双酒
エウガー、ミット………ミナトのかませ犬として終わらせないぞ
Bランク冒険者の剣士であるエウガーと、同じくBランク冒険者である火魔法使いのミット。
この二人のパーティ歴は、優に五年以上。
彼らは「双酒」というパーティメンバーであり、共に修羅場を潜ってきた相棒同士である。
エウガーは体格が大きく、思い切りの良さがあるが、酒を飲んでは良く酔っ払っており、女癖が悪い。
ミットは慎重であり、勤勉であるが、筋肉が余りなく細身で近接戦能力は皆無。
正反対な二人。
けれど、時にエウガーがミットを助け、時にミットがエウガーを助ける。互いの短所を補ってきた。
そうして築かれた連携と絆は、誰よりも強い。
「エウガー!左に避けてください!燃える火よ、火の鏃となって敵を穿て。〈ファイアアロー〉」
「おう!」
ミットの声掛けに応じ、エウガーが左に避けると、そこをミットの〈ファイアアロー〉が通過し、エウガーの後ろにいたトレントを燃やした。
「屈め!ミット!」
「はい!」
エウガーの指示に従ってミットが屈んだところを、エウガーは両手剣の横振りでミットの後ろにいたトレントを大きく切り込んだ。
そのまま返す刃で二連撃を加え、トレントは仕留められた。
同じBランク冒険者の剣士であるブルズエルは、何回も切り込んで漸く倒せるトレントを、たった二撃で。
それも何回と言っても、全て本気の一撃を食らわせないといけなく、消耗も激しい。
だが、エウガーはトレントを二、三撃で仕留めてしまうような攻撃力の剣戟を、長い時間やっていても息切れを起こしていない。
剣の重さだけでなく、持久力も高い。
剛の剣を体現した剣筋と、常人離れした持久力。
これがBランク冒険者エウガーの強みである。
以前に、ミナトはエウガーを見て、弱そうだと言っていたが、それは正解であり、不正解でもある。
もし仮にエウガーとブルズエルが模擬試合をするなら、九割以上の勝率でブルズエルが勝つだろう。
エウガーの剣は確かにブルズエルを超えるパワーがあるが、戦えばエウガーの単調な剣筋など体捌きで避けられるか、剣を受け流されて反撃されるだろう。
Bランク冒険者に恥じない高い剣の技量を持ったブルズエルにとって、エウガーの剣術は素人よりは数段良い程度のもの。
しかし、これも仮の話になるが、エウガーとブルズエルが魔物の討伐するで勝負をするなら、九割以上の勝率でエウガーが勝つだろう。
急所や弱点を関係なく、エウガーなら高い攻撃力の剣で切り伏せるだろうから。
詰まるところ、ブルズエルの剣は対人戦特化、エウガーの剣は対魔物戦特化という事だ。
マカの防衛の際の表の功労者はミナトやクラル、ミットなどの後衛達だが、裏の功労者は間違いなくエウガーである。
いつもはズボラで不器用なエウガー…今はとても頼もしい。
エウガーとミット…二人の連携でトレントの数は、残り数体となった。
少し離れた場所で、それを見ていたラリアーラは素直に称賛した。
「これは驚いた。トレントがここまでやられるとは。ここに来るという事は高ランクの冒険者だと思っていたが、あの二人組なかなかやるな」
ラリアーラはさて…と言い、エウガーに狙いを定める。
「トレントだけでは、やられてしまう。私も加勢するか。まずは彼が邪魔だな。………〈プラント〉」
ラリアーラの足元から草が生え、伸びていく。
そして伸びた草は、蔦へと変わっていく。
シュル!
