単位面積に対して、垂直にかかる力がどれだけかかっているかを表すものです。つまり物体にかかる力を大きくする、もしくは力がかかる面積を小さくすることで圧力が大きくなるのです。これって気体、そして火に関しても同じようなことが言えます。詳しい説明は省くんですが、数式に表すと「PV/T = K」と言うことにます。まぁ…実際のところ、この数式は理想気体であるのが前提なのですが、そこは今置いておきましょう。簡単に説明すると、圧力Pは体積Vに反比例して、絶対温度Tに比例することを意味します。この圧力、体積、絶対温度の関係が一定Kということです。………あ!絶対温度ってというのは、物質の分子による熱運動がほぼ無くなる温度を差しまして、273.15℃なのですが、これが………」


 ミナトによる講義は、数十分にも及んだ。

 ちなみにだが、ミットやノルウェー、ノルトンはミナトの話を全く理解できなかった。


 始終ポカンとした顔しか出来なかった。

 ミナトの話を遮らずに、最後まで聞いただけでも及第点だろう。


 ミナトが今、説明したことは、彼の魔術の師匠であるウィルターが修行の際に、魔術を習得する上で欠かせない知識……「物理学」と呼ばれるこの世の理を表した学問の事なのだが、ミット達には未知の言語にしか聞こえなかった。


 「え………えーと…ミ、ミナト君。つまり、とても………とっても簡単に説明すると、そのカアツにためには、どうすれば良いのですか?」

 「はい?えっと…つまり〈ファイアウォール〉を小さくするんですよ」

 「そ、それだけですか?」

 「小さくするって言っても…………」


 ミナトは地面の土を手で掬って、それを握りしめ、ギュッと押し固める。


 「この土のように、土の量自体はそのままでサイズを小さくすることで、密度を上げるのですよ。これを〈ファイアウォール〉にも同じ事をすれば、威力を上げられます」

 「この土のように……ですか」


 ミナトは手に持った土を地面に落とす。


 「と言ってもミットさんは詠唱しますから、詠唱魔法で、これが出来るかどうかは分かりませ……」

 「これなら出来ると思います」

 「え?」


 ミットは確信を持って、ミナトにそう言った。









 「カアツ!量はそのままに、密度を上げる!燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」


 後、数回発動すれば、魔力が底を尽きる状況で、ミットは〈ファイアウォール〉を唱える。


 それもエルダートレントの根っこによる連続攻撃で崩れる。

 しかし、気のせいかさっきの〈ファイアウォール〉は前のものよりもサイズが小さくなっているような。


 「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」


 間髪入れず、〈ファイアウォール〉を生成。


 「お願いです!上手くいって下さい!カアツです!」


 ミットは深くイメージする。

 〈ファイアウォール〉を凝縮するイメージ。


 すると、なんと〈ファイアウォール〉が少しづつ縮んでいくのが見て取れる。

 しかも〈ファイアウォール〉に攻撃していたエルダートレントの根っこが少し燃えているのが、見える。


 火力が上がっている!

 もう一回だ!


 「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」


 もう殆ど魔力が残っていない状態で、唱えた〈ファイアウォール〉はミットのイメージ通りにサイズを縮め、赤い灼熱の色に少しの黄色が混じる。

 そして、


 ジュウウウ。

 火に強いはずのエルダートレント、その根っこが燃え始めたのだ。




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