蔦は次の瞬間、一気にエウガーのもとに向かい巻きつく。
「な?!」
蔦に拘束されたエウガーは振り解こうと、力を篭めるが、絡まった蔦は思ったよりも頑丈であった。
トレントが身動きの取れないエウガーに襲いかかる。
「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」
相棒を守るために、灼熱の炎の壁がエウガーとトレントの間を分断する。
それによってエウガーに襲い掛かったトレントは〈ファイアウォール〉に当たり燃え上がった。
エウガーがやられることは阻止できた。
しかし代わりに、
「ぐっ!」
背後にいたトレントによる鋭い枝が、ミットの背中と太ももに刺さる。
「ミット!くそ?!解けねぇ!!」
「エウガー!そのまま動くな!!」
相棒である火魔法使いのピンチを救うべく蔦を解こうとするエウガーの横からブルズエルが割って入り、剣を振って絡まった蔦を切り落とした。
エウガーはブルズエルに礼を言い、すぐにミットの背後にいたトレントを切り倒す。
「エウガー、大丈夫です。足と背中をやられましたが、致命傷にはなっていません。しかし………上手く立てません」
致命傷にはなっていないと言っているが、ミットの顔はかなり優れないになっている。
エウガーは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「よそ見厳禁だぞ。〈プラント〉」
ラリアーラの攻撃が再び飛ぶ。
今度は蔦でなく、黒い粒のようなものが向かってきた。
「俺の後ろに!」
「燃え上がる炎よ、その灼熱をもって我らを守る赤き壁となれ。〈ファイアウォール〉」
盾使いのウルドとミットの火魔法がそれを防ぐ。
ウルドの鉄の盾と、黒い粒がぶつかった時に金属音のような物が鳴る。
よく見たら、飛翔してきたものは黒い棘。
ラリアーラの方を見てみると、彼の足元には黒い花弁の植物が咲いていた。
あれが黒い棘を飛ばしていたのだろう。
しかも今の棘の攻撃が残りのトレントに刺さり、トレントは暫く苦しげな声を上げた後、数体いた全てのトレントは倒れる。
黒い棘には、強い毒があるらしい。
恐るべきはトレントを殺すほどの棘の毒の強さか、それを簡単に魔法で生成するラリアーラの魔法の技量か。
だが、お陰でトレントは全部いなくなった。
後はラリアーラとその後ろにいるエルダートレントだけだ。
「ウルド、クリンズとミットを守ってくれ」
「任せろ!」
ブルズエルはウルドに、後衛のクリンズと傷を負って動けないミットを守るように指示する。
前衛のブルズエルとエウガーは油断なく、剣を構え、前に出る。
ラリアーラの足元に咲いていた黒い花弁の植物は枯れていた。
棘を飛ばしたら、枯れる植物なのか?
それならば、また生成される前に近接戦で畳みかけて倒すのが最善だ。
「アリアローズの毒の棘を凌ぐか。まぁ…もともと樹魔法は戦闘向きでは無いからな。やはりここは……私自身が相手するしか無いのか」
ラリアーラは黒いローブから短剣よりも少し刀身が長い剣を取り出し、構える。
「魔法使いのに近接戦で来るか……………いや、そこまで驚く事じゃないか」
構えの様子からブルズエルは、ラリアーラ自身かなり剣が使えると感じ取った。
少し驚いたが、すぐに冷静になる。
ブルズエルは、魔法使いは接近戦が弱いという常識は捨てるべきであると、ここ最近で思い知ったのだ。
勿論、ミナトのせいだ。
彼と初めて会った時に、握手して感じた剣ダコや手ぶれのなさ。
歩く姿から体感の強さや重心のズレがない事も分かった。
彼は魔法使いだが、剣士である自身よりも強い。
世の中には、いるのだ。
接近戦の強い魔法使いが。常識外の魔法使いが。
「厄介な火魔法使いはコイツに任せよう。〈コル・プラント〉」
ラリアーラは片手でそばにいるエルダートレントに触れた。
すると、さっきまで正気を失っていた様子のエルダートレントが、敵意剥き出しで声を上げ出した。
なるほど…それが他に影響を与える魔法か。
自身が生み出した植物以外も操る。
そうやって、トレントの群れも操ったのだろう。
「第二ラウンドと行こう」
ブルズエルとエウガーは同時にラリアーラに向かって、剣を振るう。
完璧な連携は取れているって訳ではないが、少し前に盗賊のアジトの洞窟に乗り込むときに、ブルズエルとエウガーは共に先頭に立って盗賊と戦った。
その前にも何度かエウガーとは、何度か合同パーティを組んで、一緒に剣を振ったことがある。
お互い邪魔にならない程度には、協力は出来ている。
しかしラリアーラは、そんな二人の剣を避けたり、剣で防いだりして凌いでいる。
Bランク冒険者の剣士二人による剣戟を防ぐのは、並大抵の剣の技量ではない。
間違いなくラリアーラはBランクか、それ以上のAランク冒険者に匹敵する。
「ふむ…トレントの樹皮を深く傷つけた剣を見て思ったが、君の剣は思いっきりが良く、パワーも申し分ない。しかし剣筋が実直すぎるな。これでは簡単に反撃できてしまう………な!!」
「うっ!」
ラリアーラがエウガーの剣を交わして、彼にわき腹に浅い傷を負わせる。
深くもないが、小さくもない傷。
彼が言った通り、エウガーの剣は狙いが読みやすい。
テクニック重視のブルズエルの剣とは違って、テクニックを考えないパワー重視のエウガーの剣だからだ。
なので、すでにエウガーの体にだけ、切り傷が何個かできている。
体に走る痛みをエウガーは、奥歯を噛みしめて気合で耐えていた。
不味い…このままではエウガーがやられる。
ブルズエルは咄嗟にそう思った。
もしエウガーがやられて、ブルズエルとラリアーラの一対一になったら、コイツを倒せる気がしない。
クリンズとミットの遠距離攻撃組の援護は期待したいのだが。
ブルズエルが横目で、ウルド、クリンズ、ミットの三人の方を見ると、
「ぐっ!木の根か!厄介だ!」
「………」
「燃える火よ、火の鏃となって敵を穿て。〈ファイアアロー〉!…………………な?!はやりエルダートレントには効果がありませんか!」
ウルドは後ろのクリンズとミットを守るために、エルダートレントが地面から出す鋭い木の根の攻撃を縦で受ける。
クリンズは何か機会をうかがっているのか、弓を構えてジッと待っている。
ミットはエルダートレントに火魔法を放つが、黒みかかった樹皮は少ししか燃えず、火の効果があまり見受けられない。
実はエルダートレントがトレントと大きく違う点は、動けないことと、火が効きにくい事だ。
トレントの場合は火が弱点だが、エルダートレントになると、そこが強みになるのだ。
だからエルダートレントの木材は防火材として、よく利用される。
ウルド達はエルダートレントの対処で手一杯である。
戦況は何も好転することなく時間が経ち、遂には、
「くそ!」
「大丈夫か!エウガー?」
体中に、剣での切り傷をたくさんできてしまったエウガーはとうとう膝をつく。
ラリアーラがエウガーの方が倒しやすいと考えて、彼だけに反撃を加えてきた結果だ。
「後は君だけだな」
ラリアーラは剣をブルズエルに向ける。
もうエウガーはまともに戦えないと思ったのだろう。
だが、
「負けねぇ………負けねぇ………俺は…絶対に負けねぇ!!」
エウガーが歯を食いしばって立ち上がる。
そして勢いよくラリアーラに切りかかる。
ピクッ。
このエウガーの言葉に反応したのはミットだった。
まるで何らかの合図を貰ったかのような。
「よ、よせ!突っ込むな!」
ブルズエルが必死に止める。
「意気込みは良いが………欠伸が出るほど単調な攻撃だな」
ラリアーラは今度もエウガーの攻撃を躱して、反撃しようと考えた。
これで終わりだ。
そして考えていた通りに、エウガーの上段からの振り下ろしを足をずらして躱し、剣を胸に突き立てようとした。
その瞬間に………バッ!
エウガーが突然屈む。
「何?!」
急にどうしたと思考したラリアーラの目の前には、火の矢があった。
先程までエウガーの上半身があった場所を〈ファイアアロー〉が通過したのだ。
エウガーが屈んだことで、〈ファイアアロー〉が一直線にラリアーラに向かう。